シングルマザーの貧困、DVから「女性の自立」を考える【辻愛沙子・ロレアル楠田倫子・ロイド監督】
シングルマザーの貧困、家庭内暴力――現代社会の大きな課題を、リアリティーと希望を持って描き切った映画が誕生した。2021年4月2日に公開された『サンドラの小さな家』だ。
映画『マンマ・ミーア!』などを手掛けた演出家のフィリダ・ロイドさんが監督を務め、家庭内暴力から逃れるため幼い娘と家を飛び出した女性が人生を再建していく様子を力強く描いている。
映画公開を記念して、3月30日に開催されたスペシャルトークショー「『サンドラの小さな家』をきっかけに考える、私たちにできること。」では、監督のフィリダ・ロイドさん(イギリスよりオンラインで参加)、日本ロレアル株式会社ヴァイスプレジデント 楠田倫子さん、株式会社arca CEO 辻愛沙子さんが登壇。
現代社会で女性が抱えるさまざまな問題について、意見を交わした。
DVを受けた女性の社会的孤立をリアルに描く
楠田:映画『サンドラの小さな家』ではアイルランドを舞台に、主人公・サンドラが家庭内暴力を受けシングルマザーとなる過程が描かれていましたが、その環境が日本とあまりに似通っていて驚きました。
日本ロレアルではシングルマザーの方への就職支援を継続的に行っていますが、女性が社会のコミュニティーから切り離され、孤立してしまうという問題は万国共通なのだと実感したのです。
ロイド:今回脚本・主演を務めたクレア・ダンさんは、シングルマザーの状況を非常に深く理解している方でした。
というのも、この作品は、クレアさんが友人から「シングルマザーになりホームレス状態に陥ってしまった」という相談を受けたことから着想を得た物語だからです。
私自身、刑務所で服役中の女性と一緒に演劇を作るワークショップを行ったことがあるのですが、DVを受けたことをきっかけに法律を犯してしまった方がとても多いと知りました。
逃れられない状況から何とか抵抗しようとしたことから、殺人などの犯罪に至ってしまった。そのようなリアルな状況を見てきましたから、映画の中でもリアルを描きたいと思ったんです。
辻:私が特に印象的だったのは、裁判所でサンドラが「なぜ家を出なかったのか? と私に聞く前に、なぜ私のことを殴ったのか? を彼に聞いてください」と言い放つシーン。本当にその通りだと、ハッとさせられました。
法律というのは、人を守るためにあるはず。それなのに、サンドラという目の前で傷ついている人を守ることができなかった。
最近では選択的夫婦別姓の問題も取り沙汰されていますが、ルールや規律というのは一体何のために存在しているのだろうか、と考えざるを得ません。
単なる“被害者”として描きたくなかった
司会:映画の中では、女性の貧困を取り巻く問題が、個人的なものではなく構造的な問題であるということが浮き彫りになっていました。
辻:日本では特に、性別役割分業が未だ根強く残っています。結婚後退職した女性の復職率は50%程度と言われているほど。
もちろん、女性が働くことも家庭に入ることも個人の自由ですが、やはり何かあったときに自分自身で生活を立て直す基盤を持っていることで救われることはあると思うんです。
サンドラの状況は他人事ではありません。パートナーがDVをするような人かそうじゃないか、経済力があるかないか、などということに関係なく、女性が自分自身の力で生活できる力を持っていることは重要なはず。
女性が働き続けられる、または職場に戻ることのできる社会構造をつくっていかなければいけないと感じます。
楠田:シングルマザーを支援する活動の中で感じるのは、参加されるシングルマザーの方々の自己評価が著しく低いということ。家庭内で問題を抱える中で失った自信を取り戻す、というのは大きな課題の一つです。
映画の中で、主人公・サンドラが生きる自信を取り戻す姿は、とても印象的でした。
ロイド:サンドラを単なる“被害者”として描かないということには、強いこだわりがありました。どんな状況でも必ず希望がある、というところを見せたかったんです。
サンドラは隣人たちに救われて共に家を造ることになりますが、彼女自身が一歩を踏み出したことによる変化がとても大きい。それを描くことで、自身の声や抱えている思いを言葉にして歩き始めることの重要さをメッセージとして伝えたかったんです。
辻:“被害者”として描かない、ということは、私が取り組んでいる広告の領域でも重要な視点だと考えます。
広告は企業からのメッセージを伝える役割を持っていますが、企業が主体となると、圧倒的に強い立場からのメッセージになってしまいがちです。「困っているあなたたちのために何かをしてあげます」と手を差し伸べる、というような。
サンドラに声を掛け、一緒に家を作る隣人たちも、もしかしたらはじめは「サンドラを助けたい」という思いだったのかもしれません。でも、最終的にはその過程で隣人たち自身が得るものも大きかったはずです。
“弱さ”は誰にでも巡り得るもの。弱者・強者という枠組みでの捉え方ではなく、それぞれが自分自身を愛することが大切だと思うのです。
ロイド:おっしゃる通り「助けることにより、自分が助けられる」ということは大いにあると思います。だからこそ、コミュニティーというのは形成されていくんじゃないかと。
コロナというパンデミックを経験して、自分自身がコミュニティの一員なのだ、と改めて感じている人は多いのではないでしょうか。
また、一人一人がこれまで以上に“より良い隣人”であろうとしているかもしれません。それはもしかしたら少し鬱陶しいことかもしれませんが、例えば顔にアザがある人を見掛けたら「どうしたの?」としつこいほどに心配するようなことも大切だと思うのです。
男女比1:1での映画製作にこだわった理由
記者:この映画は、製作スタッフの男女比を半々で作ることにこだわったそうですね。
ロイド:はい。最近ヨーロッパでは、映画製作の現場で「スタッフの男女比を半々にするように」と指定されることがよくあります。時には、こうした取り組みを行う映画に助成金が出ることも。
私自身は、演劇の場においても、数多くの女性たちと働いてきましたから、男女半々のチームで映画づくりができることは非常にうれしいことですね。
ただ、実際問題、映画製作のスタッフを男女比1:1にすることには難しい面もあります。それは、車両班や照明班、録音班など、伝統的に男性スタッフが多い分野があるからです。そもそも女性がその世界におらず、見つからないんですね。
しかしながら、私の経験上、どんな変化も「これをやってみたらどうなるんだろう?」という好奇心を持ってチャレンジすることから始まっていきます。車両班も照明班も、探せば必ず女性スタッフはいますから、最初から「不可能だ」と決めつけることはしたくありませんでした。
この映画は、女性の貧困や、DVといった厳しい題材からは想像できないほど、希望や前向きなエネルギーを感じ取ることができる作品です。
自らの手で自分の居場所を作り出していくサンドラの姿から、一歩前に進む勇気を受け取っていただければと思います。
登壇者プロフィール
フィリダ・ロイド
映画監督、英国演劇界を代表する舞台演出家。イギリス・ブリストル出身。1999 年に世界的ヒットミュージカル「マンマ・ミーア!」の演出を手がける。2008 年にはメリル・ストリープ、アマンダ・セイフライドら主演の映画版『マンマ・ミーア!』も監督し、ゴールデン・グローブ賞作品賞、英国アカデミー賞英国作品賞にノミネート。また、2011 年に監督した映画『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』では、再び主演に迎えたメリル・ストリープをアカデミー賞とゴールデン・グローブ賞の主演女優賞に導く。演劇分野では、近年手がけたシェイクスピア劇の女性版三部作で批評家から高い評価を得るほか、多数の舞台やオペラを手掛けており、ロイヤル・フィルハーモニック・ソサエティ賞も受賞している。2010 年にはドラマへの貢献が認められ、大英帝国勲章 CBE を授与された。
楠田倫子
米系消費財メーカー(ワーナー・ランバート、現ファイザー)などを経て 1999年に日本ロレアル株式会社入社。『シュウ ウエムラ』、『ヘレナ・ルビンスタイン』などロレアルグループ内のブランドの事業部長職を歴任。2015 年にアクティブ コスメティックス事業部事業部長に就任し、2020 年1月より現職
辻愛沙子
社会派クリエイティブを掲げ、「思想と社会性のある事業作り」と「世界観にこだわる作品作り」の二つを軸として、広告から商品プロデュースまで領域を問わず手掛ける越境クリエイター。リアルイベント、商品企画、ブランドプロデュースまで、幅広いジャンルで手掛ける。2019 年春、女性のエンパワメントやヘルスケアをテーマとした『Ladyknows』プロジェクトを発足。2019 年秋より報道番組『news zero』で水曜パートナーとしてレギュラー出演している。
作品情報
『サンドラの小さな家』全国順次公開中
監督:フィリダ・ロイド『マンマ・ミーア!』、『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』
共同脚本:クレア・ダン、マルコム・キャンベル『リチャードの秘密』
出演:クレア・ダン、ハリエット・ウォルター『つぐない』、コンリース・ヒル『ゲーム・オブ・スローンズ』
2020年/アイルランド・イギリス/英語/97min/スコープ/カラー/5.1ch/原題:herself/日本語字幕:髙内朝子
提供:ニューセレクト、アスミック・エース、ロングライド
配給:ロングライド
>>公式サイト
文/太田 冴