【元宝塚】柚希礼音・天真みちる・瀬奈じゅん…厳しい世界を生き抜いた彼女たちの名言3選
厳しい世界を生き抜き、キャリアを築いてきた元タカラジェンヌたち。
彼女たちが第一線を走り続けられたのはなぜなのか?
プロフェッショナリズムが詰まった柚希礼音さん、天真みちるさん、瀬奈じゅんさんのインタビューから、悩める働く女性たちを導き、モチベートしてくれる名言を3つご紹介します。
柚希礼音
2009年に宝塚歌劇団星組トップスターに就任し、6年間という長期にわたりトップの座を務めた柚希礼音さん。
「練習すれば結果が出る」保証はない世界で彼女が常に前を向いてこられた背景には、日々の小さな成長を認めるマインドがありました。
どんなに練習しても、100%望むようにできるようになるとは限りません。
でも本当に全力を注げば、一カ月前の自分より少しはできるようになる。
暗闇の中を全力疾走するような毎日の中にも、一瞬差す光があったので、それを大切にしながら練習を積み重ねてきました。
天真みちる
「情報量の多いおじさん役者」「タンバリン芸人」「歌って踊れる社長」元宝塚おじさん役・天真みちるこれらの看板を背負ってわが道を歩む、天真みちるさん。
宝塚にいた頃、「私は絶対にトップにはなれない」と思った天真さんが「おじさん役」として独自の道を切り開くことができたのは、挫折経験があったからこそだと語ります。
「私は絶対にトップにはなれない」と思ったことがまさにそう。
トップになるための努力が足りないことは分かっていたけど、私にはその努力がどうしてもできなかったんです。
みんなが当たり前のように進んでいく道は、私にとっては自分を押し殺さないと行けない道だった。
それでも宝塚には残りたかったから、じゃあどうする? って考えた結果、面白いと思ってもらえたら残れるんじゃないかって。
だから、おじさん役は最初、苦肉の策だったんです。それなのに、角刈りにしてみよう、もみあげをつけてみよう、おじさんらしい靴を買いに行こう……っていう、その時々のおじさん役を掘り下げる努力は無限にできて。
瀬奈じゅん
宝塚歌劇団の元トップスターで俳優の瀬奈じゅんさんは、過去に不妊治療と仕事の両立に苦しんだ一人。
妊活のための休業期間には、「自分の居場所がどんどんなくなっていくような感覚に陥った」と過去を振り返る瀬奈さん。
特別養子縁組によって子どもを迎え、舞台復帰を果たした彼女ですが、「もう舞台には立てないかもしれない」という不安がある中でまた大好きな仕事の現場に戻ってこられた背景には、ブランクがあっても「もう一度この人と仕事がしたい」と思ってもらえるだけの積み重ねがありました。
特別養子縁組を検討し始めた頃、以前からお世話になっていたミュージカルのプロデューサーの方から連絡をいただいたんです。「また一緒に仕事をしたい、復帰の予定はありますか?」と。
休んでいたとはいえ、もともと大好きだった仕事です。もう舞台には立てないかもしれないとすら思っていたけれど、私にはまだ戻れる場所がある。そのことがうれしくて、「次の体外受精で結果が出なければ不妊治療をやめよう」と決断できました。
編集/Woman type編集部


