24 NOV/2021

【小説家・新川帆立】「人生遠回り」の伏線は、いつか回収される。“リスクを避けつつ我を通す”元弁護士作家の生き方

元プロ雀士・元弁護士の小説家、新川帆立さん。

デビュー作『元彼の遺言状』で第19回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、今年10月には続編『倒産続きの彼女』(ともに宝島社)を刊行。デビュー1年足らずでシリーズ累計は50万部を突破した。

新川帆立

新川帆立さん
1991年2月生まれ。アメリカ合衆国テキサス州ダラス出身、宮崎県宮崎市育ち。東京大学法学部卒業。元弁護士。プロ雀士としても活動経験あり。作家を志したきっかけは16歳のころ夏目漱石の『吾輩は猫である』に感銘を受けたこと。現在はアメリカ在住 Twitter:@hotate_shinkawa

エンターテインメント性が高い“お仕事ミステリー小説”で人気を博す一方、新川さんはその異色の経歴でも注目を集めている。

「高校生の時から小説家になろうと決めていた」という彼女は、なぜ最短距離で目標に向かわなかったのだろう。

「目標を諦めざるを得ない状況」を回避したかった

ーー小説家になる前、新川さんはプロ雀士や弁護士だったんですね。高校生の時から小説家になりたかったそうですが、すぐに小説家を目指さなかったのはなぜですか?

プロ雀士は趣味なので仕事という感じではないですが、あえて遠回りをしたのではなく、「リスクを取らずに戦うにはどうすればいいのか」という発想で自分の人生を考えていました。

最短ルートで小説家になるには、リスクを取らなければいけないんですよ。

新川帆立

ーーリスク?

小説家の場合、大学在籍中から小説を書きまくって、投稿して、デビューできなかったらアルバイトをしながら小説を書いて……というのが、ある種の王道であり、最短ルート。

でも、それだと経済的に困窮して、小説家になる夢自体を諦めざるを得ない状況に陥りがちです。日本社会では、新卒で就職をしないと「うまくいかなかったとき」の再起も難しい。

私は「小説家になる」という目標をかなえることにコミットしたかったので、夢を諦めざるを得ない状況に陥るリスクはなるべく排除しようと思いました。粘り強く、少しずつ目標に近づいていくイメージで考えていて。

小説家は年齢制限がないから、健康と経済さえ大丈夫なら諦める理由はないはず。なので、経済的な基盤を整える意味で、弁護士になりました。

目標に向かい続けるための環境づくり」を大事にした感じですね。

ーー 一番のリスクは「小説家になれない」ことではなく、「小説家を目指せなくなる」ことだったんですね。

実は弁護士だった時も3回転職をしているのですが、それも小説家を目指す環境づくりの一つでした。

忙しい弁護士事務所から一般企業に転職して、さらに時間にゆとりを持つためにもう一度転職して。仕事と小説を書くことを両立するために、あえてキャリアダウンをしています。

才能とかセンスとか、考えても仕方がなくない?

新川帆立

ーーあくまで小説家になる目標を優先したと。ただ、10年くらい小説を書いていなかったと聞いたのですが……?

そうなんですよね。高校生の時に小説家になろうと決めて、本当はその時点で小説を書き始めればよかったんですけど、先延ばしにしちゃって。

小説家を目指すために資格を取ろうとは思っていたので、「環境を整えてから始めればいいや」っていう。早くやれよって感じなんですけど(笑)

ーーその状況で、どうして「小説家になれる」と信じられたんですか?

自信満々だったというよりは、冷静に考えて大丈夫だと思っていました。

オリンピック選手になるのは無理だけど、小説家は何歳でもなれるし、「これをやったら目指せなくなる」という類のことも全くない。客観的に、諦める理由がないと思うんですよ。

ーー「小説家には才能が必要」みたいに考えちゃいそうな気もしますが……。

そういう世界かもしれないですけど、才能とかセンスとか、全く悩んだことがないです。

今後スランプに陥ったら悩むかもしれないですけど、「それを今から考えていても仕方なくない?」って思ってしまう自分がいますね。

ーーどういうことですか?

「才能がなくて苦しむかも」という問い自体が検証不可能じゃないですか。絶対に答えが出ないと分かっていることに悩む必要はないというか。

ーー検証不可能だけど、つい人と比べて「私はこういうふうにはできないな」と最初から諦めてしまうことってありませんか?

新川帆立

人前に出るようになって思うんですけど、他人の評価って全然正確じゃないですよ。私の場合は経歴のキャッチーさに注目されることが多いけど、私にとってそれは自分の中のごく一部でしかないですし。

同じように、自分から他人への評価も、あてにならないものだと思います。

それに私の場合は「小説家になりたい」っていう気持ちが強かったんです。弁護士として成功する自分よりも、小説家を目指してうまくいっていない自分の方に納得感があった。

もちろん「執筆スピードがもっと速ければ」とか「語彙を増やしたいな」とか、具体的な悩みはありますけど、漠然とした検証不可能ことで悩んでもあまり意味がないかなと思います。

新川帆立

現在はアメリカに移住して暮らす新川さん

法律家の自然な発想から生まれた「法人殺し」というテーマ

ーーちなみに、なぜ弁護士だったんですか? 簡単に取れる資格ではないですよね。

勉強は嫌いではないし、得意な方ではあったので、専門性がある国家資格として弁護士を選びました。試験勉強は面倒だけど、新しいことを知るのは好きなんです。

だから法律の勉強は楽しかったんですけど、いざ弁護士になったら仕事としては向いていなくて(笑)。しんどいし、つら過ぎましたね。

才能やセンスは測れないですけど、向き・不向きはしんどさや自分の心の感じ方の問題なので、やってみるとはっきり分かるなと思います。

ーー向き・不向き、小説家はどうですか?

幸い、小説家という仕事の形態がベストマッチ過ぎて、「こんなに良い仕事は他にない!」くらいに思っています(笑)

弁護士は結果的に向いてはいなかったですけど、小説を書く上で経験は生きていますし、「あの時のあれは、今のこれの伏線だったのか!」っていう、伏線回収みたいな感覚がありますね。

ーー最新作『倒産続きの彼女』の「法人殺し」というテーマも、弁護士の経験あってこそですよね。

法律の世界では、自然人(人間)と法人の両方を「人」と考えるんです。法律家的には「人」と言われると「どっちのこと?」って思う。

だから「人を殺すミステリー」の「人」を「法人」にしたら新しいかもなと。連続殺人事件ではなくて、連続殺“法人”事件。そういう意味では、結構自然な発想でしたね。

ーー前作『元彼の遺言状』も『倒産続きの彼女』も、主人公はそれぞれ異なる女性弁護士。お仕事小説としても面白く読めるのは、新川さんの経験に基づくリアルさがあるからかなと思いました。

女性が職場の女性に嫌味を言われる、みたいなシーンはありがちですけど、「現実の働く女性が悩んでいるのはそこじゃなくない?」と私は思っていて。

フィクションが現実に追いついていないように感じていたので、なるべくリアルに、真っ当な人間扱いをした登場人物の書き方をしたいと思っていました。

あと、今回は前作とは全然違うタイプの女性を書きたくて。それで主人公を変えています。

前作『元彼の遺言状』の主人公・剣持麗子は、しがらみを全く気にしないタイプ。良いキャラクターだったんですけど、「作者がモデルなのでは?」と言われたり、ステレオタイプに女性弁護士を語られたりすることがあって。

でも、同じ仕事をしている女性にもいろいろな人がいるのは当たり前じゃないですか。

だから今回の主人公・美馬玉子は、ものすごく周りの目や「こうしなきゃ」を気にする、前作とは真逆のタイプにしました。等身大のキャラクターになったかなと思います。

 

新川帆立

しがらみを全く気にしない剣持麗子(左)と「こうしなきゃ」を気にする美馬玉子(右)

「こうしたい」を選ぶための、自分と他人を切り分ける訓練

ーー『倒産続きの彼女』の主人公・玉子は28歳。「なんでこんなに仕事を頑張っているんだろう」「結婚しなきゃ」と悩む姿に、共感するWoman type読者はたくさんいそうです。

仕事をどのくらい頑張っているのか、結婚しているのか、子どもがいるのか……女性は比較要素が多過ぎるんですよね。何を選んでも、何かしら失っているような気がしてしまう。

玉子もそうで、彼女の場合は自分軸で決めなければいけないところを、ちょっと人のせいにしているというか。「状況がこうだから、こうしなきゃ」っていう意識が強くて、「自分が何をしたいか」は考えずに生きている子です。

でも、仕事を頑張る理由や、どのくらい頑張るかっていうのは、自分で決めなきゃいけないじゃないですか。転職するときも、キャリアアップするのか、ダウンさせて生活を重視するのか、自分で決めなければいけない。

それなのに、どれを選んでも人からチクリと言われてしまう場面はあって。自分の判断は正しかったのかなって、つい考え続けてしまう。その難しさは本当に感じます。

新川帆立

ーー「こうしたい」を選ぶのって、難しいなと思います。つい求められる役割に合わせてしまうし、そこにはまらない自分を責めてしまうこともあるなと……。

社会が要求してくる古い役割も、まだまだ残っていますしね。実は私、結婚相談所への入会を断られたことがあって。

ーーえ?

私は仕事をやりたい方なので男性の職業や年収に全くこだわらないんですけど、婚活業界では「スペックが高い男性を紹介するもの」という考え方があるみたいなんです。

“女性弁護士あるある”らしいんですけど、学歴や年収が高いことを理由に、入会を断られてしまいました。

ーーそんなことが……! 『倒産続きの彼女』の玉子も、合コンで弁護士らしくない振る舞いをしようと頑張るシーンがありましたね。

玉子は押し付けられるものを敏感に感じ取って、合わせていってしまうところがあって。求められている役割が分かってしまうから、それに応じて動いて疲れてしまう。

そういう女性は多いと思うんですよね。優秀で、頑張っている人ほど陥りがちな気がします。

ーーどうやったらそこから抜け出せると思いますか?

私は紙に自分の考えていることを整理するのが好きなんですけど、自分と他人を切り分けて、自分軸を見失わないための訓練として、その作業は役に立つと思います。

朝起きてスッキリしている時に、何の編集もせず、ノート1ページに頭の中の言葉をそのまま書く。書くことがなければ「書くことないな」で構いません。

新川帆立

自分の気持ちと人の期待が入り混じってしまうことは多いので、「これはやりたくないんだな」「ここがストレスだったのか」と気づくために、自分を見つめる時間を意識的につくる必要があるのかなと思います。

特に転職など、判断に迷う時におすすめです。辞める理由やその会社を選んだ理由を書いて残しておくと、つまづいたときに冷静に振り返れますし、そのまま頑張るか転職するか、判断もしやすくなりますよ。

やりたい仕事を長く続けるために、リスクを避けつつわがままでいたい

ーー「小説家になる」をかなえた新川さんの今後の目標は何ですか?

私は作家の仕事が好きなので、目標は「なるべく長くこの仕事を続ける」こと。

今は書けるものが限られているので、引き出しを増やし、幅を広げていきたい。たくさん読んで、たくさん書いて、少しずつ実力を付けていきたいです。

新川帆立

アメリカで暮らす新川さん

ーー賞を取るとか、ベストセラーの作品を生み出すではなく、「長く続ける」が目標なんですね。

賞はもちろん欲しいですけど、もし取れたとしても、そんなにうれしくないかもしれないと予想しています。ノミネートされて落とされたら「何だよ!」って思っちゃいそうだし(笑)

もちろん、読者さんに喜んでほしい気持ちはあるので、本の売り上げは気にしています。「読者さんに届いたか」はすごく気になる。意外と自分は職人肌なんだなっていうのは、小説家になってからの発見でしたね。

ーー新川さんの目標である「やりたい仕事を長く続ける」ためには、どんなマインドが必要だと思いますか?

わがままでいた方がいいとは思っています。人に合わせず、人の期待を読まない。

ボストンに住んでいた時、近所に『wagamama』という店名のラーメン屋があって。店内には「わがまま=Be yourself」と説明がありました。

「めっちゃポジティブに言うじゃん」って笑っちゃったんですけど、たしかに「我が儘」を直訳したらBe yourselfだなと思って。

新川帆立

ーー「わがまま=Be yourself」。だいぶイメージ変わりますね。

仕事をする中で、外部から自分の形をゆがめられてしまうことってあると思うんです。「女性だから」「会社の立ち位置がこうだから」と、いろんな方向から引っ張られて、しかもそれが両立しないこともある。

「仕事としてはこうすべきだけど、母としてはこうすべき」みたいな、そこの両立を考えるだけで精一杯なのに、それとは違う本来の自分もいるわけで。

そんな状態で、自分がやりたいことにまでなかなかたどり着けないですよね……と感じる一方で、我を通すことって改めて大事だとも思うんです。

自分中心に考えないと、どんどん自分の形は歪んでしまう。人と比べてしまうし、既婚・未婚、子どもの有無など、対立構造にも陥りやすくなってしまいます。

だから、精神的にはわがままでいること。現実的に言うと、リスクを避けながら我を通すことが大事なのかなと思います。

ーーリスクを避けながら我を通す?

特に女性は、自分以外の要因でキャリアを断念させられることもあります。だからこそ、やりたいことを細く長く続けていくための環境づくりが必要なんじゃないかと思っていて。

小説家に限らず、最短距離で行こうとすると大抵はリスクが発生します。必要のないリスクを避けながら、その上で自分のやりたいことを通すために、遠回りをする発想は大事だと思いますね。

そうやって遠回りをしても、いつか人生の伏線として回収される時が来る。誰しもが、自然とそうなっていくんじゃないかなと私は思います。

書籍紹介

新川帆立
『倒産続きの彼女』(宝島社)
倒産の危機に瀕した会社を救うべく、ある女性の疑惑について調査を命じられた女性弁護士・美馬玉子。嫌々ながらも、高飛車だが敏腕の先輩弁護士・剣持麗子ことコンビを組み、真相に迫ろうとするが、調査が進むうち関係者の死体が発見されて――。ベストセラー『元彼の遺言状』に続く、リーガル・ミステリー!

>>特設ページ

取材・文・構成/天野夏海 画像提供/ご本人の写真のみ新川帆立さん、他画像はイメージです