体操界に「レオタードに変わる選択肢」をもたらした杉原愛子に学ぶ“古い慣習”を変えるステップ

アイタードを着用して競技会に参加する杉原愛子さん

撮影者:岡本範和

「オフィスの掃除は女性だけで分担して担当する」

「立ち仕事なのに、女性はヒールのくつを履かなければいけない」

なんとなく昔から続いている会社のルールに対して、「これっておかしくない?」「変えた方がいいよね」と思ったことがある人もいるのではないだろうか。

「変えたい」と思っても、どう行動に移していいのか分からず、結局その違和感を飲み込んでしまうこともあるだろう。

そこで紹介したいのが、女子体操界の古い慣習に変化をもたらした杉原愛子さんのストーリーだ。

アイタードを着用して競技会に参加する杉原愛子さん

撮影者:岡本範和

女子体操ではハイレグのレオタードの着用が慣例になっているが、近年では選手が盗撮の被害にあったり、下着や生理ナプキンが見えることを気にして競技に集中できなかったりと、さまざまな問題が浮き彫りになっている。

そこで、新たな選択肢として杉原さんがプロデュースしたのが、太もも部分まで覆われたレオタード『アイタード』だ。

アイタードを着用する杉原愛子さん

2023年12月に発売された『アイタード』は着実に広まっており、今年初めて全国大会の団体競技でも取り入れられることが決定。

海外の選手でも着用する人が増えてきていて、オリンピックで着用される日もそう遠くないだろうと杉原さんはほほ笑む。

「ハイレグのレオタード」が世界共通のスタンダードとなっている中で、杉原さんはどのように「新しいスタンダード」を作り上げたのだろうか。

レオタードが「体操をメジャーにする」妨げになっている?

ずっと、レオタードは女の子たちのあこがれやと思ってたんです。

だから、「レオタードを着たくないから体操はやらない」という女の子が少なくないと知った時は、衝撃でした。

「子どもに体操をやらせたいけど、将来レオタードを着させたくない」と悩んでいる保護者もいれば、「うがった目で見られそうなので、女子体操のファンだと大きな声では言えない」男性もいる。そんな話も聞きました。

実際にレオタードを性的な目で見る人がいるのも事実。盗撮した写真をSNSで拡散される被害も業界では問題視されています。

思い返せば私自身、いやな気持ちになるDMを受け取ったこともありました。

対策として、競技会で観客の撮影が禁止されたことも。選手を守るために必要な措置やったと思うけど、体操って“魅せる”競技なのに、撮影を禁止しなければいけないというのは矛盾しとるなっていう歯がゆさもあって。

前回のインタビューで、「体操をメジャースポーツにしたい」という話をしましたが、競技の魅力を広める機会も減ってしまう。

そこで思いついたのが、『アイタード』です。

普段の練習では、レオタードの上からショート型のスパッツを重ねて穿いてることが多いんですが、「これをつなげて衣装にしちゃえばいいのでは?」って思ったんです。

杉原さんがプロデュースした『アイタード』

杉原さんがプロデュースした『アイタード』。太ももまで丈があるが、「かっこいいけどエレガント」なデザインに仕上がっている

思いついたきっかけの一つが、東京オリンピックで女子ドイツ代表選手が足首まで覆った「ユニタード」を着用しているのを見たこと。

ハイレグのレオタードが当たり前やと思ってたから、「そんなん、あり!?」って最初はびっくり。「そういう選択肢もあるんやな」って知れたのが大きかったですね。

ただ、演技の中でひざの裏側を持つこともあるので、すべったらこわいなと思っちゃって。

それなら、太ももまでのショート丈にすればいい。着心地も普段の練習着と変わらないし、演技にも影響がない。それでいながら、レオタードが抱える問題も解決できる。

作らない理由はないですよね。 もともと誰もやってないことをやるのが好きなタイプ。アイタードも「前例がない」不安はありましたけど、それを上回る挑戦したい気持ちに突き動かされて、開発に向けて動き出しました。

大きな反発を防いだ「ある工夫」

私は今、体操競技を広めるために立ち上げた会社を経営しているのですが、そのスタッフと相談し、まずはざっくりしたイメージをかたちにしました。

そしてそのイメージを持って、世界中の選手から支持されているレオタード専門店の『オリンストーン』に相談をすることにしました。

『オリンストーン』は、膝上丈のエアロビクスのユニホームを作った実績があって。新しいことを始める時は、こういった知識と実績がある人たちに協力をお願いするのが一番良いと思ったんです。

実際に「できると思う」と言ってもらえたので、そこからは商品化に向けて一気に走りだしました。

インタビューに答える杉原愛子さん

大変だったのはルールへの対応。公式戦で使用する前提で発売したかったので、細かな規定をクリアしたユニホームに仕上げる必要がありました。

鎖骨が半分以上出たらダメ、足の付け根から2cm以下の丈にする……そういった採点規則を読みまくって、審判委員会にも確認しながら、慎重に進めました。

また、アイタードに反発する声と向き合う必要もありました。

「ハイレグの方が好き」「ハイレグよりも足が短く見えるし、デザイン性が良くない」といった指摘は改善につながる貴重な意見。ブラッシュアップに生かしていきましたね。

と言っても、反発の声はそこまで大きくなかったんです。

あくまで選択肢を増やすだけなので、「やっぱりハイレグが好き」という人はハイレグを選べばいい。

従来のレオタードを否定するわけではないので、大きな反対を受けずに済んだのかもしれません。

昔ながらの慣習に新しい概念を取り入れる時は、こんな風に「選択肢を増やす」かたちを取るのも、一つの工夫かなと思います。

意見が対立したら「本来の目的」に立ち返ればいい

2023年9月の全日本シニア選手権で初めてアイタードを着用した選手が出場。その後の12月には無事発売開始までこぎつけることができました。

発売開始から半年あまりたった今、全国各地からさまざまな感想をいただいています。

「自分の娘がレオタードを着ることに抵抗があったので体操を辞めさせようと思っていたんですが、アイタードがあれば体操を続けさせられる。作っていただいてありがとうございます」

体操教室に子どもを通わせている親御さんからは、こんなうれしいダイレクトメッセージもいただきました。

反響は体操界の外からも届いてます。トランポリンをしている小学生のお子さんから、「トランポリンは大好きだけど、レオタードを着たくないからこれまで大会に出なかった。でも、アイタードを着て大会に出ました」という声も。

実際に着用してくださった人たちの声を聞くと、「やってよかった」と心から思いますね。

インタビューに答える杉原愛子さん

そして今年、ついに国体の団体戦で、念願のアイタードの採用が決まりました。これは大きな一歩だなと思っています。

今回のパリオリンピックには間に合わなかったけれど、この勢いで来年以降の競技会ではアイタードが代表選手の選択肢の一つになってくれたら、と夢は広がります。

海外だと「露出している方がカッコいい」と感じる方が多いイメージがあったので、まずは日本から……と思ってたんですが、今年2月にアメリカ合宿に行った時に、アイタードタイプの衣装を着ている人を見かけて。トップ選手たちも「これ何?」と興味を持ってくれました。

世界大会の場で、どの国の選手も“当たり前”に着ている時代も、そう遠くはないのではと胸は膨らみます。

インタビューに答える杉原愛子さん

もし今、アイタードを作ろうと思いついた時の私のように、「古い慣習をアップデートしたい」と考えている人は、まずは身近な人や力になってくれそうな人、すでに経験や実績がある人に相談するところから始めるといいと思います。

「できる」「やろう」と思ってくれる仲間を見つけたら、あとは専門家の力を借りながら進めていけばいいだけ。

既存のものを否定するのではなく、「新しい選択肢を増やす」かたちを取れば、そこまで大きな反発にも合わないのでは……と思います。

もしそれでも反対の声が大きい時は、丁寧に目的や本質を伝えてあげるといいかもしれません。本質に立ち返って考え直せば、きっと味方になってくれる人もいるはず。

例えば私が大学生のとき、「練習後に下級生が練習場を掃除する」というルールを変えたことがありました。というのも、下級生の負担が大きくなって、睡眠不足で試合中に倒れちゃったことがあって。

体操をやるために練習しているのに、これでは本末転倒。だから、自分たちが最上級生になった時に、下級生だけではなく部員全員で当番制にしようということになったんです。

「自分たちの時はやっていたのに」「不公平だ」なんていう声も上がってきそうですが、やっぱり練習する目的は「上達して、チームで勝つこと」なので、そこにつながらないルールは見直すべきなんですよね。

だからこそ「これって変じゃない?」という最初の一声が大切です。いきなり大きく訴えるのではなく、まずは味方になってくれそうな人にあげる小さな一声で大丈夫

それが古い慣習を変えるきっかけとなり、多くの人たちのためになるはずですから。

体操選手・杉原愛子さんのプロフィール写真

杉原愛子さん

4歳で体操を始め、小学校4年生の時に本格的に体操競技に取り組む。2015年、日本代表として第6回アジア体操競技選手権大会に出場し、日本女子団体総合で金メダル。個人総合でも金メダルを獲得。16年リオデジャネイロ、20年東京、2大会連続オリンピック出場。17年10月、モントリオールで開催された世界体操競技選手権大会では個人総合決勝の平均台で披露した「足持ち2回ターン」が、新技「SUGIHARA」と命名された。22年に選手として「一区切り」し、第一線から退くことを発表。翌年、全日本種目別選手権で1年ぶりに競技復帰し、床で2年ぶりの優勝(2回目)を果たした。24年のパリオリンピックでは団体補欠として帯同。現在は株式会社TRyASの代表として、体操競技の普及活動に力を注いでいる。 その他にエキシビションや講演、リポーター兼解説者などその活動は多岐に渡る
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取材・文/モリエミサキ 競技写真/岡本範和 撮影・編集/光谷麻里(編集部)