『鮨ゆう子』女性寿司職人が自然体でいられるワケ「周りが感じる女性らしさに反発する必要はない」
さまざまな場所で「少数派」として活躍する人たちにフォーカス。彼女ら・彼らの仕事観や仕事への向き合い方をヒントに、自分自身の働き方を見つめ直すきっかけにしてみよう!
2023年6月、東京・浅草に寿司屋『鮨ゆう子』がオープンした。
浅草のビストロを間借りし、週2日のみ営業する同店は、口コミとSNSだけであっという間に予約が埋まってしまう人気店だ。
店主を務めるのは、鈴木裕子さん。彼女の肌感では「女性の寿司職人は全体の1割にも満たない」という。

鮨ゆう子 店主
鈴木裕子さん
新卒で食品メーカーに就職。実家の寿司屋『寿司治』を継ぐことを決意し、35歳で寿司職人に転身。恵比寿の高級店『鮨竹半 若槻』での約5年間の修業を経て、2023年6月に自身の店『鮨ゆう子』をオープン。実家の店を手伝いながら、浅草のビストロを間借りし週2日のみ営業中
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食品メーカーから寿司職人に転身
鈴木さんの実家は東京北区で60年続く江戸前寿司屋『寿司治』。幼少期から父親が握る寿司を食べて育ったが、「自分が寿司職人になるとは夢にも思わなかった」と振り返る。
「いつか飲食に関わる仕事をやりたいという漠然とした考えはありましたが、兄もいましたし、自分が実家のお店を継ぐだなんて全く考えていませんでした」
大学卒業後は食品メーカーに就職。そこから鈴木さんが寿司職人への転身を考え始めたのは30歳を過ぎた頃。父親が体調を崩したことがきっかけになった。
「兄は実家を継ぐ気が全くなくて。このままだとお店がなくなってしまうと考えた時に、それは嫌だと思ったんです」
別業種、別職種へのキャリアチェンジ。働き方が大きく変わることから、先々で結婚や出産といったライフイベントを迎えたときに両立ができるのかなど、「2〜3年は悩んだ」と鈴木さん。

「最終的には、父の年齢を考えれば転身するなら今しかないと思いました。寿司職人になって、その後父と一緒に働きながらお店を継いでいくことを考えれば、早い方がいいですから」
会社を退職した鈴木さんは35歳で寿司職人養成学校『東京すしアカデミー』へ入学。2カ月間徹底的に基礎を学び、その後は恵比寿の高級店『鮨竹半 若槻』で約5年間修業をした。
いきなり実家の店で働くのではなく他店を経験したのは、「他のお店のやり方を知りたかったから」だという。
「実家のお店と修行したお店は価格帯やお客さまの層が異なるので、雰囲気やサービスも全然違います。それぞれの良さを理解しながら、技術的なことに加えて接客についても学べて、良い勉強になりました」
2023年からは実家の店を手伝いながら、自身の店『鮨ゆう子』をオープン。浅草のビストロを間借りし、週2日のみ営業中だ。
技術力勝負の職人の世界、性別で不利になることはない
パティシエをはじめ、食の世界で活躍する女性は決して珍しい存在ではない。寿司職人もまた、近年は女性が増加傾向にあるという。
「女性が大将を務めるお店はまだ少ないですが、職人自体は増えていて、私がこの世界に飛び込んだ5年前と比べても変わってきているのを感じます。いきなり寿司屋で修行をするのではなく、お寿司の学校ができたことで敷居が下がったのかもしれませんね」
とはいえ、まだまだ圧倒的な男性社会であることは事実だ。「日本で寿司職人としてお店に立っている女性は1割もいないと思う」と鈴木さんは話す。
そんな世界に飛び込むことに不安はなかったのか。そう尋ねると、「特になかったんですよ」と笑顔を見せる。

「というか、不安を感じている余裕はなかったですね。会社員時代から生活はガラッと変わりましたし、覚えなければいけないことが本当に多くて。あっという間に時間が過ぎていきました(笑)」
寿司職人を志してから約5年がたつ今もなお、鈴木さんの1日はハードだ。
早朝から市場に買い出しへ行き、帰宅後はすぐに実家のお店の仕込みに入る。昼は実家のランチを手伝いながら、自身の店をオープンする日は自分の仕込みも同時に行い、仕事を終えて帰宅するのは24時過ぎ。
会社員時代と比べれば1日の拘束時間は長くなり、睡眠時間も減った。体力的なしんどさを感じることはあるが、それを上回るやりがいが鈴木さんを支えている。
「寿司職人は技術職ですから、自分のレベルが徐々に上がっている実感があることに日々楽しさを感じています。もともと体を動かしている方が好きなタイプなので、今の仕事は性に合っているのかもしれません」
技術力がものを言う職人の世界だからこそ、「女性だから」という理由でマイナスに感じることもない。
「女性は手が温かいから、女性が寿司を握るとネタが傷む、なんて言われていたこともありますが、迷信だと思います。男性でも手が温かい人はいますし、水仕事ですから仕事中の手は冷たいくらいです(笑)」

仕込みを終えたネタ(参照)
「過去には女性の寿司職人を敬遠する年配のお客さまもいましたが、ごく少数。『女性職人だからお店に入りやすかった』『雰囲気が和らぐ』と言っていただくことの方が多いですね。市場の皆さんも親切で、寿司業界を盛り上げようと、魚屋さんも応援してくださっています」
周りが感じる「女性らしさ」に反発する必要はない
『鮨ゆう子』の口コミや評価には、「女性の感性」「女性ならでは」といった称賛の言葉が並ぶ。
鈴木さん自身は「働く上で性別を意識することはない」というが、女性が少ない世界だからこそ、本来は技術で評価されるべきところに「女性」という属性が絡んでくる。
そんな現状に対しても、鈴木さんはあくまで自然体だ。
「性別を意識すると、自分自身が窮屈になってしまう気がします。無理に男性のやり方をまねしたって、誰が握っても同じになるだけで、私が握る良さがなくなってしまう。大切なのは自分らしさであり、それを受け入れてくださるお客さまにお寿司を楽しんでいただく方がストレスもありません」

マイノリティーであることを意識せず、自分らしくいられているのは、鈴木さんがこれまでに過ごしてきた環境も影響している。
大学は理系で男性比率が高く、勤めていた会社も入社当時の配属先だった営業部門に女性は数人。そんな環境に身を置いてきた中で思うことは、「意地をはらず、厚意は受け入れればいい」ということ。
「女性であることに甘えるわけではないけれど、『女性らしさ』を周りが勝手に感じて、プラスに捉えてくれるのであれば、変に反発せず、乗っかればいいんだと思います。その方が結果的にうまくいきますし、自分も楽です」
寿司屋に入り、カウンターで握ってもらう敷居は高い。行ってみたいけどなかなか勇気が出ない人も少なくないだろう。
そんな現状に対し、鈴木さんは「寿司屋に入る敷居を少しでも下げたい」と、自身が目指す寿司屋の姿を語る。
「寿司職人が女性であることで敷居が下がるのであれば、それは私だから発揮できる価値だとも言えます。私らしくて質の高いおいしいお寿司を、いろいろな人に安心して楽しんでいただく。そんな親しみやすい寿司屋にしていきたいですね」
取材・文/モリエミサキ 編集・撮影/天野夏海
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