18 OCT/2019

菅野美穂が振り返る、無我夢中で走り続けた20代の日々「バランス重視は30代から。海外一人旅が視野を広げてくれた」

一流の仕事人には、譲れないこだわりがある!
プロフェッショナルのTheory

今をときめく彼・彼女たちの仕事は、 なぜこんなにも私たちの胸を打つんだろう――。この連載では、各界のプロとして活躍する著名人にフォーカス。 多くの人の心を掴み、時代を動かす“一流の仕事”は、どんなこだわりによって生まれているのかに迫ります

「赤い口紅っていつ似合うようになるんだろうってずっと思っていたんですけど、いつまで経っても似合わないんですよね」

インタビューの合間に、菅野美穂さんは何気なくそんなことを話し始めた。ナチュラルな語り口は、彼女が女優だということを忘れてしまうほど屈託がない。

菅野美穂

菅野美穂(かんの・みほ)
1977年8月22日生まれ。埼玉県出身。1993年、『ツインズ教師』(テレビ朝日系)の生徒役で女優デビュー。95年、NHK連続テレビ小説『走らんか!』の準主役に抜擢。96年、『イグアナの娘』(テレビ朝日系)で主人公・青島リカ役を演じ、高い評価を受ける。以降、数々の作品に出演。近作に、ドラマ『監獄のお姫さま』(TBS系)、映画『恋妻家宮本』など

1993年に女優としてデビューして以来、四半世紀にわたって、数々の作品に出演してきた菅野さん。脇目もふらずに駆け抜けてきた20代。当時、菅野さんはどんなことを感じていたのだろうか。40代になった今振り返る、20代ならではの迷いや不安、成長について話を聞いた。

ずっと持久走状態、多忙を極めた20代
「そんなに焦らなくていいよ」

引退を決意した伝説のスナイパー、ヘンリー(ウィル・スミス)の前に現れた正体不明の暗殺者。それは、23歳の自分の姿をしたクローンだった──。

ジェミニマン

最新技術を駆使し、ウィル・スミスが一人二役(ヘンリーと、そのクローン)を演じて話題を呼んでいる映画『ジェミニマン』。同作で実写吹き替えに初挑戦した菅野さんは、ヘンリーの監視役として行動を共にするDIA(アメリカ国防情報局)の潜入捜査官・ダニー(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)の声を担当している。

「ウィル・スミスさんには俳優の息子さん(ジェイデン・スミス)もいらっしゃるので、やろうと思えば20代のクローンを息子さんに演じてもらうこともできたと思うんです。それを、ウィルのモーションキャプチャーをベースにすべてデジタルでつくっているところが、この映画の面白さ。アクションも迫力があり、スリリングな展開も見どころです」

若き日の自分のクローンと対峙するヘンリー。近未来アクションエンターテイメントならではのエキサイティングな設定に、菅野さんも胸を躍らせる。

「不思議ですよね。今、20代の自分が目の前にいたら、何を話すだろう……」

少し考えてから、菅野さんは「もっと落ち着いて過ごしていいよって言いたいかな」と笑顔を見せた。

菅野美穂

「私、20代からとにかく無我夢中で突っ走ってきたんです。七転八倒しながら過ごしてきたので、そんなに焦らなくてもいいんじゃない? って20代の自分には伝えたいかな」

菅野さんの20代は、ドラマ『君の手がささやいている』(テレビ朝日)から幕を開ける。シーズン5まで製作された人気シリーズで、菅野さんは聴覚障害を持つヒロインを繊細に演じ、若手演技派女優の地位を確立した。

「当時はずっと持久走状態。次から次に新しい現場に呼んでいただいて、忙しくて、もう目がまわっていましたね(笑)。睡眠はほとんど移動の車の中でとっていました」

21歳でドラマ『恋の奇跡』(テレビ朝日)に出演。主人公を不幸のどん底に突き落とす悪女を演じ、それまでの清純派のイメージを大きく覆した。

「20代後半になって主演の仕事が多くなってくると、どうしても役柄がある程度固定化されるところがありました。特に主演になると、いろいろな番宣や取材に読ん呼んでいただく機会も増えますし、責任も大きいので、つつがなく終えることで精一杯。

そういう意味では、20代前半はすごく自由でした。さまざまな役に挑戦させていただいて、演じる楽しさや喜びに夢中になれた時期。良い演技をすることだけに集中できたのが、この時の特権だったかもしれません」

菅野美穂

とにかく自分のことだけを考えて、目の前のことに全力を尽くせる。女優も会社員も変わらない、“ルーキー”と呼ばれる時代の一番の強みだ。

「とにかく突っ走って来た」という20代。がむしゃらな時期を経て、菅野さんの心境にも少しずつ変化が生まれてくる。

一つ仕事が終わったら、海外に一人旅。
30代はメリハリをつけて働く・休む

「20代半ばぐらいからかな。何か一つ大きな仕事を終えたら、旅に出るようになりました」

無類の旅好きとしても有名な菅野さん。一時期は、オフになると、必ず充電期間を設け、海外へ一人旅に出掛けていた。

「ずっと仕事ばっかりしてきたから、『自分の視野は狭くなっていないか』と不安を感じるようになったんです。でも、旅に出ればいろいろな価値観の人と出会えるし、自分の考えもクリアになる。結果、仕事にも良い影響がありました」

いろいろな考え方をする人がいるのが当たり前。旅を通してそんな考え方が自分の中に馴染んだからこそ、撮影現場でも、臆せず自分の意見をぶつけられるようになったという。

菅野美穂

「気になることがあれば、『まずは言ってみよう。もしかしたら面白いかもしれないし』ってマインドになれたんです。そこで意見がぶつかっても、そんなに気にしない。どっしり構えて、大らかにコミュニケーションができるようになったのは、旅に出るようになったおかげだと思います」

リフレッシュ期間を意識的につくること。それが、常に第一線を走り続けてきた菅野美穂さんの、心を枯らさないためのマイルール。30代を迎えてからは、よりいっそう、ライフワークバランスを考え始めるようになったそうだ。

「30代になると体力も落ちてきて、20代の頃のようにノンストップで走り続けるのは難しくなりました。いただいた仕事を精一杯やりたい気持ちは変わらないけど、『20代のまま』でいられないのは確か。だから、集中して仕事をする時期と休む時期のメリハリをより明確にするようになりましたね」

思い切り仕事に打ち込めるのは20代の特権

今、菅野さんは42歳。キャリアも20年以上となり、女優として不動の地位を築いているが、時々不安になるのは「慣れで仕事をしていないか」ということだという。

「自分の中にある程度の結果のイメージが見えて成功パターンができてきて、無難なことしかできなくなっているんじゃないかって悩むことはありますね。引き出しも増えてないんじゃないかって思ったり」

菅野美穂

キャリアを重ねれば重ねるほど、自分の成長実感を得にくくなるのは会社員だって同じ。停滞感を打ち破るには、いつだって「新しいチャレンジ」が必要だ。

「そういう意味では、今回の実写吹き替えのお仕事が、自分の新しい扉を開いてくれました。普段のお芝居では息遣いとか体とかいろんなものを利用しながら、感情を表現します。でも吹き替えでは、そのどちらも使えない。純粋に声だけで気持ちを伝えなくちゃいけないんです。

そうやって手足を縛られることで、いかに自分がこれまで声の表現をおろそかにしていたか気付きました。自分にできないことがまだまだあるということ、基礎を磨くことの重要性、どちらも改めて痛感しましたね」

菅野美穂

プロとして確固たる経験値を積み上げた今も、初めて取り組む仕事をこんなふうに伸びやかに楽しめる。その瑞々しい感性こそが、菅野美穂さんという人間の魅力なのではないだろうか。

最後に、菅野さんはにっこり微笑み20代の読者にこんなメッセージをくれた。

「30代になると、ちょっぴり人生が複雑になってきて、『仕事だけに打ち込む』っていうことが難しくなります。そう考えると、長い人生の中で全身全霊で仕事にぶち当たっていける時期って20代だけかもしれません。20代で何を経験し、学び、積み上げられるのか。それが30代以降、あなたが進むべき道へとつながっています。

今やっている仕事に何の意味があるのかって悩んでいる人がいるとしたら、こう言いたい。『わずか1ミリでもいいから、努力を積み重ねて』と。たった1ミリでも、日々やるかやらないかでは大違い。

未来の自分をつくるのは、今の自分の頑張り以外にありません。1ミリずつでいい。迷っていても、とにかく目の前のことに一生懸命取り組み続けること。そうすれば、後悔のない30代を迎えられると思いますよ」

菅野美穂

取材・文/横川良明 撮影/赤松洋太 企画・編集/栗原千明(編集部)

Information

映画『ジェミニマン』
公開日:2019年10月25日(金)
監督:アン・リー
製作:ジェリー・ブラッカイマー
出演:ウィル・スミス、メアリー・エリザベス・ウィンステッド、クライブ・オーウェン、ベネディクト・ウォン
配給:東和ピクチャーズ
©2019 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

【ストーリー】
ウィル・スミス演じる史上最強のスナイパー:ヘンリーは、政府に依頼されたミッションを遂行中、何者かに襲撃される。自分の動きを全て把握し、神出鬼没で絶対に殺せない最強のターゲットをヘンリーは追い詰めるが、襲撃者の正体が秘密裏に作られた“若い自分自身”のクローンだという衝撃の事実を知り、政府を巻き込む巨大な陰謀に巻き込まれていく……。