「定住を辞める」が最適だった。車中泊で全国を周るウェディングフォトグラファーの“やりたい”への踏み出し方
新しいことを始める以上に、ずっと続けてきたことを辞めることは難しい。仕事、習慣、思考のクセ……何かを辞めて手放すことで「自分らしく働く」を見つけた女性たちの軌跡と変化を紹介します!
新卒でデジタルマーケティングの会社に入り、自宅からフルリモートで働く日々から、車中泊で全国を周り、絶景とともに新郎新婦の撮影をする日々へ。
会社と定住を辞めて、生活を大きく変えたのが、ウェディングフォトグラファーのきゅ〜さんだ。
会社で働くのも、同じ場所で暮らすのも、世の中では“普通”のこと。それを彼女が手放せたのは、とてもシンプルな理由だった。

ウェディングフォトグラファー きゅ〜さん
東京出身。大学を2年間休学し、オーストラリア、東南アジア、ヨーロッパ、アフリカ、南米など計30カ国を周遊。大学卒業後、2020年新卒でデジタルマーケティング会社にディレクターとして就職。副業でフォトグラファーを続け、22年フリーランスとして独立。現在は全国を車で移動しながら、美しい自然風景と撮るウェディングフォトグラファーとして活動 ■Instagram
旅をしたくて今の生活を始めたわけじゃない
私は大学時代に2年間休学し、全部で30カ国を旅して周りました。
もともと旅に興味はなく、海外も怖かったくらいでしたが、結婚式の配膳のバイトをきっかけにウェディングプランナーになりたいと思うようになって。
新郎新婦の手紙や二人の結ばれたご縁に毎回感動して、特別なものを感じて、もっと新郎新婦と近い立場から祝福したいと思ったんです。
だから海外の挙式を学ぼうと、オーストラリアの結婚式場で働いたのが最初の海外経験です。
そこから世界を旅するようになったのは、現地で知り合った友達がきっかけ。
車でニュージーランドを旅している人に同行させてもらったりするうちに、東南アジア、ヨーロッパ、アフリカ、南米など、バックパッカーで旅するようになりました。
その頃に、こんちゃん(@hiromasakondo)という人をInstagramで知って。
旅先で出会った人々の笑顔の写真を撮っていたんですけど、その写真がすっごく綺麗だったんです。
「いいな、私もやってみたいな」と思って、旅をしながらリモートでカメラの講座を受講し、自分でも撮影をするようになりました。

アフリカで撮影した子どもたち(@harmonicagraphy)
ただ、帰国して新卒で就職したのは、ウェディングとも写真とも全く関係がない、デジタルマーケティングの会社。
実は旅をするうちに、ウェディングフォトグラファーになろうと、心の持ち方が変わっていったんです。
ウェディング業界は年功序列の文化で、結構ブラックなところもあり、自分には合わないなと思ってしまって……。
それなら自分の写真を発信する方法を学び、あるいは魅力的な人に出会ったときに支援ができるように、ビジネスに役立つデジタルマーケティングを学んでおこうと思いました。
そういう意味では、写真をやりたい気持ちは社会人になった当初からありましたし、実際に副業でウェディングフォトの撮影もしていました。
ただ、旅はもういいかなと思っていたんです。
実際、入社した会社はフルリモートで、在籍していた2年半のうち、最初の1年半はずっと東京の実家で仕事をしていて。
当時は自分が今みたいな生き方をするなんて全然想像していなかったし、「このままでいいや」って思っていました。
転機は、厳しいプロジェクトからゆるめのプロジェクトに変わったタイミングで、冬の沖縄へ行ったこと。
当時、副業のウェディングフォト撮影は東京でしていたのですが、もっと美しい風景や自然とともに新郎新婦を撮りたい思いがあったんです。
そこで事前にInstagramで沖縄に行くことを告知したら、思ったよりも撮影依頼を頂けて。

旅先で出会ったご夫婦を即興でウェディング撮影(@harmonicagraphy)
東京に戻ってからは軽自動車を買って、車中泊ができるように改造して、今度は夏の北海道へ行きました。
そこで、「都会的なものではなく、美しい自然風景や動物とともに、新郎新婦さんを撮りたい」という、自分の写真のスタイルを見つけることができたんです。
当時は正社員と副業でてんやわんやで、1日16時間労働をする日もあってバタバタでしたけど、その時に「今なら会社を辞めてもやっていけそうかな」という感触をつかめました。
定期的に撮影の依頼を頂けるようになったし、あちこち回るうちに仲間が増えてきた実感もあったし、写真の腕はやるほど上達していくから、今より状況が悪くなることはないはず。
何より楽しいし、収入的にもカメラの道の方が本業より可能性があるかなって。
それで退職を決意し、同時に全国を車中泊で移動するバンライフを本格的に始めました。
まだ写真に納めたことがない自然風景を見つけるには、自分で探して回らないといけない。そのためには車中泊で移動した方が効率的なので、こういう暮らしになりましたね。
旅をしたくて今の生活を始めたのではなく、自然風景とともにウエディングフォトを撮るためには、依頼に応じて車中泊しながら移動する今のスタイルが最適だったんです。

北海道のラベンダー畑と湖が広がる僻地にて(@harmonicagraphy)
車中泊での移動生活は意外と普通?
この生活を始めて、もうすぐ1年がたちます。
会社員からフリーランス、実家暮らしからバンライフと、働き方も生活スタイルも変わりましたが、グラデーションで変わっていった感じなので、スムーズに切り替えられた気がしますね。
今は夏は北海道、冬は沖縄、春は桜、合間に阿蘇や広島、四国や長野など、ご依頼に応じて全国を回っています。
車中泊なので、泊まる場所を気にすることなく僻地に行けるのは、この生活ならではの良さ。
全国各地に自分で見つけた美しい場所が増えてきて、この間は北海道で、麦畑に木が一本だけある、地平線が見えるところを見つけて「天国だ!」と思いました。
農作業している人に聞いたら、「昔カルビーのCMにも使われていた」と教えてもらって。そんな場所を自分で見つけられたのがすっごいうれしかったです。

麦畑に木が一本だけある「天国だ!」と思った場所(@harmonicagraphy)
そういう美しい場所を撮影場所としてお客さんに提案して、賛同してくださって、撮った写真を「おーっ!」って喜んでくださるのが何よりも幸せです。
今の生活は楽しくて、生まれ変わってもこの生き方でいいんじゃないかなって思うくらいです。会いたいときに会いたい人に会えるのも、気に入っていますね。
それに、出会った人に車中泊しながら全国を回っていることを話すと、「すごいね」ってめっちゃ褒めてもらえるんですよ。承認欲求が満たされます(笑)
みんなからよく聞かれる質問と、私の答えはこんな感じです。
「移動はどうしてるの?」「車ごとフェリーに積んで運んでるよ」
「寝泊まりはどうするの?」「車で寝てるよ」
「食べ物はどうするの?」「スーパーで買ってるよ」
「お風呂はどうするの?」「銭湯や温泉に入ってるよ」
「疲れない?」「家に帰らずに車で寝れるから楽だよ」
めっちゃ普通ですよね(笑)。全然特別なことじゃなくて、誰でもできることなんですよ。

荷物は機材用のスーツケースとリュック二つ。「かわいい服は好きですけど、今は黒いパンツ3着と白のTシャツ5着、同じものを取り揃えています」(きゅ〜さん)
ただ、最近は定住もいいなって思い始めました。
私は釣りをしながらアヒルと猫と鶏と豚と暮らすのが夢で、3割ぐらいはそんな生活をしたい気持ちがあるのですが、それをしてしまうとお仕事が制限されてしまう。
全国の自然風景でウェディングフォトを撮りたいという思いにより、定住が遠のいてしまっている面はあり、そこはちょっとジレンマです。
とはいえ、この先結婚したり子どもができたりしても、自由でいたいなとは思います。定住するしないはさておき、あちこち動き回るのは楽しいし、好きなんでしょうね。
すでに今年の12月から来年の3月まではニュージーランドに行くことが決まっているから、定住はまだまだ先になりそうだけど、体が動くうちに今しかやれないことをいっぱいやって、疲れたらアヒルと猫と鶏と豚と暮らせばいいかなって現時点では思っています。
全ては小さな「やりたい」から始まった
私は猪突猛進型の人間なので、自分がやりたいって思ったことには突き進んで、興味がないことは切り捨てる、みたいな感じなんです。
今の生活も、本当に些細な「やりたい」って気持ちから始まっています。
元をたどれば、最初はウェディングプランナーになりたくて、海外の挙式を知るために日本を飛び出したら、そこですてきな写真を撮りながら旅する人のことを知って。面白そうだなと思ってカメラを始めました。
その当時は、写真で食べていけるなんて思っていなかったんです。
あったのは「私もやってみたい」っていう気持ちだけ。
実際に写真を撮り始めたら、ウェディングフォトを撮るのがめっちゃ楽しかったから、新卒で会社に入るタイミングでウェディング専門のフォトグラファーとして副業を始めました。
その中で「どういう写真が撮りたいかな」って考えた時に、たどり着いたのが自然風景。
じゃあ全国の美しい自然風景を探し、新郎新婦さんを撮影するにはどうすればいいか。調べた結果として、定住を辞めて、バンライフに至りました。

阿蘇の大自然と共に(@harmonicagraphy)
「やりたい」があっても踏み出せない人は、どうしたらいいか分からなかったり、それをやる自分がイメージできていなかったりするんだと思います。だから怖いんじゃないかな。
私の場合は、やりたいことに対してネットで調べたり、周りでやっている人に相談したりして、知識を増やしたことでピースがはまるというか、ステップが見えていった気がします。
もう一つ、会社以外の世界があったことも大きかったですね。
私は『ラブグラフ』というフォトグラファーのコミュニティーに入っているのですが、そこで自分の名前で生きている人とたくさん出会ったことで、「カメラで食べていけるんだな」と知ることができました。
あとは、お金がなくても楽しそうにしている旅人を見て、「なんで私は1日8時間も会社のために費やしているんだろう」って。
東京にいた頃、周りは会社員ばかりで、それが普通になっていましたけど、旅に出ると自由な人たちがたくさんいて、もっと自由に生きていいんだなって思うようになりました。
だからやりたいことを大切にして、情報収集しながら仲間を増やしていったら、やりたいことは自然と実現できるのかなって思います。

撮影と旅を通じて出会った仲間たち
会社員と定住を辞めてから、出会う人の数はめちゃくちゃ増えました。
いろいろな人の価値観に触れたり、さまざまな土地に行って新しい景色を見たりすると、新しい気付きがあるなって改めて思います。
最近は仕事を詰め込み過ぎちゃって、時間と心の余裕がなくて新しくやりたいことがなかなか見つからなかったんですけど、次は自然風景に溶け込むようなハンドメイドの服を作ってみようと思って、今は事業計画書を作っています。
都会の生活に疲れた人が美しい服を着て、少しの間でも普段の生活を忘れてリフレッシュして、楽しい気持ちになってくれたらいいなって。
あとは撮影時、美しい風景に対して私の服がダサいっていう問題もあるので、自分が着る服が欲しいのもありますね(笑)
やりたいことをやっていれば、それが次の何かにつながっていくんだなって感じています。
今日が一番若い日だし、何でも始めていいんだよって思いますね。
取材・文・編集/天野夏海 写真/ご本人提供(Instagram)
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