蒼井優「20代はサイズの合わない服を着ているような違和感があった」30代からの人生を心から楽しめる理由

一流の仕事人には、譲れないこだわりがある!
プロフェッショナルのTheory

今をときめく彼・彼女たちの仕事は、 なぜこんなにも私たちの胸を打つんだろう――。この連載では、各界のプロとして活躍する著名人にフォーカス。 多くの人の心を掴み、時代を動かす“一流の仕事”は、どんなこだわりによって生まれているのかに迫ります。

20代後半というのは、女性にとっても最も難しい年齢かもしれない。恋愛、結婚、出産。いろんな選択に迫られ、まるで世間に監視されているような気持ちになる。

職場でも大きな責任を与えられたり、逆にやりがいのない仕事に不毛さを感じたり。同じスタートラインに立っていた同期との間でも、徐々にポジションや生き方の違いが明確になり、焦りや不安にかき立てられる年代と言える。

そんな20代後半の女性の鬱屈と閉塞を、パズルのような構成とビビッドなセンスで凝縮したのが、12月3日(土)から公開される映画『アズミ・ハルコは行方不明』だ。

なぜ安曇春子は突然失踪したのか。そして、拡散される春子の顔を模したグラフティアートと、少女ギャングによる暴力事件の秘密とは――いくつもの謎が交差する映画の中で、タイトルロールである安曇春子を演じたのが、女優の蒼井優さん。

蒼井優

蒼井 優(あおい・ゆう)
1985年8月17日生まれ。福岡県出身。99年にミュージカル『アニー』で舞台デビュー。岩井俊二監督の『リリイ・シュシュのすべて』のヒロイン役で映画デビュー、脚光を浴びる。その後、『花とアリス』で初主演、『ニライカナイからの手紙』では初単独主演を務める。李相日監督『フラガール』で日本アカデミー賞の最優秀助演女優賞と新人俳優賞、ブルーリボン賞主演女優賞ほか多数の賞を受賞。映画女優として確固たる地位を築く。その他、主な映画出演作には、『ハチミツとクローバー』『百万円と苦虫女』『おとうと』『東京家族』『春を背負って』『家族はつらいよ』『オーバー・フェンス』などがある

14歳で舞台デビューし、映画『リリィ・シュシュのすべて』で鮮烈な印象を残した彼女も今年で31歳。ハルコの置かれた20代後半という微妙な時期を、同じように自らも過ごしてきた。

20代はサイズの合わない服を着ているような違和感があった

「友達含め周りでは、20代後半のことを“第2思春期”って言っているんです」

そう茶目っ気たっぷりに蒼井さんは話し始めた。

蒼井優

「20代前半のうちは、たとえ転びそうになっても17歳ごろの勢いを借りてそのまま進んでいけるんです。でも、30代っていう1つの線が見えた途端、いきなり肉離れみたいな現象が起きて、前にも後ろにも行けずに立ち止まってしまう時が来る。

きっとハルコもその中でどうしようもなくなっていたんじゃないかという気がします」

30代を前にした女性ならではの悩みや戸惑い。そこに、女優や会社員といった、職業的な違いはない。

「20代後半になってくると、徐々に先輩と呼ばれることが増えてきて。後輩たちからすれば、ただ私の方が年齢が上だから『先輩』って呼んでいるだけで深い意味はないのに、自分で勝手に『先輩なのに何もしてあげられなくてダメだなあ』とか『胸を張って教えてあげられることが何一つないなんて不甲斐ない』って思い悩んじゃうんですよね」

自分自身を振り返っても「20代後半は相当グズグズしていた」と笑う蒼井さん。では、そんな不安定な時期をどのように乗り越えてきたのだろうか。

蒼井優

「これはもう私が30代になってしまったから言えることかもしれないけれど、そういう時期も過ぎ去ってみたら、不思議と『ああ、悩んだりグズグズしておいて良かったなあ』って思えるものなんです。

だから20代後半の女性たちは自分が“第2思春期”だってことを認めて受け入れちゃった方がいい。無理に目をそらそうとするのではなく、こじらせている自分に自覚的になる。

と言うより、むしろ『これがこじらせるってやつか……!』っていうぐらい状況を楽しんじゃった方がずっと楽になれると思う。そうやってこじらせるだけこじらせたら、あとはもう前に進むしかない。

何より時間は勝手に進んでいくものなので、時が来れば自然と気持ちが軽くなると思います」

蒼井さんも30歳になった途端、「年齢に背中を押されたような感覚になった」と明かす。

「20代の頃は楽しいは楽しいんだけど、どこかサイズの合っていない服を着ているような違和感があった。私は30歳になってから『これほど人生は楽しいものなのか』と実感しました。

30代でこれだけ楽しいんだから、40代50代と年齢を重ねていったらどうなるんだろうって、今は楽しみで仕方ない。だから今、20代でグズグズしている人は、それすら楽しんでほしい。

だって、そのグズグズだって生まれてきたからこそ味わえるご褒美みたいなものだから」

「寂しい」より、「退屈」がいい。自分が楽観的でいられる言葉を選んで使う

ただし、清く正しい“こじらせ”を満喫するために、蒼井さんが普段から友達にアドバイスしていることがあるそう。

蒼井優

「仕事がうまくいかなかったり、いい恋愛ができなかったり、思うようにいかないことがあっても『寂しい』って言葉だけは使っちゃダメだって。

自分で自分のことを『寂しい』って思ったら、延々悲劇のヒロインみたいな気持ちになって、健全じゃないって話はよくしていますね」

とは言え、20代後半、ふと込み上げる「寂しさ」に抗うのは難しい。そんな時に蒼井さんが実践してきた対処法は実にシンプル。

「『寂しい』って思った瞬間に、それを『退屈』って言葉に置き換えちゃうんです。『寂しい』も『退屈』も、中身はそんなに変わらないのに、『寂しい』だとどうしても内にこもっちゃう。

でも、『退屈』だったら自然と、『じゃあ何をしようかな』って前向きな発想に切り換えることができるじゃないですか。些細なことのように思えるけど、意外と人って言葉に飲み込まれてしまうものだから。

大体、『寂しい』なんて思っているときに限って、余計な行動をしちゃうものなんです(笑)。『退屈』と思えば、まだいくらか楽観的になれる。自分を悲劇のヒロインにしないことは大事だと思います」

この聡明さこそが、女優・蒼井優の一流たる所以だ。

芸能生活は15年を超えたが、いまだにスレたところはまるでない。それどころか10代の透明感・浮遊感はそのままに、どんどん自分の哲学と言葉を持った知性ある女優へと成長している。

美しく撮られることになんて興味はない。「労働のプロであれ」という先輩からの言葉が今も支えになっている

そんな彼女の仕事論は、まだ学生だった頃に先輩俳優から聞かされたある言葉に集約されている。

蒼井優

「『私たちの仕事は“表現者”ではなく、“労働者”だから』って言われて。最初にそれを聞いたときは、私もまだ学生で、どういう意味か全然ピンと来なかったんです。

ただ『“労働のプロ”になれ』という先輩の言葉がいつかわかるようになったら嬉しいなとは漠然と思っていました」

“表現者”ではなく、“労働者”。クリエーティブな世界で活躍する蒼井さんだからこそ、まるで対照的な“労働”の2文字が浮き立つ。

「この言葉が改めてふっと甦ってきたのが、ちょうど20代後半の頃。この言葉に20代後半の私はすごく助けられてきたかもしれない」

“労働”とは、賃金を得るために肉体や知能を使って働くことだ。しかも、こと“労働”という言葉においては、「体を使って」というニュアンスが濃い。

空疎な見栄やプライドで武装するのではなく、生活のために体を動かし、汗を流し、働くこと。そのプロであること。蒼井さんの演技に圧倒的なリアリティーがあるのは、彼女が地に足をつけ、働く厳しさと喜びを噛みしめる労働者だからだ。

蒼井優

「今の私にとっての“労働のプロ”は、一番しんどいことを率先してやる、っていうことかな。現場でも、自分のことは一番後回しでいいんです。最優先は、いい作品をつくること。そこに喜びと責任を常に持っていられたらいいなと思っています」

美しく撮られることになんて興味はない。ましてや蒼井優としての個人的事情なんて作品に一切関係ない。スタッフと肩を並べ、意見を交わし、一緒にいいものをつくることが、彼女の喜びなのだ。

「この映画でも、スタッフ、共演者、そして宣伝部をはじめ映画を盛り上げるために頑張ってくださっているたくさんの労働の仲間と出会うことができました。

女優とスタッフなんて垣根、私はつくるつもりないし、そんなことを意識する間もなく垣根が取っ払われていったのが、今回の現場のいいところ。

その中で自分の成長を感じられたし、映画をつくる喜びを改めて教えてもらうことができたことが、すごく幸せです。やっぱり私はこの仕事が好きなんだなって再確認できた現場でした」

そうにこやかに締めくくった。

蒼井優

分刻みの取材スケジュールにもまったく疲れた様子は見せない。それどころか、大勢のスタッフがひしめき合う個室で話し続ける彼女を気遣い、あるスタッフが換気のためにドアを開けると、真っ先に「ありがとうございます」と声を掛けた。

誰も気づかないような小さな気配りさえも決して見落とさない。その視野の広さが、関わるすべての人を「労働の仲間」と呼んだ彼女の言葉に嘘はないことを証明していた。

ただ“労働のプロ”であること。その自覚と誇りが、女優・蒼井優をさらなる高みへ押し上げていく。


~映画情報~
タイトル:『アズミ・ハルコは行方不明』

12月3日(土)より新宿武蔵野館ほか全国ロードショー!
監督:松居大悟
原作:山内マリコ
出演:蒼井優 高畑充希 太賀 葉山奨之 石崎ひゅーい 菊池亜希子 山田真歩 落合モトキ 芹那 花影香音 /柳憂怜 国広富之/加瀬亮
配給会社:ファントム・フィルム
©2016「アズミ・ハルコは行方不明」製作委員会
公式サイト:http://azumiharuko.com/

取材・文/横川良明 撮影/赤松洋太


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