変幻自在の魅力をたずさえた女優・松雪泰子は根っからの“努力の人”だった――「演じる仕事は常にゼロからのスタート。ずっと勉強できるから面白い」
今をときめく彼・彼女たちの仕事は、 なぜこんなにも私たちの胸を打つんだろう――。この連載では、各界のプロとして活躍する著名人にフォーカス。 多くの人の心を掴み、時代を動かす“一流の仕事”は、どんなこだわりによって生まれているのかに迫ります。
カッコいい。儚い。色っぽい。上品。彼女ほど見る人によってイメージがまったく異なる女優も珍しい。しかも、そんな相反する言葉がどれもしっくり当てはまってしまうのは、彼女が作品ごとにまったく違う表情を見せる一流の演技者だからに他ならない。これまで数多くの作品で多彩な魅力を振りまいてきた女優の松雪泰子さん。その新しい一面を堪能できるのが、2016年12月3日(土)より全国公開予定の最新主演映画『古都』だ。

松雪 泰子(まつゆき・やすこ)
1972年11月28日生まれ。佐賀県出身。91年、女優デビュー。『白鳥麗子でございます!』でブレイクし、以降数々のヒットドラマに出演。さらに映画でも『フラガール』『容疑者Xの献身』『脳男』など出演作多数。『五右衛門VS轟天』『るつぼ』など舞台にも数多く出演し、トップ女優として四半世紀にわたり第一線を走り続けている
本作で松雪さんが演じるのは、生き別れた双子の姉妹。娘の自立と伝統の継承に思い悩む2人の母・千重子と苗子を、松雪さんは一人二役で見事に演じ分けた。役づくりの上で松雪泰子さんが着目したのは、千重子と苗子の「言葉の違い」だと言う。
室町と北山杉。対照的な二人の女を演じるために、「言葉」を徹底して学んだ
「一言で京言葉と言っても、京都室町に代々続く呉服屋を守る姉の千重子が使うのは室町言葉、北山杉の里で林業を営む妹の苗子は北山弁。それぞれニュアンスも言い回しもまったく違うものなんです。その言葉の違いを学んでいく過程で、自然とそれぞれの人物像というものをとらえていくことができました」
例えば、室町言葉は繊細な「含み」を持った言葉。たおやかな言葉の裏側に、相手への拒絶の意志を忍び込ませたり、あるいは受け入れる寛容さを示したり。日本人らしい本音をひそめた言葉だ。

松雪さん演じる、佐田千重子
「家を守りたいという気持ちをどう娘に託せばいいのか苦悩する千重子を表現する上で、特に気をつけたのが台詞の言い回し。室町の言葉って、ちょっと優しく言いすぎてしまうだけで、相手を攻撃するニュアンスになりかねないんです。伝統という大きなものを背負った千重子は、そう簡単に胸の内を言葉にすることはできませんから、どう話せば千重子の気持ちがダイレクトに伝わるかということは、方言指導の先生と何度も話をしました」
もう一つ、松雪さんの役づくりを助けたのが、実際に京都の町で生きる女性たちの姿だ。
「千重子のシーンでは、実際に室町で呉服屋を営んでいる熊谷さん母娘(本作の京都プロデューサー)のお宅をお借りして撮影しました。そちらは100年近い歴史のある町家。その空間にいるだけで、歳月の重みや、代々生活をされてきた空気のようなものを感じました。熊谷さん母娘は、演じる私たちを見て『まるで自分たちのことみたい』と涙されるくらい、重なるところがあったそうです。現場にもそんなお二人の空気が満ち溢れていて、それが千重子を演じる上での大きな助けとなりました」
一方、苗子の暮らす北山杉の里は、京都のはずれ。そこには日々汗を流し、泥にまみれる女たちのたくましさがあった。

松雪さん演じる、中田苗子
「撮影では、苗子と同じように林業をされているお母さん方と一緒に杉を磨く作業をさせていただきました。みなさん、明るくて、お喋りが大好きで、可愛らしい方ばかり。そして、肉厚で、力強くて、太陽をたくさん浴びて、土をたくさんさわってきた手をされていて。その生命力のある手を見ただけで、今までずっと杉を大切にされて生きてきたんだということが伝わりました。苗子については、そんな北山の女性たちが持つ太陽のような包容力を大事にしたいと思いながら演じました」
仕事は“生きる”を学ぶ時間。与えられた役の内面をとことん考え抜くのが自分のスタイル
月のように静かな光をたたえる千重子と、太陽のような力強さを持つ苗子。正反対の役柄をどちらも完璧に自分のものにできるのも、先に述べた通り松雪さんが決して一つの色に染まらない「無色透明」の女優だからだろう。
ヒットドラマ『白鳥麗子でございます!』の高飛車なお嬢様から、『救命病棟24時』の優秀だがプライドの高い女医、『フラガール』の挫折を味わった元売れっ子ダンサーなど、20代~30代前半は男勝りなデキる女が、パブリックイメージ。しかし、30代後半に差しかかると『容疑者Xの献身』、『Mother』など薄幸な女性役がぴたりとハマるように。かと思えば、『デトロイト・メタル・シティ』ではドSな鬼社長をハイテンションで演じ切るなど、その振り幅は広大無辺。だからこそ、見る人によって松雪さんのイメージさえも自在に変わってしまうのだ。
「自分が関わって仕事をする以上は、観てくださった方に何か響くものがあってほしいなって思っています」
作品選びの基準を、そう明かしてくれた松雪さん。自分のイメージありきではなく、あくまで作品主体。その上で、作品の中で自分の役がどうあるべきか。松雪さんは人物背景を緻密に分析していく。

「私にとって仕事をしている時は、人間を学ぶ時間と言いますか、演じながら『生きる』ということを学んでいるような感覚が強くて。なぜこのキャラクターはこういう人格になったんだろうとか、この心理状況下でなぜこんな行動を取るんだろうとか……、人についてあれこれ考えるのがとても楽しいんです」
「なぜ?」を繰り返すことで、台本に書かれた骨組みに、自分なりの肉付けをしていくのが松雪さんのスタイル。より役の内面を深く理解する手立てとして、心理学を学んでいたこともあるそう。
「そうやっていろんなことを学べるのも、この仕事の面白さの一つです。この『古都』でも京都の文化や歴史、芸術を改めて学ぶことができました。たとえばお茶のシーンがあるのですが、茶道の所作というのはやはり難しいです。撮影前にお稽古もさせていただきましたが、本番はものすごく集中力を必要としましたね。演じるという仕事は、作品ごとにいつもゼロからのスタート。そうやって毎回、勉強し続けながら、役に命を吹き込んでいくことができればと思っています」
女優生活25周年を経ても、決して衰えぬ向学心。この学ぶ気持ちこそが、松雪さんがどの作品でも一流の仕事を発揮し続けている秘密なのかもしれない。どれだけキャリアを積んでも、決して学ぶ努力を怠らず、新しいものとの出会いを恐れない。だから松雪さんの輝きは錆びることがないのだろう。そしてそれは、私たち会社員でもきっと変わらない。学ぶ姿勢こそが、一流の仕事人の共通項だ。
悩みが尽きないときは、じっと待つことも人生に必要な時間だと思う。
だが、そんな松雪さんでも、「仕事のことや、プライベートのことで落ち込むことはしょっちゅうあります」と言う。

「基本的にはポジティブなので、ずっと一つのところに立ち止まって思い悩むことはないです。ダメだったら何か次の手を考える。可能性が1ミリしかないなら、その1ミリの中に何かできることはないかを探すタイプ。でも、時にはそれだけでは越えられない壁もあります。そんなときは、『究極まで悩み抜こう』というのが私の持論ですね。とことん悩み尽くして、自分の人生にとって大切なことが見つかるまでじっと待つということも、長い人生の中では必要な時間のかもしれません」
悩めるWomantype読者にアドバイスを送ってくれた松雪さん。
単なる憧れだけでは、いつまで経っても一流の仕事には辿り着けない。学ぶことを楽しみ、常に自分のアンテナを感度100%に設定する。その上で、もしも心が萎れてしまったら、ジタバタと抵抗するのではなく、「これも長い人生の中で必要な時間」と思考を切り替えてみる。
それが、一流の仕事を生み出すためのプラチナルールだ。

映画:『古都』
2016年11月26日(土)から京都で先行公開、12月3日(土)から全国公開!
監督:Yuki Saito
脚本:眞武泰徳、梶本惠美、Yuki Saito
原作:川端康成『古都』(新潮文庫)
出演:松雪泰子 橋本愛 成海璃子 蒼れいな 蒼あんな 葉山奨之 栗塚旭 迫田孝也 伊原剛志 奥田瑛二
配給:DLE
http://koto-movie.jp/
取材・文/横川良明 撮影/赤松洋太
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