【宮﨑あおい×是枝裕和】「仕事漬けの人生も、悪くないけれど」週休2日、1日8時間労働のフランスで映画を撮って考えた、日本のエンタメ業界の働き方
『万引き家族』で第71回カンヌ国際映画祭にて最高賞にあたるパルムドールに輝いた是枝裕和監督の最新作が、いよいよ2019年10月11日に公開される。構想に8年、フランスの大女優カトリーヌ・ドヌーヴを主演に迎え、全編フランスにて撮影された是枝監督初の国際共同製作映画。そのタイトルは『真実』だ。
カトリーヌ・ドヌーヴ演じる国民的大女優、ファビエンヌが『真実』という名の自伝本を出版する。このことをきっかけに、ファビエンヌと娘・リュミエール(ジュリエット・ビノシュ)の間に隠された、ある“真実”が明らかになる家族の物語だ。吹き替え版では、娘・リュミエールの声を宮﨑あおいさんが担当する。
気ままで不遜。母親としては“完璧”とは言えない。娘からの反発を受けながらも、映画に生き、国民から愛されたファビエンヌ……。そんな彼女の生き様について聞いてみると、是枝監督と宮﨑さんが考える、ワークライフバランスや仕事論まで浮き彫りに。変化の激しい世界で長年にわたって活躍し続ける人が持つ、“求められる人のマインド”がそこにはあった。
仕事と私生活は切り分けられない?
撮影現場のワークライフバランス
――私生活など、大切なものを手放してでも、演じることに全精力を傾け、女優として生きたファビエンヌの生き方を、宮﨑さんは同じ女優としてどうご覧になりましたか?
宮﨑:何にどれだけの時間を使うかは人それぞれで、正解があるわけではありませんが、彼女の生き方は自分とは全然違うなと思いました。私自身は私生活も充実させて人生をしっかり整えてこそ、良いお仕事もできると考えているタイプで。どちらかだけになってしまうのは苦手かもしれません。
――この映画は監督の「女優とは何か」という問いから生まれたと聞いています。ファビエンヌには、どんな女優像が投影されているのでしょうか?
是枝:彼女に何か特定の女優像をあててはいません。ただ、極端な性格で、彼女はバランス良く生きられない人なんです。でも、そういうアンバランスな生き方に対する後ろめたさは、彼女の中にもあったと思います。そして、その後ろめたさがあるからこそ、余計に強がってしまう。
――ファビエンヌの場合は極端に“仕事一筋”な人生を送ってきたわけですが、ご自身はいかがですか?
是枝:僕もね、映画という「趣味」を仕事にしちゃったタイプなので、正直切り分けは難しいですよ。好きなことをやっているから、息抜きがなくても疲れとかストレスもそんなに感じていなくて。周囲の人にとっては、そういうのに付き合わされることこそ迷惑なのかもしれませんが……。
宮﨑:ふふ(笑)
是枝:でも、そういう自覚があるから、皆には「休んでいいよ」って意識的に言うんですけど、そうもいかないみたいで(笑)。僕自身はほとんど休まずにここまできちゃいました。もう、これはどうにもならない。これまで家族にはたくさん迷惑を掛けてきたし、もっと子どもといられたらなっていう気持ちはもちろんありますけどね。
宮﨑:さっき「私自身は私生活の方もちゃんと大事にしたい」というお話をしましたけど、そうはいっても、私も役者以外の人生を送っている自分ってよく分からないんです。最初にCMに出たのは4歳くらいでしたし、物心つく前からこの世界でエキストラの仕事をしていたので。だから、生活の中に仕事があるのはごく普通のこと。仕事とプライベートではっきりとした線引きもできません。でも、それが嫌だとも思いませんね。
フランスでの撮影は1日8時間、週休2日が鉄則
「日本も変わるべきだけど……」
是枝:宮﨑さんは料理の本を出版しているじゃない? あれは趣味なの? 完全に仕事?
宮﨑:趣味です。趣味から連載が始まって、それが本になったという感じです。
是枝:じゃあ、料理のこと考えているときは、良い時間を過ごせるわけだね。
宮﨑:はい、すごく。
――料理を始められたのは、意識的に「仕事以外の時間」をつくろうと思ったからだったんですか?
宮﨑:いえ、ただ好きなことを自然と仕事の合間にするようになったという感じで。それが仕事にもつながっていって、幸せだなと思いますね。
是枝:素晴らしいですね。僕はとにかく仕事人間だから、日本で言われている働き方改革とかイクメンが評価されたりすると、「申し訳ございません」としか言いようのない人生でして……(笑)。もちろん、1日8時間しか働かないとか、週2日休むとか、しっかり決まりがあるのは素晴らしいと思うんですが、だからといって自分が仕事漬けの人生を今から変えられるかっていうと、そう簡単じゃない…。
――今回、フランスでの撮影は1日8時間、週休2日という非常に規則正しいスケジュールだったそうですね。そういう環境に身を置いてみて、いかがでしたか?
是枝:それこそこういう性格だから、個人的には「もっとやりたいのに」って思っていたんですよ、特に撮影の前半の方は。ただ、スタッフの作業効率を長期的な視点で考えたら、非常によかったんですよね。皆がちゃんと睡眠時間がとれることがまずは大事でしょ? そして、この仕事をずっと続けていくことを前提に考えたら、週休2日も圧倒的に正しい。
宮﨑:今は、映画づくりの世界にも、子育てをしながら働いているママやパパたちもたくさんいますしね。そういうことを考えると、8時間勤務に週休2日がしっかり守られると、ありがたいとは思います。
ただ、「働く自由」というのもあると思うので、「もうちょっとやりたいのに」という監督の気持ちもよく分かります。原則の8時間労働をベースに、その現場ごとで臨機応変に働き方を決めていけたらというのが理想ですね。
是枝:フランスで撮影をしてみて、労働環境という面においては確実に日本よりもフランスの方が進んでいるし、日本も変わっていくべきだと思いました。まだまだ日本は労働環境も条件も、“働き方改革前”だから。特に、僕らがいるようなものづくりの世界はね。
宮﨑:そうですね。撮影となるとどうしても不規則な生活になってしまうこともありますが、無理な働き方なんかはちゃんと皆で見直していけるといいですよね。
「勘違いしない」「ずっと謙虚に」長く働き続けるための心掛け
――ここまで、「働き方」やワークライフバランスについてのお二人の考えを伺ってきました。それ以外の面で、宮﨑さんが長く仕事を続けていくために大事だと思われることは何ですか?
宮﨑:私自身が気を付けてきたのは「真っ当でいること」ですかね。女優としてというより、それこそ、仰る通り一人の人間として。
――なぜですか?
宮﨑:やっぱり、女優って特殊な職業だと思うんです。いろんな人に大事にしていただけるし、優しくしていただけるし。特に若い頃は、そういうふうに丁寧に接していただけることに対して、「私がすごいのかも」なんて勘違いしちゃいそうになることもあって。でも、それはダメだって自分に言い聞かせてきました。
あとは、「自分がいるから、周りに人がいる」んじゃなくて、「周りの人がいてくれるから、自分がここにいられる」って考えるようにしていて。ここを勘違いしてしまってはいけないなと思っているんです。
--会社員でもありそうな話ですね。若いうちは周囲からちやほやされたり、かわいがられたりもするし、仕事が多少できなくても先輩から支えてもらってどうにかなったりもする。でも、そういう周囲の助けを「当たり前」「自分の力」だと思って勘違いしていると、後で痛い目を見ることになるというか。
宮﨑:そうですね。私ももう30代になって、年齢もキャリアも重ねて「勘違い」することはなくなりましたけど、それでも「自分は何者でもない」ということを肝に命じています。
是枝:そういう考え方ができるのは、素晴らしいですよね。驕ることなく、周囲に感謝しながら働けるかってすごく大事だし、そういう宮﨑さんとだからこそ、「また一緒に仕事がしたいな」って思う。
映画の中でジャックがマッサージをしながら「少しは謙虚にならないと」って注意して、それに対してファビエンヌがすごく怒るシーンがあるんですけど、あれは一番痛いところを突かれているからカッとなるんですよね。だから、その場から逃げ去ってしまう。
「周りの人がいるからこそ、自分が今ここにいられる」ということを分かっていないのがファビエンヌの弱点。人としても、女優としてもね。映画を観ていただいて、皆さんがファビエンヌという一人の女性の生き様から何を感じてくださるのか、とても楽しみです。
取材・文/横川良明 撮影/赤松洋太 企画・編集/栗原千明(編集部)ヘアメイク/中野 明海(AIR NOTES) スタイリスト/藤井牧子
プロフィール
Information
映画『真実』10月11日(金)より全国公開
原案・監督・脚本・編集:是枝裕和
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ/ジュリエット・ビノシュ/イーサン・ホーク/リュディヴィーヌ・サニエ/クレモンティーヌ・グルニエ/マノン・クラヴェル
原題:La verite
配給:ギャガ
©️2019 3B-分福-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA
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