保育士てぃ先生から「もう仕事辞めたい」働くママへの助言 ――「量より質の子育てで両立生活が変わる! 意識すべきはたった10分の集中触れ合いタイム」

共働き夫婦が増加し、今や男性の育児参加は当たり前の時代。にもかかわらず、女性にばかり育児の負担が圧し掛かることはまだ多い。全部完璧にこなしたいと思えば思うほど、仕事と子育ての両立は苦しくなっていく。

「いっそ仕事を辞めて育児に専念した方がいいのだろうか……」

“3歳児神話”なる言説もある中で、働くことへの罪悪感を覚える母親たちもいるだろう。

そんな中で、ワーキングマザーやこれから子どもを持つかもしれない働く女性たちは、どう「仕事と育児」に向き合えばいいのだろうか。日本で一番有名な保育士・てぃ先生と一緒に、働く女性の子育ての今、そして保育の未来について考えてみた。

てぃ先生

てぃ先生

都内で働く現役男性保育士。保育園の園児たちの微笑ましい言動をレポートしたつぶやきが人気を集め、Twitterのフォロワー数41万人を突破。そのつぶやきを漫画化したコミック『てぃ先生』(KADOKAWA/メディアファクトリー)シリーズは累計20万部超のヒットを記録し、2017年にはアニメ化もされた

仕事で輝く両親から子どもが学ぶことは多い!
保育士は専門的な知恵と技術で子どもの成長を促す

保育園でのほのぼのとした日常を切り取ったツイートが人気のてぃ先生。最近では、保育関連の講演会などに登壇する機会も多く、現役保育士ならではの目線や保育論に注目が集まっている。約10年間のキャリアの中で多くの子どもとその保護者と接してきた。

「時代が変われば、育児の常識も変わって当たり前。幼い子どもを預けて母親が働きに行くのはどうかと考える人がいるのは承知していますが、僕自身の意見としては、それは時代に合っていないかな、と。やりたいことを思い切りやったり、仕事をして輝いている両親の背中を見て子どもが学ぶこともたくさんあるものです」

実際、保育園など家庭外の環境に身を置くことで、子どもが得られるメリットも多い。中でも、てぃ先生が最も強く感じるのが、家庭ではできない「保育士ならではの専門性と技術」による子どもの成長だ。

てぃ先生

「例えば、公園で子どもを遊ばせる場合、お子さんが元気に走り回っていたら、お母さんたちはそれで十分だと思ってしまいますよね。けれど、僕たち保育士の場合、“バランス感覚を養う”ための駆けっこコースを考えたり、“競争心を培う”ために子どもたち同士でできる遊びを考えたり、何かしら子どもの成長を目的に置いた内容を考えます。遊びの全てに意味を持たせているんです。一方、家の中だけで教えてあげられることには限界がありますよね。専門家の知恵や技術を最大限に活かした保育を受けられることは、子どもにとっても保護者の方にとってもメリットがあると思います」

「料理しながら」「掃除しながら」ではNG!
子どもと一対一で向き合う時間を1日10分でも確保して

一方で、親だから与えられるものがあることも事実だ。3歳までの子育てで最も重要なのは、子どもの自己肯定感を家族が育んであげることだという。

「自分は周囲の人から愛されているんだ、ここに存在していいんだという自己肯定感が、その子が堂々と胸を張って生きていくためのベースになります。それには、ご家族からのたっぷりの愛情が欠かせません」

だからこそ、幼い子どもと離れて仕事復帰することに胸を痛める女性が多いのも事実。だが、そんな女性たちに「大事なのは量ではなく質です」とてぃ先生は優しく諭す。

てぃ先生

「どれだけ長く一緒にいても、子どもが自分に構ってくれたと思えていないなら、自己肯定感は醸成されません。僕が働く親御さんによくお話しするのが、1日に5分でも10分でもいいから、“お子さんのことだけ”を見る時間をつくってほしいということです」

ワーキングマザーの夜は忙しい。料理に洗濯、掃除などやるべきことは山積している。すると、家事をしながらの“ながら育児”になりがち。だが、他のことには一切手をつけず、ただ子どもと触れ合うことだけに集中する時間をつくることが重要なのだとか。

「お仕事をされているお母さんたちが家に帰っても忙しいのは承知していますが、極論を言えば、ほんの10分間だけでもお子さんの話を聞いたり、遊んだりするためだけの時間をつくってあげてほしいなと思います。その時は、料理をする手、掃除をする手、全てのことをストップしてください。子どもって、何かしながら遊んでもらっても、それを『ママと遊んだ時間』とはカウントしてくれないんですよ。短くてもいいので、質の高い触れ合いタイムさえ担保できれば、お子さんはお母さんの愛情を感じて、すくすくと元気に育ってくれます。ずっと一緒にいられないことに、罪悪感を感じる必要はありません」

小さなアクションの積み重ねで世の中は変わる!
子育経験が仕事にもたらしたメリットを職場で語ろう

待機児童問題やワンオペ育児など、現代の日本では子育てを取り巻く現状はネガティブなワードで溢れかえっている。このような環境では、未婚世代も未来の両立生活に明るい展望を描きにくい。働く女性たちがもっと自然に「産み、働き、育てる」社会をつくっていくには、保育にまつわる人々の意識だけでなく、職場環境も同時に変わっていく必要があるとてぃ先生は考えている。特に重要なのが、お父さんたちを含めた働く親の「長期育休の取得」だ。

「例えばお母さんが1年間育休を取った翌年、今度はお父さんが1年間育休を取れるようになれば、最長2年、子どもの人格形成に大きな影響を与える期間を家族一緒に過ごせますよね。現実的にはまだ難しいかもしれませんが、半年ずつでも、3カ月ずつでもいいので、お父さんとお母さんの両方が育休を無理なく取れる社会をつくっていけたら」

そうなるためには、国家、企業単位のイノベーションが不可欠。だが、「個人の努力ではどうにもならない」とさじを投げるのは早い。子どもを産み、育てやすい社会をつくっていくために、私たちにできることは必ずある。

てぃ先生

「個人レベルで言えば、まずは育休を取得した人が、育休を取って子育てを経験したことのメリットをもっと周囲に発信していくことが第一です。特に、子育て経験が仕事にどんなメリットをもたらしたのか、職場で話したりする機会を設けることが大切。そうすれば、それを聞いた別の人が、育休を取って職場復帰することに前向きになれます。小さくてもいいので、そうやってポジティブな連鎖を広げていくことが結果的に、大人も子どもも暮らしやすい社会をつくることにつながっているんだと思います」

てぃ先生も、一保育士として、これからも自分にできることを広げていくつもりだ。

「昨今の報道の通り、保育士の労働環境は決して夢があるとは言えません。給与は低く、その上、一定のキャップがあって、それ以上の昇給はほとんど望めないのが今の現実。保育士養成校への入学者も減少していると聞いています」

だが、環境を嘆いているだけではいつまで経っても事態は前進しない。現状を変えていくために、てぃ先生は新しい一歩を踏み出そうとしている。

「保育士という仕事を、もっと夢のある職業にすること。そのためにできることをやっていきたいと考えています。今、具体的な目標に掲げているのは、保育園の開設です。野球選手にとってのメジャーリーグのような、保育士にとっての憧れの場所となる保育園を自分で作れたらと計画しています。世界中からすごい選手がメジャーリーグに集うように、保育のプロと呼ばれるスペシャリストが集まって、その能力に見合う給与が約束される場があれば、皆がもっとそこを目指して自分のスキルを磨いていける。少子化が進めば、いずれ保育園も淘汰され、今度は保護者の方たちが保育園を選ぶ時代が来ます。そのときに『この保育園に入れたい』と名指ししてもらえる保育園を作りたいですね。そうやって一歩ずつ保育士の現状と、子育て環境を改善していくことが、今の僕のやりたいことです」

本来、子どもを産み育てるということは、とても幸福なこと。けれど、どうしてもそう前向きに捉えられない情報ばかりが今の日本社会では先行している。その中で私たちにできることは、現状を嘆くことではなく、できる範囲でアクションを起こすこと。一人一人が行動を起こしたその先に、今より明るい子育ての未来が待っているはずだ。

取材・文/横川良明 撮影/栗原千明(編集部)