女性ファッション誌『SPRiNG』の復活劇を牽引! ヒットを仕掛ける編集者が備えている「バランス感覚」とは/宝島社・平澤梢さん
働く女性たちに愛されているヒット商品やサービスを生み出した女性たちの頭の中を大解剖! 彼女たちがこれまで築いてきたキャリアや、仕事ノウハウを徹底インタビューしていきます。
話題の商品・サービスの「生みの親」「育ての親」から、ワンランク上の仕事をするためのノウハウや、モチベーション高く仕事を続けるコツを学びましょう!
わずか2年で売上部数を2倍以上にするなど、いま急成長を遂げている女性ファッション誌がある。それが、宝島社の発行する『SPRiNG(スプリング)』だ。一時は部数低迷に苦しんだものの、全面リニューアルを経て見事にV字回復。この復活劇の立役者となったのが、同誌編集長の平澤梢さん(32)だ。前年同期比217%(※)という驚異の伸び率の裏側には、平澤編集長のブレない信念があった。
(※)日本ABC協会 雑誌発行社レポート2016年上半期(1~6月)調べ
「私って編集者に向いてないかも……」そんな悩みから一転、29歳で編集長に大抜擢!
――平澤さんは29歳で編集長になられたんですね。この年齢は編集長としてはお若い方ですか?
出版業界全体で考えれば若い方だと思います。でも宝島社に限って言えば、29歳や30歳で編集長になっている人もいるので、意外と普通かもしれません。
――じゃあ平澤さんも「そろそろ私も編集長になりたい……!」なんてことは考えていたんですが?
全く考えていなくて、むしろ、「私は編集の仕事には向いてないかも……」って悩んでいた時期でした。というのも、私の考える「デキる編集者」像って、どこか突出した強みがある人なんです。周りの編集者を見ても、個性が強いというか、何か自分の好きなものに突き進むことができる人が活躍しているイメージでした。その点、私は何事も広く浅くというタイプで……。ファッションも好きは好きですが、業界のプロ達と比べればごくごく普通レベル。「私にはこれだ」と思える武器がなくて、いつも引け目を感じていました。
――そんな中でのファッション誌の編集長への抜擢。辞令があった時は、驚かれたでしょうね!
もう青天の霹靂(へきれき)です! 前任の編集長が私を推薦してくださったそうなのですが、ちょうど編集者として行き詰まっていた時期だったからこそ、そんな評価をいただけたことが嬉しくて、挑戦してみようという意欲が湧きました。
「モテ」はいらない! ファッション誌の王道を逆行する斬新なリニューアル
――編集長としての最初の仕事が、『SPRiNG』のリニューアルです。コンセプトを、それまでの森ガール的な「ナチュカワ(ナチュラルで可愛い)」から、おしゃれで知的な文化系女子「グッドガール」に一新。ファッションスタイルもこれまでとは真逆のメンズライクに方向転換したそうですね。かなり大胆な路線変更ですが、この決断の理由はどこにあったんですか?
リニューアルについて話し合っていく中で生まれたのが、「いま、私たちの読みたい雑誌がないよね」という声でした。他誌をチェックしていると、「モテ」や「愛されヘア」といった男性を意識したワードが多くて。そうではなく、「自分が好きだからこの服を着るんだ」っていうふうにファッションを楽しんでいる女性はもっとたくさんいる気がしたんです。
そこで、友人たちにヒアリングしてみると、男性ファッション誌を読んでいたり、メンズブランドもうまくスタイリングに取り入れている人が多いことが判明。街を見渡しても「ノームコア」(※)が広がりを見せるなど、シンプル路線にトレンドが移りつつあるのを肌で感じました。ここを掘り下げていけば、まだどこの雑誌もアプローチできていないターゲットにリーチできるんじゃないか。その予感が、リニューアルの決め手になりました。
(※)「Normal」と「core」を組み合わせた造語。「究極の普通」とも訳される
――業界的にまだ手付かずだった「新ジャンル」を見極めていったんですね。具体的に、誌面はどのように変化させたのでしょうか?
これまで、日本の女性ファッション誌の表紙を飾るのは人気の女優さんや日本人モデルがほとんどでした。それを『SPRiNG』では表紙も誌面も外国人モデルで統一。感度の高い女性が憧れを抱くようなハイセンスなビジュアルを意識してつくりこみました。
――リニューアル後の反響はいかがでしたか?
正直に言うと、最初から絶好調というわけではなかったんです。リニューアルを機にこれまでのファンが離れたりもして、部数は一時3万部まで落ち込みました。
――それは心境的にも相当キツかったのではないでしょうか?
ええ。当時は毎月の売り上げの数字を見る度に心がヒリヒリしていました(笑)。ただ、もともと読者層がある程度入れ替わることは想定していたので、こういうこともあるかなとは想定していました。
――なかなか結果が出ないと、理想を捨て、つい場当たり的な改善策に走りがちです。平澤さんが自分の信念を貫けたのは何があったからでしょう?
それはやっぱり読者の声です。離れていった読者もいたのは事実ですが、逆に「こんな雑誌を待っていました」と熱いメッセージが届き、支持してくれる読者もじわじわ増えてきて。ちゃんと私たちが想定したターゲットは市場にいる。そして、そこに届く雑誌はつくられている。その確信が、気持ちの折れそうな状況下で私たちの信念を支えてくれました。
編集者はクリエイターであり、ビジネスマンでもあること。
作りたいものを「売れるカタチ」で伝える
――リニューアル後の部数の低迷が続く中、どうやってその苦境を突破したのでしょうか?
数字は落ちたものの、新しく打ち出した読者像が明確になり、読者だけでなくクライアントやアパレルブランドの方からも好評で、手応えは感じていました。ですので、コンセプトはそのままに、より多くの方に手にとっていただけるよう、入口を広げていく方向へシフトチェンジしようと考えました。
そこで、表紙にはマスに向けて人気タレントを起用。付録は本皮仕様のカードケースや『TSUMORI CHISATO』のぬいぐるみケースとエコバッグのセットといった豪華なアイテムを付けました。また、アジャスターを付けるなど使いやすさの面でも力を入れて、幅広い人が手に取れるアイテムにこだわるなど、『SPRiNG』の認知度を広めていくために試行錯誤を続けました。そこに宝島社の強みである価格戦略、大胆な部数戦略、宣伝、プロモーション力が加わって、一気に発行部数を2倍に仕掛け、それに伴い売上部数も一気に伸びたんです。
――ある意味、「元のカタチ」に戻すところもあったわけですね。逆に、「ここだけは変えない」と判断したことは何だったのでしょうか?
ターゲットですね。情報を伝えるアプローチの方法は変えるけれど、ターゲットは絶対に変えない。その想いだけはブラさずに持ち続けました。結果、徐々に部数が回復し、今ではリニューアル前の2倍以上の実売13万部近くまで伸ばしています。
――すごく難しいところですよね。自分たちがやりたいことと、ビジネスとして求められていることと。責任ある決断をするプレッシャーはありませんでしたか?
そうですね。確かにプレッシャーは大きいです。実は私、前職で担当していた雑誌が休刊になったことがあるんです。休刊や廃刊は、ある日突然決まってしまう。会社から決定が出たら最後、編集部の私たちにはもうどうすることもできません。だから、その前にやれる限りのことは絶対やっておかなくちゃいけない。雑誌として売れなければ休刊や廃刊になるし、それで毎日当たり前のようにやっていた仕事が無くなる現実を知っていたからこそ、「そうはしたくない」という思いで舵を切ることができたんだと思います。
――改めてヒットを生み出す編集者として大事なものは何だと思いますか?
編集者という仕事はクリエイターだとは思います。だけど、決してクリエイティブだけに偏ってはいけない。宝島社は、雑誌を商品と捉え、どうやったら売れるかというビジネス感覚を持つことが大切だと考えています。単に売上だけを狙った中身のないものつくっても意味がないし、かと言ってつくりたいものだけをつくって売れなければビジネスパーソンとしては失格。『SPRiNG』の復活も、携わっている全員が、良い雑誌をつくりたいというクリエイティブ魂と、売れる商品をつくらなければいけないというビジネス感覚の両方を持っていたからこそだと思います。
編集長としてプレッシャーと向き合う日々。折れない心を支えるのは、自分自身の納得感
――編集長は雑誌の全責任者。売上が厳しければ、責任は編集長が問われます。精神的にきついこともあると思いますが、モチベーションを維持する方法は?
時々ではありますが、会社から求められることに対して逃げ腰になってしまうこともあります。そこで大事なのは、「嫌だな」とか「やりたくないな」とか、個人的な感情に落とし込む前に、「なぜそれを求められているのか」を冷静に考えてみること。
私の場合、部数を伸ばすということが至上命題ですが、なぜ部数を伸ばさなければいけないのかと言うと、当たり前ですが会社として売上が上がらないと私たちのお給料も出ないし、部数が高くなければできない企画やチャレンジもいっぱいあるからです。部数を伸ばすということは、雑誌に関わるすべての人がハッピーになることなんだって、そう自分の中で納得できてからは、たとえ会社から厳しいことを求められても前向きに挑戦できるようになった気がします。
――日々、さまざまな企画を考えるのが編集者の仕事だと思いますが、アイデアの種を集める上でやっていらっしゃることがあればぜひ。
実はそんなに大したことはしていなくて(笑)。『Instagram』や電車の中吊り広告を意識的にチェックしたり、街で見かける女の子たちの持っているものを観察したり、隙間時間でトレンドや女の子たちの今の気分を知るようにしています。
あとは掛け合わせを考えることは大事にしています。他の雑誌やテレビなどをチェックして、面白い企画があったら、それを『SPRiNG』でやるならどんな要素を加えると良いだろうとアイデアを練ってみたり。以前やったことがある企画でも、別のプラスアルファと掛け合わせることで、今っぽい企画に生まれ変わることはよくあるんです。
――情報収集をただするだけではなくて、一歩踏み込んで、どう『SPRiNG』流の味付けができるかを常に考えていらっしゃるということですね。最近、特にヒットした企画はありましたか?
去年で言えば「神ってる」という言葉が流行っていたので、それに合わせて「神パンツ」、「神コート」という特集を組んだときは、読者からの反響も大きかったですね。そういう意味では、ジャンルを問わずトレンドをチェックしておくことは重要ですね。特に、テレビのゴールデン番組は、世の中で何が流行っているかを掴むのに貴重な情報源です。若者のテレビ離れ、なんていわれていますけど、やっぱりテレビは侮れないですよ(笑)!
なかなか忙しくて自分でアンテナを張りきれないという人は、周りに流行に詳しい人を一人押さえておくといいかもしれませんね。やたらトレンドに詳しい人って、周囲に1人はいませんか(笑)? そういう人との会話の中から情報収集するのも1つの手だと思います。
――確かに、それはいいアイデアですね(笑)。最後に、今後の目標をお聞かせください。
今も多くの人に支えていただいている『SPRiNG』ですが、もっとこの雑誌を多くの人に届けたいし、楽しんでもらいたい。そのためにも、読者ともっとコミュニケーションを取りつつ、リアルに憧れられる世界観を提示していけたらと考えています。
取材・文/横川良明 撮影/吉永和志
『“ヒットgirl”の頭の中』の過去記事一覧はこちら
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