上司の指示を無視するのは「逆パワハラ」になる? 若手女性に専門家が送る三つのアドバイス/ハラスメント対策専門家・山藤祐子
労働施策総合推進法の改正により、職場でのパワハラ対策が義務化された。
上司から部下へのパワハラに対する目が厳しくなる中、徐々に顕在化し始めているのが、部下から上司への「逆パワハラ」だ。
「逆パワハラ自体は以前から起きていたことですが、ハラスメント全般への意識が高まったことで、『部下のこの言動もパワハラでは?』と疑問を持つ上司が増えています」
そう話すのは、ハラスメント対策専門家の山藤祐子さん。
少子高齢化に伴い労働人口が減り、売り手市場が続く見込みの今、部下の立場は従来よりも強くなったとも言える。
実際に「部下が指示に従わない」「部下の言動が目にあまる」といった上司からの相談は急増しているという。
山藤さんによると、部下から上司への逆パワハラに該当する可能性がある言動は、大きく以下の二つ。
・正当な理由なく上司の指示に従わず、無視をする
・誹謗中傷などにより、上司の尊厳を著しく傷つける
この二つを念頭に置きながら、「逆パワハラをしているかも……」という心当たりがある若手女性たちの相談を見てみよう。
Aさんの相談「上司の指示は間違っていると思う」
新卒入社3年目の営業職です。
私の上司はあまりに仕事ができず、指示もおかしくて。現場のことはプレーヤーである私の方が理解しているので、上司の指示は無視して、自分の判断で動いてしまっています。
正当な理由なく上司の業務指示を無視するのは、無視をする側に問題があります。 そして正当な理由なく上司の業務指示を無視し続ければ、逆パワハラになる可能性が高いですね。
上司には業務指揮命令権があり、仕事上必要だと判断していることを部下に指示しています。
なので、「上司の指示はおかしいからやらない」は正当な理由とは見なされません。
上司の指示が明らかに間違っていても、ですか?
大前提として、「業務上適しているかどうか」を判断するのはAさんではないんですよ。
上司の指示が違法行為に当たる場合は別ですが、そうでないのなら従う必要があります。
うーん……。
もちろん上司の指示が絶対正しいとは言えませんし、Aさんの判断の方が適している可能性もあります。
ただ、上司とAさんの社会人経験の差を考えれば、成功体験や過去の事例など、営業活動に関するデータ数は圧倒的に上司の方が多いはず。
Aさんがどれだけ結果を残していたとしても、相対的に見れば新卒入社3年目の経験値はまだまだ少ないもの。
それなら経験豊富な上司のやり方を試してみるのも一つの方法ではないでしょうか。
上司の指示通りにやった結果、うまくいかなかったら自分の評価が下がりそうで嫌だなって思います……。
うまくいかなかったときは「やってみたけどこういう理由で難しかった。だからこうしたい」と上司に話せばいいのです。
ほとんどの上司は自分のやり方が100%正しいと思っているわけではないですし、イエスマンを求めているわけでもありません。
そういった部下からの相談は歓迎されると思いますよ。
まずは上司の指示通りにやってみて、その結果を元に自分の意思を伝えると。
その際に大切なのは、ただ上司の指示を批判するのではなく、代替案を持って相談をすること。
「それは違う、おかしい」と言うだけでなく、「この点が違うと思うから、こういう理由でこうやりたい」と伝える。
その方が前向きですし、チームの雰囲気も良くなるはずです。
まぁ確かに……。
Aさんにもこれまでの実績や考え方があるでしょうし、信頼できない上司の指示を聞き入れるのに抵抗があるのも分かります。
ただ、上司はAさんを苦しめたくて指示を出しているわけではないですし、実績が上がるのは誰もが望んでいること。
上司を敵視するのではなく、同じ目標を目指す人という意識に変えられるといいですね。
Bさんの相談「上司の指示こそパワハラ。従う必要ないのでは?」
私はリモート勤務なのですが、先日上司から出社をするように指示されました。
「業務指示に従わないことが逆パワハラになる」とのことですが、リモートでも仕事はできているし、チームの同僚は引き続きリモートです。
それなのに私だけ出社を強いられるのはパワハラだし、その指示に従うのは違うと思います。
上司が部下に出社を指示することは違反ではありませんし、パワハラにも該当しません。
「出社は原則なし」と就業規則に記載されている場合は別ですが、そうでないのなら上司の指示は正当なものだと思いますよ。
リモートでみんなと同じように仕事ができているのに、私にだけ出社を指示するっておかしくないですか?
たとえ自分ではリモートで仕事ができていると思っていても、それを判断するのは上司です。
最近、業務上の指示に対して「私は必要ないと思います」と自身で判断してしまう人が若い世代を中心に増えていますが、上司の指示の必要性を判断するのが部下ではない以上、原則として上司の指示には従わなければいけません。
きっと上司には、Bさんに出社を指示する何かしらの理由があるのではないでしょうか。
嫌がらせとしか思えないけどなぁ……。
パワハラへの感度が上がった結果、上司からの正当な指示をパワハラと部下が受け取るケースが増え、「ハラスメントハラスメント」なんて言葉も生まれています。
ただ、「上司にパワハラされた」という部下からの相談は、実際にはパワハラに該当しないケースがとても多いのです。
もちろんパワハラを見過ごしてはいけませんが、業務上の正当な指示なのか、嫌がらせなのか、部下側が冷静に判断することも大切です。
上司の指示がパワハラに該当するかどうか、どう判断すればいいですか?
逆パワハラと同じで、「業務上の正当な理由があるか」が一つの判断軸となります。
例えば、以下に該当する場合はパワハラに当たる可能性が高いですね。
・会社の標準的な目標や常識から大きく逸脱する目標を課す
・就業規則や雇用契約に記載されていないことを強要する
・業務とは関係ないプライベートな事情に立ち入る
・違法行為を強いる
こういった指示を出された場合は、さらに上の上司や人事部、ハラスメント相談窓口など、しかるべきところに相談しましょう。
Cさんの相談「上司を正論で詰めてしまった」
会社のルールと異なることや曖昧なまま動くことが苦手で、上司を正論で詰めてしまいました……。
正論で詰めること自体が逆パワハラになるわけではないですが、暴言や相手への誹謗中傷が入ってくると問題ですね。
例えば過去の事例で、「こんなに人の話が聞けないなんて、あなたの奥さんがかわいそう」と上司に言った人がいました。
業務上の必要性を欠いた発言であり、誹謗中傷に当たり得ます。このような言動が続くようであれば、逆パワハラになります。
正論で詰めること自体はハラスメントに当たらないけど、度を超えてはいけないわけですね。
特に、部下の方が社歴や部署の在籍年数が長いケースは要注意。部下の立場が強くなりやすく、指示への反論から暴言や誹謗中傷に発展しやすいのです。
実際に「部下の発言が原因で上司がうつ病になった」と逆パワハラが認められた裁判例もあります。
他に、ランチや飲み会、LINEなど、上司がいないところでの悪口も要注意ですね。
同期とランチに行って愚痴を言う、みたいなこともですか?
その話が誰の耳に入るか分かりません。陰口を録音されたり、LINEのやりとりが出回ったりすると、名誉毀損当たる可能性も出てきます。
なるほど……。
相手が上司だからといって何を言ってもいいわけではないことは念頭に置いておきましょう。
Dさんの相談「上司に不機嫌な態度を取り続けてしまう……」
過去に上司からひどいことを言われ、その件については100%上司が悪いということで正式に謝罪があり、解決したのですが、怒りは収まらず……。
今もずっと、あからさまに不機嫌な態度を取り続けています。
仕事をしなかったり、上司の指示を無視したり、不機嫌な態度が顧客など社外からのクレームに発展したりする場合は問題です。
ただ、それらに該当しないのであれば、逆パワハラとは言えないと思いますよ。
確かに仕事はしていますが、チームの空気を悪くしている自覚はあって……。さらに上の上司からも、私の態度に対して注意を受けています。
それでも態度を改められずにいますが、それは業務上の指示に違反していることにはならないですか?
逆パワハラという観点で見れば、「Dさんの不機嫌によって何が生じたのか」を客観的に証明し、法的な判断をするのは困難です。
そもそも不機嫌というのは受け手によって感じ方も異なりますから。
「Dさんの態度によって上司の心が病んでしまった」といった因果関係が明確であれば逆パワハラに該当する可能性はありますが、そういった事実がない限り、逆パワハラと判断するのは難しいと思いますね。
じゃあ、逆パワハラには該当しないのですね。よかった……。
ただし、ハラスメントに該当しないから問題ないわけではありません。「逆パワハラに当たるか」と「職場にふさわしいか」は別の話です。
Dさんの場合、態度を改めないことは職場で働く人の姿勢として、ふさわしいとは言えないですよね。
はい……。
一緒に働いている同僚や先輩、後輩が「自分と一緒に働きたいと思うか」を考えましょう。
例えば新しいプロジェクトを立ち上げるとき、いくら仕事ができたとしても、ツンケンした態度を取り続けている人をメンバーにしたいと思うでしょうか。
思わないですね……。
何より、不機嫌な態度を取り続けていると自分の心がすさんでしまいます。
仕事もつまらなくなってしまいますから、怒りの気持ちと折り合いをつけることを考えたいですね。
逆パワハラを防ぐ三つのアドバイス
部下から上司への逆パワハラをしてしまった場合、部下にはどのようなデメリットが生じるのか。まず挙げられるのが、懲戒処分だ。
「就業規則によりますが、最初は注意から始まり、出勤停止や降格処分など、だんだん懲戒処罰が重くなっていくのが一般的です。それでも改善されない場合、解雇の可能性も生じます」
懲戒の対象となれば、当然評価にも影響が生じる。
「懲戒処分と人事評価は別物ですが、懲戒によってパフォーマンスが下がればもちろん評価は下がります。社内の居心地が悪くなるなど、心理的な面でもマイナスに作用しかねません」
では、逆パワハラをしないためにどうすればいいのか。山藤さんは若手女性へ三つのアドバイスを送る。
アドバイス1. 上司に完璧を求めない
社会人経験が浅い若手にとって、上司は絶対的な存在として映りやすい。つい「上司はこうあるべき」と考えてしまいがちだが、「完璧な上司はいない」ことを理解しよう。
「上司も人間であり、間違った指示をすることもあれば、ミスや失敗もします。『できない上司が許せない』という考え方におちいらないためにも、まずは上司も完璧ではないと知りましょう」
アドバイス2. まずは耳を傾け、やってみる
上司が完璧でないように、自分の考えも完璧ではない。だからこそ、「この仕事は意味がない」「自分の成長にはつながらない」と決めつけるのではなく、やってみることが重要だ。
そして、上司の指示を切り捨てることは逆パワハラになりかねないだけでなく、「自分の成長機会を損失している可能性がある」と山藤さんは警鐘を鳴らす。
「野球のイチロー選手がトヨタ自動車の入社式に送ったメッセージで、こんなことを言っていました」
「指導する側よりも指導される側の方が力が強くなっている」
「上司や先輩から教わることには大切なことがたくさんあります。それを謙虚な気持ちで受け止めてほしい」
「フィードバックは時に刺さりすぎて痛いものですが、その痛みは自分をより良く変えるきっかけになります。だからこそ、耳の痛いことも含めて上司の話は聞いた方がいい。そこに成長のヒントが隠されているのだと思います」
アドバイス3. 理不尽を前提にする
会社や組織に対して納得できないことは、多かれ少なかれ誰もがあるもの。
だが、そこに真っ向から向き合うことは、会社や上司への「許せない」という気持ちにつながりかねない。
山藤さんは「そもそも世の中は理不尽なもの」とメッセージを送る。
「理不尽を前提に、折り合いの付け方を考えましょう。社会には正解がなく、世の中の動きに応じて会社の向いてる方向は変わり、その結果上司の指示が180度変わることだってある。そう思えば、『納得できない上司の指示にも理由があるのかも』という想像力にもつながるはずです」
企画・取材・文・編集/天野