『無能の鷹』にみる「後輩指導は面倒」だと思う人が見落としている“うま味”/トミヤマユキコ
「労働×女子」の分野でマンガ研究を行う大学教員・トミヤマユキコさんが、働きながら生きる上での悩みを“女子マンガ“で解決します!

©はんざき 朝未『無能の鷹』(講談社)
「女子マンガ」を通して、働く女性たちのお悩みを解決に導いていく本連載。今回のテーマは、後輩指導。
「マネジャーでもないのに、後輩指導に時間を割くモチベーションが湧かない……」というお悩みへの処方箋としてトミヤマさんが取り上げたのは、現在菜々緒さん主演で放映中のドラマが話題の『無能の鷹』(講談社)だ。

©はんざき 朝未『無能の鷹』(講談社)
【お悩み】後輩を指導するモチベが湧かない……
後輩社員が入ってきて、自分の仕事にかけられる時間が減ってしまいました。
マネジャーでもないのに後輩指導するモチベーションをどう保てばいいでしょうか?
一読して、とても正直なお悩みだな、と思いました。ぶっちゃけると「後輩社員の指導がめんどくさい」ってことですよね。
みんな一度は誰かの後輩として指導をしてもらった経験があるんじゃないかと思いますし、こういうのは持ちつ持たれつではないか、と言いたいところですが、この手のキレイ事はKさんの心にはまるで響かないわけです(笑)
でも、分かる。というか、すごく分かる。やらなきゃいけないけど正直めんどくさいなって思うこと、誰にだってあると思う!
Kさんにとって、自分の時間を後輩のために使うことは、いまのところシンプルに「損」なのだと思います。
時間的に損なだけではなく、自分が仕事で成長するチャンスを奪われる機会損失についても恐れていそうです。
こうした捉え方をガラッと変えるべく、今回ははんざき朝未先生の『無能の鷹』を処方したいと思います。
後輩指導は、損じゃない
本作には、めちゃくちゃ仕事ができそうなのに、実際はなんにもできない、ザ・見かけ倒しの女性社員「鷹野」が登場します。
「社内ニート」の異名を持つ彼女にできるのは、書類のホチキス留めだけ。先輩社員はそんな鷹野についてこう語ります。
鷹野がシンプルにアホすぎる
記憶力もないし…出来の悪い小学生に教えてるみたいだ
本作はギャグ要素満載の物語なので、鷹野のアホの子っぷりは、つねに想像の斜め上を行きます。
だって、彼女のやりたい仕事って「1足す1は?」と聞かれて「……2です!」と答えるような仕事ですからね。ひどい。
そんな鷹野を見て、先輩や上司たちは、早々に匙を投げてしまうのでした。

©はんざき 朝未『無能の鷹』(講談社)
ところが、同期入社の鶸田(ひわだ)は違います。たとえ見かけ倒しであっても、デキる人オーラの漂う鷹野を商談の場に連れていくのです。
鶸田は決して仕事ができないわけではないのですが、まだ新入社員で経験不足なのに加え、気弱な性格も手伝って、ひとりで堂々と営業トークができるまでには至っていません。
本当はいい提案ができるのに、気弱なせいで伝わらない。そんな弱点を補うために、なーんにも分かっちゃいないが、とにかく堂々としている鷹野とコンビを組むことにするのです。
会社組織においては、自分よりもモノを知らないとか、自分よりデキが悪いとか、そういう能力的な面だけを見て、誰かをジャッジすることがありますが、鶸田はそれをしません。
鷹野の長所をちゃんと認めています。そして彼女をただ利用したり搾取したりするんじゃなく、一緒に場数を踏むことで、コンビとしての一体感を高めていくのです。
Kさんにお伝えしたいのは、後輩に仕事を教えることが「損」になってしまうのは、「ただ教えるだけ」になっているからかもしれないということ。
後輩と一緒に作業することで、ちょっとずつコンビ感を醸成していくとか、後輩の長所・短所を発見して、それを仕事に利活用していくとか、指導をすることでついてくる「おまけ」のうま味に気付いていないように思うのです。
このうま味に気付くと、損だらけだった指導の時間は、少しずつ、しかし確実に変わっていくはずです。
もし鶸田が鷹野に仕事を教えようとしてうまくいかないことにイライラするばかりであれば、彼女に使う時間はシンプルに「損」だったでしょう。
しかし、彼は鷹野と過ごすことに何かしらの「得」があることに気付いています。
Kさんがこの感覚を手に入れることができれば、後輩を指導するモチベーションは、格段に上がるんじゃないでしょうか。

鷹野とクライアント先を訪問することで、苦手なプレゼンがしやすくなっていることに気づく鶸田
©はんざき 朝未『無能の鷹』(講談社)
作中では、鷹野・鶸田がコンビ感を醸し出すこととで、会社のみんなが鷹野の存在を認めるようになっていきます。
ちょっとしたバタフライ・エフェクトとでも言うのでしょうか。
コスパ・タイパを考えれば、鷹野は会社に必要ない存在かもしれません。
しかし、そうやって彼女を切り捨てるよりも、彼女とともに過ごすことで、会社のみんなが「損」としか思えないことの中から「得」を見いだす技術を磨いたのだと思います。
というわけで、Kさんにオススメしたいのは、後輩を指導するという行為の中から、無理やりでも、頓知でもいいので、得を見付けだすことだろうと思います。
個人的な得だけでなく、オフィス全体に浸透するような得も見付けだせれば更にいいと思います。望みはでっかくいきましょう。
「ただ教える」から抜けだして、「あいつが後輩を指導するとオフィスに面白いことが起こる」まで行こうじゃありませんか。
それならば、Kさん自身のためにもなりますよね? マネジャーじゃないのに、そこまで指導できちゃうなんて、すごいじゃないですか。この成果は、きっとご自身の評価にもつながるはずです。
ちなみに、大学教員という仕事は、ひたすらに教えまくり指導しまくる仕事ですが、この仕事の醍醐味は、5年後、10年後に「あのとき先生が言った○○という言葉を覚えていて……」と言われることだったりします。
ふつうに授業をしていただけなのに、そんなふうに受け止めてくれていたなんて(感動)。これぞ思いがけない人生のギフト。
いま指導している後輩が、あなたのどんな言葉を記憶して、社会人としての糧にするかは、すぐには分からないものです。
ものすごく時間のかかる畑仕事だと思って、コツコツ種をまくのも、悪くないですよ!

東北芸術工科大学准教授/マンガ研究者/ライター
トミヤマユキコさん
1979年、秋田県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、同大大学院文学研究科に進みマンガ研究で博士(文学)を取得。2019年4月から東北芸術工科大学教員に。ライターとして日本の文学、マンガ、フードカルチャーなどについて書く一方、大学では現代文学・マンガについての講義や創作指導も担当。2021年より手塚治虫文化章賞選考委員。著書に『ネオ日本食』(リトルモア)、『労働系女子マンガ論!』(タバブックス)、『10代の悩みに効くマンガ、あります!』(岩波ジュニア新書)、『文庫版 大学1年生の歩き方』(集英社文庫)、『少女マンガのブサイク女子考』(左右社)、『40歳までにオシャレになりたい!』(扶桑社)、『パンケーキ・ノート』(リトルモア)などがある ■X/Instagram
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