結婚で姓を変えるのは96%女性って変じゃない? サイボウズ青野社長が「選択的夫婦別姓」を目指す超シンプルな理由
日本では結婚した男女のうち、女性が姓を変えるケースが96%にものぼる。内心「いやだな」「不便だな」と感じながら、「まあ仕方ないか」とひっそりと諦め、名前を変えた女性もいるはずだ。中には姓が変わることを理由に、結婚をためらっている女性もいるかもしれない。
「結婚したら姓を変えるのが当たり前」な状況に一石を投じたのが、サイボウズ株式会社代表取締役社長の青野慶久さんだ。選択的夫婦別姓の実現に向けて、国を相手に訴訟を起こした。
実は「青野」は旧姓で、戸籍上の姓は「西端」だ。今回このような訴訟を起こした背景には、「多様な個性を尊重する社会をつくりたい」という青野さんの強い想いがある。
「好きなもの食べてね」っていうように「好きな姓を選んでね」って言いたい
青野さんは結婚後、戸籍上の姓を変えたことで銀行口座や免許証といった書類の名義変更を行った。
「まさかこんなにたくさんの苦労があるとは思っていなかったからびっくりしました。旧姓を通称として不具合なく使えるのかと思ったらいろいろな所にトラップがある。
これまでは女性が働くことがそんなに一般的ではなかったからマイナスの意見は目立たなかったと思うんですが、とはいえ共働きが多くなって20年ぐらい経つわけですよ。あまりにも遅いですよね」
「ネットだと圧倒的に賛成派が多い」と青野さん。反対意見もあるが、反対派は匿名で意見してくることがほとんどだという。
「Twitterで僕のツイートを『応援します』ってリツイートしてくれる有名人の方がいる一方、反対派の人は全く無反応なんですよ。雲行きが怪しいと思っているんですかね」
一方で同姓を望む女性からは「別姓の議論は自分を否定されている気がして居心地が悪い」という声が届くことも。だがポイントは“選択的”夫婦別姓であることだ。
「『同姓を希望する人は同姓を選択すべき』というのがポイントです。姓なんてくじ引きみたいなものじゃないですか。もっとかっこいい姓がよかったと思うなら、結婚を機に変えたらいいと思うんですよ」
「別姓を押し付ける気はない」と青野さんは続ける。
「ラーメン派の人に『なんでチャーハン食べないんだ!』って言っても、『だってラーメンが好きなんだもん』っていう話じゃないですか。無理矢理チャーハンを押し付けたら、ラーメン派の人はつらいわけです。だったら『好きなものを食べてね』でいい。それはお互いが幸せな選択ができる提案だと思うんですよね」
離婚後は「夫の姓を名乗る」ことを選べる。なぜ結婚する時は姓を選べないのか
現在の法律では、結婚と離婚に際しての姓の選択は次のようになっている。
・日本人同士が結婚した場合→片方が姓を変える
・日本人同士が離婚した場合→届出をすれば離婚前の名字を名乗れる
・日本人と外国人が結婚した場合→夫婦別姓が選べる
・日本人と外国人が離婚した場合→離婚前の名字を名乗ることも、戻すこともできる
つまり、“日本人同士が結婚した場合のみ”姓を選ぶことができない。
「離婚した時に名字が選べるのであれば、結婚する時にも選べるようにしてもシステム上の変更はほとんどないはず」と青野さん。夫婦別性の議論は女性にとっての問題とされがちだが、「これは男女の問題じゃない」と訴える。
「今回の裁判が注目されている要因の一つは、男性が声高に主張していることだと思うんですよね。『あいつはなんだ?』って注目される。それがすごく大事だと思うんですよ。
女性に対してというわけではなく、『どっちかが姓を変えなければいけないことで生活に不具合が生じる』事態をどうにかしたい。『不便なんだから直そうよ』っていう話なんです」
夫婦別姓の問題は、家制度や男女平等などの議論と一緒くたに語られがちだ。だが青野さんは「もっとシンプルな議論をしたい」と話す。
「無理やりイデオロギーの話にして問題を壮大なものにしなくていい。僕がやりたいのは、“不具合を正す”っていう超シンプルなこと。子どものころから使ってきた姓を変えることによって嫌な思いをしていたり、不便を感じている人がいるんだから、それを無くしましょうっていう意図です。
この一点に絞って議論をしたいんですよ。今回の議論は法律に一文足すだけで終わる話だし、莫大なお金を投じて国のシステムを変える必要もないものなので、非常にシンプルです。
『事実婚の不利益をなくせばいいのでは』とか『通称の使用範囲を広げたらいい』という話もいただきましたが、それだとかえって大変です」
反対派は「姓を変えた人」の苦労を知らない。違和感があるならもっと声に出そう
夫婦別姓が認められることで社会はどのように変わるのか。強制的夫婦同姓からの脱却はただ制度が変わるだけではなく「日本が次のステージに行くための試金石になる」と青野さんは言葉に力を込める。
「いろいろな人がいて、それぞれにニーズがあって、それが満たされれば幸せな社会ができる。僕はこの考え方を広げていきたい。日本は一律的であることを重んじるあまり、ニーズと合っていない人にもそれを強いてきた。
『朝9時に会社に来い』っていうのもそうですよね。特に意味もないのに、『皆そうしてるんだから』って押し付けなくていいものをいっぱい押し付けている。強制的同姓もまさにそうです。
これを選択できるようにすることが、社会の大きな転換になると思うんですよ」
自分にとって当たり前は、他人にとって当たり前ではない。日本の慣習の中で生きている私たちは、時にそれを忘れがちだ。そんな中で“当たり前”への違和感を表面化させるためには、とにかく口に出すことが肝心だ。
「不満がなければそれでいいけど、不満を感じているなら言ったらいい。僕が姓を変えたのも、妻が『変えたくない』って言ったからなんですよ。言われなければ姓を変えたくない人がいるっていう発想もなかった。
彼女は適当だから、大学生の時に授業で聞いた家制度の話を思い出して、『そういえば』って感じで言ってみたんだと思うんです。でもそこで口に出したことで世の中は少し変わったし、僕が姓を変えた経験が今回の裁判に繋がって、もう一歩変わっていく。
そんな連鎖を生むための出発点が、“言うこと”だと思います」
我慢が美徳とされがちだが、我慢をしているだけでは何も変わらない。反対意見は怖いけれど、「それは当たり前のこと」と青野さんは続ける。
「誰かを攻撃するような意見は自分も攻撃されてしまうけど、『私はこう思う』と発信したことに対して反対意見があることは当然です。
それこそが多様性ですから。僕も夫婦別姓に反対している人を攻撃するつもりはないし、『大してお金もかからないし、喜ぶ人も多い。だから同じ名前を使わせてくれ』っていうスタンスです」
裁判は2018年の春から始まる予定だ。「数年以内にはなんとか実現したい」と青野さん。夫婦別姓を希望する、私たち一般女性ができることはあるのだろうか。
「世論の形成をぜひ一緒にやっていただきたいと思っています。朝日新聞に『別姓を望む意味が分からない』という大学生の意見が載っていましたが、こういう反対派の意見の背景にあるのは発信不足だと思うんです。
『姓を変える大変さ』を実際に変えた人が気づかせてあげられていないんですよ。匿名でも構いませんから、これまでにどんな苦労があったのか、どんなコストを払う必要が生じたのか、SNSやブログでどんどん発信してほしいですね。
その意見の一つ一つが世論をつくって、世の中を変えていくはずです」
取材・文/天野夏海 撮影/赤松洋太