東村アキコ「我は通す、絶対に折れない」それでも愛される作品を生み続けるバランス感覚の秘訣

映画『かくかくしかじか』のメインビジュアルと原作者の東村アキコさん
一流の仕事人には、譲れないこだわりがある!
プロフェッショナルのTheory

今をときめく彼・彼女たちの仕事は、 なぜこんなにも私たちの胸を打つんだろう――。この連載では、各界のプロとして活躍する著名人にフォーカス。 多くの人の心を掴み、時代を動かす“一流の仕事”は、どんなこだわりによって生まれているのかに迫ります。

『海月姫』(講談社)、『東京タラレバ娘』(講談社)、『偽装不倫』(‎文藝春秋)など、これまで数々のヒット作を世に送り出し、少女漫画界をけん引してきた漫画家の東村アキコさん。

2025年5月、そんな東村さんの恩師との出会いと別れを描いた感動の自伝漫画『かくかくしかじか』が映画化される。

本作において、初めての映画脚本の執筆にもチャレンジしている東村さん。

「いいものを作るためには、一切妥協はしない」と語る彼女は、本作の脚本においても、信念を貫き通したという。

「こだわり」はいいものを作っていく上で欠かせないものだが、自分の主張を貫くことでチームワークが乱れたり、市場のニーズとズレが生じることもあるだろう。

東村さんはどのようにバランスを取りながら「愛される作品」を生みだし続けているのだろうか。

漫画家人生を変えた、一条ゆかり先生からの一言

『かくかくしかじか』は、漫画家・東村アキコ誕生までを描いた自伝ヒストリー。あこがれの少女漫画家誌に入選するも、なかなかデビューのチャンスを掴めず、担当編集者にダメ出しされる日々が描かれている。

東村さん

もともと私が好きで読んでいたのが、わりと文学チックな少女漫画で。だから私も「イングリッシュガーデンでバラ園をつくってる、体の弱い女の子が庭師と恋におちる」みたいな(笑)、悲しくて切ない物語が描きたくて漫画家になりました。

でもなかなか担当編集者さんからOKが出なくて。自分の描きたいものと、世の中から求められているものの違いに、悩まされてきました

東村アキコ

やりたいことが認められない、というのはどの仕事にも通じる永遠の悩み。東村さんはどのようにその壁を突破して、ヒットメーカーへの道を切り開いたのだろうか。

東村さん

ダメ出しされたんです、一条ゆかり先生に。

『デザイナー』『砂の城』『有閑倶楽部』(集英社)など代表作は数知れず。少女漫画界の大先輩との出会いが、東村さんの漫画家人生を変えた。

東村さん

あるパーティーで一条先生にお会いして。挨拶したら「暗い漫画ばっかり描いている子ね」と言われたんです。

ずっと担当編集者さんからも「もっと主人公が元気で前向きなものを描いた方がいいよ」とアドバイスを受けてはいました。けど、当時の私は「前向きな主人公って……朝ドラじゃあるまいし」なんて、ちょっと斜に構えていて(笑)

でも一条先生からも同じ指摘を受けて、「私の作風は読者から受け入れられづらいのかもしれない」と思ったんですよね。それで、だまされたと思って明るいお話を描いてみました。

すると、自分でも思いがけない手応えがあった。

東村さん

描いてて、すごく楽しかったんです。出来上がった漫画もちゃんと面白くて。「意外と私って朝ドラ理論と相性が良かったんだ!」っていう(笑)

結局、自分に何が向いているかなんて自分では分からない。だから特に若いうちは周りの先輩たちのアドバイスを一回聞いてみるのも大事だと思います。

こんな時代だからこそ、ちゃんと膝を突き合わせなきゃ

そこから数々のヒット作を生み出してきた東村さん。その多くが実写ドラマ化され、好評を博している。

そんな中、自身の半生を綴った『かくかくしかじか』が映画化。四半世紀にわたる作家人生の中でも、脚本に挑戦したのは初めてだと笑顔を見せる。

共同脚本となる『伊達さん』が書いたものに東村さんが目を通し、気になるところを足したり直したりして、また伊達さんに戻すという、東村さんいわく「往復書簡のようなやりとり」を何度も重ねながら改稿を進めていった。

その中で東村さんが気付いた、いい作品をつくる上で大切なことがある。

東村さん

やっぱりちゃんと同じ場所に集まって話し合うことは大事だなって思いました。

コロナ禍で対面の機会が減って、今は打ち合わせもリモートでできる時代。だけど喧喧諤諤やり合うなら、ちゃんと膝を突き合わせなきゃっていうのが、今回の大きな発見でしたね。

東村アキコ

東村さんの言う通り、今やミーティングは「できればリモートの方が便利」と喜ばれることも多い。ある意味、時代の流れに逆行する主張には、どんな根拠があるのだろうか。

東村さん

何時間も顔を突き合わせてると、自然とお互いのことが分かってくる。そしたら、言いにくい意見も伝えやすくなるんです。ずっと一緒にいると無駄なおしゃべりも結構あるんだけど、そうやってグダグダしゃべってる時間がいい関係性を築く上で意外と大事なんじゃない?って思った。

誰かが間に入っての伝言ゲームじゃ、いいものはつくれない。効率だけじゃ測れないものが、ものづくりにはある気がします。

実際、今回の映画でもプロデューサーと監督、そして脚本の伊達さんの3人と対面で話し合ったからつくれたシーンがあった。それが、ラストシーンだ。

東村さん

監督たちはみんな漫画のラストが感動的だから、「そのまんまやったほうが原作ファンも喜ぶしいいんじゃないですか」っていうスタンスだったの。

でも私としては、せっかく映画にするんだし、最後にもう一発ドーンッと大きいのをぶちかましたくて。それで、ひたすら監督たちを「なんかいい案ないんスか」なんて煽ったりしてて(笑)

とは言え、なかなか名案は思いつかず、打ち合わせは平行線。ウンウンと唸る時間だけが過ぎる中、ふと突破口が開かれた。

東村さん

私がみんなの前で、「ここで先生がこうやってさ。こんなのどう?」って実演してみたら、みんなも「いいですね」って盛り上がってくれて。

ああいう熱量はその場にいないと分かち合いにくい。そんな感じで毎日毎日熱い打ち合わせを繰り広げた結果、できたのがこの映画です。

映画『かくかくしかじか』

ユーモアを交えれば、意見を主張してもカドが立たない

いいものをつくるには、コミュニケーションコストを惜しむべからず。その鉄則は頷けるところがあるが、コミュニケーションほど難しいものはない。

特に近年はハラスメント意識も高まり、ちょっとした言い回しにも細心の注意を払わなければ、トラブルの原因に。熱い議論をしているつもりが、実は相手からは嫌がられていた…なんてことも十分起こり得る。

東村さん

そこは本当に難しいところですよね。議論が白熱するとつい高圧的に受け取られてしまう言い方になっちゃうこともあるし。ノリで言った言葉が、アシスタントさんに圧を与えてしまっていることも正直あると思います。

年齢を重ねたり、ポストが上がるにつれて、自覚していなくてもにじみ出るのが“圧”。

「そんなつもりで言ったわけじゃなかったんだけど……」が通用しないのが今のビジネス社会だ。

東村さん

でも、いいものをつくる以上、喧喧諤諤みんなで意見を戦わせないとダメ。

そう繰り返す東村さんが、なるべく摩擦を起こさず、けれどちゃんと自分の意見を伝えるために実践しているコミュニケーション法とはなんだろうか。

東村さん

私がとってる作戦は、「宮崎弁でしゃべる」こと(笑)

ハッキリものを言うときも、方言が混じると不思議とマイルドになるんですよ。これはね、オススメです。

確かに方言というのはどこか砕けた人間らしさが出るもの。大人のビジネス会話から漏れ出る突然の人間味は、張りつめた空気をほぐす潤滑油となる。

東村さん

あとはユーモア。たとえば、つい厳しい言い方をしちゃったら、「あ、ごめんねごめんね。今のはごめん。でもダメだと思う。あ、ごめんごめん!」って、「ごめん」と「ごめん」で言いたいことを挟む戦法ですね(笑)

そしたら、相手もクスッと笑ってくれるし、場を和ませながら言いたいことを言うための一つのテクニックです(笑)

東村アキコ

今回の撮影現場でも、コミュニケーションにおいて小技を使いながら自らのこだわりを貫いた場面があった。

本作の舞台は、東村さんの青春時代。何十年も前の時代設定だったが、あるキャストの履いていたスニーカーのソールが、当時にはないものだったという。

東村さん

役者さんが「先生、この時代にこの靴はおかしくないですか?」と聞いてくれて。で、私も「本当だ。これは令和だわ」と。でもね、もう本番直前なんで、正直、周りの人たちは「もうこれでオッケーなんで」という感じなんです。

そこを「はい、靴変えま〜す」ってスタッフのフリして、ささっと靴を変えました(笑)

東村さん

「いや、こんなのおかしいです」って正面からけんかしてたら雰囲気を悪くしちゃうし、作品作りにおいてプラスにはならない。そうじゃなくて、隙間を縫いながら、ユーモアを交えながら我を通す

そういうちょっとしたうまいかわし方を見つけられると、遠慮せずに主張すべきことは主張できて、いいものづくりに繋がると思います。

映画『かくかくしかじか』

耳を傾ける・我を通すのバランスの鍵は「作品ファースト」

東村さん

最初に人のアドバイスを聞いてみることも大事だとお話ししましたが、もしどうしても描きたいものがあるなら、それと同じくらい我を通すことも大事。たとえば漫画を描くとき、編集さんと意見が違っても、簡単には折れないようにしています。

だって、作者は私だから。「漫画家としての勘を信じてください」と土下座で一点突破です。

その勘が外れたらどうするのって?いいじゃないですか、別に外れたって。また次に生かせばいいだけですよね。

若い頃に周囲の客観的な意見に耳を傾けて自分の作風をチューニングしたことも、今主張すべきことは遠慮せずに貫くことも、すべて作品を見る人たちに喜んでもらえるかどうかが起点となっている。

時間と労力を惜しまずに議論をし、「作品ファースト」の視点で耳を傾けるべきことには耳を傾け、我を通すべきことは貫き通す。このバランス感覚を兼ね備えていることが、東村さんのプロフェッショナルたるゆえんなのだろう。

そして自分の理想を譲らないために、うまく立ち回り、周囲の人たちの士気を下げない上手な大人の「我の通し方」をすることで、チームワークを崩さずにいいものを追求できるのだ。

東村さん

今回の映画では撮影現場にも入らせてもらいましたが、何にも遠慮しなかったし、一つも妥協せずにやりたいことを全部やり切りました。おかげで、いいものができたと胸を張れる作品になったと思います。

いい仕事ができた。そう心から言えるときほど、働いていて幸せなことはない。そのためには妥協はせず。だけどユーモアと上手なかわし方も忘れず。

最後まであきらめなかった人に、いい仕事はやってくるのだ。

東村アキコ

東村アキコ(ひがしむら・あきこ)

1975年生まれ。宮崎県出身。金沢美術工芸大学美術科油画専攻卒業。99年、漫画家デビュー。2007年から連載を開始した育児エッセイ漫画『ママはテンパリスト』が100万部の大ヒット。08年から連載を開始した『海月姫』(講談社)が第34回(平成22年度)講談社漫画賞少女部門を受賞。15年、『かくかくしかじか』(集英社)が第8回マンガ大賞、第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞を受賞。同年、『東京タラレバ娘』(講談社)が第6回ananマンガ大賞の大賞に選ばれた。現在、『銀太郎さんお頼み申す』(集英社)『まるさんかくしかく』『まるさんかくしかく+』(小学館)が連載中
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取材・文/横川良明 撮影/洞澤 佐智子(CROSSOVER) 編集/光谷麻里(編集部)

作品情報

映画『かくかくしかじか』 2025年5月16日(金)全国ロードショー

映画『かくかくしかじか』

<あらすじ>
漫画家になるという夢を持つ、ぐうたら高校生・明子。
人気漫画家を目指していく彼女にはスパルタ絵画教師・日高先生との戦いと青春の記録があった。
先生が望んだ二人の未来、明子がついた許されない嘘。
ずっと描くことができなかった9年間の日々が明かされる── 。

キャスト:永野芽郁、大泉洋、見上愛、畑芽育、鈴木仁、神尾楓珠、津田健次郎、有田哲平、MEGUMI、大森南朋

原作:東村アキコ『かくかくしかじか』(集英社刊)

監督:関和亮

脚本:東村アキコ、伊達さん

主題歌:MISAMO「Message」(ワーナーミュージック・ジャパン)

音楽:宗形勇輝

公式サイト公式X公式Instagram

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