須賀健太「作品づくりに対し、クリエイティブになれた」――演劇「ハイキュー!!」がくれた俳優としての進化

NO残業デーは劇場で“非日常”な体験を。
ふらり~女の夕べ

プレミアムフライデーに、NO残業デー。働き方改革が進み、プライベートタイムは増えたけど、一体その時間に何をする……? 会社を追われ、行き場をなくし街を彷徨うふらり~女たちへ、演劇コンシェルジュ横川良明がいま旬の演目をご紹介します。奥深き、演劇の世界に一歩足を踏み入れてみませんか?

横川良明

演劇ライター・演劇コンシェルジュ 横川良明
1983年生まれ。関西大学社会学部卒業。ダメ営業マンを経て、2011年、フリーライターに転身。取材対象は上場企業の会長からごく普通の会社員、小劇場の俳優にYouTuberまで多種多彩。年間観劇数はおよそ120本。『ゲキオシ!』編集長


仕事人生を振り返れば、必ずターニングポイントになる瞬間がある。23歳にして20年(!)の芸歴を誇る俳優・須賀健太さんにとって、その長いキャリアの中でこの作品は間違いなく大きなターニングポイントのひとつだと思う。

「特別、という意味ではそうですね。こんなに自分の信念を持って、長い間、作品に関わることはあまりなかったので」

想い出をそっとなぞるように、須賀さんは言葉を噛みしめる。その特別な作品とは、ハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」のこと。原作は、古舘春一氏による大人気コミックス。高校バレーを題材とした、スポーツ漫画の王道をいくストーリーは老若男女を問わず共感を呼び、シリーズ累計発行部数3000万部超のメガヒットを記録している。

初演が上演されたのは2015年11月。須賀さん自らファンと公言する主人公・日向翔陽役を演じ、全公演完売。翌年春に早くも再演が決定するなど、絶大な反響を呼んだ。

あれから3年。再演含むシリーズ5公演で、須賀さんは日向翔陽を演じ続けてきた。そして、10月20日(土)に初日を迎えるハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」”最強の場所(チーム)”をもって、須賀さん含む烏野高校キャストが“卒業”を迎える。

須賀健太

須賀健太(すが・けんた)
1994年10月19日生まれ。東京都出身。98年、子役デビュー。02年、ドラマ『人にやさしく』(フジテレビ系)で注目を集め、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』で国民的子役の一人に。以降、数々の映像・舞台作品に出演。近作に映画『ちょっとまって野球部!』『サイモン&タダタカシ』『パーフェクトワールド 君といる奇跡』やドラマ『隣の家族は青く見える』(フジテレビ系)などがある

日向が、そこで生きている。原作ファンも歓喜の演劇「ハイキュー!!」の世界

「なんか不思議な感覚ですね。台本をもらって、これで演劇「ハイキュー!!」をやるのは最後かって実感が湧いてきている面もあり。かと言って最後の瞬間を迎えたときに自分がどういう状況になっているのかまったくわからないですし」

3年も続いた出演作にひと区切りをつけるとなれば、本人だけでなく、周りも、ファンの声も熱が高まるのは自然なこと。そんな期待の中で、須賀さんは努めて冷静に心境を語る。

「演劇「ハイキュー!!」に関して言えば、ただ役者として参加している感じじゃないんです。むしろクリエイターのひとりというか、“作品をつくってきた”っていう感覚がすごくあって。だからこそ、作品に対する思い入れも自然と強くなりますね」

この言葉に、演劇「ハイキュー!!」の真髄がある。通常、漫画の場合、描かれるのはコマの中だけ。コマの外にいる登場人物が、その場面で何をしているのか、どんな表情をしているのかは、読者が想像を膨らませるしかない。しかし、常に観客の視線に晒される舞台は別だ。たとえ自分の台詞がないときでも、舞台上に立っていれば、観客の視界に入る。だから演者は舞台上にいる限り一瞬の切れ目もなく役に命を注ぎ続けなければいけない。

この、いわゆる“コマの外の演技”が演劇「ハイキュー!!」は絶妙だ。舞台の隅々まで埋め尽くす俳優たちが、たとえスポットが当たっていない瞬間も、個性豊かに躍動する。日向が、みんなが、生きている。その感動に、歓喜の声を上げる原作ファンも多い。

須賀健太

「よく『目が足らない!』と言っていただけるんですけど、そこは(演出の)ウォーリー(木下)さんも意識されているところで。演劇もバレーボールもひとりでは成り立たない。すごく集団的な要素が強いと思っていて。そこをしっかりと見せるために、極力『(舞台に出ている)人を減らさない』という演出をとっているんです」

だが、総勢30名以上にもなる出演者が舞台上で一気にそれぞれの演技をすれば、当然、視点も散漫になる。その統制には工夫が必要だ。

「そこを綺麗にするというのは、僕が常に意識しているところです。人が多いからこそ、観ている人が本筋を見失わないように気を付けなくちゃいけない。キャラクターとして目を引くことは大事なんですけど、今何を見せたいのかも大切にしようねって。いつもキャストのみんなに声をかけています」

そんな座長としての信念に、“作品をつくってきた”という言葉に込めたものが垣間見えた。

どんなに辛いとわかっていても、カッコいいと思える方を選びたい

見せ場となる試合シーンは、イノベーティブな映像技術に加え、若き俳優たちのアクロバティックな身体パフォーマンスによって表現される。本物のバレーボールの動きをそのままトレースするわけではない。にもかかわらず、違和感なくバレーに見えてくるから驚きだ。

「ただバレーボールを見せるだけだったら、実際にバレーの試合を見た方が圧倒的に面白いと思うんです。せっかく演劇でやるんなら、わかりやすくもあり、パッと見ですごいなと思ってもらえるような、何か象徴的な見せ方をしたいなって。そうみんなで繰り返しチャレンジしてきた結果が、今の形。ウォーリーさんはずっと『新しいスポーツだ』って言ってます」

須賀健太

目を見張るような高いジャンプ。胸躍るエキサイティングなダンス。見ているだけでワクワクするようなパフォーマンスの数々で、観客に試合の興奮と臨場感を伝えてくれる。

「もう1ステージ終わったあとはヤバいですよ。1日2ステージあるときは、昼公演が終わったらすぐに酸素カプセルに入って、身体のメンテナンスをして、メイクを直したら本番という感じ。公演期間中は何を食べても太らない。ゴハンに関しては何でも食べられます。勝手にダイエットしているみたいで、そこはいいんですけど(笑)」

と冗談まじりにおどけるが、あのアスリート級の運動量を思えば誇張でないのがよくわかる。しかもこれらは、演出家からの演出もあるが、俳優自らがアイデアを出し、つくり上げていくことも多いと言う。

「稽古中は、場面場面でやるから体力的にも余裕があるし、これカッコいいからやろうって思いついたことはどんどん入れていくんですけど。いざ通しでつないでみたときに運動量がとんでもないことになってて。『なんで俺、これやるって言っちゃったんだろう…』って後悔するのが、“演劇「ハイキュー!!」あるある”です(笑)」

須賀健太

だが、たとえどんなにキツくても須賀さんは絶対に楽な道は選ばない。自らの身体をいじめ抜くように、常に全力だ。

「後々弱音を吐くことがわかっていたとしても、やっぱり自分にできるベストを選びたい。結局僕らが行き着くのは、どれが一番カッコいいか、どれが一番伝わるか、なんです。そう考えたら、やっぱり手は抜けないなって。辛くてもカッコいい方を選ぶっていうことは、演劇「ハイキュー!!」で大切にしていることのひとつです」

何かを変えたいという想いがある人は、烏野に共感してもらえると思う

働く女性の中には、観劇に馴染みのない人も多い。だが、仕事を頑張る女性ほど、きっと心を打つものがあると須賀さんは熱弁する。

「たぶん泣いちゃうんじゃないかなと思います。何かに打ち込んでいる人ほどわかるものが絶対にある。日向たちが打ち込んでいるのはバレーボールだけど、その熱はきっと仕事に置き換えることもできると思うし、理解してもらえるんじゃないかな、と」

だが、演劇「ハイキュー!!」に共感するのは、頑張っている人だけではない。何か夢中になるものを見つけられず、自分の生き方を模索中の人が観ても、心に響くものがあると言う。

須賀健太

「この作品に出てくる人は完璧な人ばかりじゃない。みんな模索中です。特に僕たち烏野高校のメンバーは、もっと強くなるためにどうすればいいかもがいている人たちばっかり。だから、今の自分の置かれている環境に満足していなかったり、何か変えたいという想いがある人は、烏野に共感してもらえるんじゃないかと思います」

そうメッセージを送った上で、ふと思いついたように、「でも」と須賀さんは言葉を止めた。

「何かを持って帰ってもらうことも大切ですけど、『楽しかった!』とか『カッコ良かった!』とか、それだけでも十分素敵なことだなと思っていて。『よくわからなかったけどすごいものを観た!』でも全然いい。そういうことだけでも持って帰ってもらって、明日のエネルギーになったら嬉しいですね」

役者だけではなく、クリエイターとして。3年間で芽生えた意識の変化

台詞がない場面での細かい演技も、血湧き肉躍るパフォーマンスの数々も、自分たちでアイデアを出し、ディスカッションを積み重ねて、つくり上げてきた。受け身ではない、主体的に作品づくりに参加する楽しさを学んだ演劇「ハイキュー!!」との3年間を通じて、須賀さんが最も変わった部分はどこだろうか。

「クリエイティブであること、かな」

少し考えて、須賀さんはそう切り出した。

「もちろん役としてどうあるかということはずっと変わらず大切にしていることなんですけど、それにプラスアルファして、座組みのこととか作品全体のことを見渡せるようになったことが、一番の変化。それはやっぱり役者としてだけじゃなく、クリエイターとしての意識を持って、この作品に関わってきたからだと思います」

須賀健太

以来、他の作品でも、俳優の意見が求められる現場においては、積極的に考えを発信できるようになったと言う。そんな得がたい成長を与えてくれた場と、須賀さんはついに別れを告げる。

「今、すごくフワフワしていて。やっぱり最後だし納得して終わりたいって思っている部分は確かにありますね。最後だからどうこうっていうのは僕たちの事情であって、お客さまには関係のないこと。だから本当言うとあまり意識するのは良くないことなんですけど、やっぱり考えざるを得ない部分もあって。最後はつまずきたくないというか、こういうことをしとけば良かったなっていう心残りが極力ないようにしたいなっていうのはありますね」

そう控えめに決意を述べた。もちろん須賀さんの俳優人生はこれからも続く。今後もたくさんの作品で魅了してくれるに違いないが、ひとまず黒とオレンジのユニフォーム姿は、これで見納めだ。

誰かが見ている。そう思えることで、楽しむ気持ちが生まれてくる

日本中に愛されたあの屈託のない笑顔はそのままに、すっかり大人の俳優に成長した須賀さん。またひとつターニングポイントを曲がろうとしている今、どんなことを大切にして仕事に取り組んでいるのだろう。最後に、そんな話を聞いてみた。

「楽しむっていうことかな。楽しむって、すごく単純で簡単なようで、ものすごく大変なこと。俳優の仕事は、作品ごとにキャストもスタッフも変わるし、空気感も全然違う。その中で、作品ごとの魅力を見つけたり、座組みの雰囲気を掴むことは意識してやっています」

だが、常に楽しめる状況ばかりではないのが働くということ。奇しくも「ハイキュー!!」の中でも「必ず“楽しくない”時間はやってくる」というフレーズが出てくる。楽しみたくても楽しめない状況下で仕事と向き合うには、どうすればいいだろうか。

須賀健太

「僕の場合は、仕事に関しては好きという気持ちが原動力。おかげで辛い状況もどこか楽しめている。だから、そうじゃない人の立場や気持ちを100%理解して話すのは難しいんですけど」

そう気配りの一言を入れた上で、寄り添うように、ゆっくりと、須賀さんはこう話してくれた。

「“誰かが見ている”って、そう思えることが大切なのかなって。表には出にくい仕事でも、必ず評価してくれている人はいる。その評価は、必ずしも直接自分に伝わるものだけとは限らなくて。それこそ遠くどこかで過ごしている見知らぬ誰か、なのかもしれない。でも自分のやっていることはきっと誰かの何かにつながっているし、見てくれている人はちゃんといる。そんなふうにイメージできたら、楽しくない状況でも楽しむ気持ちを持てるのかなって気がします」

ハイキュー!

須賀さんも、そんなふうに見てくれている誰かの存在を力に、ここまで歩んできた。ただ上を目指して成長し続ける日向翔陽と同じように、須賀さん自身もまた進化の途上なのだ。バレーは常に上を向くスポーツ。人生も、きっとそう。須賀さんは歩みを止めることなく、ただ上だけを見つめる。楽しむ気持ちを心に秘めて。

取材・文/横川良明 撮影/岩田えり
ヘアメイク/狩野典子 スタイリング/立山 功
衣装/meagratia TEL:03-4283-2754 NOT CONVENTIONAL TEL:03-3405-7414

公演詳細
ハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」“ 最強の場所(チーム)”

ハイキュー!!

■原作
古舘春一「ハイキュー!!」(集英社「週刊少年ジャンプ」連載中)

■演出・脚本
ウォーリー木下

■音楽
和田俊輔

■振付
笹尾 功(HIDALI)

■キャスト
須賀健太/影山達也 ほか

<公演期間・劇場>
東京:2018年10月20日(土)~10月28日(日)TOKYO DOME CITY HALL
広島:2018年11月9日(金)~11月10日(土)はつかいち文化ホール さくらぴあ 大ホール
兵庫:2018年11月15日(木)~11月18日(日)あましんアルカイックホール
大阪:2018年11月23日(金・祝)~11月25日(日)梅田芸術劇場 メインホール
宮城:2018年11月30日(金)~12月2日(日)多賀城市民会館 大ホール(多賀城市文化センター内)
東京凱旋:2018年12月7日(金)~12月16日(日)日本青年館ホール

© 古舘春一/集英社・ハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」製作委員会

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