メルカリに学ぶ「働き方改革」を“やっただけ”で終わらせない秘訣――『merci box』導入から1年、メルカリでは何が変わったか
国や企業が本気で「働き方改革」に乗り出したところ。でも、その効果を実感できている女性はまだ少ないかもしれない。そこでこの連載では、「働き方改革」先進企業の取り組みにフォーカス。具体的な課題解決のノウハウや、女性が「長く働く」を実現できる職場環境について徹底取材していきます!
「女性活躍推進」や「働き方改革」が叫ばれる昨今。各企業が、経営戦略の一つとして、社員の働きやすさやワークライフバランス充実を狙ったさまざまな人事制度改革を行っている。一方で、現場レベルに視線を移せば、そういった改革の効果が思うように出せていないという企業も多いだろう。
そこで今回は、2016年に新人事制度『merci box(メルシーボックス)』を導入した株式会社メルカリの事例をご紹介しよう。
「産休・育休あわせて約8月分の給与の100%保障」や、「万一の病気や怪我に備えたサポートや全社員の死亡保険加入」などをはじめとした大胆な施策が反響を呼んだ『merci box』。導入から1年が経ち、「妊活・病児保育支援」や「認可外保育園補助」など次々と新制度を取り入れ、今も順調に拡充していると言う。なぜメルカリでは数々の制度を形骸化させることなく、社内へ浸透させることができたのか。その運用の裏側について、同社執行役員の掛川紗矢香さんに伺った。

株式会社メルカリ
執行役員 コーポレート担当
掛川 紗矢香さん
東京女子大学英米文学科卒業後、株式会社GDH(現ゴンゾ)を経て、2009年6月、グリー株式会社に入社。海外子会社立ち上げ、グローバルアカウンティングマネジャー等を担当する。13年10月、10人目の社員として株式会社メルカリに参画。米国子会社設立、コーポレート基盤及び体制の確立等を手掛け、15年2月、執行役員に就任
誰かをプラスにするのではなく、「マイナスをゼロにする」ための制度づくりを意識した
メルカリと言えば、2013年設立の若い会社だ。社内の平均年齢も30歳と若く、『merci box』を導入した16年2月当時、まだ産育休をはじめとした諸問題は喫緊の課題ではなかった。あくまで先を見越しての予防策。「そこに『merci box』の特色がある」と執行役員の掛川紗矢香さんは語る。
「一般的に、福利厚生とは受け取る人が何かプラスになる制度であることが多いものです。けれど、その対象になる人もいれば、対象にならない人もいるという内容では、どうしてもその恩恵を受けられない人との間で軋轢が生まれてしまう。弊社では、誰かをプラスにするのではなく、『ダウンサイドにいる人たちをゼロにする』という制度づくりにこだわりました。皆が同じ土俵で同じ目標に向かうための環境づくりが、『merci box』の目的です」
現在、メルカリには約450人の社員が在籍している。そのうち約250名がカスタマーサポート(CS)。その約6割は女性だ。
「『産育休中8カ月間の給与を100%保障』というのは大胆に思われるかもしれませんが、充実した支援が無いために優秀な人材が辞めてしまうことの方が企業にとってはよっぽど重大な損失です。人員補充のための採用コストや教育コストと天秤にかけても、十分にメリットはあります」
現在のメルカリの急成長は誰もが認識するところだ。『メルカリ』アプリの国内ダウンロード数は4000万、海外ダウンロード数では2500万を超え、業界内でも目を見張る好調ぶり。こうした企業の成長が維持できるのは、プロフェッショナルとして働き続けてくれる人材がいてこそだ。
「粘り強い周知活動」と「トップが実践する」こと。この2つが制度浸透の鍵を握る
『merci box』開始から1年が経ったいま、同社では子どもがいる女性社員の100%、男性社員では90%以上が育児休暇を取得している。新制度が社内にしっかり定着した理由を、掛川さんは次のように明かした。

「制度を浸透させるには、やはり周知・啓蒙の徹底が大事です。全社ミーティングで制度の説明を行ったり、『mercan(メルカン)』という自社運営のメディアで、実際に『merci box』を使った社員のインタビューを掲載したり。こちらから情報を積極的に発信し、関心を持ってもらうことから始めました。また、弊社の男性CTO(※現VP of Engineering)とCFOが育休を取得するなど、トップが率先して制度を活用して見せたことで、現場も一気に使いやすくなったと思います」
『merci box』というキャッチーなネーミングも社内浸透に一役買った。その普及度は日常の会話にも表われている。
「例えば、社内で出産を控える社員には、『育休取るの?』が一般的な聞き方かもしれません。けれど弊社の場合、それが『「merci box」使わないの?』になる。女性も男性も、あくまで育休を取ることが前提という空気があるんです」
『merci box』の導入以降、社内のコミュニケーションも変わった。チャットツールのSlackに、パパママ向けのチャンネルが設けられ、そこで社員同士が子どもへの薬の飲ませ方から夏休みのおすすめスポットまで気軽に情報交換している。こうしたコミュニケーションの広がりが、育児に参加しながら働くというスタイルを自然と社内に根付かせている。
加えて、同社の採用促進の面でも『merci box』の導入の効果が大きかったことを掛川さんは認識している。
「例えば、以前は大企業からメルカリに転職したいと考える転職者やそのご家族にとって、漠然と『ベンチャー・スタートアップへ転職することが不安』というケースがありました。『merci box』を発表し、メディアなどでも取り上げていただき広く知られるようになってからは、転職者本人が『メルカリで新たなチャレンジをしたい』と思ったとき、ご家族にも『こんな制度のある会社なら安心』と応援していただけるようです。面接などで候補者と話す機会も多いのですが、『merci box』があることは非常にポジティブに働いています」
優秀な人材の獲得にもつながり、ますます企業経営にも良い影響を与えているという。
「一部の人が疲弊しながら働くチーム」しかつくれない管理職は“職務怠慢”
一方、「ダウンサイドの人をゼロにする」という意識でつくられている『merci box』ではあるが、未婚層の社員からすれば、育休・産休中の社員にも自分と同じだけの給料が支払われていることを、良く思わない人もいるのではないだろうか。
「将来的に自分も恩恵を受けられる可能性が高いものなので、基本的に『不満』は出難いかなと思います。ただ、産休・育休に入っている人が開けた穴を、他のメンバーが無理をしながらカバーしているような状態だとしたら、きっと不満の声は上がると思います」
そこで同社が力を入れているのは、一人一人が余裕を持って仕事をまわせるような組織づくりだ。そういったチームづくりをするために、メルカリではマネジャーの資質が厳しく問われる。

「弊社のように20代、30代が多い会社では、いつ誰が産休や育休に入ってもおかしくありません。そのため、人員ギリギリの状態で業務を進めるのではなく、“常に人が抜ける可能性があること”を前提にチームをつくり、タスクを振り、スケジュールを組む。それができないマネジャーなら職務怠慢という考えが、マネジメント層にしっかり根付いています。だから、一部の人にしわ寄せがいったり、社員が疲弊しながら働くようなことはありません」
もともとメルカリでは業務の効率化を推進しており、フレックスタイム制を導入するなど、フレキシブルな働き方を実現している。個々が生産性とチームワークを意識して働いているから、軋轢も生まれにくい。一人一人の高いモチベーションは、形骸化しない制度運用のためには不可欠だ。
「国に言われたから」「トレンドだから」というスタンスで行う働き方改革では意味がない
『merci box』の導入後、昨年7月には「妊活・病児保育支援」を、今年4月には「認可外保育園補助」が追加されている。どちらも、子どもを持ったり、出産を考える社員が増えていく中で、ダウンサイドになる部分を取り除こうという視点から導入を決めたものだ。
「何でもいいから制度を追加しよう」ではなく、あくまでメルカリでは『Go Bold (大胆にやろう)』、『All for One(全ては成功のために)』、『Be Professional(プロフェッショナルであれ)』という3つのバリューに沿って「やる」、「やらない」を検討している。
「働き方改革に向けてリモートワークを実施される企業も増えましたが、現段階での導入は考えていません。それはなぜかと言うと、弊社には『All for One』というバリューがあるため対面のコミュニケーションを重視する社風であるから。逆に、副業はOKにしています。社外で専門性を磨き、活かすことは、『Be Professional』のバリューに見合っていると判断したからです。『トレンドだから』、『国が言うから』とやみくもに制度を導入しても、各企業の状況に合わないものだったら浸透は期待できない。何か1つ制度を作るにしても、『それは何のためにやるのか』、『それは私たちらしいか?』をまず問い直すことが、働き方改革を有効に進めるための最重要項目かもしれませんね」
取材・文/横川良明 撮影/栗原千明(編集部)