27 SEP/2021

「名古屋に来るな」元SKE48佐藤すみれは、なぜアウェーな場所ではい上がれたのか【大木亜希子の詰みバナ!】

人生、詰んでからがスタートだ
ライター大木亜希子の詰みバナ!

フリーライター・大木亜希子。元アイドルで元会社員。こじらせたり、病んだり、迷って悩んだ20代を経て30代へ。まだまだ拭いきれない将来に対する不安と向き合うために、同じく過去に“詰んだ”経験を持つ女性たちと、人生リスタートの方法を語り合っていきます。「詰む」って案外、悪くないかも……?

こんにちは。作家の大木亜希子です。

連載『詰みバナ!』第2回目のゲストは、元AKB・SKE48で、現在はフリーランスのマルチクリエイターとして活躍する佐藤すみれさん。

佐藤すみれ×大木亜希子

私もライターになる以前はSDN48という姉妹ユニットで活動していたため、佐藤さんとは境遇が似ているんです。

アイドル時代は誰よりも努力を惜しまずに歌やダンスに励んでいたすみれさん。そんな彼女にある日、突然言い渡されたのが「名古屋異動」でした。

全てがゼロになったと思いました」と当時を振り返るすみれさん。

どんな風に、ドン底期からはい上がったのでしょうか。これまでのストーリーを聞きました。

モー娘。オーディション「最終審査落ち」からのリベンジ

大木亜希子(以下、大木)

すみれちゃんといえばアイドルというイメージが強いんですけど、芸能界デビューはすごく早かったんですよね?

佐藤すみれ(以下、佐藤)

はい。6歳で子役としてデビューしました。

大木

私も14歳で芸能の仕事を始めたから一般的な社会人デビューよりは早いけど、すみれちゃんの方が大先輩ですね! 子役時代から、アイドルに興味はあったんですか?

佐藤

そうですね。ミュージカルの経験があったので、歌やダンスをもっとやってみたいなって。なので、中学1年生の時にモーニング娘。のオーディションを受けました。しかも、ラスト5人まで残ったんですよ。

つんく♂さんからも「伸びが良い、透き通る声だね」って声を掛けてもらいました。あの言葉は、今でも宝物ですね。

大木

つんく♂さんにそこまで言われたら、「もしかしたら合格するかも」って思いませんでした?

佐藤

正直思いました(笑)。でも、最終審査で落ちてしまったんですよ。

大木

最後まで残ったのに、相当悔しいですよね……。

佐藤

悔しいというよりも、もはや怒りに近かったですね。だって、さっきまで横並びで競ってた他の子はデビューできるのに、私はそこでおしまい。

あまりにも一瞬で、理解できなかったんです。「本当にこれで終わりなの?」「どうして?ありえない!」みたいな……今だから言えるんですけどね(笑)

佐藤すみれ
大木

でもその後、AKB48のオーディションを受けて合格したんですもんね。見事なリベンジです!

佐藤

モーニング娘。のオーディションに落ちたことがあまりにも悔しくて(笑)

中学3年生になって、受験勉強もしなくちゃならない時期だったので「これでダメだったら、他の道に進もう」と思って受けたのが、AKB48の7期生オーディションでした。

大木

AKB48の場合、まずは研究生(※)としてのデビューですが、そこから正規メンバーになるのって大変ですよね。当時、何か取り組んでいたことはありますか?

※研究生:AKB48のメンバーのうち、正規メンバー以外のこと。正規メンバーのバックダンサーとしての出演の他、研究生のみでの公演なども行われる

佐藤

私はダンスを覚えるのが早い方だったので、先輩が公演に出られない時のアンダー要員(※)を狙いました。でも、アンダー要員に話が回ってくるのって、大抵本番前日なんですよね。

※アンダー要員:外部の芸能活動で劇場公演に出演ができないメンバーに代わり、研究生や若手のメンバーが公演内で正規メンバーのポジションへ入る制度

大木

前日!? でも、AKB劇場の公演って、アンコールも含めると1ステージにつき15曲が基本でしょ? それだけの曲数の振り付けを前日に覚えられるものなんですか……?

佐藤

そこはもう、寝ずに覚えるのみでした。1日2~3時間寝られれば生きていけるだろう、って。6時間も寝るなんてぜいたくだ、くらいに腹をくくっていましたね。

大木

超ストイックだけど、正規メンバーになるために「勝負するならここだ」って思ったんですね。

佐藤

はい。そこで努力が評価してもらえれば、きっと大きなチャンスにつながると思って。

アンダー要員として2公演、研究生公演の1公演、1日3回ステージに立つ日も多かったですね。それが3日間続くこともありました。

大木

3日間連続ってことは、計9公演でしょう? 私、SDN48時代は1公演こなすだけでもヘロヘロになって倒れそうだった……。

大木亜希子
佐藤

実際、私も吐いてしまうくらいギリギリだった時もあります。先輩の代わりにステージに立つというプレッシャーもすごかったですし。

大木

その努力が認められて、2009年に見事正規メンバーに昇格したんですよね。

佐藤

そうですね。やっと、「夢がかなった」と感じました。

突然のSKE48移籍。崩れ落ちた自分に向けられた「来るな」の言葉

大木

やっぱりAKB48に入ったからには、選抜メンバー(※)には入りたかったですか?

※選抜メンバー:シングル楽曲を歌うメンバーのこと

佐藤

うーん……入れなくてもいいって言ったらうそになるけど、当時は圧倒的人気の「神7」(※)がいたし、諦めモードだったかも。まずは、できる範囲で頑張ろうと思っていました。

※神7:AKB48選抜総選挙において、上位の7名までに入ったメンバーたちを指す言葉

大木

私もSDN48時代は「センターにいくことは難しくても、せめて独自の路線を見つけよう」って考えていたかも。

佐藤

そうなりますよね。組織の中で自分なりのポジションを見つけていこうって。

大木

でもその後、2010年には選抜入りを実現してますよね。

佐藤

じゃんけん選抜ですけどね。篠田麻里子さんに勝って選抜入りしました。

大木

引きが強い! 結果的には運でつかみ取った選抜だったわけですが、当時の心境は?

佐藤

純粋にうれしかったです。むしろ、「運」だからこそ誰も文句は言えないですし。

思いも寄らないきっかけでしたが、音楽番組にも出られるようになって、チャンスがぐんと広がったと感じました。

大木

当時は大手芸能事務所に所属が決まったり、ミュージカル『ピーターパン』のウェンディ役を務めたりと、まさに順風満帆でしたよね。

佐藤

あの頃は、一つ、また一つと夢がかなっている感覚がありました。

でも、私の人生最大の「詰み」はその直後に訪れたんです。

佐藤すみれ
大木

すみれちゃんの「詰みバナ」、ぜひ聞かせてください。

佐藤

14年に行われたイベントで、突然名古屋のSKE48への異動が発表されたんです。

大木

覚えてます。話題になりましたもんね。

佐藤

そうなんですよ。私、移籍の発表に衝撃を受けすぎて、足の力が抜けてその場に倒れてしまったんです。

それを見たSKE48の熱心なファンの方々から「来たくないなら来るな」とブーイングが起きて……。しかもそのことがYahoo!ニュースのトップに載ってしまったんですよね。

大木

それはつらい……。波乱の幕開けですね。それでも、名古屋への異動は変わらなかったわけですね。

佐藤

断ることもできたのかもしれないけど、冷静になって考えて、「行くしかない」と思ったんです。

積み上げてきたものがゼロに。自分らしくいられないもどかしさ

大木

いざSKE48に移籍してからはどうでしたか?

佐藤

これまで培ってきたものが、すべてゼロになったと思いました。

「姉妹グループだしそんなに変わらないでしょ」と思われるかもしれませんが、その土地にはその土地特有の雰囲気があるんです。

しかも私は、名古屋のファンにとって最初の印象がよくなかった。それもあってか、SKE48に移籍して最初の握手会では、私の前に並ぶファンは一人もいませんでした。

大木

握手会って、ファンの人数がダイレクトに分かるからアイドル側も現実を直視しますよね。

私も現役時代、自分の列はスカスカなのに隣の子のレーンは大行列、って状態を経験したことがあるけど、あの時は自尊心が崩壊したなぁ。

佐藤

多分同じ気持ちだったと思います。珍しく私の列に来てくれたと思ったら「他のメンバーの選抜枠を奪わないで」と言われてしまうこともありました。

名古屋は土地柄、団結力がすごく強いんです。だから、メンバーともなかなか打ち解けられなくて、私は完全なる「よそ者」でした。

佐藤

早くなじむために方言を覚えたりメイクやファッションを周りに合わせたりしてみても、うまくいかない。

なんだか、「自分が自分ではない」気がするんです。

私らしさも出せていない、自由な発言もできない、思い通りにいかない。当時は本当につらかったですね。

佐藤すみれ
大木

そんな中、なぜ辞めずに頑張れたんですか?

佐藤

ここで辞めたら、今まで頑張ってきた自分が許すわけがないと思ったんです。研究生から必死にはい上がってやってきた、あの5年間は何だったの? って。

それに全部ゼロになった状態で辞めても何も残らないじゃないですか。辞めるにしても、せめて何かを得てから辞めようと決めていました。

俯瞰して見えてきた「私のポジション」。どの経験も無駄じゃなかった

大木

「詰み」から脱出できたきっかけは?

佐藤

SKE48に移籍してからしばらくたつと、何となくグループの雰囲気が分かってきたんです。「あれ、みんな意外とシャイなのかも」って。

それでよくよく考えてみたら、他のメンバーにとって、私って「AKB48からきた先輩」なんですよね。

だから、興味は持ってくれているけど、どういう風に接していいのか分からないんだな、ってことに気付いたんです。

大木

確かに、SKE48の子たちからすれば、すみれちゃんは「AKB48の伝説の数々を知っている先輩」なわけだ。

佐藤

それに気付いてからは、自分から積極的に他のメンバーに歩み寄ってみたり、話しかけてみたりするようにしました

すると、メイクやファッションのことを相談してくるようになったり、AKB48時代の話を聞きに来てくれたりするようになって。だんだん、彼女たちが「かわいくてしかたがない後輩」になっていったんです。

大木亜希子
大木

AKB48の時からそうだけど、すみれちゃんは周囲を俯瞰で見るのが上手ですよね。SKE48での「自分なりのポジション」を見つけたんだ。

佐藤

そうですね。彼女たちのおかげで、AKB48時代のことも封印しなくていいんだ、ということに気が付きました。

次第に、「推しの子をサポートしてくれてありがとう」「みんなのお姉さんをしてくれてありがとう」ってSKE48のファンの人から言ってもらえることが増えていって。

あ、認められた、って思いましたね。

大木

すみれちゃんは3年間SKE48で活動してから、アイドルを卒業したんですよね。移籍した当初は「何かを得てから辞めよう」と決めていたと言っていましたが、納得するものが見つかったと?

佐藤

「名古屋での居場所」を手に入れたと、胸を張れるようになったので。いろいろあったけど、移籍してよかったなって思うんです。だって、東京と名古屋、二つのホームを持つって強みじゃないですか?

佐藤

アイドルを辞めてからはフリーランスのクリエイターとして活動していますが、プロデュースした商品を名古屋で販売できるのも、名古屋で頑張った3年間があってこそ。

あの経験のおかげで、もっと活躍できる場所を増やしたい、って思えるようになりました。むしろ今は、2カ所じゃ狭いかもって思うくらいです。

居心地の悪さは、自分が動けば変えていける

大木

移籍した当時のすみれちゃんのように、働いていると「なんとなく居心地が悪いな」と感じることってあるけど、そういう時はどうしたらいいと思いますか?

佐藤

ちょっと視点を変えてみると、見え方が変わるかも。

私もSKE48に移籍した時は周囲にいる全員が敵に見えて、「みんな私のことが嫌いなんだ」って感じていたけど、実際にはそんなことはなかった。

みんな私のことが気になっているからなかなか近寄れないし、力加減を誤って叩いてしまうんですよね。

佐藤

だから、まずは自分から動いてみること。現状打破できるきっかけを作って、相手の扉を少しでも開けられたら、きっと状況は変わっていくはずです。

大木亜希子
大木

なるほど、よく分かります。ちなみに、すみれちゃんは今年の6月に出産をされましたよね。子育てと仕事の両立はどうですか?

佐藤

これからどんなふうに働いていこうか……と不安に思ったりすることもありますが、その都度悩みながら、私らしく頑張っていきたいなと思っています。今は、ベビー服のプロデュースもしているんですよ。

大木

今は、自分らしく働けていると感じますか?

佐藤

はい。これまでのキャリアを振り返っても、今が一番、自分らしく働けているという実感が持てます。

6歳から働いてきて、常に仕事モードだったから、たまには休憩してもいいかなって。ただ、想像以上に育児は大変で、全然休まらないですが(笑)。

夫と一緒に新しいことにチャレンジしていくもの楽しいな、って思っています。

大木

貴重なお話をありがとうございました!

佐藤すみれ×大木亜希子

<プロフィール>

大木亜希子
1989年8月18日生まれ。千葉県出身。2005年、ドラマ『野ブタ。をプロデュース』で女優デビュー。数々のドラマ・映画に出演した後、10年、アイドルグループ・SDN48のメンバーとして活動開始。12年に卒業。15年から、Webメディア『しらべぇ』編集部に入社。PR記事作成(企画~編集)を担当する。18年、フリーライターとして独立。著書に『アイドル、やめました。AKB48のセカンドキャリア』(宝島社)、『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』(祥伝社)がある。
Twitter:@akiko_twins
インスタグラム:@aaaaaaaa_chan
note:https://note.com/a_chan

佐藤すみれ
1993年11月20日生まれ。埼玉県出身。アイドルグループ・AKB48の第7期生。2010年12月「チャンスの順番」でAKB48として初の選抜入り。14年にSKE48へ移籍し、同年7月「不器用太陽」でSKE48として選抜入り。17年12月にSKE48を卒業し、同時に芸能界を引退。以降、フリーランスのクリエイターとして活動。20年12月にはK-1ファイターの愛鷹亮氏と結婚し、21年6月に第1子を出産
Twitter:@su0v0su
Instagram:sumiresato_official
公式オンラインショップ:Sumire Sato online shop

取材・文/大木亜希子 編集/秋元祐香里 撮影/洞澤佐智子(CROSSOVER)