22 JAN/2020

【三島有紀子監督】「どれだけ惚れて、死んでいけるか」他人の期待に応えるよりも“自分にとっての幸せ”を見つけてほしい

夏帆と妻夫木聡が共演する映画『Red』が2月21日に公開される。原作は直木賞作家・島本理生の同名小説。倫理を超えた衝撃的な内容で賛否両論となった話題作だ。

主人公・村主塔子(夏帆)は、誰もがうらやむ夫、かわいい娘に恵まれ、“何の問題もない生活”を過ごしていた。しかし10年ぶりに、かつて愛した男・鞍田秋彦(妻夫木聡)に再会したことをきっかけに、心と身体が少しずつ解放され、自由を取り戻していく。

そして自分の人生を歩むことを選んだ塔子は、最後にある“選択”をする――。

映画化を手掛けたのは、2017年『幼な子われらに生まれ』で第41回モントリオール世界映画祭コンペティション部門審査員特別大賞を受賞した三島有紀子監督。かつてはNHKでドキュメンタリー番組の企画・監督を手がけていたという異色の経歴の持ち主だ。

三島有紀子

映画監督
三島有紀子(みしま・ゆきこ)さん

18歳から自主映画を撮り始め、大学卒業後、NHKに入局して数多くのドキュメンタリー番組を手がける。『NHKスペシャル』『トップランナー』などの企画・監督を務めたが、劇映画を作るため、03年にNHKを退局。『刺青 匂ひ月のごとく』(09)で映画監督デビュー。劇場映画2作目『しあわせのパン』(12)では、オール北海道ロケを敢行。その他、監督作品として『繕い裁つ人』(15)、『少女』(16)、『幼な子われらに生まれ』(17)、『ビブリア古書堂の事件手帖』(18)などがある

人によって幸せの形はさまざま。しかし「塔子のように、自分が我慢すればみんなが幸せになると思っている人は、意外に多い」と語る三島監督に、自分にとっての幸せを見つける方法について聞いてみた。

「愛される」よりも「愛する」ことで、自分の人生を生きられる

塔子は世間体を気にする夫・真(間宮祥太朗)の希望で、自分の父親は音信不通であることを義両親に伏せ、海外在住と嘘をついていた。そんな塔子に、塔子の母親(余貴美子)が投げかける印象的な台詞がある。

人間さ、どれだけ惚れて、死んでいけるかじゃないの?

実はこの言葉、三島監督自身がある年上の友人から20年前、実際に投げ掛けられたものだという。

「確かに、生きていて『すごく好き』とか『心から愛している』って思えることって、そう無いなと。それは男女だけではなく、仕事に対してもです。だからこそ、そう感じたときに愛を惜しみなく育むのは大事なのかもしれないと思いました。」

三島監督はNHK職員時代に、阪神大震災直後の神戸を取材している。「今日生きていることは全然当たり前ではないと思った」と当時を振り返る。

三島有紀子

「たまたま生き残れた命。でも明日は死ぬかもしれない。その時に、果たして私は映画を撮らずに死んでいっていいのか? と。『たとえ振られたとしても、私は大好きな人のところに行って告白しなければいけない』と思って、NHKを辞めました」

“愛され系”なんて言葉に代表されるように、もしかすると日本の女性には、「愛する」よりも「愛される」ことに価値を見出す人の方が、多いかもしれない。

でも、自分の人生を生きる上で大事なのは、「自分が惚れるものを見つけられるかどうか」。三島監督はそう信じて、自分を愛してくれるかはまだ分からない、映画の道を歩み始めた。

周囲に流されることを、“自分の意思”で選び取る人たち

鞍田のいる会社で働き始めた塔子の服装は、心身ともに解放されるにつれ活動的な色に変化していく。

会社の飲み会のあと、塔子が同僚の小鷹(柄本佑)を乗せて自転車をこぐシーンでは、鮮やかなセーターが子どものようにはしゃぐ塔子の表情を引き立てていた。

「働く女性にとって、服ってとても大事ですよね。毎朝自分の意思で選び取っているものですから。その日の気持ち、もっと言うと“生き方”がそのまま出ていると言ってもいいのではないでしょうか」

物語の序盤で塔子に白い服を着せたのは、「塔子自身が本当はいろんな色を持っているのに内にしまい込んでいること、そして周囲に流される生き方を自ら選び取っていることを伝えたかったから」と三島監督は語る。

red

©2020『Red』製作委員会

「このまま人形のように他人に操られながら生きていく人生と、自分で自分の人生を『生きている』と思える人生。どちらを選ぶのかを塔子にたたきつけたかったんです。そして塔子が、初めて自分の人生を生き始めた瞬間を撮りたいと思いました」

三島監督自身も映画の世界に入る時、周囲の反対を振り切ってNHKを退職した。

もちろんすぐに映画を撮れるようになったわけではなかった。「表現したい」エネルギーが溢れる一方、実現されないことは積み重なるばかり。虚しさを感じ、落ち込むこともあったという。

しかし三島監督は、一度歩み始めた道を引き返すことはなかった。

「だって、好きなものに向かって努力しているということは、好きな人に向かって歩いていくようなもの。例え苦しくても、生きている実感がすごくあると思いません?」

幸せの基準は人それぞれ。「自分の感情は信用していい」

もしかしたらWoman type読者の中にも、幸せの尺度が「人」や「世間」になってしまっている人は多いかもしれない。自分の本音は心の奥底に押し込めて、誰かの期待に応えようと必死で生きている塔子のような女性は少なくないはずだ。

「もし、そのような状態にいる自分が『いやだ』と感じるなら、まずは、自分にとって何が快適で、何が不快なのか、書き出すなどして把握してもいいのかなと思います」

自身の過去を振り返るように、三島監督は続ける。

三島有紀子

「やってみて『これは違う』と思ったら、『じゃあどうする?』の繰り返しでいいと思います。

塔子は母子家庭で育ち、両親がいて家があってという家庭への憧れがあったのだと思いますが、もっと細かく自分の感情に立ち戻ることができていれば、違う人生を歩めていたかもしれません。

自分をきちんと見つめて選択しないと、傷つける人が増えていくとも言えますしね」

自分を抑え込み、衝突を避けるように生きてきた塔子。しかし最後には、世間とぶつからざるを得ない強い欲求が生まれてしまった。

「決して塔子が最後にする選択が正しいとは思っていません。でも、彼女の姿を通して、自分が本当に生きていると思える人生は何なのか、『Red』を観ていただいた皆さんそれぞれに考えていただけたら、うれしいなと思います」

人間観察が趣味と語る三島監督。「悩み考えながら自分の人生を生きている人は、一緒に飲んでいても楽しいんですよね」と朗らかな笑顔を見せた。

人生の幸せとは何か。そのカタチは人それぞれだからこそ、“自分にとっての幸せ”を見失ってしまうことは誰にでもある。そんな私たちに映画『Red』で三島監督は問い掛ける。

あなたは何者で、何を選び、どう生きていくのですか?」と。

取材・文/一本麻衣 企画・編集・撮影/栗原千明(編集部)ヘアメイク/市橋由莉香

作品情報

『Red』2月21日(金)全国公開
【監督】三島有紀子
【原作】島本理生『Red』(中公文庫)
【脚本】池田千尋、三島有紀子
【出演】夏帆、妻夫木聡、柄本 佑、間宮祥太朗
【配給】日活
https://redmovie.jp/