災害時の「生理」はなぜ軽視される? “生理の話が恥ずかしい”日本で、働く女性がしておきたい備え

その不平等、気付いてる?
働く女性が知っておきたい「ジェンダー入門」

日本のジェンダーギャップ指数は先進国の中で最低レベル。でも、具体的には何が問題なの?東京大学の特任助教であり、ジェンダー問題の若き論客である中野円佳さんが、男女平等の超後進国・日本で働く上で知っておきたい「ジェンダーの今」について解説します。

中野円佳さん

東日本大震災からまもなく13年。

災害時には、女性の死亡率が高いことや、性被害が起きること、避難所での困難など、女性にとっては障壁が多いことが指摘されている。

今年1月に起きた能登半島地震でも多くの障壁が問題視されていたが、中でも話題を呼んでいたのが「生理」に関する問題。

男性には理解しづらいだけに、備えが足りなかったり、「生理用品はぜいたく品」と優先順位を下げられたりと、さまざまな問題が浮き彫りになった。

防災分野に女性視点が欠けることにより、被災した女性たちはどのような状況に置かれてしまうのか。いつ起こるか分からない災害に備えて、私たちには何ができるのだろう。

今回のテーマ

職場や家族、パートナーと「生理の話」をしてみよう

── 今年1月1日に能登半島地震が起こりましたが、生理用品の不足などが叫ばれていましたね。

そうですね。避難所での生活が必要となった人たちも多く、震災直後に一部のSNSで、避難所での生理用品の確保を巡り「食料や水の方が優先」「トイレットペーパーなど代用できるものがある」などの意見が上がっていたのを見かけました。

「配布されたとしても1人1枚ずつだった」という投稿もあったようです。

生理を実際に経験したことのある人なら、トイレットペーパーが代用品にならないことや1人1枚では不十分であることは明らかです。

しかし、経血の量や、排尿のようにはタイミングを選べないことなど、生理について理解が不十分な社会では、このような意見があがってしまうのかと衝撃を受けた人も少なくなかったのではないかと思います。

── 生理用品以外には、どのような問題があったのでしょうか。

避難所で着替える場所がない、下着を干せないなどの声は東日本大震災時もあがっていましたが、今回も同様の声があがっており、中には仕切り板が用意されていたにもかかわらず男性リーダーの一声でそれが使われずに放置されていたという報道も目にしました。

── 防災分野に女性の視点が欠けていることの影響が大きそうですね。

実は、29年前の阪神大震災後、既に防災において女性の置かれた状況に着目する重要性は指摘されていたようです。

浅野富美枝・天童睦子『災害女性学をつくる』によれば、阪神大震災では、10歳未満を除くすべての年齢層で女性の死亡割合が高く、とりわけ高齢で経済力がない女性たちが古い住宅に住んでいて被害に遭ったこと、ボランティア組織の中に性別役割分業があったことなどが指摘されています。

その後、2004年の中越地震以降も、国レベルでの防災政策への女性視点の導入が示されるなどの動きがあったそうです。

11年の東日本大震災後に女性同士で実施した支援の意義などが発信され(みやぎの女性支援を記録する会 著『女たちが動く: 東日本大震災と男女共同参画視点の支援』など)、災害時にはDVや性暴力が起こりやすい(小川たまか他『災害と性暴力』など)こともかなり知られるようになりました。

これらの動きも踏まえ、20年に内閣府男女共同参画局は男女共同参画の視点からの防災ガイドラインをまとめています。そこには、避難所運営でトイレや更衣室を男女別に設けること、女性用品の配布場所を設けることの必要性とともに、防災や復興の方針を決める過程に女性が参画することの重要性がすでに掲げられています。

── それなのになぜ、いまだに生理用品や仕切り板などの問題が起こるのでしょう?

今回の能登半島地震から分かるのは、このような方針が一部の現場には浸透はしていなかったことでしょう。

私が勤めている東京大学でも、以前は防災グッズに生理用品が入っていなかったという話を聞きました。近年は、学生自治会の提案などもあり、防災のためだけではなく、普段から各学部などがキャンパス内のお手洗いに生理用品を設置しはじめました。

この過程で「コストはどこが負担するのか」など、導入の障壁となりそうな点を指摘する声があがることもあったのですが、そのたびにさまざまな立場の女性の教職員が「トイレットペーパーのコストはどうしているのですか?それと同じです」と押し返す場面がありました。

生理用品は、これまで各自が自費で購入し持参するのが「当たり前」だったかもしれません。でも、確かにトイレットペーパーと同じように考えたら、個人が公共機関や店舗などに持参するべきだという議論にはなりません。

生理は基本的には月に1度、突然はじまるので、駆け込んだトイレに常備されていれば有用であり、日頃から配備しておけば、災害時に使うこともできます。最近は生理用品を職場に設置するケースも出てきているようです。

── 職場のトイレに「生理用品が常備されているのが当たり前」になると、災害時も安心ですね。ただ、まだそこまで意識が行き届いていない企業が多いと思いますが、今の社会で働く女性たちにはどんな備えができるでしょうか。

個々人で、自宅や職場に普段使う数よりも多めに備蓄しておくことはまず手軽にできることかと思います。

また、職場で避難訓練があったときなど、「面倒だな」と思いながら参加する人も多いとは思いますが、これを機に職場ではどのような防災用品が用意されているのかを確認してみてはどうでしょうか

もし、防災用品や避難時の設計に男性しかかかわっていないようだったら、女性の視点を盛り込んだ意見を出してみてほしいです。

そもそも、女性特有の事情について男性もいる場で指摘をするのは恥ずかしいと思う人も多いかもしれませんが、そういう場合は職場の女性たちで話し合ってみんなで意見をあげてみても良いかもしれません。

日本は性教育が不十分であることもあり、こうしたことについて語るのを避ける風潮が続くと、理解していない男性が多い状況は変わりません。状況を一歩前に進めるためには、まず私たち女性が「生理の話は恥ずかしい」と捉えずに、発信していくことが大事です。

いざ災害が起こった後では、被災者は疲弊していたり周囲に遠慮したりして、被災者は声を上げにくいということも指摘されています。平時にできることはしておきましょう。

私個人は、自分の子どもには性別にかかわらず、オープンに生理のことを話すようにしています。

「当たり前」を変えていくためには、それを必要とする当事者の視点がさまざまな場所で反映される必要があり、それを言わないことが当事者のせいにされてしまうことはあってはならないですが、自分のパートナーや家族からでも、生理にまつわる困難を普段から伝えられていくと良いのかなと思います。

こうした一人一人の小さな声が、社会全体への理解の浸透に繋がっていくのではないでしょうか。

震災で幕を開けた2024年。3.11も近づくこのタイミングで、改めて「災害と生理」について考えてみましょう。

中野円佳さん

【この記事を書いた人】
東京大学特任助教
中野円佳

東京大学男女共同参画室特任助教。2007年東京大学教育学部卒、日本経済新聞社入社。14年、立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、15年4月よりフリージャーナリスト。22年より東京大学男女共同参画室特任研究員、23年より現職。厚労省「働き方の未来2035懇談会」、経産省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員などを歴任。著書に『「育休世代」のジレンマ~女性活用はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)『上司の「いじり」が許せない』(講談社)『なぜ共働きも専業もしんどいのか~主婦がいないと回らない構造』(‎PHP研究所)、『教育大国シンガポール』(光文社新書)。キッズラインをめぐる報道でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞、調査報道大賞2022優秀賞(デジタル部門)。シンガポール5年滞在後帰国 ■X