21 SEP/2016

ロボット女子・加藤恵美さんが語る“幸せに働く”ためのシンプルなロジック――「仕事の向き不向きが性差で決まることはない」

男職場で活躍する女性たちにフォーカス!
紅一点女子のシゴト流儀

日本の職場の多くは未だに“男性社会”だと言われている。そんな中、職場にどう馴染めばいいのか悩んだり、働きにくさを感じている女性も少なくないのでは? そこでこの連載では、圧倒的に男性が多い職場でいきいきと働いている女性たちにフォーカス。彼女たちの仕事観や仕事への取り組み方をヒントに、自分自身の働き方を見つめ直すきっかけにしてみよう!

男女共同参画白書(平成27年度版)によると、理工系へ進学する女子は全体のたった6.7%。電子工作の分野において、女性は文字通りの“希少種”だ。そんなマイノリティーの世界でひと際輝いているのが、ロボット事業を展開するアスラテック株式会社の加藤恵美さん。多くの男子が抱く永遠の夢、「ロボットづくり」の世界で、異色の“ロボット女子”として注目を集めている。

加藤恵美

アスラテック株式会社
加藤 恵美(かとう・えみ)さん

1986年生まれ。神奈川県出身。東京大学工学部システム創成学科卒業後、総務省(旧自治省)に入省。外務省を経て、15年アスラテック株式会社へ入社

加藤さんは大学卒業後、総務省に国家公務員として勤務したのち、アスラテックに入社した異色の経歴を持つ。理系、官僚、ロボット産業と、ひたすら男社会を突き進んできた加藤さんを見ていると、「自分らしい生き方」とは何か、その答えが見えてきた。

判断基準は、自分がやりたいか、やりたくないかだけ
“男社会”を気にしたことは一度もない

幼い頃から「アンデルセンの童話よりも、生物図鑑に興味があった」と語る加藤さん。学生時代は、工学部システム創成学科環境エネルギーコースを専攻し、環境リスクマネジメントや世界各国の環境政策を学んできた。ちなみに、当時の学科の所属コースの男女比は、男性50人に対して女性はわずか4人。卒業後、入省した総務省もいわゆる男社会で、体育会系の気風があったという。

「当時は朝の5時まで仕事をして、そのまま朝9時にまた出社することがあるのが当たり前の生活。それも20代の若手だけでなく、40代50代のベテランの方が明け方まで働くこともありました。結婚やその他ライフイベントと自分の体力のことを考えると、さすがにいつまでもこういう働き方は続けられないなと思ったのが、転職を考えるきっかけでした」

国家公務員として巨大な組織に身を置いていた加藤さんは、今度はもっと若手でも裁量権をもって仕事ができる環境で働きたいと考え、ベンチャー企業にアプローチ。その中で最も成長性の高い分野として注目したのが、ロボット産業だった。加藤さんが転職した当時、アスラテックは専属社員が10名程度の技術系ベンチャーで、周りにいるエンジニアは全員男性。そんな環境にたじろぐことはなかったのだろうか。

加藤恵美

「男性が多い職場だからといって、気にしたことは人生で一度もないですね。判断基準は、自分がやりたいか、やりたくないかだけ。自分が面白いと思ったら、他のことは気にせず何でも挑戦する性格なんです」

介護ロボットや調理ロボットなど、いずれもっとロボットが私たちの身近な生活に関わる時代が訪れると予見されている。加藤さんは今、そんな未来を実現するために、どんな生活シーンでロボットの需要が見込めるか、さまざまな企業や業界と接点を持ちながら、ロボット活用の切り口を探している。

AKB48のステージ用ウェアラブルロボットを製作!
少数派だからこそ、何かやれば注目してもらえるチャンスがある

「女性が少ない世界にいるからといって、実際にハンデや差別を感じたこともありません。と言うのも、エンジニアのみなさんの興味対象はあくまでロボット。その分、変な話ですが、人間に対する差別感情が全然ないんです(笑)」

実際、こんなことがあったと言う。ロボット製作のブログを書くことになった加藤さんは、記事のタイトルに「女性でもできました」とつけようとした。すると、それを見た社内のエンジニアが「『女性でも』は差別になる。『初心者でも』が正解ですね」とアドバイスをくれたのだそう。

加藤恵美

「エンジニアの方々は、事実を正確にとらえる能力に長けている。だから不要な先入観や固定観念で物事を判断することはありません。働き方も効率的だし、大きな組織と比べるとずっと働きやすいと感じています」

圧倒的なマイノリティーだからこそ、スポットライトを浴びる機会も多い。加藤さんは、エンジニアタレントの池澤あやかさんら同業界の女性たちと“ロボット女子会”を結成。その動向はメディアでも多数取り上げられてきた。「今はまだ少数派だからこそ、何かやれば注目してもらえるチャンスがある」とアドバンテージも感じている。

「例えば、ロボティクスファッションクリエイターのきゅんくんも、ロボット業界で脚光を浴びている女性の1人。現在22歳ですが、先日は彼女の手掛けたウェアラブルロボット(※)がAKB48のコンサートで使用されました。その製作を弊社でもお手伝いさせていただいたんです。男社会といっても、女性の活躍が徐々に目立ってきた実感があります」(※)身に付けるロボット

一方で、海外の展示会へ足を運ぶことも多い加藤さん。そこでは、「日本のロボット業界はまだまだ女性が少ない」という現実を痛感させられるそうだ。

加藤恵美

「アメリカや中国では、エンジニアから営業まで当たり前のように女性が活躍しています。重要なポストに女性が就いていることも多くて、たとえばシリコンバレーのロボット企業に多大な影響力を持つ『シリコンバレー・ロボティクス』というNPO団体も、トップは女性です。こんなふうに日本でもどんどん女性が進出してアイデアを発揮できたら、生活に根ざしたロボット開発もさらに進んでいき、世界はもっと面白くなるんじゃないかなって思うんですよね」

次の世代に“ワクワクするバトン”を渡したい!
「諦め」のループを生まないようにすること

長年、男社会に囲まれてきた加藤さんだが、「仕事の向き不向きは、性差ではなく、あくまで個人の性格の問題」ときっぱり断言する。

「体力面での差を除けば、男性だから向いている、女性だから向いていない、なんてことはないと思います。例えば、ロボット業界で言えば、向いているのはロボットが活用される未来を粘り強く信じ続けることができる人。ロボットって、スマホのアプリと違って、すぐ製品が完成するわけではありません。ドラえもんや鉄腕アトムのような、私たちが思い描いているなんでもできる人型のロボットが実現するのは、恐らく私たちのキャリアの終盤ごろになるのではないかと予測しています。それくらい忍耐強く未来を信じられる人でないと務まらない。あくまでそれは性差ではなく、個人差の問題ですよね」

加藤さんは2015年11月に結婚。30代を迎え、人生の選択肢も多様に広がっている。それでも「一生働き続ける」という決意は揺るがない。

加藤恵美

「だからこそ大事にしているのは、1つの組織に縛られ過ぎないことです。総務省を辞めるときも、時短が使えたり、残業の少ない職場もあるよって説得されました。その道を選べば、確かに家庭と両立して働けるかもしれませんが、その業務が自分が興味があるものとは限らないのが現実です。それは、私には物足りない。やりたいことを我慢してまで組織に縛られる必要はないはず。人生の多くの時間を費やすものだからこそ、仕事は常に面白いと感じられる方がいい。それが、私が何かを選択する上での鉄則です」

女性が少ない環境で働いているからこそ、第一人者としての使命もある。

「私が何かを諦めたり我慢すると、これから続く次の世代の女性たちにも同じように諦めたり我慢させたりすることになる。それは避けたいですよね。もしも理不尽なことがあるなら自分からアクションを起こして変えていった方が絶対にいい。せっかくパスするなら、後輩たちが受け取ったときに思わずワクワクするようなバトンを渡してあげたいじゃないですか。そういう使命感を持って働けるのも、まだ女性が少数の職場で働く面白さかもしれません」

加藤恵美

加藤さんのロジックは、シンプルで明快だ。曖昧な情報や根拠不明のデータに踊らされることがないから、自分にとって最適な道を選ぶことができる。分岐点に立ったときに検討すべきは、人生において自分が本当に大切にしたいことは何かということ。それが最適解を導き出すための不変のフレームワークだ。

取材・文/横川良明 撮影/赤松洋太