世界の労働環境を知るILO駐日代表が語る、働き方を変えるために必要な“最初にやる人”になる勇気
女性活用が叫ばれるようになり、国や企業が何やらいろいろやっているらしいのは分かる。でも、働く女性たち自身の意欲やモチベーションはどこか置いてけぼりではないだろうか。「管理職になってもらわないと」と思われているけど、「そんなの私にはできない・・・」。「育休後の復職はどうする?」って言われても、「家庭との両立をしたいからゆるめに働きたい・・・」。世間と自分の意識とのギャップにもやもやを感じている女性は多いのが現実。“活用”という言葉は、「自力で動かないものを他者がうまく使う」という響きに聞こえてしまうもの。もっと女性たち自身が「働きたい!」と思う社会になるには何が足りないんだろう。その答えを探るべく、さまざまな切り口から識者に聞いてみた。
今回は国際労働機関駐日事務所で駐日代表を務め、自身も30年間海外で生活を送ってきた上岡恵子さん。日本と世界の働き方の違いとは?
「女性管理職比率を30%に増やす」の目標が「女性が活躍できる未来」を閉ざす?
私はUNDP(国連開発計画)で9年、ILO(国際労働機関)で17年以上働き、その間2人の子供を育てながらニューヨークやジュネーブの拠点で暮らしてきました。自分の経験を元にお話しますが、日本だけでなく、どんな国においても「働く意欲」にばらつきがあるのは当然のこととは思います。ただ、海外を飛び回って30年が経ち、2年前に久々に日本に戻ってみると、やはりワークライフバランスを尊重する職場文化が浸透していないことを実感しました。「長時間労働」が美徳とされ、定時退社する人は「会社に貢献していない」「会社への忠誠心がない」と見られてしまう文化が30年前と全然変わっていない。労働時間ではなく、本人の出した成果を評価するのであれば、自分の時間もマネッジしやすくなるのですが、日本の職場にはそうした考え方が根付いていません。女性の意欲を変える以前に、男性が作り上げた職場文化を変える必要があるのではないかと思います。
また、安倍内閣は「2020年までに女性管理職の比率を全体の30%にする」という目標を掲げていますが、それだけでは持続可能ではないと感じます。海外では、男性も女性も、仕事・家庭・社会(趣味や地域交流など)における3つの顔を持つもの。日本もこれをバランス良く続けられるような環境にしなくてはならないと思うのです。それがない中でムリヤリに女性を管理職に引き上げても、「これでは続かない」「私にはムリだ」となるでしょうし、「だから女性はダメだ」ということになれば、むしろ女性の活躍できる未来を閉ざす結果になるのでは?
さらに言えば、すでに活躍している女性には、スーパーウーマンのように何でもこなし、バリバリ働く人が多いもの。その姿を見て、「自分にはできない」「あんな風に仕事ばかりしたくない」と思ってしまう女性も少なくないはずです。日本には、いまだバランスの良い働き方をするロールモデルが少ないのではないでしょうか。これでは、「もっと上を目指したい」という意欲も湧きません。そして元をたどれば「仕事と家庭を両立できるような、働きやすい社会環境がない」ということ自体が問題なのです。
ニューヨークとジュネーブで働いて実感した“ワークライフバランスを支える文化”
私がニューヨークに住んでいた時は、ベビーシッターやハウスキーパーの手を借りることも多々ありました。あちらでは、近所の高校生や大学生がアルバイト的にベビーシッターを行う文化があり、資格を持っていたり、救命の訓練を受けているケースも多い。新たに引っ越してくる人がいれば「自分はシッターのトレーニングを受けていて、1時間いくらで引き受けます」と売り込みに行くこともあります。日本では考えられない環境ですよね。
次に赴任したジュネーブの職場では、「長期休暇は不可欠なものである」という文化が浸透していることに驚きました。ここでは、一年の始めに、職場のトップからパートタイマーのメッセンジャーまでが集まり、年間カレンダーをみんなで見ながら「誰がいつ休みたいのか」というそれぞれの要望を元に長期休暇の仮抑えをするのです。子供の休みに合わせる人もいれば、バカンスのため、一人暮らしの老親とクオリティータイムを過ごすためなど、その理由はさまざま。それがもしも大手銀行の会長であったとしても、「この時期は孫とスキー休暇を過ごすからミーティングはできない」と休暇を優先することが当然なのです。自分のバッテリーをリチャージするために長期休暇を取ることは当たり前のことで、食事や睡眠が必要であるのと同じような感覚。年に数回、2~3週間の休みを取り、好きなように過ごして心と体を休めるという文化があるんです。
また、海外の職場では、正規職員であってもフルタイムやパートタイムなどの働き方を選ぶことができます。契約上は正規職員のまま、「子育て期間中は50%~80%くらいで働きたい」「博士号取得のために大学に戻りたいから、2年間は50%で働く」など、ワークとライフのバランスを取ることができますし、管理職であっても、子供に夕食を食べさせるために17時に退社し、自宅でレポート作成やメール返信を行うという男性もいました。アメリカでは、企業が一方的に転勤を言い渡すことも法律で禁じられていますし、福祉先進国のフィンランドでは、みんな16時にはオフィスを出るのが当たり前。国によってこれだけ文化や環境が違うものなのです。
必要なのは「男女ともに自立すること」
自分の人生を自ら決めていく意識を持って
日本の女性たちがもっと働きたくなる社会を作るためには、国が企業にムリヤリ働きかけるより、個々の意識を変えていくことが必要ではないかと思います。デンマークやスウェーデン、フィンランドがなぜ福祉先進国として成立しているのかと言えば、「年金も健康保険も、自分たちの税金で支えているのだ」という意識をしっかり持っているから。選挙への関心も高く、その投票率は80%を超えます。
一方、日本の場合は、できる限り税金を払いたくないと思う人も多いですし、投票率も50%を切ることがほとんど。もちろん、構造上の問題からそうした感覚になるのも分かりますが、一般のサービスにはお金を払うのに、国のシステムには払いたくないという意識自体が、根本的に間違っているのではないでしょうか。年金や保険制度など、自分たちの力で継続していくシステムだということを、学校が教えていないことも問題ですね。
こうした社会構造の中、働く意欲を高められる環境を作るためには、男女ともに自立することが必要ではないかと思います。男性はお金を稼いでも、料理や洗濯などの生活面で自立できていない人も多いですし、逆に女性は、結婚したら夫の扶養家族でいいと考える人が相当数います。夫も妻も、あくまでお互いに人生のパートナー。お金や家事労働を提供するインフラではありませんし、これからの時代は、夫の収入のみでは生きられないもの。
ですから、どちらも本当の意味で自立し、自分の人生を自分で決めていく意識を持つことが必要です。そして、働き方そのものも自分で決めていけるようになるためには、「最初にやる人」になる勇気を持ってほしいと思います。例えば、長期休暇を取るときには、自分がいない期間をカバーしてくれる人を自分で探して調整した上で、職場の仲間や上司をしっかり説得する。私も先日、5週間のお休みを取りましたが、きちんと調整すればできるものですし、最初に誰かが実行することで「やればできるんだ」とみんなが思い、フォローし合える環境ができていくものなのです。
一人一人が、人生において「欲しいものは自分で手に入れる」という強さを持つこと。そこから社会を変えていくことができるのではないかと思います。
取材・文/上野真理子 写真/洞澤 佐智子(CROSSOVER)