「へそまがり」を貫くことが仕事への誠意。菊池亜希子さんに学ぶ、自分らしく働くためのヒント

卓越したセンスを生かしたファッションやライフスタイルを提案し、幅広い年代の女性から支持を集めている菊池亜希子さん。
モデルとしてはもちろん、俳優としても映画やドラマ、舞台などで唯一無二の存在感を放つ。
さらに、執筆業、雑誌の編集など活動は多岐にわたり、雑誌『リンネル』の連載をまとめたエッセー集『へそまがりな私の、ぐるぐるめぐる日常。』(宝島社)では自らを「へそまがり」と称し、ありのままの日常をつづっている。
「自分らしさ」を貫いてきたように思える彼女だが、周囲と歩幅を合わせる難しさに葛藤し、生きづらさを感じたこともあった。
だが、周りと少し違う「へそまがり」な視点があったからこそ今の自分がある、とこれまでのキャリアを振り返る。
菊池さんのキャリアの重ね方から探る、自分らしく、楽しく仕事と向き合うヒント。

菊池 亜希子(きくち・あきこ)さん
俳優、モデル。1982年8月26日生まれ、岐阜県出身。17歳でモデルとしてのキャリアをスタート。現在は俳優、エッセー、イラスト、雑誌編集など活動は多岐にわたる。主な出演作は、映画『ぐるりのこと。』(2008年)、『グッド・ストライプス』、(15年)『かそけきサンカヨウ』(21年)など。著書に『みちくさ』(小学館)、『またたび』(宝島社)、『好きよ、喫茶店』(マガジンハウス)などがある。毎週土曜日9:30~interfm「スープのじかん。」のナビゲーターをつとめ、番組は各種Podcastでも配信中■Instagram/X
頑固で偏屈。「へそまがり」な自分を支える反骨精神
「へそまがり」を辞書で引くと、「ひねくれもの」「偏屈」「あまのじゃく」などのネガティブな言葉が並ぶ。「へそまがり」と自称する菊池さんは、自身のどんな一面をそう感じるのだろう。
まず頑固だし、すごくこだわりが強いんです。考え事をするときは、頭の中で「ああでもない、こうでもない」とぐるぐるまわり道をしないと答えにたどり着けない。
ほかにも、世間の流れに簡単に迎合したくないとか、多数派の意見に流されたくない……というような思春期の頃に生まれた“反骨精神”みたいなものを、今も引きずっているのかもしれません。
マイナスにも捉えられがちな「へそまがり」という表現を、あえて自身のエッセーのタイトルに据えた理由については、こう語る。
自分でも、こんな性格が面倒くさいなと感じることはあります。
でも「へそまがり」は私のアイデンティティーの一つで、角度を変えて見ると個性になる。
そんな自分を好きでいたいとも思う。自分を構成する要素をポジティブに表現しようと思ったら、「へそまがり」という言葉がぴったりだったんです。
菊池さんの“へそまがり人生”のスタートは、幼少期にさかのぼる。
岐阜の自然豊かな田舎で育ちました。一人遊びが好きな子供でしたね。小学校の頃、私は習い事をしていなかったので、放課後の時間があり余っていて。いつも一人で読書をしたり、考え事をしたりしていました。
近所の公園のジャングルジムにのぼって、そろばん教室にいる友人を“猿山のボス”みたいに観察していたこともあります(笑)。なんだか秘密基地にいるみたいでワクワクしていました。
仲の良い友達はいたものの、群れずに孤独も楽しむ。ほかにも、頑固さや自分を貫く強さも当時から発揮されていたようだ。
周りの女の子たちは、スカートとかワンピースとかかわいらしい格好をしていたのですが、私はそれが苦手で、自分がおしゃれだと思う服を着て毎日学校に通っていました。
当時のお気に入りは、男の子みたいな半ズボンのオーバーオール。髪型もこけしみたいで(笑)。昔から、自分なりのこだわりをどこかに取り入れたい性格でした。
「誰も私を理解してくれない」モデル時代の苦悩と葛藤

高等専門学校に通いながら、ファッション誌のモデルとしてデビューした菊池さん。独自の世界観や個性を生かして活躍の場を広げていったが、世間から求められるイメージと自身とのギャップに苦しんだこともあったという。
プロのモデルという自覚を持って仕事には一生懸命取り組んでいました。でも、世間が「良い」「おしゃれ」だと評価するものと、自分が「いいな」と思うものに隔たりがあることに気がついたんです。
あまり得意ではないジャンルの仕事が続くと、だんだん違和感が隠せなくなってしまって。
カメラの前で笑顔を作っていても、心のどこかでその場になじみきれていない自分がいました。今思えばモデル失格だったなぁとも思いますし、違和感も楽しんじゃえば良かったな、とも思います。
芸能界というきらびやかな世界に身を置く一方で、世間のメインストリームから一線を引いて個性を貫きたい自分とのはざまで葛藤する日々。
しかし、自身の違和感を理解してくれる人が見つかったことで、少しずつ道が開けていった。
それまでは、「理解されていないのかもしれない。思いを共有できていないのかもしれない」と心を閉じていたこともありました。
それでも諦めずに自分の好きなものや違和感を伝え続けたら、ちゃんと理解して寄り添ってくれる人が近くにいたんです。
それからですね、気持ちがラクになったのは。たった一人でも自分を分かってくれる人がいるだけで救われたし、やっていけるなと気持ちが切り替わりました。
20代になっても、仕事場では他人とのコミュニケーションをあまりとらず、一人で過ごす時間をラクだと好んでいたが、ある出来事が、かたくなな彼女の心を動かした。
それまでは、「自分がどう在りたいか」だけを優先して、正直「周りからどう見えるか」はあまり気にしていませんでした。
例えば、移動中のロケバスでも、雑談で盛り上がるモデル仲間の輪には入らず、最後列に座って一人で本を読んでいて。そういうキャラクターのほうが気楽だったんです。
それが「へそまがり」な自分の生きるすべだと思っていたが、ある一人のモデル仲間の行動を知り、ハッとする。
当時、同じ事務所に所属していたモデルさんが、ロケバスで毎回、最前列に座って周りに話を振って場を盛り上げていたんです。
いつも明るくて、「自分とは違うな」と思っていたら、実は彼女も本当は一人でいたほうがラクだし、おしゃべりも得意じゃないと。自分からシャッターを閉じずに、現場の雰囲気づくりのために意図的に行動してくれていたんです。
みんな苦手なことはあるけれど、自分でエンジンをかけて努力していることをそのとき知り、すごく反省しました。そこからは、仕事の場において怠っていたまわりとのコミュニケーションを積極的に取ろうと思えたんです。
年齢や経験を重ねて「手放す」ことを覚えた

だんだんとやりたいことができるようになり、仕事に没頭した20代。そして30代には母に。経験を積み、年齢を重ねたことで、「へそまがり」ながらも物事の捉え方が少しフラットになった。
母になって、マイペースだった生活がガラリと変わりました。毎日てんやわんやで、自分のこだわりを優先している場合ではないというか。
自宅のお気に入りスペースは子供のぬいぐるみやおもちゃで侵食されていて、SNSは気付けば子供の話題ばかり。「私ってどんな人間だったんだっけ?」と、自分のアイデンティティーがどこかに行っちゃったような寂しさを抱いたこともありました。
でも、子供の成長とともに、グラデーションのように自分の世界が変化して、アイデンティティーがじわじわと広がっていくような感覚で、だんだんと受け入れられるようにもなってきたんです。
「それでもまだまだ、自分のこだわりが捨てられないんですけどね」と頰を緩めて話す菊池さん。仕事においても肩の力が抜け、少しずつ変化しつつある。
仕事だとなおさら、職人気質なところがあって譲れない部分が多かったですね。自分でやるからには絶対に妥協したくなかった。
でも、一緒に仕事をしている友人から「餅は餅屋だからさ。手放してくれてもいいんだよ」と言われて、こだわる部分はそこじゃないんだと思えたんです。
職人気質がゆえ、人に頼むことは「手を抜いている」と思ってしまっていたという菊池さん。
友人の言葉をきっかけに、すべてを一人で抱え込まず、周りのスペシャリストを頼ることが、より良いものづくりをするためには必要だと考えられるようになった。
万人受けしなくていい。まずは目の前のたった一人に届ける

「へそまがり」な自分を、葛藤しながらも少しずつ「自分らしさ」として受け止める。理想と現実とのギャップにもがきながらエッセーにつづられた等身大の言葉に、多くの読者から共感の声が寄せられた。
ありのままの姿をさらしたら、世間からどう思われるんだろうと不安な自分もいました。自分でも面倒臭いと思うし、母親としても未熟な部分が多いから。
でも、思い切って出してみたら、「実は私も」と同じような感覚を持つ方がたくさんいたんです。それは、私自身にとって救いになりました。
読者の中にも、周りと同じようにできない自分を持て余し、生きづらさを抱える人も少なくないだろう。「へそまがり」な気質を自分らしい輝きに変えるにはどうしたらいいのだろうか。
職業柄、私は個性や自分らしさが仕事に生かしやすかったという側面もあるとは思います。
ただ、どんな仕事でも、人との差分や視点の違いが良い仕事につながることはあると思うんです。私は、自分の「へそまがり」な部分を負けずに貫くことが、私なりの仕事への誠意だと思って取り組んできました。
そうは言っても、自信がなくなったり、くじけそうになったりする瞬間は誰にでもある。
菊池さんがそんなときに思い出すのは、大好きなモーニング娘。が歌う『What is LOVE?』という曲の「たった一人を納得させられないで 世界中口説けるの」というフレーズ。
目の前のたった一人に届かなかったら、多くの人を感動させることなんてできないんですよね。
世界中を口説こうなんてことは思っていませんが(笑)、「伝える」という仕事をするからには、「たくさん」でなくていいからしっかりと「ひとり」に届いてほしい、そんな思いで向き合っています。
今まさに目の前で私と向き合ってくれている人と、丁寧に心を通わせることを諦めたくない。その結果、どこかの誰かに深く届けることができたら本望だなぁと思っています。
■書籍紹介

へそまがりな私の、ぐるぐるめぐる日常。(宝島社)
雑誌『リンネル』(宝島社)の人気連載「へそまがり」をまとめたエッセー集、第2弾。俳優・モデル、妻、2児の母、そして自分。日常の中でぐるぐるとめぐる感情を思いのままにつづる。巻頭には、菊池さんの等身大の姿をとらえたグラビアを掲載。
取材・文/安心院彩 撮影/渡辺美知子 編集/石本真樹(編集部)