【柚希礼音】“カッコいい自分”から、ありのままの自分へ。宝塚トップの6年間で学んだ「いい仕事」の原点
この連載では、各界のプロとして活躍する著名人にフォーカス。 多くの人の心を掴み、時代を動かす“一流の仕事”は、どんなこだわりによって生まれているのかに迫ります
「いつまでも過去の栄光を守り続けて歩き、変化を恐れていては、前進できない」
2009年に宝塚歌劇団星組トップスターに就任し、6年間という長期にわたりトップの座を務めた柚希礼音さんは、退団後の思いをそう著書に綴っている。
5作連続で新人公演の主演を務め、宝塚至上二人目の日本武道館単独公演を行うなど、数々の伝説を残してきた。2015年の退団から6年経った今も、変わらずに舞台に立ち続けている。
トップスターの経験は、柚希さんの仕事観にどのような影響を与えたのだろう。「たとえ『以前の方が良かった』と思われたとしても、挑戦したい」と語る柚希さんの、常に自分を進化させ続ける原動力とは一体何なのか。
柚希さんが歩んできた道のりを辿ると、そこにはプロフェッショナルとして「いい仕事」を継続するためのエッセンスが散りばめられていた。
暗闇の中に差す“一瞬の光”が努力継続の道しるべ
宝塚在団中から数え、柚希さん7度目となるコンサート『REON JACK 4』が、この9月に開催される。
宝塚時代から20年以上にわたり舞台に立ち続けてきた柚希さんにとって、このステージは他の仕事とは異なる特別な意味を持つようだ。
コンサートを始めた当時はまだ男役をしていたので、『カッコつけなくては』という想いが強くありました。
ところが実際にやってみると、カッコつけた自分では“埋まらない”感覚があったんです。
宝塚の通常の公演とは違い、コンサートは自分の全てを出し切らなければ耐えられない時間でした。
『これが私です』と舞台の上で全てをさらけ出せるようになったのは、それからです。
この頃からファンの皆さんとの絆もより強くなった気がします。
コロナ禍では特に、ファンとの交流が柚希さんの心の支えになっていた。
今年は私自身がコロナに感染して主演舞台が中止になるなど、非常に悔しい思いをしてきました。
でも、ファンの皆様のあたたかい手紙によって心が溶け、前を向くことができたんです。
今回『REON JACK 4』で披露する3つの新曲には、ファンの皆様への感謝の想いがこもっています。
中でも『I miss you』という曲は、緊張感のある日々の中、何か心がホッとするようなものを受け取ってもらいたいと思って私自身が作詞しました。
そんな柚希さんが身を置いてきたのは、一瞬一瞬で最高のパフォーマンスを発揮することが求められる世界。評価されるまでの道のりは、決して平坦ではなかったはずだ。どんな日々を重ねた結果、トップに立つに至ったのか。
「本番で『練習よりもうまくできた』という経験は、私にはありませんでした」と、柚希さんは語る。
ある公演で、周囲から一斉に『歌が上手くなったね』と評価されたんです。でもそれは、突然上手くなったわけではありません。
自分としては5年以上前から歌の練習に力を入れていた。ずっと続けてきた努力の成果が、ようやくその公演で花開いたんです。
何か目標が見えたときから頑張るのではなく、普段からやり過ぎなぐらい準備をしておくことで、ようやく成果につながるものなんだなと感じました。
もし最初から「5年頑張ればいい」と分かっていれば、何とか乗り越えられるかもしれない。しかし実際は、どれだけ練習すれば結果が出るのかなんて誰にも分からないはずだ。
ゴールの見えない道でも常に前を向いてこれたのは、小さな進歩を遂げた自分を褒めることを忘れなかったからだという。
どんなに練習しても、100%望むようにできるようになるとは限りません。
でも本当に全力を注げば、一カ月前の自分より少しはできるようになる。
暗闇の中を全力疾走するような毎日の中にも、一瞬差す光があったので、それを大切にしながら練習を積み重ねてきました。
本番に向けて努力を怠らないストイックさと、日々の小さな成長を認める優しさ。その両方を備えたマインドが、柚希さんの成長の土台になっているのだろう。
人から指摘されなくなってからが本当の成長の始まり
入団11年目の2009年、柚希さんはついに星組トップスターとなる。もう何度も舞台に立ってきたはずなのに、お披露目公演で見た景色は、今までとはまるで違ったという。
客席いっぱいの2500人のお客さまを見たときに、自分が芯となって進める公演をこれだけの方が観にきてくださるんだと思うと、急に恐ろしくなってきて。
宝塚の中で一番お客さまが観たいと思ってくれる組になりたい、ならなくてはと思って今まで以上に張り切るようになったんです。
ところが、そんなトップスターとしての気負いは、裏目に出てしまった。
後輩に対する口うるさい指示。「何でこうできないの?」と言わんばかりの厳しい指導。みんなを引っ張っていくために良かれと思ってやっているはずなのに、稽古場には殺伐とした空気が流れ始める。
ふと気付くと、自分についてくるメンバーは誰もいなくなっていた。
リーダーとして散々孤独を味わいました。
自分の振る舞いが原因だと気付いてからは、周囲よりも自分の練習に集中して、目の行き届かない部分は下級生に甘えるようにしました。
『このラインダンスはあなたが責任を持って見てね』というように。
すると、『どうすればできるようになりますか?』と後輩が自分から聞いてきてくれるようになって、組の雰囲気が明らかに変化し始めたんです。
不思議とみんなの心が一つになっていく感覚がありました。
人を成長させるには、まずは自分が成長しなければいけない──。リーダーとなった柚希さんが最初に得た大きな気付きだった。
柚希さんのように、組織の中で立場が変わった瞬間、見える景色が変わる経験をしたことがある人は多いのではないだろうか。
例えば、周囲からの指摘が減るのも変化の一つ。注意してくれる人がいなくなると、実際はまだ至らない点があったとしても、「自分はできている」と思ってしまいがちだろう。
ところが柚希さんの凄さは、周囲の評価に自己評価を左右されない点にある。むしろ、手取り足取り注意されなくなってからの方が、自分自身を見る目はより正確になったそうだ。
人から指摘されたことを直していた頃は、アドバイスが右から左へ抜けていってしまうこともあったと思います。
でも、トップとして責任感を持つようになると変わりましたね。
自分で自分をチェックするようになってからの方が、成長するようになった実感がありました。
トップスターとは、揺るぎない「ゴール」ではなく、より高みを目指すための「さらなる成長の舞台」。精神的にも技術的にも伸び続ける柚希さんの軌跡が、それを証明している。
ずっと「実力が伴っていない」と思っていた
ずっと劣等感があったんです。
常に自分自身を高めていく原動力を聞くと、柚希さんは意外な言葉を口にした。
子どもの頃は赤面症で、人前で発言するのが苦手なタイプでした。喋らないで済むからダンスが好きだったんです。
でも宝塚に入ってから、歌も芝居もしないといけないことに気付いて……芝居なんて恥ずかしくて全然やりたくありませんでした。
なんてこったと思いましたよ(笑)
徐々に面白さは理解するのですが、私はいつもスタートダッシュが遅かった。
だから、『自分は未熟なんだ』と常に思っていました。
注目される機会が増えても、その謙虚さを手放すことはなかった。
大役を任せてもらえる機会は多かったのですが、実力が伴っていないと言われ続けていましたし、自分でもそう思っていました。
それは、トップになったときも同じ。リーダーを任されるだけの実力がついたとは到底思えなかったので、『いかに成長し続けるか』が毎公演のテーマでした。
トップスターとなり、場数を踏んでいくと、徐々に納得のいくパフォーマンスができるようになってきた。実力とともに周囲の期待も高まる中、「いい仕事」を継続し続けるためにどんなことを心掛けてきたのだろう。
自分のやり方にある程度心地よさを感じるようになってきてからも、守りには入りませんでした。停滞したくなかったんです。
うまくいった方法でやり続けるのではなく、いつも自分に期待をかけて、どんどん違う自分になっていくようにしていました。
時には演技をガラッと変えて、新境地を切り拓いてきた。その一つが、2013年の雪組公演『ベルサイユのばら─フェルゼン編─』。柚希さんはアンドレ役として特別出演した演目だ。
『ベルサイユのばら』は宝塚歌劇として、長年「型」が重視されてきた。「このままでは動きにも台詞にも本当の血が通ってないのではないか」と感じた柚希さんは、思い切って心情重視の演技を共演者に提案する。
実際にやってみると、柚希さんは相手役のオスカルの気持ちを深く理解し、想いを込めてセリフを発することができたという。
ファンが喜んでくれるのは「一生懸命挑戦する姿」
2015年、柚希さんは6年務めたトップスターの役目を終え、宝塚を退団した。周囲からは「これで肩の荷が降りるね」と言われたが、実際は全くそんなことはなかったそうだ。
『元宝塚トップ』という肩書きは死ぬまで背負っていくもの。これからもその肩書きとともに行動し、発言していくものなんです。
退団後の重圧は、歴代のトップスター誰もが経験してきた。しかし柚希さんはそれに押しつぶされることなく、今もステージの上で新たな挑戦を続けている。
とりわけ、2018年の舞台『マタ・ハリ』は、退団後の柚希さんのターニングポイントとなった。演じたのは、女スパイ役。男役だった頃の柚希さんから想像がつかなかったのは、本人も同じだ。
もしかするとファンの方は喜ばないのではないかと思ったんです。お腹が出る衣装で露出は多いし、男性との絡みもあるし……。
本番直前まで、『お腹に布貼ったらダメですか?』って周りに聞いていました(笑)
でも、終わった後にファンの方からいただいた手紙を読んで思ったんです。考え過ぎだったなと。
今まではカッコ良くなきゃダメとか、パンツスタイルじゃなきゃダメとか思い込んでいたんですけど、大切なのはそういう細かいことじゃない。
私が一生懸命やりたいことに挑む姿こそが、ファンの方が求めることなんだと気付きました。
ファンの話になると、柚希さんの口調にはあたたかな感情が滲む。
ファンの方とは、心と心のやりとりをさせていただいていると思っています。
私が悩んでいても、『それでいいんだよ、頑張れ』と言ってくれるのがとても心強くて。
ファンの皆さんは、私のことは何でもお見通しなんだと思います。
そうはにかんで笑った。この華やかな笑顔に、どれだけの人が元気をもらってきたのだろう。求められる限り、彼女の成長は止まることを知らない。
かつて“カッコ良さ”を極めたトップスターは今、誰よりも自分らしい姿で「柚希礼音 第二章」の舞台を踏みしめていた。
<プロフィール>
柚希礼音
1999年初舞台。2009年宝塚歌劇団星組トップスターとなり、6年に渡りトップを務めた。主な主演舞台に『ロミオとジュリエット』『オーシャンズ11』『眠らない男・ナポレオン-愛と栄光の涯(はて)に-』など。2014年には日本武道館での単独コンサートも行うなど、宝塚歌劇100周年を支えるトップスターとして活躍した後、2015年5月同劇団を退団。退団後の作品にミュージカル『プリンス・オブ・ブロードウェイ』『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』『マタ・ハリ』『ボディガード』、第27回読売演劇大賞優秀作品賞を受賞した『FACTORY GIRLS~私が描く物語~』など。2022年1月~ミュージカル『ボディガード』に出演予定。
Instagram:reonyuzuki_official
作品情報
『REON JACK 4』
【日時】9月11・12日(東京)、9月18・19日(北九州)、9月23~26日(大阪)
【チケット発売】8月14日(土)10:00~
【公式HP】https://reonjack.com/
取材・文/一本麻衣 撮影/洞澤佐智子(CROSSOVER) 編集/根本愛美 ヘアメイク/CHIHARU スタイリスト/後藤則子
『プロフェッショナルのTheory』の過去記事一覧はこちら
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