「20代でやりたいことだけを優先していたら、ロクな未来はなかった」ウエディング&Web業界の新時代を切り開いてきた2人の女性が語る“求められる女”のサバイバル戦術【前編】 /山川咲さん・塩谷舞(しおたん)さん対談
仕事、楽しい? そう聞かれて「YES」と答えられる人はどれくらいいるんだろう。手を抜いているつもりはない。日々真面目に頑張っている。だけど、その頑張りを見てくれている人なんて本当にいるのだろうか。必死の想いで満員電車に乗り込む毎日は、ちゃんと未来につながっているんだろうか?―― 私たちの今は、いつも不安の中にある。
そんなWoman type世代の中にも、意志を持って自分の未来を選び取り、前進を続ける女性たちがいる。それが、今回登場する山川咲さんと塩谷舞さんだ。

【プロフィール】
【右】株式会社CRAZY 『CRAZY WEDDING』創設者 山川 咲さん
2006年、神田外語大学を卒業後、人材教育系のコンサルティング会社へ入社。人事新卒採用責任者として数々のプロジェクトやイベントを立ち上げ、メディアの注目を浴びる。11年、同社を退職。オーストラリアでの2カ月間の旅を経て、12年7月に株式会社CRAZYの創業メンバーとして、『CRAZY WEDDING』を設立。完全オーダーメイドのオリジナルウエディングで業界に革新をもたらし、話題の存在に。16年よりCRAZY WEDDINGを離れ、新たな世界に挑む。著書に『幸せをつくる仕事』(講談社)がある
【左】PRプランナー、Web編集者 塩谷 舞(しおたん)さん
京都市芸大大学在学中に、関西の美大生をつなぐネットワーク『SHAKE ART!』を立ち上げ、イベント企画、フリーペーパー運営、営業、編集などを行う。卒業後、株式会社CINRAにてWebディレクターを務める。その後、広報職を経て、独立。現在はフリーランスのPRとして、さまざまなPR施策・コンテンツ設計を手掛ける。『THE BAKE MAGAZINE』編集長 DemoDay.Tokyo 運営中
27歳で新卒入社した会社を退職して起業し、既成概念にとらわれないオリジナルウエディングブランド『CRAZY WEDDING』を立ち上げ、ブライダルシーンに革命を起こした山川さん。“スーパー広報”として名を馳せ、15年に独立してフリーランスのPRとなり無数のネットコンテンツをバズらせながら、Webメディアの新時代を切り開く塩谷(しおたん)さん。それぞれ活躍のフィールドは違うものの、各方面から仕事のオファーが絶えない今話題の女性たちだ。
そんなお2人に、仕事をする上でいつも大切にしていることや、これからの社会で働く女性に必要とされるスキルやマインドについてたっぷりお話しいただいた。
「個人」の価値が大切な時代
“自分の名前”の焼印を押すような働き方が求められている
――まずお2人の仕事スタイルについて聞いてみたいのですが、それぞれ働く上で大事にしていることは何でしょうか?
山川:私の場合は、仕事でも何でも自分の手を通っていくものには「山川咲の焼印を押すんだ」っていう感覚が昔からあって。自分の焼印を押す以上、絶対に手を抜きたくないし、自分の仕事は最高レベルで世に出したいということは、よく考えていますね。
塩谷:年々“個人”が注目されるようになっていますよね。私はライターとして記事を書く機会も多いのですが、旧来のようにライターがメディアごとに書き分けるんじゃなくて、まず個人があって、その個人が何を考えて、選んで、伝えるか……ということが重視されるようになってきてるなって感じています。だから、自分の名前=雑誌名である、というくらいの感覚を持って記事を書き、読者に「この人の記事だったら」と選んでいただくことを大事にしてますね。
――山川さんの“自分の焼印”を押すというフレーズは、会社員であっても仕事に対して当事者意識を持つ上ですごくいいなと思うんですけど、そう考えるようになったきっかけって何かあるんですか?

山川:私はちょっと生い立ちが特殊で、3歳の頃から1年間ワゴンカーで日本一周をして、そこからは千葉の大自然に古い一軒家を借りて家族で自給自足みたいな暮らしていたんですよ。周りの子たちとは全く生活環境が違うので、「何で私だけ?」って自問自答しながら生きてきた。だから、自分という人間を皆に分かってもらえるようアピールしなきゃっ! ていう意識が強いのかもしれない。
塩谷:ワゴンカーはレジェンドですよ! でも親の思想はダイレクトに環境を左右しますよね。私は大自然ではなく住宅街で育ちましたけど、親が合成洗剤とか使わない家で、服も食器も石けんで洗うって決まってて。だから、いつも体操服とか超黄ばんでた(笑)!
山川:私も! あれは死活問題ですよね。何か臭うし(笑)。
塩谷:思春期の頃は特にそういうことってデリケートで。男子に一言言われたら3年くらい引きずるじゃないですか。うちでは「髪にいいから」ってリンスのかわりにお酢を使っていたりしたんですよ。本当に髪にはいいらしいんですけど、同級生はみんなサラサラの良い香りのシャンプー使ってるのに……(笑)。
山川:そうそう。お風呂を薪で焚いていることとか、全部がもうコンプレックス。自分には欠陥がたくさんあるって感じていた分、自分がこの社会で生き残るには何か人より秀でた能力がないとダメだと思っていたんですよね。でも、そういう葛藤を抱えてきた分、自分の名前で生きていきたいという気持ちを強く持てるようになった。
塩谷:私は幼い頃から器用貧乏で、自分にはこれだっていう自信を持てるものがなかったんです。絵を描いたり、ピアノを弾いたり、演劇をしたり……どれも「器用だね」と言われるレベルまでは上達しても、突き抜けられない。でも、自分の周りには才能も努力するスキルも兼ね備えた子たちがいっぱいいたから、くやしさを感じるよりも自然と、 “戦略的なポジショニング”をしていたのかも。
――というと?
塩谷:自分みたいな人間がいないところにあえて身を置くという感じですね。ずっと商学部を目指してたけど、高3の11月くらいのタイミングで芸術大学に進路変更して。「クリエイターたちの中で、ビジネス的な意識を持ちながら戦ってみたい!」と思ったんです。今もライターが複数人いるメディアではなくて、医療プロジェクトや、お菓子屋さん……いろんな環境でゼロからメディアを作って、情報発信をしています。似たようなスキルを持った人がたくさんいる環境でトップを目指すんじゃなくて、自分が個性的である環境に、あえて身を置いてみるんです。そうすると、発見が多くて楽しいし、自分が持っているスキルや能力が、“持っているもの以上”に評価されることが多いんですよね。ある意味、あざといような……。
山川:よく分かります。それも生存戦略の1つですね。
塩谷:でもそれも、新卒で入った会社でWebディレクターとして、かなり手堅い仕事をやらせてもらっていたからかも。大学を卒業してすぐに1番好きなことからは離れて、めちゃくちゃ働いて、脚力を鍛えられていたから。その経験が今すごく求められるし、この先の人生を自分で選べる幅が増えたんじゃないかと思います。
山川:そうですね。シンプルなことだけど、とことん働いた経験がある人と無い人とでは、その先の人生が全然違うと思う。私も会社員時代を振り返ると、8日間連続でほぼ徹夜して仕事したり、“死ぬほど働いたなあ”って思う時期があります……(笑)。大変だったけど、やればやるほど山川咲にしかできない仕事に近づけている実感があったし、納得感のある人生を歩めるようになっていきました。20代で“猛烈に仕事した時期”が、今の私というものをつくり、支えてくれていますね。
塩谷:えっ、8日連続徹夜はちょっとヤバくないですか(汗)?
本当にやりたいことは、「やるべきこと」をやった先に見えてくる
――きっと読者の中にもお2人のように、納得感のある仕事がしたいと思っている人は多いと思います。けれど、組織の中にいると自分の力を発揮しようにも、なかなかチャンスを与えてもらえなかったり上司が評価してくれなかったり。若手会社員ならではのいろんなジレンマもありますよね。

山川:そういう悩みってよくあるかもしれないけれど、私の考えは「仕事の報酬は仕事」だってはっきりしています。いい仕事をした人には、もっといい仕事を与えたくなるし、部下がいい仕事をして嫌な上司はいない。そのまっとうな事実が抜け落ちて、任せてもらえないって悩んでいる子が多いんじゃないかな。20代のうちはあんまり目先のやりがいにとらわれすぎない方がいい。それよりも、今の目の前の仕事を全力でやること。そうしたら、ちゃんと返ってくるものはある。今キラキラしているふうに見える人たちだって、20代のうちにしっかり下積みした上で今があるんだってことを忘れちゃいけないと思う。

塩谷:私も会社に入ったばかりの頃は、個人の名前で仕事をしてキラキラしている人がめちゃくちゃ羨ましかった。「私は代替可能な人材なんじゃないか? むしろ能力が低いんじゃないか?」って、自分を卑屈に捉えていた時期もあったんです。でも、その頃の自分に会社を飛び出して1人でやっていくだけの力なんて、今思えば絶対になかった。だからあのとき、安易に憧れだけで独立しなくて良かったって思います。
山川:「何のためにやってるんだろう」って感じてしまうようなつらい仕事だって、一生懸命工夫しながらやったことなら、絶対に後で自分の価値になる。私が憧れている人たちを思い浮かべても、皆20代でめちゃくちゃ苦労をしてきているんですよね。ただ目の前の仕事にガムシャラに向き合ってきた結果、本当にやりたいこととか、自分がやるべきことが見えてきたんだって皆さん仰います。
塩谷:確かに、そうかもしれない!
山川:私自身もそうでしたよ。仕事の世界ではへなちょこな20代の自分が、やりたいことや楽な仕事だけを優先しても、ロクな未来はなかったと思う。まずは、やるべきことをとことんやるのが先。信頼できる上司や先輩を見つけて、その人たちの言うことを信じてまっすぐやり続ける方が未来は開けるんじゃないかな。
時に厳しさも織り交ぜながら、ユーモラスに自身の仕事観を語る2人。後編ではさらに、「自分の未来を自分で選び取れる女性になる」をテーマにお話いただきます。
取材・文/横川良明 撮影/赤松洋太
・「20代でやりたいことだけを優先していたら、ロクな未来はなかった」ウエディング&Web業界の新時代を切り開いてきた2人の女性が語る“求められる女”のサバイバル戦術【前編】
・「模範的に生きても自分の人生に納得することはない」“求められる女”のサバイバル戦術【後編】