【三石琴乃×水樹奈々】声優界のトップランナーが明かす逆境の乗り越え方/劇場版『美少女戦士セーラームーンCosmos』対談
この連載では、各界のプロとして活躍する著名人にフォーカス。 多くの人の心をつかみ、時代を動かす“一流の仕事”は、どんなこだわりによって生まれているのかに迫ります
1990年代に始まったTVアニメ『美少女戦士セーラームーン』作品の世界的な人気や世の中に与えた影響について、もはや説明は不要だろう。
2014年には声優陣を一新し、アニメ『美少女戦士セーラームーンCrystal』がスタート。

そのシリーズ最終章が、劇場版『美少女戦士セーラームーンCosmos(以下、Cosmos)』だ。2023年6月9日(金)より≪前編≫が、6月30日(金)より≪後編≫が上映される。
本作で主人公・エターナルセーラームーン/月野うさぎを演じたのは、三石琴乃さん。90年代からずっと変わらずうさぎを演じ続け、Cosmosでは不思議な女の子、ちびちび役との2役を担う。
そして、Cosmosのセーラー火球/火球皇女には、水樹奈々さんが抜てきされた。

Cosmosでは、愛する人や仲間を狙われる中、孤独に打ちのめされそうになりながらも、新たな敵・シャドウ・ギャラクティカとの戦いに身を投じるセーラームーンの姿が描かれている。
私たちの日々の仕事にも、さまざまな逆境がある。そんなとき、声優界のトップランナーの二人はどうやって立ち向かっているのだろう。
「セーラームーンの遺伝子」としての使命と不安
ーー三石さんは1992年にアニメ『美少女戦士セーラームーン』が始まって以来、主人公・セーラームーン/月野うさぎを演じ続けています。Cosmosのセーラームーンはどのような印象ですか?
三石:Cosmosのうさぎちゃんは、みんなが知っているうさぎちゃんであり、セーラームーンだったような気がしますね。
一方で、前に進む強さも感じました。これまでのうさぎちゃんはセーラームーンとして成長をしているようで、素の自分は等身大の女の子。
ピンチのときはただただ泣いて、周りに助けてもらっていた印象があったけど、Cosmosでは、未来を任せられる「戦うプリンセス」になっているように感じました。
ーー各作品でセーラームーン/月野うさぎの演じ方に違いはあるのでしょうか?

三石:Crystalシリーズは、原作準拠なんです。
私の中では90年代のシリーズとは別の新たな作品として、「新たに集まった声優の皆さんと、みんなでゼロからきれいなお城をつくろう」と思って始めました。
とはいえ、私がうさぎちゃんを演じている時点で、共通項が出るのだろうと思います。
Crystalシリーズが始まる時、当時のプロデューサーからは「三石さんには、セーラームーンの遺伝子として作品に残ってもらいました」という言葉をいただいて。
「私が感じることを大切にしながら、うさぎちゃんを演じればいいんだな」と思って、本作にも向き合ってきました。
ーー「セーラームーンの遺伝子」という言葉をどのように受け止めましたか? うれしい一方、プレッシャーにもなるような……。
三石:そこはポジティブに捉えましたね。
ただ、私は「昭和の匂いをまとった平成の声優」なので、セーラー戦士役の平成から令和にわたって活躍している若手のみんな……って、もう若手ではないか(笑)
水樹:(笑)

三石:そんな後輩たちと一緒に演じることで、「芝居の質が混ざるかな?」という不安は少しありました。
ーー質が混ざる?
三石:90年代TVアニメでは、子供たちに分かりやすく、エネルギッシュで輪郭がくっきりとしたお芝居をつけてきたんですよ。
新シリーズでは原作の雰囲気を大切にしてつくられています。
そして、いいとか悪いではなく、時代の流れの中でお芝居も少しずつナチュラルというかオシャレな感じに変わってきて。
「そこに昭和のセーラームーンの遺伝子がうまく混ざるのかな?」というのは、いつも心のどこかで注視していました。
水樹:とんでもないです! 三石さんはそういったアニメの傾向をくみ取りながら、自然に調和を取ってくださっていました。
お互いが演じたキャラクターを見た感想
ーーセーラー火球/火球皇女を演じた水樹さんは、シリーズ初参加でしたね。
水樹:『美少女戦士セーラームーン』という作品自体が持つ強いエネルギーを感じました。
心を打つシナリオとキャラクターたちが、思いを引き出し、導いてくれるところが多かったように思います。
現場の皆さんの熱量の高さもビシビシと感じ、収録は手に汗握りました。
そして何より、子どもの頃から大好きだった『美少女戦士セーラームーン』で変身シーンを演じられたことがうれしかったです!

ーー約30年続くシリーズならではのエネルギーがあったのですね。セーラー火球/火球皇女はどのようなキャラクターですか?
水樹:火球は、セーラームーンと共通する部分があるキャラクターです。
キンモク星の守護戦士であるセーラースターライツに守られ、時にはセーラースターライツを守りながら、お互いを高め合い、大切な絆を胸に困難に立ち向かっていく。
火球とスターライツは、セーラームーンとセーラー戦士たちの関係性とまさに同じです。
シナリオを読み込み、火球の皇女としての凛とした姿と、スターライツにだからこそ見せる心を許した表情や深い愛を、声に乗せられたらと思いました。
ーーお互いが演じたキャラクターをご覧になって、いかがでしたか?
水樹:もう、すごいところだらけすぎて!
三石:いやいやいや。役者にその質問をするとこうなるんですよ(笑)
水樹:本当にすごいんですよ!
今回の作品は全体的にシリアスなのですが、「ここでコミカルシーンが挟まるんだ!」というところもあって。
それは武内先生によってつくられている世界観ですが、そこでの三石さんのお芝居がもう、すばらしくて……!
うさぎちゃんは何度も心をぐちゃぐちゃにされてしまうけれど、それでも自分を奮い立たせて、笑顔で「先に進むぞ」と気持ちを立て直していく。
その温度の上下を演じるのはすごく難しいので、仕上がった作品を見て鳥肌が立ちました。
そして、そのシーンがあるからこそ、その後のシリアスなシーンがよりいっそうぐっとくるんです。
三石:「コミカルなシーンが来た! 次、シリアスくるぞ、気をつけろ!」って感じだもんね(笑)
水樹:戦いの中に日常が混ざる、あのバランスもすごいですよね。
劇中でうさぎちゃんが打ちひしがれてしまうシーンがあるのですが、そのシーンで見せるお芝居もすごかったです。
三石さんのお芝居にはグラデーションがたくさんあって、その目盛りがとにかく細かい。
本当にすばらしいので、皆さんにぜひ見ていただきたいですね。
ーー三石さんは、セーラー火球/火球皇女をご覧になっていかがでしたか?

三石:プリンセスであり戦士である火球の気高さや優しさ、温かさが見事に表現されていて。
特にセーラースターライツの3人と会った時の喜びようが印象的でした。
「今まで本当に寂しかったんだろうなぁ」と思いましたし、悲しみを抱えていた中での唯一の喜びが3人との邂逅(かいこう)だったから、「よかったね!」って。
水樹:ありがとうございます……!
三石:火球とセーラースターライツの4人で新たな国をつくったっていいのに、それでもセーラームーンの戦いに力を貸してくれて。
愛が深いというか、「宇宙を救う」というセーラームーンと同じ志を持っているプリンセスなんだなと感じました。
あとは、セーラー火球とセーラースターライツが歌っている「セーラースターソング」はすごく良いですよ〜!
水樹:うれしいです〜! ありがとうございます!
「とことん落ち込んで、ちゃんと寝る」二人に共通する、逆境の乗り越え方

ーーCosmosは、数々の苦難に見舞われたセーラームーンが、それでも仲間を救うために戦い続けるストーリーです。お二人の普段のお仕事にもさまざまな苦労があると思いますが、どうやって乗り越えていますか?
三石:基本的にはいろいろな状況を想定して、できる限りの準備をして仕事に挑みます。
ですが、この業界では突然隕石が直撃するような、思いがけない事態も起こります。
そういうとき、私はもろに食らってしまうタイプなんです。
落ち込みますし、放心状態にもなる。油断すると涙が出てしまうこともあり、その瞬間は本当につらいです。
そうなってしまったら、寝るのが一番。ご飯が食べられないならドリンクでもいいから、栄養を取って、お風呂に入って、早く寝る。
それを繰り返していれば傷は癒えていきます。「明日は今日よりもっと良い日になるだろう」って思うようにすれば、本当にそうなっていくんですよ。
水樹:私はまず、徹底的に問題と向き合って、泣くだけ泣きます。
私も過去にどうしようもない状況に陥ったことは何度もありますが、そういうときは、ずっと考え込んでしまうタイプ。
でも、どんなに悔やむことがあっても過去には戻れないので……とにかく泣いて、泣いて、そして寝ます(笑)
三石:同じだ!
水樹:しかも駄目なときって、なぜかマイナスなことが重なるじゃないですか。そのことばかり考えてしまうと、負の連鎖が続いてしまったりもする。
なので、考えるだけ考えたら、その後は「前を向いて進んでいくしかないんだ!」と自分を鼓舞します。
三石:あとは、共感してくれる人と一緒にいられるとなお良いですよね。
私の場合、一人でいるのはちょっと寂しいかな。仲間がいる環境があるといいなと思います。
水樹:私も友だちや家族に話を聞いてもらっています。
話せる人がいないときには、紙に気持ちを書き出すこともあります。「わーーー!」って(笑)
声優界トップランナーの二人が「長く働く」をかなえられた理由
ーーお二人とも声優として確固たるポジションを確立しています。長く活躍できているのはなぜだと思いますか?
水樹:何事にも全力投球し続けた結果、今ここに居させていただいているのかなと思いますね。
出し惜しみなく、余力を残さず、「今日が最後かもしれない」という思いで毎日を過ごしています。
そうやって全部を出し切ると、次のエネルギーが湧いてくる気がして。
たとえ失敗したとしても全力でやっていれば後悔はないし、その経験は必ず次に生きます。
もし遠回りになることがあったとしても、その経験もとても大切です。
人生の先輩方のアドバイスはものすごく貴重で、近道を示してくださることもあるのですが、やっぱり自分の目で見て、体感して、納得して先に進みたいという気持ちがあって。
「やっぱり先輩の言う通りだった〜! 私のバカ!!」って思うこともありますが(笑)、さまざまな経験が自分を強くさせ、成長につながっていると感じます。

三石:私の場合は、「気が付けば長く続けていた」という感じなんですよ。
仕事がない時期もありましたし、子育てとの両立で忙しい時は「もういっか」って、何かを捨てなければ動けない時もありました。自分のファッションやメイクとかね(笑)
そうやってうまくいかなかったり、思うように動けなかったりするときは、目線や環境を変えるのがいいと思います。
ずっと同じ道を歩まなくても、違う道に行けば違う景色が見えます。
思っている以上に世間は広いですから、同じ場所で無理にあがかなくてもいい。
植物が光のあたる方に枝を伸ばすように、自分の心が喜ぶ方に向かったらいいんじゃないかなと思いますね。

水樹:お芝居も歌も五感をフル活用するので、生活の中のさまざまなシーンで体験したことが生きていて。
一見関係ないように思えることも、実は重要だったりします。
例えばレストランなどでおいしいものを食べて、「こういう食材の組み合わせもありなんだ!」など、ふとした気付きが仕事の発想につながることもあって。
長く同じ仕事を続けていると、どうしても自分のやり方ができてしまいます。
だからこそ新しいものに触れて、それを取り入れていくことで、自分が更新されて常に新鮮な気持ちで仕事に取り組める気がしますね。
時には大変なこともあるけれど、怖がらずに一歩を踏み出し続けることで、心身ともに健康に、楽しく前へ進めるようになります。
三石:たまには止まってもいいし、苦しければ逃げていいし、落ち込んで泣いてもいい。
でも、あまり止まり過ぎない方がいいんだろうなとは思いますね。
お散歩に行ったり、新しい何かに触れたり、少しでもいいから動いてみる。
そうやって目線を変えることが大事なんじゃないかな。眠れない日が続いても、いつかは眠れるからね。
あまり意固地になって、同じ道にとらわれないでほしいなと思います。
自分をいやしてくれる一番身近な人は自分なのですから。
作品情報
映画 劇場版『美少女戦士セーラームーンCosmos』《前編》
公開日:2023年6月9日(金)
映画 劇場版『美少女戦士セーラームーンCosmos』《後編》
公開日:2023年6月30日(金)
声の出演:三石琴乃、野島健児、福圓美里、金元寿子、佐藤利奈、小清水亜美、伊藤静、皆川純子、大原さやか、前田愛、藤井ゆきよ、水樹奈々、井上麻里奈、早見沙織、佐倉綾音、林原めぐみ
原作・総監修:武内直子
監督:髙橋知也
脚本:筆安一幸
キャラクターデザイン:只野和子
音楽:高梨康治
美術監督:空閑由美子(スタジオじゃっく)
アニメーション制作:東映アニメーション/スタジオディーン
配給:東映
■公式HP/Twitter/Instagram
©武内直子・PNP/劇場版「美少女戦士セーラームーンCosmos」製作委員会
取材・文/天野夏海 撮影/赤松洋太 編集/栗原千明(編集部)
『プロフェッショナルのTheory』の過去記事一覧はこちら
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