「社員想いですね」僕は頑なに否定し続ける【サイボウズ青野社長×カルビー松本会長/働き方改革対談:前編】

「働き方改革」というと、残業削減など労働時間の短縮をイメージする人が多いかもしれない。しかし、企業が今、本気で働き方改革に取り組む理由は、「社員に楽をさせたいから」ではない。国内企業の「働き方改革」をリードするさまざまな取り組みを実践してきたカルビー・松本晃会長と、サイボウズ・青野慶久社長に、その真意を聞いた。

オペラ座 舞台裏

【写真左】サイボウズ株式会社 
代表取締役社長
青野慶久氏

1971年、愛媛県生まれ。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現、パナソニック)を経て、97年サイボウズを設立。2005年4月代表取締役社長に就任し、ワークスタイル変革を推進してきた。上場企業初のイクメン社長としても知られる
【写真右】カルビー株式会社 
代表取締役会長 兼 CEO 
松本 晃氏

1972年、伊藤忠商事に入社。同社子会社の取締役営業本部長を経て、93年にジョンソン・エンド・ジョンソンメディカル(現、ジョンソン・エンド・ジョンソン)に入社。代表取締役社長、最高顧問を歴任後、カルビーの代表取締役会長兼CEOに就任

――今、世間では「働き方改革」についてさまざまな議論が交わされています。一方で、その本質とは何かということが広く一般に理解されていないように見えます。私たちは、「働き方改革」をどう捉えるべきなのでしょうか?

松本 まずはなぜ企業が今本気でそれに取り組むことが求められているのか、バックグラウンドを知ることが大切なのではないかと思います。

青野 現状では「働き方改革」というワードばかりが先行しているような印象がありますね。本質を理解せず物事を進めようとすると、結局見せかけだけの空疎な施策になってしまうことがよくあります。松本会長は、昨今の「働き方改革」にはどんな背景があるとお考えですか?

松本 最も大きいのは、日本の労働スタイルの変化です。そもそも働き方というものは時代によって変わるもの。今、議論の対象となっている働き方も、戦後から90年代までの間に構築されたものです。当時の日本の産業は、いわゆる規格大量生産が中心。従って、労働社会は工場の製造ラインを軸に考えられてきました。そのため、工場が稼働する9時から17時に合わせて、その他のオフィスワーカーも働いていた。しかし、90年代以降、日本の産業構造は変わり、いまや工場は機械化・無人化が進んでいます。

青野 すると、工場の稼働時間に合わせて人が働く必要もなくなるわけですよね。しかし、多くの企業は相変わらず昔の労働スタイルに引っ張られたままです。

松本晃

松本 それが問題です。日本では大半の企業が今も就業時間というものを取り入れていますが、果たしてなぜそれが必要なのか、論理的に説明できる人は多くない。今の時代、決まった時間に皆が会社に集まって働く必要なんてありません。単に会社に来たというだけで、働いた気分になっているようではいけない。働き方を論じるためには、慣習をうのみにするのではなく、なぜそれが必要なのか疑問を持つ姿勢が重要です。

青野 当社では、2005年頃から本格的に働き方改革を始めたのですが、その時も「誰かが決めた画一的な働き方で皆が幸せになれるのか」ということが議論されました。そこで、「100人100通りの働き方」を実現させようと舵を切った。それぞれの事情やライフステージの変化に合わせて、自分に合った勤務スタイルを選べる仕組みを導入しています。

松本 とても良い取り組みですね。ただ、どうしても世の中の人はそうした取り組みに対し、上澄みの部分ばかりに目を向けてしまう。例えば当社では女性活躍を推進しており、執行役員の中には16時で退社する時短勤務の女性もいます。彼女がメディアに取り上げられると、しばしば16時で執行役員が帰るという点のみが賛美されてしまうのですが、そんなことは自慢できることでも何でもないし、むしろ当然のこと。あくまで、なぜそれをやるのか。その目的が正しく理解されないと、真の「働き方改革」とは言えません。

青野 よく分かります。サイボウズの取り組みもメディアで取り上げられ、中途入社の応募も増えたのですが、多くの方が「自由に働けそうな会社だ」という表面的なところにしか興味を持っていない印象です。私たちの発信力不足もあり、その本質のところまで、なかなか世の中に届けきれていないのでしょう。

働き方改革は経営戦略の一つ。究極の目的は利益を生むこと

――そこで改めてお伺いしたいのですが、お二人が「働き方改革」を積極推進される目的とは何なのでしょうか。

サイボウズ 青野慶久

青野 松本さんがおっしゃる通り、私たちは時代の変化に適応し、生き残っていかなければいけない。その生存戦略の一つとして「働き方改革」を重要視しているのです。サイボウズなんて、まさにその典型。「働き方改革」に着手した05年当時の離職率は年間約28%でした。つまり、4人に1人が1年後にはいないという状況。これでは採用・育成のコストがかさむだけで、極めて効率が悪い。そこで経営戦略の一環として「働き方改革」を断行しました。私たちの取り組みを見て、よく「社員想いですね」とお言葉をいただくことがあるのですが、それに関しては頑なに否定し続けています。もちろん、「働き方改革」が社員の人生のプラスになっていれば、それに越したことはありません。けれど、企業とはあくまで「ある共通の目的達成のために複数の人が集まる集団」なのです。ですから、私としては企業の目的を達成するための一手段として「働き方改革」を進めていきたい。

松本 私も同意見ですね。会社とは、道楽でも何でもない。究極の目的は利益を生むことです。それを効率的に最大化する手段が、「働き方改革」だと考えています。事実、当社では働き方を時代に合ったものに変えたことで、利益率を5年で10倍にまで高めることができました。

――「働き方改革」とは目的達成や成果を上げるための手段である、と。

松本 そうです。同時に私たちは「働く」ということはどういうことかも改めて考えていかなければいけません。先ほども言いましたが、世の中にはまだまだオフィスに出社しただけで働いた気になっている人が大勢います。けれど、果たして本当にそれは働いていると言えるでしょうか。中には、時間をかけて必死にメール処理をしている人もいる。私はそれを働いているとは思いません。なぜなら、それらはいずれも創造的ではないし、知的労働とは言えない。ロボットにでもできます。往復何時間もかけて会社にやって来てそんなことしかしていないなら、家でもカフェでも、何か会社に利益をもたらす企画を考えている方がまだましですよ。

青野 AIの浸透により、今後私たちはますます知的労働にシフトしていかなければいけないと言われていますよね。だからこそ、それに集中できるなら、働く場所や時間はどうでもいいとも思います。

松本 その人が頭を使って物を考え、成果を出してくれるなら、労働時間も場所も企業は問わなくていいはずです。かつての日本では、労働時間によって社員のロイヤリティーを測った時代がありました。けれど、そんな時代はとうの昔に終わっています。なのに、何の根拠もなく上の世代が「俺たちのやり方」を若者に押し付けるだけなんです。

――お二人が「働き方改革」を進める上で最も重要だと感じたのは?

松本 成果を出した人間がきちんと評価されるシステムをつくること。これに尽きます。野球に置き換えて考えれば単純。同じ時間練習していても、年間で2本しかホームランを打てないバッターと、年間40本ものホームランを量産するバッター。どちらがチームに貢献しているかは明らかです。両者は年俸面で明確な差をつけられることでしょう。けれど、会社は違う。社歴や年齢が上だからと言って、成果も出ていないのに、若手社員より高い給料をもらえる中年社員がざらにいる。これでは若手が「成果を上げよう」なんて気にすらなりません。

青野慶久 サイボウズ

青野 当社では、個人の給与は市場評価によって決定します。プロ野球で言うなら、あなたが他球団に引き抜かれたとして、いくらの年俸が支払われるか。その金額が基準となるのです。つまり、他球団から声が掛からないような人材は、自然と給与も下がっていく。だからこそ、一人一人が自分の市場価値を高めるにはどうすればいいか、日々考えて実行していかなければいけません。

松本
 そもそも、日本の新卒採用は特殊です。海外を見渡してみても、4月1日に大量の新卒学生が一度に入社するという光景は見られない。しかも、そこで入社する学生は皆、一律の給与基準と決められている。世界的に見ても異常なことです。

青野 私もそこに納得感が全くありませんでした。ですから、当社では新卒であっても入社の段階で給与はバラバラにしています。各自の持っている経験・能力に応じて給与を決めるので、同期入社でも年収で100万円近い差が出ることもある。

松本 それが自然だと思いますよ。また野球の例えになりますが、高卒でプロ入りする選手の中には1億の年俸をもらう人もいれば、3000万の人もいますからね。

青野 成果によってちゃんと給与が変動すれば、仕事への覚悟も生まれるし、モチベーションにもなりますよね。もちろんチャレンジしないタイプの人にとってはリスクになる可能性もあるけれど、やる気のある人にはチャンスがどんどん開かれる。そういう時代にしていかないと、この国はグローバル競争が激化する社会で生き残っていけないでしょう。

松本 「カルビーに入ったから一生安泰だ」なんて言っている人はいりません。今、そういう社員がうちにいるとしたら「どうぞお辞めください」と言いたい。失敗したらクビになるかもしれない。それでも挑戦したい。そういう人が、これからの会社、ひいては国や社会を引っ張っていくんだと思います。


>>後編へ続く

取材・文/横川良明  撮影/竹井俊晴


【働き方改革スペシャル対談】
・「社員想いですね」僕は頑なに否定し続ける【サイボウズ青野社長×カルビー松本会長】働き方改革対談:前編
・「カルビーに入ったら一生安泰」そんな社員はどうぞお辞めください【カルビー松本会長×サイボウズ青野社長/働き方改革対談:後編】