20代の自分が『サプリ』を読んだらきっと怒り出すと思う【今月のAnother Action Starter vol.5漫画家・おかざき真里さん】

取材は、描かれる立場の“人”に対する礼儀。
理解しきれないことは描けない
尊敬する上司に導かれ、時には反発しながらもがいたことや、一流のプロフェッショナルたちの仕事を間近に見たこと、そして、仲間とともに過ごした日々――。そんな自身の経験を色濃く反映させた『サプリ』の連載が終わり、現在おかざきさんは、医療事務とネイルサロンの経営を両立させようとしている女性を主人公にした『&』というマンガを連載している。
おかざきさんにとって格好の逃げ場だったマンガの仕事だが、『&』の連載に際しては、初めてヘビーな気持ちを抱いた。
「医療現場を描くにあたり、医者の過労などの実態を調べていくのはとても辛い作業でした。わたしは植物や動物のモチーフをよく描くのでふわっとした表現になりがち。その分、読者さんにリアリティを持ってもらうためには、調査や取材も欠かせないんです。わたしは、自分が共感できないものに関しては描けません。だから、取材では、たとえば医療事務の人がどんな気持ちで受付に座っているのかなど、本人と話さないと知り得ないことをたくさん聞きます。ハードデータや知識は文献等で拾えますから。取材は、描かれる立場の”人”に対する礼儀であると考えています」
もしかしたら、他の誰かに代理で話を聞いてきてもらい、必要な写真を撮ってきてもらえば事足りるのかもしれない。けれど「実感できないことや腑に落ちないことは描かない」というのは、おかざきさんらしい誠実さであり、こだわりだ。
こうして紡がれた物語に対し、Twitterを通じてリアルタイムに得ることができる読者の反響は、おかざきさんに自信を与えてくれる存在だという。
「描こうかどうしようか迷った挙句、あえて描かなかった部分までも感じとってくれる読者さんがいらっしゃるんです。その声を聞くと、『届く人には届くんだ』という自信を得ることができて、変にサービス過剰な表現になるのを防ぐことができます。読者さんの反応で自分が描いたものの“地固め”ができるというのは、ネット時代ならではのマンガの描き方かもしれませんね」
おかざきさんは、「気持ちのスイッチは、すべて読者さん側にある」と話す。泣きたいときや笑いたいとき、ほっこりしたいとき、ドキドキしたいとき。マンガは、その人の気持ちのスイッチを押す媒介となる。
「マンガを読むのは、泣くためかもしれないし、似たような思い出にフタをして忘れるためかもしれない。受け取り手によって目的は違います。少なくともわたしにとっては、マンガは、何かしらの気持ちのスイッチを確実に押してくれる存在なんです」
どんなに大変で忙しくても
ムダな経験は何ひとつ存在しない

若い女性たちの仕事と恋愛の心模様を表現する一方、おかざきさんは信濃毎日新聞で『ひねもす暦』という育児マンガも連載している。こちらは『サプリ』や『&』とは異なり、子どもたちのクスッと笑える日常をシンプルな線で描いている。
「このマンガが誕生したきっかけは、2人目が生まれたとき、1人目の出来事をけっこう忘れてしまっていることに気付いたから。日記を付ける習慣のないわたしですが、覚えておきたい小さなことを、親戚や自分の周囲の人向けに発信するようなスタンスで描いています」
信濃毎日新聞の担当者からは、「漫画家としての特別な日常ではなく、何もないような普通の日常を描いてほしい」と頼まれているのだとか。過去の経験を振り返ってアウトプットしていくおかざきさんにとって、現在進行形の日常をメモのように切り取っていく『ひねもす暦』は、かなり実験的な作品だという。
マンガを描いて、育児をして、その育児もマンガにして……さぞ、お忙しいのでは?と聞いてみると「そんなこともないんですけどねぇ?」と不思議そうに笑う。
「会社員、漫画家、お母さん、全部楽しいけれどさすがに3つは無理だと思ったので、マンガと育児の2つにしぼったんです。思い返してみると、高校生のころから常に“マンガと何か”をやってきたんですよね。いろんなことを同時にやるのが性に合っているのかも」
会社員生活を含め、これまでの自分自身の経験を振り返って「何ひとつムダなものは無かった」と断言するおかざきさん。
「わたしのように、逃げ道だと思っていたことがメインストリームになることもあるんです。ですから、いま、忙しかったり辛かったりしている皆さんも、できるだけいろいろなことに首を突っ込み、それらをきちんと楽しんでおけば、悪いようにはならないと思いますよ。わたしの座右の銘は『人生寄り道が一番』なんです(笑)」
逃げ道も寄り道も、回り道でさえ長い人生の1シーンにすぎない。ならば思い切って、いろいろな景色を心に刻み、楽しんでしまおう――。おかざきさんの言葉に、ポンと背中を押された気がした。
取材・文/朝倉 真弓
『Another Action Starter』の過去記事一覧はこちら
>> http://woman-type.jp/wt/feature/category/rolemodel/anotheraction/をクリック