10 DEC/2015

“大切そうに見えるもの”のために、人生を犠牲にしてはいけない――不安と葛藤を乗り越えた女性が気付いた「意思をもって生きること」の大切さ/株式会社CRAZY 山川咲さん

時々、「このままこの会社で働き続けていていいのだろうか」と不安になる。でも、決定的な不満があるわけでも、これといったやりたいことがあるわけでもない。何よりも、慣れ親しんだ会社を飛び出すのは怖い……。

大半の人がそんなモヤモヤに見て見ぬ振りをして、昨日と変わらない今日を「こんなものか」と折り合いをつけて生きている。

“人生が変わるほどの結婚式をしよう”をテーマに、株式会社CRAZYが運営する完全オーダーメイドのオリジナルウエディング『CRAZY WEDDING』代表の山川咲さんも、かつては自身の働き方や人生に違和感を抱えながら仕事をしていた女性の一人。けれど、今、目の前で笑っている彼女からは、そんなネガティブなオーラはまったく感じられない。

どうすれば不安と葛藤の毎日を変えることができるのか。一歩を踏み出せずにいる女性たちへ、山川さんから元気いっぱいのエールを贈る。

CRAZY WEDDING代表 山川 咲さん

株式会社CRAZY
CRAZY WEDDING代表
山川 咲さん

2006年、神田外語大学を卒業後、人材教育系のコンサルティング会社へ入社。人事新卒採用責任者として数々のプロジェクトやイベントを立ち上げ、数々のメディアに取り上げられる。11年、同社を退職。オーストラリアでの2カ月間の旅を経て、12年7月にCRAZY WEDDINGを設立。完全オーダーメイドのオリジナルウエディングで、一躍業界で注目の存在に。著書に『幸せをつくる仕事』(講談社)がある

このまま会社のためだけに、自分の人生を懸けていいの?

20代のころの山川さんは、昼夜を忘れて仕事に没頭していた。仕事も仲間も大好きで、充実した日々。そんな毎日に疑問を持ったのは、妊娠した27歳の時だった。大切な子どもをお腹に宿した経験は、山川さんに大きな影響を与えた。

「このまま会社のためだけに、自分の人生を懸けていいのか」

結果的に流産となってしまったが、一度抱いた違和感を誤魔化すことはできずに、5年間働いた会社を退職した。

「そのころが、人生で最もつらい時期でした。流産したこと。新卒で入った大好きな会社を自分で辞めたこと。いろいろなことが重なって、もうボロボロでした。とても次のステップに行く気にはなれずに、このままではダメになると思って、海外へ旅に出ることを決めました」

それは、必死に走り続けた山川さんの、初めての充電期間だった。約20日間のオーストラリアの旅。そこで出会った人々は、山川さんの人生観を一変させた。

よく言えばカジュアル。悪く言えば適当。生真面目な自分とは真逆の人たちばかりだが、そんな彼らの方が自分よりよほど幸せそうに見えた。自由な時間。自由な人々。今までまったく知らなかった世界との関わりを通じて、山川さんはあることに気付いた。

「私はずっと、キャリアや給与が高まるごとに、自分が素晴らしい人間に近付いているんだと信じ込んでいました。でも、私がそうやって大切に握りしめていたものは、どれも“世の中で”大切と思われていることばかり。私にとって本当に大切なものは、もっと別のものなんじゃないか。自分が今までいかに“大切そうに見えるもの”のために、自分の人生を犠牲にしようとしていたのか、対極の世界に身を置くことで気が付きました」

“自分の意思”で、エアーズロックに登ることを決めた

CRAZY WEDDING代表 山川 咲さん

その気付きが確信に変わったのは、旅の終わりに訪れた、エアーズロックでのことだった。

エアーズロックは、アボリジニの聖地。登山中の事故も多く、登頂するかどうかは個人の意思に委ねられている。ガイドからは「登らないでほしい」とはっきり告げられた。

登るか、登らないか。ツアー客の間でも議論が紛糾する中、山川さんが一晩悩んで出した答えは、「登りたい」だった。

「これまでの私は、普通でありたい気持ちが強くて、世間の物差しを満たすことばかり得意になっていました。みんなが登らないなら、登らない。そんな選択をすることだってできました。でもそのとき、私は誰の意思でもない、“自分の意思”でエアーズロックに登ることを決めたんです」

想像以上の絶壁。鎖一本で登る恐怖。やっと辿り着いた山頂からの光景と、眩しい太陽の光。その瞬間、空っぽだった山川さんの体にみなぎるような生命力が戻ってきた。

「ずっと自分に自信のなかった私が、そこでようやく自分の人生を認めることができた。遠回りしたけれど、やっと意思のある人生に辿り着けたような気がしました」

自分の意思をもって生きること。その素晴らしさを実感したとき、これまで彼女の心を覆っていた不安や迷いは、嘘のように消え去っていた。

「たとえ何をしていたとしても、それが自分の意思で選んだ道なら素晴らしい冒険の人生になる。旅を終えても、これからもずっと私は冒険の人生を続けていきたい。そう決意しました」

不安なのに動こうとしないのは、人生を失っていることと同じ

CRAZY WEDDING代表 山川 咲さん

そうして日本に戻ってきた山川さんが『CRAZY WEDDING』を立ち上げて、3年半。彼女が今、はっきりと確信しているのは「会社を経営している今よりも、葛藤している時期の方がよっぽど苦しかった」ということだ。

「本当に自分の求めているものとは違ったとしても、慣れ親しんだ会社で、大好きな人たちと今まで通りの日常を続ける方が安心だし、安定しているように思える。そういう毎日を抜け出すことは、苦しいし、大変です。でも、この先の未来どうなるんだろうと悩みながらとどまり続けることは、人生を日々失っていることだと私は思います。起業してからも大変なことはありますが、つらいと思ったことは一度もない。自分の人生を生きている。そんな前向きな感覚があるんです」

挑戦することを決めてしまえば、あとは一生懸命突き進むだけ。だから悩んでいる時間なんてない。シンプルゆえに、これ以上ないほどに説得力のあるロジックだ。けれど、その勇気は一体どこから湧いてくるのだろう。そんな疑問に対し、山川さんは自らの人生哲学を教えてくれた。

「世の中では、成功とは挑戦して成果を得ること。失敗とは成果を得られなかったこと。でも、私の定義は違う。成功は挑戦すること。失敗は挑戦しないことなんです」

万が一、先々で今の事業が行き詰まってしまったとしても、得がたい経験値と仲間と、何よりやりたいことに挑戦した事実が残されている。だから決して失敗ではない。

「そう考えてみたら失うものなんて何もないんです。だったら、もうやるしかないですよね」

山川さんの笑顔がどこまでもすがすがしい。その理由は、彼女が自分の意思をもって自分の道を選ぶことを決めた冒険者だからに違いない。

取材・文/横川良明 撮影/赤松洋太