「日本の保育」のスキマを埋める“ダイバーシティー時代の保育園”が話題!
ダイバーシティーが叫ばれている昨今、子育て中の親の働き方も多種多様だ。しかし、そのための子育て支援はまだまだ働く親の実態に追いついていないのが実情である。保育園のシステム1つとっても非常に画一的で、自分のワークスタイルと合わず苦労しているワーキングマザーも多いはずだ。
そんな保育園の実情を打破すべく誕生した、株式会社空のはねが運営する『うみのくに保育園』がいま多くのワーキングマザーから注目を集めている。同園では、土日出勤する親のワークスタイルを想定して、土日祝日も休まず運営。急な残業にも対応できるよう延⻑保育は当日の依頼でもOK。フレキシブルな運営体制で、働く親をサポートしてきた。
この『うみのくに保育園』の創設者は、自らも15歳の息子を持つシングルマザーの髙田亜希さん。20代の頃IT業界で働いていた髙田さんは、自身の子育てと仕事の両立経験の苦労から、「誰かがやらなければ、世の中は変わらない」と一念発起し、多様な働き方をする親やその子どもたちのための保育園の立ち上げにチャレンジした。
髙田さんは現在までに東京・横浜に6つの保育園を展開し、今後さらに「一人一人の子どもの個性を輝かせる」をコンセプトにした『そらのいろ保育園』を開園する予定だ。自ら保育園を立ち上げるというアクションは、そう簡単にできることではないように思えるが、そこまで髙田さんを突き動かしたものは何だったのだろうか。髙田さんの経験から、これからの日本の保育のあり方、そして働く女性の生きる道についてもあわせて考えてみたい。
誰もが9時~17時で働いているわけじゃない。いつだって割を食うマイノリティーを支えたい
セキュリティーコンサルタントだった髙田さんが保育園の経営に舵を切ったのは、今からおよそ10年前のこと。当時、髙田さんはシングルマザーとして仕事と育児の両立に奮闘していた。心の頼りは、我が子を預かってくれる保育園の存在。しかし、そんな頼みの綱から、ある日思いがけない言葉を投げ掛けられた。
「『保育士にも生活があるので、毎日延⻑保育を使わないでください』と園長先生に言われたんです。延⻑保育と言っても、22時まで運営している保育園に22 時まで預かってもらっているだけ。ルール違反をしているわけでもないのに、どうしてこんなことを言われるんだろうって、ショックと悲しさで胸がいっぱいになりました」
当時の髙田さんの仕事は、社内システムの更新や改修がメイン。業務時間が夜間や休日となることもある。変則的なワークスタイルのため、そもそも受け入れてもらえる保育園を探すだけでも困難を極めた。
「ただでさえ小さい子どもはすぐに体調を崩す。その度に母にお迎えを依頼し、面倒を見てもらいました。保育園を休んでいる息子を看病する母から『毎月の保育料8万のうち2万円分くらいしか使ってないんじゃない? 残りは私にちょうだいよ』なんて呆れられたことも(笑)。出張のときは、息子の世話係として妹が同行。もちろん妹の分の旅費は自腹です。今でこそ笑って話せますが、当時は『なんて働く母親にとって生きづらい世の中なんだろう』と恨めしく思ったものでした」
そんな溜まりに溜まった憤りと不安が、上述の園長先生の言葉を聞いてはっきりと浮かび上がった。世の中を見渡してみても、自分と同じように不規則な働き方をして社会のスキマに窮屈さを感じている親は少なくない。
「土日祝日にしっかりお休みすることができて平日は9時~17時で働ける母親なんてどのくらいいるんでしょうか。それって結局、大企業でオフィスワークをしている女性たちだけじゃないでしょうか? 労働環境が整っていない中小企業や、自営業の人たち、土日祝日こそ働かなければいけないサービス業従事者、変則的な時間で働かなければいけないかつての私のような人たちは、制度の狭間に落ちるマイノリティー。私のような窮屈さを味わう女性をこれ以上増やしたくないという想いから、社会的マイノリティーの人も安心して利用できる保育園を自分でつくることを決めました」
保育園選びは大学選びと同じ。将来を見越して保育園を選べる世の中をつくりたい
「誰かがやらなければいけないこと。だったら私がやる」という想いが髙田さんを突き動かす原動力に。そこから生まれたのが、『うみのくに保育園』だ。
「一般的な保育園は、子どもたちの安全と健全な成長に主眼を置いて運営しています。でも、私たちの目線は、働くお母さんお父さんたちも視野に入れた保育です。大変な思いをしながら孤独に戦っている親御さんを、スタッフの笑顔と質の高い保育を通してサポートすること。だから、スタッフの採用においても『子どもが可愛い』『子どもが好き』というだけではなくて、『親御さんのために何ができるか』について考えられる人材であることを基準にしています」
設立から8年、その想いが支持され、『うみのくに保育園』は順調に規模を拡大してきた。そんな中、髙田さんは新たに社会福祉法人空のいろという新法人を立ち上げ、新たなコンセプトの保育園づくりに乗り出した。
「新しい保育園の理念は『一人一人の子どもの個性を輝かせること』。子どもの中には集団生活が苦手な子がたくさんいます。けれど、残念ながら現在の保育ではどんな子どもも横並びの保育でまとめていることがしばしば。そうではなく、一人一人の成長の違いに応じてきめ細やかなプログラムを立て、実践できる保育園をつくりたかったんです」
特徴は、1クラス最大9人の少人数制ユニット。それも年齢ごとに区分するのではなく、1歳から5歳までの子どもたちで1つのユニットを構成し、子ども同士がそれぞれ教え教わりながら成⻑できるよう支援する。
「同じ年齢同士で横割りのコミュニティーをつくるのは人生の中で12年程度の学校教育の間だけ。6年間の保育園生活が小学校進学の準備だけになってしまうのはもったいない。子どもたちは学校教育を終えて社会に出れば、年齢の異なるさまざまな人たちとコミュニケーションをとって生きていかなければいけません。年齢ごとにクラスを分けなかったのは、家庭生活や社会生活の環境を見越してのことです。世の中には、いろいろな人がいて、成長のスピードも考え方も人種もそれぞれ。『どうすれば考え方の違う人たちが協力して物事を進められるか』を自分の頭で主体的に考え発言できる力を、育てなければいけないと思う。“三つ子の魂百まで”と信じられているこの乳幼児期から始めることが重要! と一念発起で新法人を設立しました」
髙田さんがつくる保育園では、言われたことをみんなと同じようにこなすだけの作業者のような、いわゆる良い子を育てるのではなく、いずれ首相や都知事にだってなれるような一人一人のカを伸ばすことを目的としている。新園のスタッフとは、その子育ての想いのもと一人一人の子どもの個性を大切にした保育を実践していきたいと意気込みも新ただ。
コンセプトの異なる保育園を新たにつくった背景には、仕事に復帰する親にとって、もっと保育の選択肢が増えるべきだという髙田さんの考えがある。
「保育園選びは大学選びと同じ。何を勉強したいか、どういう力の基礎を身に付けたいか、将来を見越して選択することが大事です。とは言え、保育園を探すお母さんにとって今はまだそこまでゆとりを持てないのが現状。子育てに悩み、道を見失ったらぜひ私たちの保育園にいらしてほしい」
子どもたちの可能性を保護者と保育者とが一緒に探したいと言う。
子育てにたった1つの正解はない。だからこそ、「完璧であること」に縛られないで
振り返ると困難も多かった仕事と育児の両立。しかし、この15年を振り返り、髙田さんは「子育てほど楽しいものはない」と笑顔だ。
「もちろん苦しいことはたくさんあります。私だっていわゆる『完璧な母親像』に縛られて、自分を責めた時期もありました。仕事が忙しくて、ちゃんとお弁当をつくってあげられなかったり、絵本の読み聞かせをやめてしまったり。悪いことをしているわけじゃないのに、反省は山ほどあって、なんか不安でした。当時の私と同じように多くの母親が正解のわからない苦しさに押しつぶされそうになっているのではないでしょうか」
それでも「子育てが楽しい」と言えるのは、「正解の分からない苦しさ」を「楽しさ」に変換できるようになったからだ。
「自分の子育てが正解かなんて誰にも分からないですよね。でもはっきり言えることは、子育てはかけた愛情の分だけ必ず時間を空けて返ってくるということ。親子の関係って、損得勘定じゃないんです」
髙田さんも『うみのくに保育園』の5園目の進出を検討したとき、仕事と母親業の狭間で揺れた。これ以上忙しくなったら、息子と過ごす時間が今よりもっと減ってしまうのではないか。そんな迷いを吹き飛ばしてくれたのは、他ならぬ我が子だった。
「『ママは僕に寂しい思いをさせたと思っているかもしれないけど、僕は不幸だなんて思ったこと一度もない。ママが我慢しなくていいよ。ママが好きなように、やりたいように生きてくれた方が僕も幸せだよ』って。そう息子が言ってくれたとき、私の愛情が息子に伝わってるって心の底から実感しました」
だからこそ、世の中の働くお母さんたちに向けて髙田さんはこうエールを送る。
「多くの女性が今、仕事と育児の狭間で悩んでいると思います。私から言えるのは、『あなたがやりたい子育てをめいいっぱいやればいい』ということだけです。子どもが小さいうちは一緒にいた方がいいと思う人はそうすればいいし、仕事を諦められない人は胸を張って続ければいい。どっちが正しいなんてことはない。最終的に子どもがちゃんと懐の深い“人らしい心”を持って育てば、それが正解なんだと思う。定かではない正解に自分をがんじがらめにして苦しめないで。子育ても保育の仕事も同じ。絶対に正解はない。子どもたちの笑顔と輝く瞳のために精一杯やるだけです。子どもを育てる保育という仕事は本当に楽しいし、素晴らしい仕事。私もスタッフも熱意と誇りを持ち、楽しんでいます。一緒に子育てを楽しみましょう」
取材・文/横川良明 撮影/吉永和志