『おっパン』作者・練馬ジムと考える、昭和な上司へのベストな対処法。他人を変えることはできるのか?

おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!

ⒸZim Nerima/LINE Digital Frontier

「お茶は女性が淹れるもの」
「愛想がないと嫁に行きそびれるぞ」

あなたの職場にも、時代錯誤かつデリカシーのない差別的な言動で周囲を困らせている上司がいるかもしれない。

そんな偏見の塊の“おじさん”が価値観をアップデートさせていく姿をコミカルかつ爽快に描いているのが、LINEマンガで大ヒット中の『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』だ。

2024年1月より原田泰造さん主演でドラマ化。主人公である“昭和な価値観のおじさん”沖田誠が、ゲイの友達ができたことをきっかけに成長を遂げていく姿が、観る者の心を引き付けている。

ただ、ここで一つの疑問が頭に浮かぶ。果たして現実社会でも、”昭和なおじさん”は変わることができるのか。アップデートできていない人に、どう対処すればいいのか。

同作の著者・練馬ジムさんと一緒に考えてみた。

(※)『練馬ジム』は、ネーム担当と作画担当の2人による共同ペンネームです

漫画家 練馬ジム(ねりまじむ)

漫画家
練馬ジム(ねりまじむ)

2015年、練馬zim名義にて『先生はそんなこと教えてない!』(シュークリーム)で紙媒体コミックスデビューを果たす。21年3月より、LINEマンガのオリジナル作品『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』が連載スタート。24年1月、東海テレビにて同作品が連続ドラマ化■X

なぜおじさんは女性に説教をしたがるのか

編集部

『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』(以下、『おっパン』)って、すごいタイトルですよね。

練馬ジム(ネーム担当)

発表した後に「コミックスをリビングに置くのが恥ずかしい」とか「人に勧めづらいタイトルだね」といろいろお声をいただいて。

練馬ジム(作画担当)

普通のタイトルだと思っていたよね。

練馬ジム(ネーム担当)

第1巻の表紙も主人公の誠の下半身はパンツ一丁なんですけど、もともとBL作家だったこともあって何も思わなくて。

なんなら犬を置いてるし平気だよねくらいに思っていました(笑)

おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!

ⒸZim Nerima/LINE Digital Frontier

「よく『LINEマンガからキャッチーなタイトルにしろって言われたんだろう』みたいに言われるんですけど、タイトルは初期からこれで決まっていました。だから、LINEマンガさんへの疑いは完全にぬれぎぬです」(練馬ジムさん)

編集部

「おっさんがどんなパンツを穿いていても誰も気にしないように、人が誰かを好きになろうと個人の自由だし、その人の心の性別に他者が介入する必要はない」

そう誠が気づきを得るくだりは涙が止まりませんでした。

練馬ジム(ネーム担当)

うれしいです。

今、LGBTQに対してさまざまな意見がありますが、私たちはある意味賛成でも反対でもなくて。他人が良し悪しを判断することじゃないし、極論を言えば何だっていい。

私たちと同じように考えている人は実は世の中にたくさんいる気がしています。

練馬ジム(作画担当)

パンツだって何を穿いてもいいし。

練馬ジム(ネーム担当)

そもそも穿かない人もいる。

練馬ジム(作画担当)

それもすべて個人の自由だし、わざわざ穿いているか穿いていないかなんて言わなくていいじゃないですか。

練馬ジム(ネーム担当)

そういう世の中になったらいいなという願いをタイトルには込めています

おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!

ⒸZim Nerima/LINE Digital Frontier

おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!

ⒸZim Nerima/LINE Digital Frontier

編集部

多様性を描く上で「おじさんのアップデート」を取り上げようと思ったのは、どういうきっかけがあったんですか?

練馬ジム(ネーム担当)

正直、私自身、おじさんが苦手なんですね。もともと母子家庭だったこともあり、あまり周りにお手本となる大人の男性がいませんでした。

特に、とある知り合いのおじさんの女性への態度があまりいいものではなくて。例えば、私を見るとすぐに政治の話をしてくるんです。

練馬ジム(作画担当)

この問題についてどう思うんだ、みたいなね。

練馬ジム(ネーム担当)

で、私が「別に何とも思っていないです」と答えると、すぐに「だからお前はダメなんだ」とお説教になる。

でもこれって、私と政治の話がしたいわけではなくて、年下の女性である私にマウントをとりたくて、そのうってつけの材料が政治の話だったというだけなんですよね。

実際、ある時、そのおじさんに対して言ったんですよ。「そんなに国を変えたいと思っているなら、選挙に出なよ」って。

練馬ジム(作画担当)

演説をして、もっといろんな人に聞いてもらった方がいいと。

練馬ジム(ネーム担当)

そしたら、それから一切政治の話をしなくなりました。

結局、そのおじさんは純粋に国を憂いているわけではなく、彼にとって“無知に見える若い女”に対して、優位に立てる話がしたかったんです。悲しいコミュニケーションですよね。

日本にご機嫌なおじさんが増えてほしい

編集部

おじさんが苦手だったのに、おじさんを悪役として描かずにアップデートさせていく切り口にしたのは、なぜだったのでしょう?

おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!

ⒸZim Nerima/LINE Digital Frontier

練馬ジム(ネーム担当)

“いいおじさん”が増えるとハッピーな世の中になるなと思ったんです。

私の周りにはあまりいいおじさんがいなかったんですが、作画担当の周りにはたくさんいるって聞いてびっくりして。

練馬ジム(作画担当)

そうなんです。私の周りは、割といいおじさんが多いんですね。

年下にも女性にも高圧的な態度は一切とらない。みんなすごく穏やかで、親戚の集まりとかがあると、おじさん同士でネクタイを直し合ったりしてるんです。

練馬ジム(ネーム担当)

私もその集まりに呼んでいただいたんですけど、その光景を目の当たりにして衝撃でした。こんなほんわかしたおじさんがいるんだって。

そもそも部外者の私がいることに誰も何も思わないんです。何なら作画担当と同じように接してくれて、おすしも取ってくれました。

練馬ジム(作画担当)

そこで気が付いたんですよね。困ったおじさんももちろんいるけど、決しておじさんだからと言って悪い人ばかりではないと。

練馬ジム(ネーム担当)

お酌をしなくても機嫌が悪くならないおじさんもいるんだってカルチャーショックでした。

なんせ私の知っているおじさんは、「このすしは俺が買ってきたんだから感謝して食べろよ」という人ばかりでしたから(笑)

編集部

いいおじさんと困ったおじさん、両者を分けるものは何だと思いますか。

練馬ジム(ネーム担当)

まず一つは教養だと思います。

教養がないと、年をとるうちに相手とのコミュニケーションの方法が下ネタ、セクハラ、パワハラしか残らなくなってしまうんですよね。

あとは、自分で自分の機嫌をとれるかどうかだと思います。

おじさんの中には自分を大事にできていない人がいて。そこから生じる不満やストレスを、女性をはじめとした自分より弱い人に向けている気がします。

でも、そんなことをしても孤独になるだけなんですよね。

編集部

おじさんに限らず、私たちも気をつけなきゃいけないですね……。

練馬ジム(ネーム担当)

男性、女性に限らず、自分の機嫌を自分でとることは決して恥ずかしいことでもダサいことでもない。むしろ自分で自分のケアをするってすごく大事なこと。

そういう認識が広まればいいし、もっと日本にご機嫌なおじさんが増えてほしいなという思いもあって、『おっパン』を描き始めました。

困った上司を、あえて褒めてみたら……

編集部

アップデート前の誠は、古い価値観にとらわれた言動で若い部下から疎まれていました。

誠みたいな上司ってまだまだたくさんいると思っていて。アップデートできない上司にどう対応したらいいんでしょうか。

おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!

ⒸZim Nerima/LINE Digital Frontier

練馬ジム(ネーム担当)

基本的に私たちは他人を変えることはできないと思っているんです。

練馬ジム(作画担当)

その上で唯一できることがあるとしたら、褒めてあげることなのかなって。人って褒められるとうれしいんですよ。

そして、そのうれしさが変わるきっかけになることも。

練馬ジム(ネーム担当)

先ほどからおじさんを例に挙げていますが、アップデートできている/できていないに性別は関係ないと思っていて。困ったおじさんがいるように、困ったおばさんもいますよね。

私が以前働いていた職場がそうでした。女性の上司が気軽に質問もできないような怖い人で、みんなから嫌われていたんですよ。

でも、ある時、めちゃくちゃ明るいパートの人が2人入ってきて、みんなが怖がっていた上司をやたらと褒め出したんです。

そしたら、その上司が一気に丸くなっちゃって、すごい優しくなった。あれはびっくりでした。

編集部

確かに褒められてうれしくない人はいないですもんね。

練馬ジム(ネーム担当)

その女性上司の一件があったから、私もずっと苦手だった知り合いのおじさんへの態度を変えてみたんです。

ものすごくエラそうに「お茶を淹れろ」と言うので、「そんな言い方をされたら、お茶を淹れる気もなくす。だからもっとかわいく言ってほしい」と。そしたら、意外とかわいく言ってくれた(笑)

「今のは良かった。今後もそうしてほしい。そしたらお茶を淹れてあげる」と褒めたら、だいぶ態度が柔らかくなりました。

編集部

職場でも「お茶を淹れるのは女の役目」とハラスメントなことを言ってくる上司がいるという話はよく聞きます。

練馬ジム(ネーム担当)

そういう時は、わざとまずいお茶を淹れて、「これだったら自分で淹れよう」と思わせてみるといいかも(笑)

で、「俺のお茶の方がうまいだろ」と言ってきたら、「こんなおいしいお茶飲んだことないですよ。めちゃくちゃ才能ありますね」と褒めるといいんじゃないかな。

それで、今度はその上司がみんなにお茶を淹れるようになったらかわいいじゃないですか。そうやって愛せるおじさんになるよう仕向けるのも、一つの対策だと思います。

否定的なことを思ってもいい。ただ、口に出してはいけない

編集部

中には、「今は何をしてもハラスメントだと言われちゃって、息苦しい世の中になったよ」と多様性が進む社会に皮肉を言う上司もいます。

練馬ジム(作画担当)

私は多様性に対して、否定的な意見を持つこと自体は否定していなくて。自分が嫌いなものは嫌いでいいし、好きなものは好きでいい。

ただし、否定的なことを口にしてしまったら、やっぱりアウトだと思うんですよね。

編集部

言葉にしてはいけない。

練馬ジム(作画担当)

他人の多様性の否定は、その人の持っている自己肯定感を壊す行為だと思います。他人の大切にしているものを踏みにじる権利は誰にもないじゃないですか。

異なる価値観を持った人たちが、お互いの考えを理解できなくても、受け入れられなくても、否定し合わない関係を築くことが、多様性の目指す世界だと私は思っています。

『おっパン』を通して、そんなことを伝えられたらと思っています。

練馬ジム(ネーム担当)

なぜ人は古い価値観から逃れられないのかというと、きっとそっちの方が楽だからなんですよね。新しいことを知るのが面倒くさいから、古い価値観に凝り固まってしまう。

だから、まずは「価値観をアップデートした方ほうが実は楽だよ」と知ってもらうことが大切だと思います。

編集部

アップデートなんて面倒くさいと思いがちだけれど、実はアップデートした方が楽だと。

練馬ジム(ネーム担当)

はい。私自身、ずっとおじさんに対して苦手意識がありました。でも、『おっパン』を描きはじめて、いろんなおじさんがいることを知れたおかげで、おじさんに対して優しくなれたんです。

不機嫌なおじさんを見ても、昔はすごい腹が立っていたけど、今はこのおじさんにも何か理由があったのかもしれないと考えられるくらいには広い心を持てるようになった。

『おっパン』と一緒に私もアップデートできて楽になれました

だから、もし古い価値観にとらわれているせいで周りとうまくいかなくなっている人がいたら、「早くアップデートしちゃった方が楽だよ」と言ってあげたいですね。

「相手を受け入れられない自分」も、否定しなくていい

編集部

ただ難しいのが、どうして迷惑を被っている方が下手に出なきゃいけないかなんですよね。

漫画でも、失礼な態度をとる誠に対し、傷つけられた大地くんが寛容な態度をとってくれたから、二人の間に友情が生まれます。

みんながみんな大地くんのようにならなければいけないのだろうかという疑問は否めません。

おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!

ⒸZim Nerima/LINE Digital Frontier

練馬ジム(ネーム担当)

大地くんが誠に歩み寄ることができたのは、大地くん自身に余裕があったからなんですよね。

で、その余裕がどこから生まれているかというと、大地くんは自己肯定感が高いんです。だから、人を肯定してあげられる余裕がある。

アップデートできない上司に困っている人は、相手を変えるのではなく、まずは自分を肯定してほしいなと思います。

練馬ジム(作画担当)

じゃあ、自己肯定感ってどうやって高めればいいんだろうという話だと思うんですけど、それって本当に小さな選択の積み重ねだと思っています。

例えば、今日の夕飯を何にするかを考える。で、自分が決めた夕飯をおいしく味わう。

そうやって自分のとった選択を一つ一つ褒めていくことで、自分自身を肯定していけるようになるのかなと。

練馬ジム(ネーム担当)

ただ間違ってほしくないのが、余裕がないことがいけないわけではないんです。

相手に歩み寄る余裕がなくて、つい腹を立ててしまう自分を決して否定しないでほしい

練馬ジム(作画担当)

そうすると、逆にどんどん自己肯定感が下がっちゃいますからね。

どうにもできない上司を、部下がどうにかする義理はないと思っていて。あくまで気持ちに余裕があって、そうしたいと思っている人がやればいいだけのことだと思います。

練馬ジム(ネーム担当)

大事なのは、物事をやるときの基準を他人に置かないことなんですよね

上司をアップデートさせるために頑張った結果、変わらなかった上司を「なんでアイツは!」と思っちゃうと、余計に不満がたまってしまう。

練馬ジム(作画担当)

結果的に相手が変わろうと変わらなかろうと、そうやって頑張って働きかけた自分のことを褒めてあげる。

その方がずっと健康的だと思います。

練馬ジム(ネーム担当)

困った上司に悩んでいて、アップデートしてもらうために歩み寄るべきかどうか迷った時は、「どっちの行動を取ったら自分を好きになれるか、自分のことを肯定できるか」を判断軸にするといいかもしれません。

歩み寄る自分の方が好きだと感じるならそうすればいいし、関わらないと決めたならそうすればいい。どっちを選んだ自分のことも否定せず、褒めてあげてください。

練馬ジム(作画担当)

そうやって自分をもっと好きになっていけたら、困った上司との付き合い方もいつの間にか変わっているかもしれないですね。

作品情報

おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!

ⒸZim Nerima/LINE Digital Frontier

『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
沖田誠48歳。世間の常識・偏見で凝り固まった彼には“最近の若者”が理解できない。
上司にお茶を注がない女性、メンズブラ愛用の部下、そして引きこもりの息子…。

そんなある日、ゲイの青年・大地に出会う。 初めてのセクシュアリティに思わず拒絶してしまうが、次第に彼の魅力に気付き、友達になることに。

そして知る、「その人の趣味や指向を他人が干渉するのはナンセンスだ」と。

そう正に、おっさんのパンツがなんだっていいように!“人として”の成長を誓うおっさんは、無事に“自分の中の常識”をアップデートできるのか!?

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取材・文/横川良明 編集/光谷麻里(編集部)