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AUG/2017

日本に溢れる「道徳語り」する人たち――“理不尽な常識”から働く女性が自由になるために必要なこと【出口治明さん・治部れんげさん対談】

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子育てと仕事の両立を前提に、ライフプランを描く女性が増えてきた。一方で、いまだ日本社会には、「女性たるもの」「母親たるもの」こうあるべきだ、という古い価値観がはびこり、不要な苦労を押しつけられることも少なくない。

産んで、育てて、働くことが、本当の意味で「当たり前」になるために、私たち一人一人に何ができるのか。合理的思考でさまざまな“常識”のからくりを解き明かす出口治明さんと、仕事と子育てを取り巻く矛盾やひずみを一刀両断する治部れんげさんの対談から、そのヒントを探る。

出口治明 治部れんげ
【写真左】フリージャーナリスト 
治部 れんげさん

昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社入社。経済誌の記者・編集者を務める。2014年からフリーに。国内外の共働き子育て事情について調査、執筆、講演などを行う。著書『稼ぐ妻・育てる夫―夫婦の戦略的役割交換』(勁草書房)、『ふたりの子育てルール』(PHP研究所)など
Twitter:@rengejibu

【写真右】ライフネット生命保険株式会社 
出口治明さん

1948年三重県生まれ。京都大学を卒業後、72年に日本生命保険相互会社に入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当すると共に、生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に従事する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て同社を退職。2008年、ライフネット生命保険株式会社を開業。主な著書に、『生命保険入門 新版』(岩波書店)、『直球勝負の会社』(ダイヤモンド社)、『「全世界史」講義Ⅰ・Ⅱ』(新潮社)など
Twitter: @p_hal

「子育ては母親の役割」は世界的にも歴史的にも非常識だ

――女性国会議員の公用車による保育園送迎問題が賛否両論を巻き起こしました。

治部:「母たるもの苦労して子育てせよ」という考えが、いまだに根強く残っていることに驚きます。これでは、働く女性たちに余計なプレッシャーがかかるばかりですね。

出口:「お母さんは子育てに専念すべき」だという説に科学的根拠は何もありません。「専業主婦」という形態は、戦後日本の高度成長期に生まれた、ただの神話に過ぎません。工場モデルが前提の時代は力作業ができる男性を長時間働かせた方が効率が良かったので、「男は仕事、女は家事」と性分業する方が都合が良かっただけの話です。「三歳児神話」に代表されるイデオロギーは、高度成長期特有のもの。より根源的な話をしますと、ヒトはアフリカで誕生してから凡そ19万年間、男は狩りに行き、女はハチミツを採り、集落全体で子育てをしていたんです。24時間、母親と赤ちゃんが1対1で向き合って子育てする文化など、人類史上どこにも存在しません。むしろ、男女ともに働き、子は皆で育てるのがヒトの「当たり前」の姿なんです。

治部れんげ
治部:「子どもを施設に預けると愛着形成に問題が生じる」というもっともらしい理屈も、完全に誤った使い方をされています。これはもともと戦災孤児など厳しい時代に過酷な状況に置かれた子どもたちの問題でした。そのデータから「子どもには手を掛けてくれる保育者が必要だ」ということは言えても、「だから“母親だけ”が子育てすべきだ」という話にはならない。まったく非科学的です。

出口:特に、「社会を支えている」と自負している50代、60代のおじさんが圧倒的に非科学的、というか不勉強ですよね。

治部:そうですね。ただ、女性たち自身にも諦めが見られます。最近「ワンオペ育児」が問題になっていますが、高い教育を受け、高い収入を得ている優秀な女性たちが、「夫の育児参加なんて期待できない」、「一人で頑張るしかない」と現状を受け入れてしまっている。でも明らかにこの状況がおかしいんですから、我慢する必要なんてないと思います。

出口:これらの問題の多くは、本人とその周囲の人たちのリテラシーを上げることで解決すると僕は思っているんです。科学的・合理的に「当たり前」のことを勉強すれば、今の日本社会の「常識」がおかしいことはすぐに分かるはずですから。

「長時間労働」が生産性を上げ、イノベーションを産んだデータは存在しない

――親や上司など身近な人に古い常識を押しつけられ、不要な苦労を強いられている女性たちもいますよね。

治部:哲学者のコント=スポンヴィルが、「道徳的な人と道徳を語る人は違う」と指摘しています。つまり“道徳的な人”は、自ら道徳を実践する。でも“道徳を語る人”は、自分では何もしないで、自分の主張を他人に押しつけるだけです。どうしても道徳を語っている人の声の方が目立つし、あたかもそれが正しく見えるけれど、実は間違っていることが多いですね。

出口治明

出口:人はそれぞれ価値観が異なるのだから、1つの考え方を押し付けられることほど嫌なことはない。しかも、価値観を押し付けるのみならず、押し付けられる価値観のほとんどすべてが、根拠なき精神論ですから、二重の意味で害悪そのものです。例えば僕が講演会で「長時間労働は百害あって一利なし」と話すと、50代、60代のおじさんたちから「自分は若い頃、徹夜続きで働いてきた。その覚悟で仕事をしないと、仕事を覚えないし成長もしないのでは?」という質問が必ず出てきます。僕もいつも同じ答えを返します。「きっと僕が読んでいる文献が偏っているのでしょう。若いときの長時間労働が生産性を上げたとか、イノベーションを産んだというデータや論文があれば、ぜひ送ってください。読んで意見を変えますから」と。もちろん、これまで一度も送られてきたことはありません。そんなデータは存在しないのですから。

治部:私は会社員時代、子育て中の女性上司の下で働いていたことがありました。その上司は、悩みごとを相談すると、すぐにランチの時間を取ってくれるんです。すぐに話を聞いてくれて、すぐに手を打ってくれたのが、とてもありがたかったですね。時間に制約のある人は意思決定も対応も早い。もちろん「飲みにケーション」なんて無駄なこともしないし(笑)、組織全体がうまく回っていました。

出口:社会を機能的に切り分けるか、ごちゃごちゃのものを全て包み込むかというのは、近代社会が直面する大きなテーマです。結論は出ていないのですが、僕は断然、ごちゃごちゃしている方が好きですね。赤ちゃんもお年寄りもいて、生命が生まれて死があって。そんなふうに雑多な社会の方がきっと楽しいし、多様な人がいてこそ社会全体の生産性も上がるのではないでしょうか。会社単位で見ても同じことが言えるはずです。

「とりあえず3年」なんて考える必要なし。ダメ会社にはさっさと見切りをつけていい

――理不尽な「常識」を押し付けられて生きづらさを感じたとき、私たち一人一人が取るべきアクションとは何でしょうか。

出口治明 治部れんげ

出口:さきほど治部さんも言われていましたが、「我慢しない」ことですね。我慢することは何の美徳でもないですし、現在の環境を何でも受け入れようとしなくてもいいと思います。仕事と子育ての両立問題に限らずですが、「今の職場じゃダメだな」と思ったらどんどん転職すればいい。人材が流動し、次の時代の日本を支える新しい産業に優秀な人が集まらないと、この国の未来はありませんしね。

――入社した会社をすぐに転職してしまうことを「逃げ」だと感じてしまう人も少なくないかもしれません。「とりあえず1社で3年働いた方がいい」ということも言われます。

出口:どのくらいの期間で何を経験し、学べるかは人それぞれ。意味のない数字に縛られて我慢するより、「今だ」と思ったときに新しい世界に飛び出し、チャレンジすべきです。しかも、今は若者に有利な時代。引退しつつある団塊世代の200数十万人に対して、新社会人は100万人ちょっとしかいませんから、中長期的に売り手市場であることは間違いありません。つまり、仕事はいくらでもあるのです。

治部:転職する・しないはともかくとして、まずは転職サイトに登録してキャリア査定をしてもらうことをオススメします。きちんと働いてスキルをつけてきた人には、思いがけない仕事で給料の上がる転職先があるかもしれません。それを確認するだけでも自信がつきますし、会社に対しても堂々と言うべきことを言えるはずです。その上で話が通じなかったら、ぱっと見切りをつけて転職すればいい。逆に、今よりも給料が下がる転職しかできないと分かったら、もう少し今の会社で頑張ってみようと思えるかもしれませんしね。客観的な評価をもらって冷静に考えてみましょう。

出口:男性でも女性でも、これからの時代に長く働いていくためには、仕事ができる人になることが大切です。上司と相性が悪くても、仕事ができる人であれば職場は手放さない。そのためにも、自分の個性や得意なところを徹底的に伸ばしていきましょう。

治部:自分を鍛えるためには、厳しいことを言ってくれる人を側に置くということを意識するのも重要。学生時代の友達でも、配偶者でも、兄弟でも、自分の甘さを指摘してくれるメンターを複数確保できるといいですね。自分のことを客観視していられるように。

出口:メンター(ロールモデル)をたくさん持ち、一つの価値観に縛られず、もっと広い世界に目を向けてみることが大切です。当たり前のことを正しく知れば、理不尽な「常識」から自由になって、皆がもっと生きやすい社会がきっと生まれてくると思いますよ。

出口治明

取材・文/瀬戸友子 撮影/洞澤佐智子(CROSSOVER)

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