22 MAY/2024

『虎に翼』脚本家・吉田恵里香さんと考える「はて?」と声を上げる意味

今からさかのぼることおよそ100年前。今より女性差別が色濃く存在した時代に、日本初の女性弁護士となり、のちに裁判官となった女性がいた。

パイオニアの名は、三淵嘉子さん。そして、彼女をモデルに、男性社会である法曹界に飛び込んだ主人公・猪爪寅子の半生を描いたのが、現在放送中の連続テレビ小説『虎に翼』だ。

女性弁護士

©NHK

社会のアンフェアに疑問を呈しながら、ひるむことなく信念を貫く寅子の生き方に、今、多くの女性たちが勇気と希望をもらっている。

昭和から令和へ。時代は変われど変わらない理不尽の数々。心折れそうになる現実に、私たちはどう立ち向かっていけばいいのか。

『虎に翼』の脚本家である吉田恵里香さんと一緒に考えてみよう。

女性弁護士

吉田恵里香さん

1987年11月21日生まれ。神奈川県出身。テレビドラマからアニメ、映画まで数々の作品の脚本を手がける。主な作品にドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』『君の花になる』『生理のおじさんとその娘』など。ドラマ『恋せぬふたり』で第40回向田邦子賞を受賞。アニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』で第9回 Anime of the Year(AOTY)最優秀脚色賞を受賞■X

理不尽に暴力で対抗するシーンの意図

編集部

『虎に翼』では昭和初期の女性が受けた理不尽や差別がありありと描かれています。

吉田さん自身は、当時の法律や女性の権利などを調べながら、どんなことを感じましたか?

吉田

今も生きづらいことやしんどいことはたくさんあるけど、少なくとも主人公の寅ちゃんと同じ時代に生まれなくてよかったなとは思ってしまいましたね。

編集部

ドラマの中でも、婚姻状態にある女性を「無能力者」と表す当時の法律の一文にはがくぜんとしました。

吉田

「無能力者」は法律用語です。「あくまで法律用語ですから」と監修の方々もおっしゃっていましたが、その言葉がチョイスされる時点で無意識の差別を感じます。

そこから新しい憲法ができて、ようやくフラットにはなったけれど、現実には埋められない男女差がまだまだ存在している。そこへの悲しさや落胆はあります。

編集部

厳然と差別が存在している現状に、女性はどう立ち向かっていけばいいと思いますか?

吉田

『虎に翼』にはいろいろなテーマを込めていますが、その中の大きな一つが「声を上げること、口にして言葉にすること」です。

この国では長らく「声を上げても何も変わらない」「一人が騒いでも意味がない」という空気があって。

私もその考えを子どもの頃から無意識のうちに植えつけられた世代の一人です。

編集部

声を上げた方がいいのは分かるけど、ハードルが高いなとどうしても思ってしまいます……。

吉田

気持ちはよく分かります。実際、生きていくのに精いっぱいで、声を上げる余裕がない人もいる。

自分がどんな状況にあっても声を上げ続ける人のことはもちろん尊敬するけれど、余裕がなくて苦しい人たちに声を上げろと押しつけるつもりはありません。

私自身も、どんなことにでも声を上げられるかと言ったら、そうじゃない。でも、少しずつでも声を上げていかないと、状況は何も変えられないとは思っています。

女性弁護士

©NHK

編集部

「声を上げる=信念や思想を持っている人たちのやること」というイメージがあって。自分にできるのだろうか、という不安もあります。

吉田

時には、たとえ正しくなくてもアクションを起こすことが大事だと思っていて。

『虎に翼』には、やじを飛ばす男性たちに寅子や同級生のよねさんが暴力という手段で対抗する場面があります。そのやり方は正しくないし、暴力を肯定するつもりもありません。

吉田

でも、正攻法では状況が変わらない、話を聞いてもらえないのが現実です。

それに、お利口な声の上げ方だけを描いてしまうと、「人格的に正しくて非の打ちどころがない人しか権利を訴えちゃいけないのか」という話になってしまう気がして。

だから、まだ若くて未熟な寅子にはあえてそういう正しくないやり方もさせています。

編集部

「暴力で対抗する描写が多い」という声はSNSでも見ましたが、意図してのことだったんですね。

吉田

私たちが昔より恵まれた環境にいられるのは、ちょっと乱暴でもアクションを起こしてくれた先人がいるから。

そこを無視したくない、という気持ちはありましたね。

声を上げることの否定は「しめしめと思う人」が喜ぶだけ

吉田

それに、パーフェクトな声の上げ方じゃないとダメだという描き方をしたら、現在世間にアピールしたい何かがあって、強引なやり方でアクションを起こしている人が批判されてしまうことになる。

それは、私の本意ではありません。その人たちは、お利口なやり方で訴えてもスルーされると分かっているから、強引なやり方で声を上げているんだと思うんです。

編集部

それでも訴えたい何かがあるということですね。

吉田

その声の上げ方や主張内容に、私が100%同意しているわけではありません。繰り返しますが、暴力を肯定もしません。

でも、少なくとも石を投げられる覚悟で声を上げる人たちを否定したくはなかった

何より声を上げることを否定してしまうと「しめしめと思う人」たちがいっぱいいるんだよ、ということを伝えたくて。

編集部

しめしめと思う人?

吉田

今は女性が声を上げると、それを良く思わない一部の男性が批判して、結局「男性VS女性」の構図になっていく。それがすごく苦しいんです

女性弁護士

©NHK

吉田

私たちが直面する差別や理不尽は、半径数メートルの世界で起きていることだけど、原因をたどっていけば政治や国、ひいては世界そのものの話になってくる。

そこを変えなくちゃいけないのに、いつまでも男女で対立していると議論は進まない。本当は自分ごと以外でも性別を超えて困っている人に寄り添い、味方になってあげるべきなのに……。

結果、今の世の中のままの方が都合が良い人たちの思うツボです。

編集部

それが「しめしめと思う人」ですね。

吉田

『虎に翼』の時代背景を描く上で、男女の対立、言い分の違いのようなものは避けられないし、そこは今後も描いていきます。

でも、怒るべき対象はそこじゃなくて、社会の構造です。それは『虎に翼』を通して伝えたいメッセージの一つですね。

後ろに続く世代を守る盾になりたい

編集部

テレビの世界も男性社会なイメージがあります。

吉田

そうですね。若い時ほど、「年上の男の人たちに嫌われたら次の仕事はないかも」という恐怖におびえていた気がします。

それでえらい男性たちに気に入られようと、苦手な人のいる飲み会に行ってはお酒を飲んで、私はオールも大丈夫な女ですよ、駄目な男性に寛容ですよ、みたいなアピールをしていました。

吉田

ただ、苦い思い出もやっぱりあります。

飲み会自体は好きだし、仕事仲間と築けた絆もあり、仕事にプラスになったこともあるのですが、結局それは私を蔑んだり下に見たりしない人たちとの楽しい飲み会の中でしか生まれなかった。

それに気付けずに、「話の分かる女」をやっていた時期もあります。

編集部

「話の分かる女」と思われた方が、男性たちと同じテーブルに並びやすそうですもんね。

吉田

でも、実際に並んでみたらしょうもない席だったりするんですよ。そんないすだったら座らなくていいやって。

そう思えるのはこの年になったからですけどね。

女性弁護士

©NHK

編集部

『虎に翼』の他にも、吉田さんは生理やアロマンティック・アセクシュアルなど、社会的なテーマを題材にドラマを作っています。

周囲から「意識が高い」みたいに言われることはないですか?

吉田

ありますよ。「そういう作品ばかり書いてると、色がついちゃうよ」と言われたこともありますし。

編集部

そんな風に「面倒くさい人」認定されるのが嫌で、声を引っ込めてしまう人も多い気がしています。

吉田

今の私は、余裕がなくて声が上げられない人の代わりに、自分が的になっていきたい気持ちがあります

私の中で理想があるんですよ。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』なんですけど。

編集部

大切な人たちを守れなかった後悔を抱える元警官のマックスが、女戦士のフュリオサに協力して、若い女性たちを独裁者のイモータン・ジョーの支配から逃がし、反旗を翻す話ですね。

吉田

映画では、ジョーの子どもを産むためにとらわれの身となっている女性たちを連れて、フュリオサが逃亡します。

その際、女性たちが監禁されていた場所に残り、ジョーに銃を向けるおばあさん(ミス・ギティ)がいるんです。

吉田

私は、あのおばあさんになりたい。先陣を切るフュリオサにはなれなくても、後ろに続く世代が傷つかないように、自分が盾になって強い人たちに立ち向かっていけたら。

自分が年齢を重ねるにつれて、そう強く思うようになりました。

それによって自分より若い人たちが傷つかなくてすむなら、「面倒くさい女」と思われることはどうってことないです。

声を上げる自分と、上げない自分。どっちが好き?

編集部

声を上げるのにためらいを抱える人たちが、心理的ブロックを外すにはどうすればいいと思いますか?

吉田

自分に聞いてみるといいと思います。「声を上げる自分と、声を上げない自分、どっちが好きか」って。

繰り返しますが、声を上げる余裕がない時はあるもの。だから、声を上げられなかった自分を責める必要はありません。

それでも、10年後、20年後に振り返ったとき、声を上げた自分の方が好きだと思えるなら、少しは勇気も湧いてくるんじゃないかな。

編集部

どっちの自分が好きか。分かりやすい判断基準ですね。

吉田

そういうとき、私の頭の中でいつもTOKIOの『宙船』が流れるんですよ(笑)

編集部

というと?

吉田

「お前が消えて喜ぶ者にお前のオールを任せるな」という歌詞がすごく好きで。

権利って黙っていると本当に奪われちゃうんですよね。良い人ほど、誰かを傷つけたくないから黙ってしまう。

でも、それでは都合よく搾取されるだけ。自分の権利を奪われないためにも、声を上げていこうという気持ちで『虎に翼』を描いています。

女性弁護士

©NHK

編集部

自分も声を上げていきたい。でも傷つくのが怖い。そんな人は、まず何から始めるといいと思いますか?

吉田

否定的な発信はどうしても攻撃の対象にされやすい。だから、まずは肯定的な声から上げてみるといいかもしれません。

「こういう社会の方がすてきだと思う」など、ポジティブな言い方だと声が上げやすいのかなと。

「おかしいと思うことに加担しない」から始めよう

吉田

あと、声を上げるメリットもあるんですよ。

編集部

メリット?

吉田

先ほど「面倒くさい人と思われたくない」という話がありましたが、そう思われることで、逆にこちらから見たときに面倒くさい人から絡まれなくなるんです。

中には執拗に攻撃してくる人もいますけど、そういうのは相手がおかしいので気にしなくていいかなと。

編集部

なるほど。

吉田

それに声を上げることで、自分に賛同してくれる味方の数も増えていきます。

自分が何気なく上げた声で、知らない誰かが救われることは絶対ある。それは声を大にして言いたいですね。

吉田

それでも声を上げるのが怖い人は、まずは「おかしいと思うことに加担しない」ことから始めてみるといいんじゃないかな。

編集部

そういえば『虎に翼』でも、梅子さんの夫が授業中に梅子さんをバカにする発言をしたとき、男子学生の中で花岡と轟(とどろき)だけが笑わなかったですね。

吉田

傷つけられた側は、「誰が笑ってなかったか」をちゃんと見ているんですよ。

同調圧力に逆らうのは難しいけれど、一緒になって笑わないとか、話題を変えるとか、できることはあると思います。

編集部

寅子たち女子部のように、みんなで連帯するのも対抗手段の一つですよね。

女性弁護士

©NHK

吉田

そうですね。その際、みんなが自分とピタッと合うわけではないことは理解しておいた方がいいと思います。

完全一致する人以外は排除するとなると、それこそ「しめしめと思う人」の思うツボ。

連帯する理由は、人それぞれでいい。一人一人に理由があって、その輪の一部分が重なれば、連帯するに十分です。

若さに価値を見いだす人にチヤホヤされて、うれしい?

編集部

最後に、吉田先生の後ろに続く20代の働く女性たちに、何かかけてあげたい言葉はありますか?

吉田

20代後半は「若さ」という価値がなくなる時期。私もその年齢くらいの頃は、「若手脚本家と言われなくなったらどうしよう」とあせっていました。

でもこの年齢になって、若さって大して価値がなかったなって思います。

「若いから」「女だから」と条件付きで褒めてもらうことも多かったけど、よく考えたらちゃんと私の実力だったじゃん、と思うことも結構あります。

編集部

忍び寄る周囲の「おばさん」扱いに、つい自分の価値を信じられなくなる気がしてしまいます……。

吉田

若さに価値を見出す人がいるのは事実です。でも、その人たちの顔を思い浮かべてみてください。

その人たちにチヤホヤされてうれしいかと言ったら、そんなことはない気がするんですよね。

編集部

たしかに……!

声を上げる人をたたく人とか、他の話にも同じことが言えそうですね。「その人たちに認められたいのか?」っていう。

吉田

結婚や子どもなど、20代の女性はいろいろなプレッシャーに追い立てられるけど、「時間がない!」とあせっていることって、意外と猶予があったりします。そこは自分の実感値として伝えたいですね。

20代の皆さんにはまだ刺さらないかもしれないけれど、「若さが価値」という呪いにがんじがらめになってしんどくなったとき、ふっと思い出して、そこから抜けるきっかけにしてもらえたらうれしいです。

取材・文/横川良明 企画・編集/天野夏海