「がむしゃらに働いた20代前半」林遣都が葛藤を乗り越え、見つけた“働くこと”の意味
今をときめく彼・彼女たちの仕事は、 なぜこんなにも私たちの胸を打つんだろう――。この連載では、各界のプロとして活躍する著名人にフォーカス。 多くの人の心を掴み、時代を動かす“一流の仕事”は、どんなこだわりによって生まれているのかに迫ります
仕事の腕を磨いていく上で欠かせないのが、偉大な「先輩」との出会いだ。自分と同じ道を何十年と歩み続ける「先輩」と共に仕事をすると、いくつもの発見や成長がもたらされる。
今回、そんな貴重な経験をしたのが、俳優の林遣都さん。2017年3月4日(土)公開の最新主演映画『しゃぼん玉』で林さんが真っ向から向き合った「大先輩」とは、女優の市原悦子さんだ。

林 遣都(はやし・けんと)
1990年12月6日生まれ。滋賀県出身。中学3年生の修学旅行中にスカウトされ、2005年、芸能界入り。07年、映画『バッテリー』主演で俳優デビュー。同作品での演技が評価され、第31回日本アカデミー賞新人俳優賞をはじめ多数の新人賞を受賞。その後『DIVE!!』『ラブファイト』『荒川アンダー ザ ブリッジ』など多くの映画で主演を務める。近年は、又吉直樹の大ベストセラー小説『火花』のドラマ版で主演を飾り話題に。朝の連続テレビ小説『べっぴんさん』の河合二郎役も好評
日本の演劇史にその名を残す名女優との共演を、26歳の林さんは「すごく誇らしい経験」と振り返った。
大先輩の「一流の仕事」を間近で見て感じた俳優としての力量差
林さんと市原さんの年齢差は55歳。祖母と孫のような関係性だが、カメラの前では共にプロフェッショナルの演技者。決して多く言葉を交わしたわけではないそうだが、初めて間近で触れた「大先輩」の芝居に、林さんはただただ惹きこまれたという。

「物語の舞台となる椎葉村は、日本三大秘境と呼ばれるような自然溢れる村。僕たちが普段暮らしている東京とはまったく違う雰囲気なんですけど、市原さんはそこに立っているだけで、もうずっとこの村で暮らしていたような佇まいでした。現地のおばあちゃんたちと食事をしながら話をする場面も、ものすごく自然で。何十年も昔からこうやって生活をしてきたんだろうなって思わせる空気に、とにかく圧倒されっぱなしでした。
市原さんが一流と言われる所以は、きっと『台詞』の上手さとかじゃないんですよね。笑ったり泣いたり、ちょっとした仕草だけで人の心を掴むことができるんです。つまり、小手先のスキルやノウハウではどうにもならないところ。一緒に芝居をしていて、市原さんに手を握ってもらっただけで胸が震えました」
「自分の代わりはいくらでもいる」同世代のライバルたちに焦りを覚えた20代前半
林さんのデビューは、ちょうど10年前の2007年。映画『バッテリー』で主演デビューを飾り、鮮烈な印象を残した。以降、『DIVE!!』、『風が強く吹いている』など青春映画で次々と大役を務め、映画ファンから次世代を担う新星として期待を集めるように。
「デビュー当時は、今後のキャリアをどうするとか、やりたいこととか、何も考えていなかったですね」
そう10年前の自分を思い返す。デビューのきっかけはスカウト。俳優業の始まりについて、「自分から求めて掴んだものではなかった」と胸の内を明かす。

「20代前半の頃は、目の前の仕事をこなすのに精一杯。自分なりの『軸』のようなものがないまま、すごいスピードで毎日が過ぎ去っていきました。一方で、俳優業は向上心がないとすぐに置いていかれる世界。状況もどんどん変わっていって、少しずつ僕自身も焦りを感じるようになりました」
今や20代の俳優は花ざかり。個性と実力を持った同世代の「同業者」が続々と現れる。
「俳優仲間には僕より面白い、演技力のある人がいっぱいいます。正直、僕の代わりなんていくらでもいると思うし、ずっとその気持ちで仕事をしてきました」
いわゆる会社員の仕事と違い、「代わりが利かない」と表現されることの多い芸能の仕事。だが、林さんはきっぱりと「自分の代わりはいる」と明言する。

「だからこそ、“求められることを求めてきた”というのはあります。“林遣都”っていう存在感を示したかった。だから、いただいた仕事に関しては、よっぽどのことがない限り、断る理由がないと思っていたし、どんな仕事だってできないものは何もないんだって自分に言い聞かせてきました」
それが、林遣都さんの20代前半期。「若手」と括られる時期を、自分だけの存在価値を求めて一心に駆け抜けてきた。
「自分のため」から「誰かのため」へ。やるべき仕事とは何か? 迷いを乗り越えて掴んだ信念
小さな運から開けた俳優としてのキャリア。「自分から求めて掴んだものではない」という迷いもあったが、そんな葛藤を経て、今、この道で仕事をしていくという覚悟が林さんの胸の中にはある。
「すごく単純な話なんですけど、『バッテリー』に出たとき、母親がすごく喜んでくれて。20回以上、映画館に観に行ったらしいんです(笑)。それを知った瞬間、誰かに楽しみや生きがいを与えられるような、こんな素敵な仕事はないなって思ったんです。仕事を始めたばかりの時はそんなことを考える余裕もなかったけど、こうして改めて考えると、自分の活躍を喜んでくれた母の笑顔が俳優業の支えになっていると思います」
大切な人が喜んでくれることが、嬉しい。「自分はなぜ俳優として働くのか」、迷っていた林さんを原点に立ち返らせてくれたのは、そんなシンプルな感情だった。だからこそ、“求められることを求めていた”という仕事への姿勢にも、少しずつ変化が見えてきた。

「以前は自分がどう在りたいかばかり考えていたけれど、今は『人の心に届く芝居がしたい』っていう気持ちが強いです」
控えめに、しかし力強く、そう宣言する。人の心に届く芝居をすること。それが迷いを乗り越えて掴んだ、林さんの働く意味だ。
1つの道を極め、キャリアを重ねた者だけにある「存在感」
周囲からの期待にがむしゃらに応えてきた季節を終え、今、林さんがこだわりを示すのは、“仕事の質”。そんな林さんの変化は、ちょうど同じようなステップを踏み始めたWomantype世代なら、きっと頷けるのではないだろうか。
そんな想いに触れると、改めてこのタイミングでの「大先輩」との仕事は、林さんのキャリアに大きな意味を残したように思えてくる。
「今の僕には市原さんの何がすごいっていうのを、うまく言語化できないんです。カメラの前にいるだけで圧倒されるあの感覚が何なのか……。それが分かるようになるのはもっとずっと先のことなのかもしれない。でも、軽はずみな言い方はできないですけど、僕もこの仕事をずっと続けて、市原さんのような『そこにいるだけで存在感のある俳優』になりたい。すぐには無理かもしれませんが、いつかきっと。そのためにも、今後もたくさんの先輩方と一緒に仕事をして、一流のエッセンスを学んでいけたらと思います」

周囲と自分を比べて焦ったり、未来が見えなくて苦しくなることは、誰にでもあること。そんな時、自分を一段上へと引き上げてくれるのは、同じ道を歩む「先輩」の背中なのかもしれない。
プロフェッショナルへの道を拓くのは、数々の「先輩」との出会い。林さんは、出会いを力に、今後の俳優業を極めていく。
【映画情報】
映画『しゃぼん玉』
2017年3月4日(土)より東京・シネスイッチ銀座ほかにて全国ロードショー
公式HP:http://www.shabondama.jp/
取材・文/横川良明 撮影/赤松洋太
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