「仕事よりも育児の方が大切に決まってる」サイボウズ青野社長が語る、日本の経営者たちが見落としてきたこと

世界の先進国と比べ、“女性が働きにくい国”と言われることも少なくない日本。しかし、そんな現状を変えようと、奮闘している経営者たちがいる。彼らは今、どんな問題意識を持ち、どんな働き方改革を進めているのだろうか。そして、その改革を推進する背景にある、人が働くということへの想いとは――?
今回ご登場いただくのは、サイボウズ株式会社 代表取締役社長の青野慶久さん。青野さんといえば、2010年8月、上場企業の経営者ながら育児休暇を取得したことで話題を呼んだ“イクメン社長”。現在も3人のお子さまの子育てに参加しながら時短勤務(※)で社長業をこなしている。そんな青野さんが自ら体現する“新しい働き方”の先には、社会の未来を担うリーダーとしての深い問題意識があった。
商売人は商売のことを語る前に、まず育児をしなくちゃいけない

サイボウズ株式会社
代表取締役社長
青野慶久さん
1971年、愛媛県生まれ。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工株式会社(現 パナソニック株式会社)を経て、97年8月、サイボウズ株式会社を設立。2005年4月代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を推進し離職率を6分の1に低減するとともに、3児の父として3度の育児休暇を取得。また11年から事業のクラウド化を進め、有料契約社は11,000社を超える
自他ともに認める仕事人間。24時間365日仕事のことしか頭になかった青野さんが育児休暇を取得したきっかけは、文京区長・成澤氏に勧められたからだという。当時、成澤区長は日本の地方自治体の首長として初めて育児休暇を取得したことで全国から注目を集めていた。「育児休暇を取ったら会社の宣伝になるかもしれない」、前例のない上場企業トップの育児休暇は、あくまで「仕事につながれば」という目論見があってのことだった。
だが、約2週間の育児休暇は、仕事一筋だった青野さんの価値観を一変させた。休む時間もなければ、子どもはまるで言うことを聞かない。離乳食を食べさせるのに、30分以上もかかる。「仕事の方がよっぽど楽だ」と子育ての大変さを身をもって体験した。
「あまりにも非効率なことばかりで、一体何のためにやっているんだろうって、ずっと考えていました。そして、育児休暇の最終日、ふっとある考えが頭に浮かんだのです。この子もあと20年したら就職して消費者になる。つまり、今、僕がやっていることは、市場をつくっていることなんだって気付いたんです」
日本の少子高齢化はもはや説明するまでもない。今後、日本は人口がどんどん減少し、市場が縮小していく。目先の売上に拘泥するのではなく、まずこの現象を食い止めなければ明るい未来はない。自らが父となり、子育てに関わることで、その危機意識を当事者として持つことができた。
「市場がなければ僕らは商売することなんてできません。だけど、周りを見たら育児をしている経営者なんて誰もいないんですよ。それもそのはず。だって、この国は政治も経済も育児を犠牲にしてきた人が出世して社会のリーダーになっているんですから。僕は幸いにもこうして育児を経験できた。だから、商売人は商売のことを語る前に、まず育児をしなくちゃいけないんだってことに気付けたんです」
男性の育児休暇取得は制度をつくるだけでは進まない
今、サイボウズでは最長6年の育児休暇が認められている。もちろんこれは男性も取得可能だ。これまでに3人の男性が長期の育児休暇を取得している他、短期の育児休暇や時短勤務など、男女問わずさまざまな制度を活用している。
「僕は1994年に就職していますが、そのころから、こういう制度はあったんですよ。だけど、誰も活用しなかった。なぜなら、育児休暇を取ることで仕事より家庭を優先しているんだって周りに見られて窓際族に飛ばされる可能性があるから。そんなリスクを考えたら怖くて誰も取れない。だから当社では僕が率先垂範して育児に参加することで、こっちの方がいいんだってことを社内に発信しています」
青野さんには3人の子どもがいるが、その度に育児休暇を取得してきた。現在も16時には退社し(※)、子育ても自ら率先して行う。
「かつての僕は相当な仕事人間でしたから、働くことが生きがいのようなものでした。でも、働くためには仕事が必要で、仕事は市場がなければ生まれないんですよ。なら、仕事がしたい女性も男性も、まずは育児に参加して、長期の市場創造を担うべきだと考えています。だから、うちの社員にも1人といわず、3人、4人と、どんどん子どもを育ててほしいですね」
会社人=社会人ではない! 仕事以外の世界を知って気付いたこと
自ら子育てに関わることで、社会に対する視野も広がった。
「僕は子育てを始めるまで、就職したら誰もが社会人になるものだと思っていました。だけど、それは大きな間違い。あくまでそれは“会社人”でしかありません。家族を持ったりして社会の活動に参加して初めて“社会人”なんです。会社はあくまで会社でしかないし、そこを決して社会だと思わないこと。社会はもっと広いものです。

例えば、僕はそれまで年に1回くらいしか病院に行きませんでしたから、医療なんてまったく関心がなかった。でも、子どもを持つと必然的に医療制度の仕組みにも目を向けるようになります。子どもを産み、育て、次の世代を創造する。その一端を担ってこそ、真の“社会人”になれるのだと痛感しましたね」
この発想の転回は、同社の経営の意思決定にも大きな影響を与えている。これまでは会社単位の視点しかなかったが、今は社会にとってどういう意思決定をしなければいけないかを考えるようになった。
昨年公開した「働くママたちに、よりそうことを。」というムービーもその1つ。公開するや多大な反響を巻き起こし、子育てやワーキングマザーの現状に無関心だった男性層にも考えるきっかけをつくった。
「育児休暇を取るまで、仕事と育児のどっちが大事かと聞かれたら、『両方大事だ』と答えていました。けれど、子育てを経験した今は、明らかに育児だって断言します。仕事を通じて得られる“社会貢献する喜び”があるのは事実ですし、それが僕を含む多くの人にとっての働く意味だとは思います。でも、やっぱり、育児こそ最大の社会貢献。それがなければ仕事自体が成り立たなくなるのですから」
この、至極当たり前のことに問題意識を抱えているリーダーが国内に少なすぎることを青野さんは「由々しき事態だと思う」と警鐘を鳴らす。彼らの意識を変革していくことが、これからの青野さんの働く意義だ。
「育児も仕事も、結局はみんなが楽しく過ごせる社会を継続させていくために欠かせないもののはずです。僕もそうだったように、若いうちは働くことがすべてになりがちなんですが、大人たちには会社以外の世界のことをどんどん知ってほしい。より多くの人に、本当の社会人になってほしいと思いますね」
※2015年8月取材当時
取材・文/横川良明 撮影/洞澤佐智子(CROSSOVER)