「正社員として職場復帰できる女性は4人に1人」女性が働きやすい日本をどうつくる? 【佐藤博樹さん×白河桃子さん特別対談】

Women Will
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未来をハッピーに変える「働き方改革の今」

「女性活躍」という言葉はよく耳にするようになったけれど、女性を取り巻く労働環境が劇的に良くなっているという実感は持ちづらい。「世の中はそう簡単には変わらないもの」と、悲観モードになっている人も少なくないのでは? しかし、働く女性たちの希望となるような、変化の兆しは確かにある。この連載では、女性の社会進出を支援するGoogleのプロジェクト 『Women Will』から、私たちの仕事人生をよりよく変えるきっかけとなるような取り組みを行う企業、人々などにフォーカスを当て、日本社会で起こっている「働き方改革の今」をお届けしていきます。

本連載の第一弾となる今回は、日本版『Women Will』プロジェクトの監修を務めている中央大学大学院戦略経営研究科(ビジネススクール)の佐藤博樹教授と、相模女子大学客員教授・少子化ジャーナリストの白河桃子さんのお二人が、「今、この日本社会で女性が働いていくということ」をテーマに徹底討論。そこから見えてきた、私たちが考えなければいけない課題とは――? そして、その問題を乗り越えるために私たちが意識し、行動しなければいけないこととは何なのかを議論していただいた。

白河桃子 佐藤博樹

佐藤 博樹(さとう・ひろき)さん
1976年、一橋大学社会学部卒業。1981年、一橋大学大学院社会学研究科博士課程満期退学(所定単位修得)。雇用職業総合研究所(現:独立行政法人労働政策研究・研修機構)研究員、法政大学教授等を経て、現在、東京大学名誉教授、中央大学大学院戦略経営研究科(ビジネススクール)教授。主な著書に『職場のワーク・ライフ・バランス』(日経文庫)などがある
白河 桃子(しらかわ・とうこ)さん
1984年、慶應義塾大学卒業。住友商事、外資系金融機関等を経て著述業に。女性のライフプラン、女性活躍推進、未婚、晩婚、少子化などをテーマに数多くの取材・執筆・講演を行い、少子化ジャーナリスト、作家、相模女子大客員教授として活躍。山田昌弘中央大学教授との共著『婚活時代』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)は19万部のヒットに。その他、『産むと働くの教科書』(講談社)『女子と就活』(中公新書ラクレ)『専業主婦になりたい女たち』(ポプラ新書)など著書多数。地域少子化対策検証プロジェクト委員、一億総活躍国民会議民間議員

「女性のための制度」と「家事をしない夫」が女性の就労を妨げる

――まず、今の日本社会において、女性が生涯仕事を続けていく上で課題となることは何だと思われますか?

佐藤:やはり、フルタイム勤務だと仕事と子育ての両立がしづらいことでしょうね。大企業では、女性が結婚・出産を経ても働き続けることができるように両立支援制度が整備されてきています。しかし、フルタイム勤務の働き方は、「残業できること」が前提となっています。そのため、フルタイム勤務に戻ると仕事と子育ての両立が難しく、両立支援制度を長く利用したり、フルタイム勤務に復帰しても残業の少ないサポート業務などを選択せざるを得ないなど、いわゆるマミートラックを選ぶことになるケースも往々にしてあります。その結果、「仕事はほどほどでいいや」とか「仕事を辞めてしまおうかな」というネガティブな感情を招いてしまうことにもつながります。

白河:女性が利用する前提で社内制度が充実すればするほど、性別による役割分業が助長されるという傾向もありますよね。

佐藤:そうです。妻が時短勤務を選ぶから自分は子育てに関わらなくてもいいと考える夫も多くいます。平成26年度の『厚生労働白書』によると、6歳未満の子どもを持つ父親が育児と家事に費やす時間は、1日1時間7分。けれど覚えておきたいのは、この数字には0分の人も含まれているということです。

白河:男性の中でも二極化が進んでいるんですよね。日本の場合、家事・育児に参加していない男性が約8割と言われています。

佐藤:保育園に子どもを送り届ける男性はいても、お迎えに行く男性はごくわずか。結局、お迎えは女性の役割というふうに固定化しちゃっているんですよ。仕事の状況によっては、残業が必要なときに、いつも「保育園の時間があるから私には無理です」って言われてしまうと、「やっぱり女性は使いづらいな」と上司から思われてしまうこともありますよね。

子育てを機に女性が仕事を辞めると、家計収入は1億円以上減る

――そういう状況の中では、やはり出産を機に仕事を辞めてしまう女性も一定数出てきますよね。

白河桃子 佐藤博樹

白河:はい。また、悲しいことに、一度キャリアを降りたらそのままずっと降りざるを得ないのが今の日本の現実です。例えば、出産や子育てを理由に退職した女性の中で、また正社員として復帰できるのは、4人に1人だけ。お茶の水大学の調査では、一度仕事を辞めた後に年収300万円以上の仕事に復職できた女性はわずか12%しかいなかったそうです。生涯年収で言えば、1億5000万~2億7000万円の減収になる。これは夫婦としても恐ろしいことですよね。

佐藤:みんな、仕事をドロップアウトしてしまうことのリスクは薄々分かってきている。でも、その一方で、夫の収入が上がることを期待して、自分は「家事と子育てがメイン。お小遣い程度を稼げればいいや」と考えている女性が多いことも問題だと思います。そこそこ裕福な暮らしがしたいなら、夫一人に年収1000万円を目指してもらうんじゃなく、夫婦それぞれで500万ずつ稼いで世帯年収1000万円を目指す。そういうスタイルがいいと考えられる女性が増えない限り、働き方を根本的に変えていくことは難しいでしょうね。

――女性たち自身のキャリアや収入に対する意識変革も大事ということですね。そのほかに、日本社会の課題だと感じることはありますか?

白河:やはり、長時間労働の慣習は女性にとっても男性にとっても、日本社会を働きにくいものにしてしまっています。ドイツやフランスなどの先進国では、男女関係なく長時間労働を法的に禁止していますし、場所や時間にとらわれない働き方を推進している企業がますます増えているところ。日本の企業もよりいっそうの危機感を持って、社員の働き方を見直すべきフェーズにきています。

佐藤:ただ、フレキシブルな働き方を実現するためには、社員一人一人の仕事の進め方や時間の使い方に関する自己管理能力も問われるようになります。そして企業は、社員が自分を律しながら働いていけるように、教育していくことが大事。企業は本来、「入社直後の初期キャリアの段階に所定時間内で仕事をするのが原則」ということを教えるべきなんです。「新入社員は残業禁止」として、その上で、予定が狂って残業が発生してしまった場合は、なぜそんな事態が起きたのか、どうして事前に対応できなかったのかを分析し、次につなげるということを徹底していかなくちゃいけない。だけど、日本では仕事ができない若手社員に対して「労働時間で貢献しろ」っていう風潮がこびりついてる。これが大きな問題なんですよ。

仕事時間以外も充実させている社員が評価される時代へ

――「所定の労働時間内で仕事をする」どうしたらこの意識が根付くんでしょうか……。

白河桃子 佐藤博樹

佐藤:企業側の努力だけでなく、一人一人の生活から変えていく必要性がありますね。例えば、ワーキングマザーなら保育園のお迎えがあれば絶対に定時までに退社したいと考えている。でも、会社の中には“定時で帰る必要のない人”が相当数いますよね。妻が専業主婦の男性、未婚で一人暮らし、家に帰っても特別することがないなんて人は、だらだら会社にいてしまう。

白河:早く帰ろうとすると、その分、仕事に集中してマネジメントしなきゃいけないから大変。普段通り夜遅くまで残るスケジュールで進めた方がかえって楽な側面もありますからね。だから、そういう人と時間的制限が強いワーキングマザーが一緒に働くと、時間の感覚が合わなくていろいろストレスが生まれてきちゃう。

佐藤:“残業することが当たり前”と考えている人たちをどう変えるのか。まずは会社が、望ましいと考える新しい社員像を打ち出さなきゃいけない。仕事を定時で終え、できた自由時間を家族とのコミュニケーションや自己投資に使う。そうやって仕事だけでなく、仕事以外の生活を大事にしている人材、人間的に豊かに成長していく人材を、会社側は評価するんだってメッセージを発信していくことが重要でしょうね。

白河:すごくいい事例があるんですけど、大和証券では19時前退社の励行を始めたんです。でも証券会社と言えば長時間労働が当たり前の世界。100年続いた会社の働き方を変えたことで、社内で反発もあったそうなんです。子育てが終わったおじさん世代は仕事が早く終わったところで、家に早く帰る必要がないわけですから。でも徹底していくと、女性が活躍するようになり、また勉強する人が増えた。そこで会社で資格取得を推奨し始めたのです。しかも、定年を迎えて再雇用契約を結ぶ際に、所定の資格を持っている人は条件面での優遇があるというインセンティブを付けて。そうしたら、俄然勉強する人が増えて、CFPというファイナンシャルプランナーの中でも最上級の資格の所有者割合が業界トップになったそうです。これは、大和証券のビジネスにとっても大きなメリットとなる出来事ですよね。

―― 一見すると仕事とは関係ない分野での自己投資でも、実は自分の今の仕事に活きる経験ができるということも多そうですよね。

佐藤:単に働き方を充実させるだけじゃなく、自己投資をするなど仕事以外の生活を含めて、人生そのものを豊かにしていくって発想が、これからの時代に必要な考え方じゃないかと思いますね。そのためにも、女性自身が、仕事中心で家庭を疎かにする男性を良しとせず、きちんと家事・育児に参加しろと声をあげ続ける努力は必要でしょう。

白河:一生懸命働きかけることは決して無駄ではないと思います。この間、フィンランドの男性に、「例えば、女性が家事や育児をすべて引き受けるから、あなたは外で稼いできてって言われたらどう思います?」って質問したんです。そしたら彼は「そうしたら僕が子育てに関われなくなる。個人の勝手かもしれないけど、僕から見たらそんなことを言う女性は変だ」って言っていたんです。男性が子育てに関わることが当たり前の権利だって理解しているからこそ、そんな言葉が出てくる。この、Googleの『Women Will』のような取り組みをどんどん増やしていくことで、日本もそういう社会にしていきたいですよね。

Women Will

>>『Women Will』とは?

『Women Will』とは、女性のテクノロジー活用を促進することで、各国の女性が直面する問題の解決を目指す Google のアジア太平洋地域全体の取り組みです。『Women Will』の日本での活動としては、『#HappyBackToWork』があります。『#HappyBackToWork』は、出産などを機にさまざまな理由で女性が仕事をやめてしまう状況を改善するため、家族・上司・同僚・会社の人事・地域社会など、女性の周辺の様々な立場の人ができる「女性が働きやすくなる」アイデアを集め、サポーター企業・団体と共に実践の輪を広げていく取り組みです。

取材・文/横川良明 撮影/洞澤佐智子(CROSSOVER)