登山家・渡邊直子が日本人女性初8000m峰14座制覇に挑む本当の理由「破天荒な人を増やしたい」
時代が変わる過渡期の今、より良い未来をつくろうと活動する人たちにフォーカス。前例や常識を超えて前に進む彼女ら・彼らの姿を見てみよう
現役看護師でありながら登山家として日本人女性初の8000m峰14座制覇まであと1座に迫る渡邊直子さん。
2024年春に最後のアタックにたつ予定の渡邊さんだが、意外にも「記録を作ることは目的じゃない」と話す。
本当の目的は「記録を作ったその先にある」という渡邊さん。その真意とは。

登山家
渡邊直子さん
1981年、福岡県生まれ。3歳から登山やサバイバルキャンプの企画に参加する。長崎大学水産学部卒業後、日本赤十字豊田看護大学看護学科卒業。2006年、在学中に初の8000m峰「チョオユー(8201m)」に登頂。以来、看護師を続けながら8000m峰に通い続ける。13年には世界1位の「エベレスト(8848m)」に登頂し、現在13座の登頂を達成。24年春、「日本人女性初8000m峰14座制覇」に向けて中国の「シシャパンマ(8027m)」にアタック予定
■X:@nimayanji ■Instagram:naokowatanabe8848
高所登山は、子ども時代の冒険の延長
私が登山を始めたのは3歳の時。
母の職場の企画で、毎年親元を離れて森の中でサバイバルキャンプしたり登山したりしていました。
福岡のNPOの企画で海外にもよく行ってましたね。現地の子どもたちとパキスタンの雪山を登ったり、中国の無人島でキャンプをしたり、モンゴルの大草原を縦走したり。たくさん冒険をさせてもらいました。
大学1年生のある日、その団体の主催者の方から、「今度、ヒマラヤの5000m峰遠征企画したけど、行くか?」と誘われて。これが本格的な高所登山の始まりでした。当時は「子ども時代の冒険の延長」という感覚でしたね。
いざ5000m、6000m峰に登ってみると、高所に強く、「私、登山に向いているな」と思いました。

※写真はイメージです
あとはやっぱり、すごく楽しくて。何が楽しいって、いろんな国の人たちや現地スタッフたちと何週間も寝食を共にする生活自体がおもしろい。その中に登山がある感覚なんです。
そこから徐々に、挑戦する山の標高を上げていきました。
初めて8000m峰の1座目となるチベットのチョーオユーに登頂したのが、24歳の時。意外にも、想像より簡単に登れたんですよ。
「ひょっとしたらまだまだいけるかもしれない」なんて思っていたある日、ネパールの6000m峰を一緒に登ったイギリス人男性がエベレストに登頂したという話を耳にしました。
それで思ったんです。「彼が登れたなら私もいける」って。そして2013年、31歳で初めてエベレストに登頂。これが8000m峰の2座目となりました。
標高8000mに行くと、小さなことはどうでもよくなる
簡単そうに聞こえるかもしれませんが、やはり高所登山は過酷なチャレンジです。
酸素濃度は地表の3分の1ですし、氷点下40~60度の極寒、断崖絶壁、突然現れる深い氷の裂け目……。滑落する登山家を見たこともあれば、遺体を目にしたこともあります。
そんな危険を伴いながらも私が「8000m峰14座制覇」を目指そうと思った理由は二つあります。
一つは、「自分を変えたい」という思いです。
子どものころは引っ込み思案な性格で、アウトドア団体の中で発言もできなくて。地味で目立たず、みんなから覚えられていないような子どもでした。
でも、海外で登山をしていると、言葉が通じないのに不思議と仲間たちとコミュニケーションが取れるんですよね。この成功体験は自信になって、私を大きく変えてくれました。

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今では逆に、思ったことをすぐに口にしてしまうのですが、日本だとそういうのは周囲から受け入れられないこともあって。そうすると今度は日本の社会に適応できない自分を好きじゃないと感じてしまう。
そんなとき、8000m峰に行くと、そんなちっぽけなことはどうでもよくなるんです。「別に素直に発言することは悪いことじゃないよな。日本の社会が合わないだけかも」って。ヒマラヤにいるときの自分は、心から好きになれる。
極限の中、生死に関わる場面に出くわすたびに、知らない自分に出会えるのも面白いですよ。「こんなふうに思う自分もいるんだ」といったように。
新しい自分と出会いながら、どんどん自分を変えていけるのが、8000m峰登山に挑む理由の一つです。
そして二つ目の理由は、私の挑戦を通して、子どもたちが冒険をするハードルを下げたいから。冒険を通して豊かな感性を養ってほしい。失敗を恐れず、やりたいことを思いっきりやろうと思える子を増やしたい。そんな思いがあります。
最近、学校から講演の依頼をいただくことが増えました。そこで、「みんな良い子なんだけど、何かにチャレンジしても『このくらいでいいや』と最初から制限してしまう生徒が多いので、刺激を与えてやってほしい」と言われたことがあって。
私は、「子どものころの体験がユニークな人間を作る」と信じています。
子どものころにたくさん冒険を経験すると、小さくまとまらずに破天荒なことをどんどんできる面白い人に育っていくと思うんです。失敗経験だって、生きていく上で強い武器になります。
私の話を聞いて、「エベレストに登りたい!」と目を輝かせてくれる子もいて。少しでも子どもたちのチャレンジマインドを引き出せたと思うとうれしくなりますね。

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会社員が居酒屋で息抜きする感覚でヒマラヤへ
14座制覇に向けた最後の1座、中国のシシャパンマへの登頂は、この春を予定しています。遠征費用が高額なので、今は看護師の仕事をセーブして資金集めに注力中です。
本番に向けたトレーニングは特にしていません。これまでの登山を通して、高所順応とマネジメントがちゃんとできさえすれば登れることを知っているので。
資金についても、ありがたいことに、スポンサーやクラウドファンディングを通じ、多くの方にご支援いただけることも増えました。
ただ、チャレンジを始めたころは苦労しました。
まず、自分みたいな一般人にスポンサーがつくなんて発想がなくて。看護師の仕事で必死に稼いで、登山資金を捻出していました。当時の睡眠時間は平均2、3時間ほど。今振り返ると、相当ハードな生活でしたね。
それでもチャレンジを続けたのは、私にとってのヒマラヤが「本来の自分に戻れる場所」だったから。
日々働いていると、精神的にしんどくなることがあるんですが、ヒマラヤにいくと、心が落ち着いてリセットできる。居酒屋に飲みに行かないとやってられない会社員みたいな感覚で、私にはヒマラヤが不可欠なんです。ヒマラヤに息抜きしに行ってる感じです(笑)
山に行けば解き放たれる。本来の自分を取り戻せる。
だから借金をしてでも資金を工面して、登り続けています。
ずっと自分を好きで居続けるために、これからも登る

※写真はイメージです
実は私の最終目標は14座制覇ではありません。14座制覇はあくまで通過点。記録を作ることは目的じゃないんです。
登頂に成功したら、子どもたちが冒険を経験したり、生きづらさを抱える人たちが登山を通して心を癒やしたりできるような事業の立ち上げに力を注ぎたい。
その際、記録は「この人になら大切な子どもを預けられる」といった信頼になる。そのために、14座を制覇したいんです。
今企画しているのは、子どもたちを連れたヒマラヤへの冒険企画。
まず、子どもたちだけで日本を出発してもらう予定です。親御さんがいるとどうしても甘えちゃうし、成長の度合いが変わってきますから。もちろん、荷物もできるだけ自分で持ってもらいます(笑)
あえて貧乏旅にして、ホテルじゃなくて現地の学校に泊まったり、テント泊をしたり、ホームステイをしたりすることで、リアルな世界を知ってほしいなとも思っています。
現地ネパールの子どもたちと一緒にヒマラヤに登って交流を深め、大自然に触れる。広い世界を冒険する。そんな旅にしたいですね。

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子どもだけでなく、生きづらさを抱える大人向けのサポート事業も計画中。ヒマラヤのトレッキングもそうですし、6000m峰や8000m峰を登りたい方がいれば寄り添ってサポートしたいと考えています。
私と同じように日々の中で精神的に疲れてしまう人には、ぜひヒマラヤに行ってみてほしい。
いろんなことに悩んでいても、山に行くと「自分の悩みなんてちっぽけだな」と思えるから。一人でも多くの人にヒマラヤに行ってもらって、「もっと楽に生きていいんだな」と思ってほしいです。
「自分には無理」と思う人も多いかもしれないけれど、ヒマラヤは誰でも楽しめます。ベースキャンプを楽しむだけでも十分。疲れた大人たちに元気になってほしいですね。
最近は、「こんな素人でも登山はできますか?」といった問い合わせが増えてきました。そこで、子どもたちの冒険企画の下見も兼ねて、実は23年の年末から24年の年始にかけて、希望する大人たちを連れて、ヒマラヤにトレッキングに行ったんです。
参加者9名のほとんどが登山初心者。それでも「挑戦したい」と興味を持ってくれたのはうれしかったですね。
やりたいことは全部やらせてあげたくて、それぞれの要望に応えてその人に合ったプランを作りました。トレッキングを延ばすとか、NGO施設を訪問するとか、昔ながらの生活をしている家にホームステイするとか。
こういった新しい事業と並行して、看護師の仕事も8000m峰登山も続ける予定なので、これからは「三足のわらじ」ということになるのかな?(笑)

2022年、8000m峰の13座目である「パキスタン・ガッシャブルムⅠ峰(8080m)」遠征時の渡邊さん
記録を作った後もなぜ登山を続けるのか。その根底には、「もっと自分を好きになりたい」という思いがあります。
私は山に行くと自分を好きになれるけど、登山が終わって日本の生活に戻ると、「自分が好きじゃない」感覚がまたよみがえってしまうんです。
多忙な日々でストレスがたまってイライラして、小さなことが気になり苦しくなってしまう。本当はどこにいても、自分のことを好きで居続けたいのに。
「次ヒマラヤに行ったら、もっといい自分になるぞ」
そうあがきながら、新しい自分を一生追い求めていくんでしょうね、きっと。
そして、社会の常識やルールに縛られた子どもたちや、私と同じように日本で生きづらさを抱える人たちの心も解きほぐしてあげたいです。
チャレンジに躊躇してしまう人たちの心の扉を開きたい。おもしろくてユニークで、破天荒な人たちをどんどん増やしたい。
そんな未来を実現させるために、私はこれからも登り続けます。
文/日向みく 写真/渡邊直子さんご提供 取材・編集/光谷麻里(編集部)
『常識を超えていけ! 未来を照らす人たち』の過去記事一覧はこちら
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