苦しむ観光業界に「何ができるか」。気鋭のホテルプロデューサー・龍崎翔子がコロナ禍に問い直した“会社の存在意義”
新型コロナウイルスの影響は、依然として世界経済や企業業績に甚大な影響を及ぼしている。世界的な不況の到来。今、「会社」というものの存在意義が問われている。
この大転換期に、経営者たちは何を思っているのだろうか? 「会社」とは一体何なのか? そんな問いを、ブティックホテル『HOTEL SHE,』などのプロデュースを手掛けるホテルプロデューサー・龍崎翔子さんにぶつけてみた。
龍崎さんから、返ってきたのは「一つの大きな生命体である」という回答。その理由とは?

社員の人格の一部が重なって「会社らしさ」がつくられる
5年前に起業した時は、自分たちが「会社」だなんて自覚は全くありませんでした。
でも徐々に人が増えて、組織のカラーみたいなものが見えてくると、「社員が入れ替わると会社の雰囲気も少し変わるな」と気付いて。
会社の存在を意識すると同時に、「会社って一つの大きな生命体なのかもしれない」と思うようになりました。
メンバーは脳や脊椎、血液のように、それぞれの役割を果たしている。私は目や口として、外の世界で見てきたことや、実現したいことを伝える。私が脳であるべき気もしますが(笑)
この生き物みたいな会社を、経営者としてどう育てていくか。それが、会社の売り上げや利益、事業の成長につながってくるのだと思います。
「選択できる状況」を生み出し、人々が自分らしく生きられる社会へ
私は会社という大きな生命体を通じて「選択肢の多様性のある社会」を実現したいと思っています。
私がホテルを作り始めた頃はビジネスホテルチェーン全盛期で、どこも似たようなホテルばかりでした。ところがブティックホテルの先駆けとなった『HOTEL SHE,』を作ると、それをきっかけにユニークな宿が増え始めて。
ホテル業界全体に多様性が芽生えました。自分たちの取り組みが回り回って、選択肢が限られていたシーンが変わっていく。こうした活動を、将来的にはホテル以外の業界でもやっていきたいんです。
今構想しているのは、産後の過ごし方の選択肢づくりです。中国や台湾、韓国には「産後ケア施設」が普及していて、子どもを産んだあとに一定期間そこで暮らすことができます。
しかし日本の女性には「親に頼る」「自分で頑張る」の二択しかありません。私たちが日本に産後ケア施設を作ることによって、他のプレーヤーも参入し、自分に合った産後の過ごし方を選べる社会に変わっていったらいいなと思っています。

「選択できる状況」に私がこだわるのは、「自分らしさ」とは、選ぶことでつくられるものだからです。
自分の意思で何を選択したかが、私という存在の拠り所になる。だとしたら、選択肢が著しく制限された社会では、自分らしく生きることはできません。
日本にはまだまだ自由に選べないシーンが多々あるので、このミッションを追求する上で、業界の枠にとらわれる必要は全然ないと考えています。
ただ、業界にとらわれないとは言っても、観光業の一員である以上、業界を良い方向に動かしていきたいのも事実です。
実は長い間、「自分たちがやりたいことがたまたまホテルだっただけ」であって、観光業に属している自覚はほとんどありませんでした。しかしコロナ禍で業界全体が壊滅的な被害を受け、右往左往する人々を目の当たりにした時、考え方が変わりました。
多くの人が注目してくれているこの会社で、自分たちは業界に有意義なことをする必要があるし、それが回り回って会社のためにもなる。そう思うようになりました。
「会社の人格」と自らの価値観を照らし合わせる
コロナ禍で就活や転職活動をする皆さんは、大きな不安を抱えていると思います。私は就活をしたことがないのであくまで想像ですが、「自分と価値観が合う会社」を選ぶと、長く意味のある仕事ができるのではないでしょうか。
会社は「単なる箱」だと言う人もいますが、それは本質ではないように思います。法人とはその名の通り「人」であり、社員の人格の一部分が重なり合い、共鳴し合うことで成り立っているものです。
中で働く人がどんな意志を持ち、どんな価値観で動いているのか。それによって「会社らしさ」はつくられています。会社の人格を知り、自分と価値観が合うかどうかを真剣に考えてみてください。
私の会社では「その人が入ることによって会社の世界観が濃くなるか」を採用時に重視しています。会社を尖らせてくれる個性があって、自分たちと同じ方向を向いている。
加えて、「実現力」のある人は魅力的ですね。いつ、どういう順番で回ってくるかわからない列に並んで待つのではなく、「こっち空いてるじゃん!」とバッターボックスを見つけて立ちにいける人。
チャンスを掴む力のある人が価値観の合う会社に入ると、相乗効果でたくさんの夢を叶えられるんじゃないかと思います。

CHILLNN代表
龍崎翔子
1996年生まれ。2015年に母親とL&Gグローバルビジネスを立ち上げ、「ソーシャルホテル」をコンセプトに「petit-hotel #MELON 富良野」「HOTEL SHE, KYOTO」など、5つのホテルを手がける。2020年、ホテル予約システムのための新会社CHILLNNを本格始動。コロナ禍で自宅で過ごすのが難しい人に向けてホテルの部屋を提供する「ホテルシェルター」や「未来に泊まれる宿泊券」などの新サービスを発表した
観光の未来を考えるためのアカデミー『Tourism Academy SOMEWHERE』

龍崎さんが代表を務めるL&Gグローバルビジネスと一般社団法人 Intellectual Innovationsによる新サービス。「分野を越境し、観光の未来を創り上げる」をキーワードに、観光業界の未来を支える、人材育成のためのアカデミー。観光業界に興味のある社会人の参加も可能です。
取材・文/一本麻衣 編集/天野夏海