松嶋菜々子が振り返る、挫折から始まった28年の仕事人生「長く働く秘訣は、目の前のことに集中すること」
AIに仕事を奪われる――。
だから人間は、機械にとって代わられないような、自分にしかできない仕事をしよう。
今、そんなメッセージが世の中には溢れている。
だけど、「自分にしかできない仕事」なんて一体どうやって見つければいいんだろう。機械にも、他の人にもできない仕事なんて、この世にあるんだろうか。
そんな疑問に答えてくれたのが、女優の松嶋菜々子さん。

松嶋 菜々子(まつしま・ななこ)
1973年10月13日生まれ。神奈川県出身。1996年、連続テレビ小説『ひまわり』のヒロインに抜擢され、本格的に女優業を開始。以降、『GTO』、『救命病棟24時』、『魔女の条件』、『やまとなでしこ』、『利家とまつ〜加賀百万石物語〜』、『家政婦のミタ』など数多くの人気ドラマに出演。近作に映画『祈りの幕が下りる時』、『町田くんの世界』などがある
デビューしてから今年で28年。日本のトップ女優の一人として、数多くのヒット作で主演を務めてきた。
周囲の期待を一身に背負い、大きなプレッシャーの中で働き続けてきた松嶋さんが考える「自分にしかできない仕事」の見つけ方とは?
俳優の仕事も「人間がやる必要がないもの」に?
松嶋さんの最新出演作は、1月31日(金)公開の映画『AI崩壊』。
主人公で天才科学者・桐生(大沢たかお)と共に医療AIの実用化に向け研究に励みながらも、病に侵され志半ばで他界した妻の望を演じている。
時代設定は、AIが生活インフラとしてなくてはならないものとなった2030年。本作の台本に目を通した松嶋さんは、一抹の不安を抱いたと明かす。
「今は何でもデジタルでできてしまう時代。俳優の仕事もあと10年、20年のうちに『人間がやる必要はないもの』になっているかもしれない。
その時までに、私自身も働き方を大きく見直さなければいけなくなるのかな、と感じました」
例えば、昨年公開された映画『ライオン・キング』(ジョン・ファヴロー監督)は、全編フルCGの“超実写版”という新たなジャンルを確立。
超ハイクオリティーなCG技術で、実写もアニメーションも超える“全く新しい映像世界”を創り上げて話題になった。

「CGではなく人間が演じる意味は何か、その中で自分にしかできないことは何か、それはどうしたらできるのか……。そういうことについて意識するようになりました。
まだはっきりと答えは出ていないけれど、それでも大事だと思うのは、目の前にいる人から『他の誰でもなく、あなたに仕事をお願いしたい』と言ってもらえるような仕事を重ねていくことなのではないかと」
プライベートでは二児の母。「あなただからこそ、この仕事をお願いしたい」と言ってもらえるような仕事をすることの重要性は、子どもたちにも説いているという。
20代の自分に、「なりたい姿」なんてなかった
女優業を始めたのは1992年。それから松嶋さんは、プロとして着実にステップアップを続けてきた。
けれど、「もともと女優志望ではなかったんです」とデビュー当時の気持ちを明かす。
「昔から、キャリアに対して貪欲なタイプでは全然なくて。5年先にこうなっていたいとか、10年後には何がしたいとか、目標をしっかりとは考えていませんでした」
では、そんな彼女がここまで仕事を続けてこられた理由は何だったのだろうか。

「自分が将来どうなりたいかは分からなかったけれど、いただいた役に対して誠実に向き合いたいっていう気持ちはすごく強かったですね。
だから、台詞を覚えるにもただ暗記するだけじゃなくて、台本を自分なりにしっかり読み込んで、『台詞に込められた意図』を一つ一つ考えるようにしてきました」
なぜこの時に、この言葉なのか。
この台詞は一体どんな感情から生まれてくるものなのか。
納得できないときには、監督に対して質問を重ねることもあった。
「ただ台本を読み上げるだけっていうのは嫌だったんです。
『台本に書かれているから』『監督に言われたから』って、本当は自分の理解が追いついていないのに、分かったような気になって偽ることも。
それだけは絶対にしないと決めていました」
仕事の世界で“代えがきかない人”としてのポジションを確立するのは、とても難しいことのように思える。でも、松嶋さんがやってきたのは、何も特別なことじゃない。
自分の違和感に蓋をせず、目の前の仕事に妥協せず向き合ってきただけだ。
しかしそれが、「あなたに仕事をお願いしたいと言ってもらえる人になるための、着実な道だったのだと思う」と松嶋さんは話す。
“顔の見える人”たちの期待に応えたい

出演するドラマは常に高視聴率。「視聴率の女王」の名を欲しいままにしてきた松嶋さんには、20代の頃から大きな期待が寄せられてきた。
ただ、周囲からの期待は時として重いプレッシャーにも変わる。
松嶋さんはこの大きなプレッシャーに、どう立ち向かってきたのだろうか。
「私が意識してきたのは、『全員の期待に応えようとしない』ということ。
ドラマや映画を見てくださっている皆さんには、もちろん良い作品は届けたい。でも、『きっとみんなは、私にこういうことを期待しているはずだ』って勝手に妄想して、自分で自分を苦しめる行為は意味がない気がして」
松嶋さんが目指すのは、あくまで目の前にいる人に「一緒に仕事ができてよかった」と言ってもらうこと。
監督やプロデューサー、共演者、あるいは「あなたにCMに出てほしい」と依頼をくれた企業の担当者など、“顔の見える人たち”の期待にはしっかり応えようと考えてきた。
今すべきことに集中していれば十分。余計なプレッシャーに足をとられる必要はない。会社員の仕事であっても、全く同じことが言えるはずだ。
視点を変えれば、風向きも変わる
今、こうして自身の仕事に対するスタンスを迷いなく語る松嶋さんも、実は過去にいくつもの挫折を経験してきたという。
特に、「芸能界に入りたての頃はオーディションに落ち続けていた」と、意外な事実をさらりと告白する。
「いくつもオーディションを受けたんですが、全然うまくいかなくて。連続で不採用をもらうと、自分を否定されたような気になってしまい苦しかったですね。
まるで、『あなたはいらない』と言われてるようで」
この仕事に自分は向いていないのでは?
自分に能力がないのでは……?
そんなことばかり考えてしまう日々が続いた。
「でも、いつ頃だったかな。はっきりとは覚えていないんですけど、いつまでも落ち込んでいても仕方がないから、考え方を変えることにしたんです」
オーディションは相性。そう自分に言い聞かせることにした。
「相手が求めるものと自分が持っているもの、それがただ『合わなかっただけ』だって思い直したら、オーディションに落ちることが苦ではなくなってきたんですよね」
それが功をそうしたのか、風向きも変わってきた。
「考え方を変えたら、大きな仕事が一気に三つくらい決まって。
うまくいった理由は他にもあったのかもしれませんが、私の中ではマインドチェンジができたことが、とても大きな出来事だったんです」

今の松嶋さんにつながる仕事に対する姿勢は、こうした経験があったからなのかもしれない。
「ぜひあなたに」と選んでもらえることは、決して当たり前のことじゃない。
だったら、「ぜひあなたに」と選んでもらえたときには、できることを尽くしてその期待に応える。
目の前の仕事に全力を注ぐことは、決して遠回りなんかじゃない。AI社会に求められる「自分にしかできない仕事」は、地道な努力の末に見つかるものなのだろう。
取材・文/横川良明 撮影/洞澤佐智子(CROSSOVER) 企画・編集/栗原千明
作品情報
『AI崩壊』2020年1月31日(金)全国ロードショー
配給:ワーナー・ブラザース映画
出演:大沢たかお
賀来賢人 広瀬アリス/岩田剛典
髙嶋政宏 芦名 星 玉城ティナ 余 貴美子
松嶋菜々子/三浦友和
監督・脚本:入江悠(『22年目の告白―私が殺人犯ですー』)
企画・プロデューサー:北島直明
(c)2019映画「AI崩壊」製作委員会
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