現代人に必要な“キャリアブレイク”とは? 離職・休職者のための宿『おかゆホテル』創業者に聞く「本来の自分」の取り戻し方

キャリアブレイク

先日、世界的な人気を誇るアイドルグループのBTSが活動休止を発表した。日本でも菅田将暉さんや松本まりかさんなど、人気芸能人が休業を宣言したことは記憶に新しい。

一般社会で仕事をする私たちもまた、「このままでいいのかな……」と違和感を持つことはあるだろう。でも、仕事をしないことへの恐怖や、キャリアに空白ができてしまうことへの不安から「とりあえず続ける」選択をしてしまいがち。

そんな中、休職・離職者のための『おかゆホテル』を立ち上げ、「キャリアブレイク」を提唱するのが、北野貴大さんだ。

キャリアブレイクとは、キャリアの一時的な中断を肯定的に捉える考え方。長く健やかに働き続けるための「休む」について、考えてみよう。

北野様

パチクリLLC代表 北野貴大さん

一時的な離職・休職を肯定的な期間と捉える「キャリアブレイク」を文化にするため起業。人生に立ち止まりたい人のための宿「おかゆホテル」を運営
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『おかゆホテル』の役割は「お休み中の人と社会をつなぐ」こと

キャリアブレイク
編集部

『おかゆホテル』について教えてください。どんなホテルなのでしょう?

北野さん

一時的な離職・休職など、人生を少し立ち止まりたい人のための宿です。

とはいえ宿泊業がメインではなく、「宿る場所」を提供しています。具体的には無職同士で集まって人生について対話できるイベントを開催したり、オンラインコミュニティーでジャーナリング(※)を行ったりと、自分を見つめ直すための場を提供しています。

※頭に浮かんだことを紙に書き出すことにより、自分と向き合う手法。「書く瞑想」とも言われる

編集部

始めたきっかけは何だったんですか?

北野さん

パートナーが会社を辞めたことです。「私が私でなくなりそう」と、転職ではなく離職を選んだ。それほど切実な違和感があったのだと思います。

編集部

次の仕事を決める余裕もなく、会社を辞めたんですね。

北野さん

そこで知ったのが「キャリアブレイク」という、一時的な休職を肯定的に捉える考え方でした。

キャリアのブランクは一般的には良しとされないことが多いけれど、パートナーがゆっくりと自分を取り戻す様子を目にしたことで、「キャリアブレイクのカルチャーを根付かせたい」と思ったんです。

北野さん

「無職=よくない状態」のイメージがあるけれど、実はキャリアブレイク中の人ってめっちゃ面白いんですよ。

「この会社でいいのかな」「私、今楽しいのかな」と何らかの違和感を抱いてた人が、そこから開放されてちょっとずつ「本来の自分」に戻っていくというか。

それぞれが持っている感性や心が回復していく感じがしますし、それをサポートしたいと思っています。

何かを始めるのに「意味」や「理由」なんて、なくていい

キャリアブレイク
編集部

本来の自分に戻るまでには、どのような過程があるのでしょうか。

北野さん

だいたいパターンがあって、離職直後はやりたかったことをやります。

昼まで寝てみたり映画を見たり、楽しくて仕方がない感じになる。そうやって表面的な欲求を満たしたら、沈んでいく人が多いです。

周囲の人に過剰に心配されて、不安が増したり、社会との乖離からか、自分の存在意義を見失い、自信をなくしてしまう人もいます。その期間は苦しそうです。そんなときに同じ境遇の誰かと過ごし、心の平穏を保つことは大事だと思っています。

編集部

だから「宿る場所」としてのおかゆホテルがあるんですね。

北野さん

そうやって苦しい期間を迎えつつも「実はやりたかったこと」が見えてきます。いわば「自分復興」ですね。面白いのが、みんな「実は」と言い出します。

編集部

例えばどのような「実は」が出てくるものですか?

北野さん

例えば、ビーガンのお菓子を焼き始めた女性がいました。最近では期間限定でカフェにお菓子を卸すようにもなったんです。

キャリアブレイク
編集部

彼女が「お菓子を焼いてみよう」と思ったきっかけは何だったんでしょう?

北野さん

不思議と、思いつくんですね。何かをやろうとすると、「なぜやりたいの?」と理由を聞かれることが多いけど、僕は正当な理由なんかなくていいと思っていて。

むしろ「理由がないのにやりたいこと」の方がすごいんじゃないかと思うんです。

編集部

会社で何かやろうとしたら、絶対理由を聞かれますもんね。確かにその癖が染み付いてしまっているかもしれないです……。

好きだからやっているのに「何の意味があるんだろう」と考えてしまったり、友達から「何目指してんの?」と言われちゃったり……。

北野さん

どうしてこんなに理由中心に生きているんだろうと思います。「意味があることしかしちゃダメなのかな」って。そういう意味で、「思いつく」って素晴らしいですよ。

北野さん

だから「私、昔はよくクッキーを焼いていたんですよね。今度焼いてきてもいいですか?」って彼女が言った時、「めっちゃいいじゃん、焼きなよ!」って。

それでおかゆホテルのおやつとして焼いてくれたんですけど、そのお菓子がビーガンスイーツでした。なぜビーガンなのか聞いたら、「妹が乳製品が身体に合わなかったから」が理由で。それからは思い出したように、ビーガンのお菓子を作り出しました。

編集部

「クッキーを焼きたい」と思いついて、実際に焼いたことで昔の記憶がよみがえったんですね。

本格的な社会復帰の前に「小さな社会接続」を

キャリアブレイク
北野さん

彼女はいずれ転職しようと頑張っていて、お菓子で起業したいわけではないそうですが、そうやって仕事とは別の「マイプロジェクト」を持つ人は結構いますね。

一時的な休みを終えるタイミングで、社会接続のバリエーションがあるのは良いことだと思っています。彼女の場合、カフェにお菓子を卸して得るお金は月数千円だけど、とても良い社会接続になっているのを感じます。

編集部

いきなり転職したり起業したりする前に、ワンクッション挟むイメージでしょうか?

北野さん

そうですね。大きな決断には体力がいるから、まずは小さな決断を推奨しています。何かしらの職業体験を挟む人は多いですね。おかゆホテルで他の人のために動いてくれる人もいて、「誰かのためになる」のもまた社会接続。

そうやってみんながさまざまな社会接続のバリエーションを見せてくれているのはとても面白いし、やってよかったなと思いますね。

北野さん

一方で、逆に「思いついてやってみたけど違った」という人もいます。そこから軌道修正がしやすいのも、小さな決断の良いところだと思いますね。

編集部

どんな例がありますか?

北野さん

「私は島に移住します。昔から島に住みたかったんです」という女性がいたんですけど、試しに三日くらい島暮らしを経験した後、「ちょっと違った」と帰ってきました。

キャリアブレイク
編集部

やってみて分かることもありますもんね。

北野さん

そうなんです。僕は「違った」と言えるのが素晴らしいなと思っていて。

島に行く前、僕といろんな話をしたんですよ。それなのに「違いました」と言えるのは、「人」に戻れている感じがするというか。

編集部

それだけ自分に素直になれているのかもしれないですね。

自分に置き換えると、「あんなに相談聞いてもらったのに、すみません……」みたいに思っちゃいそうです。

「ただの自分」に戻るために、とにかく書く

キャリアブレイク
編集部

会社を辞めずとも、働きながら自分を取り戻すためにできることはありますか?

北野さん

お手軽なのはジャーナリングだと思います。

編集部

頭に浮かんだことを紙に書き出すことで、自分と向き合う方法ですね。日記とは違うものですか?

北野さん

夜に書くのがダイアリーで、朝に書くのがジャーナリングだと説明しています。

ダイアリーは一日の出来事を記す日記だから、夜に書く。「上司に怒られた」「フラペチーノが美味しかった」など、その日に起きたことやその時の感情が書けます。

ー方、朝はそれがないんですよ。

編集部

寝て起きて、感情はリセットされているわけですね。

北野さん

だから、胸の奥の言葉が出てきやすいと言われています。

編集部

なるほど。ただ、ペンを持ったまま止まってしまいそうな気も……。

北野さん

『ずっとやりたかったことを、やりなさい。(サンマーク出版)』という本で紹介されている、「モーニングページ」という手法がおすすめです。具体的には、朝にノート3ページ分、とにかく書く。

編集部

3ページ! 大変そうですね……。

北野さん

……と思うじゃないですか。

実際、一筆目は止まるし、最初は悩むけど、「おはよう。今日は風が強いです」みたいなことから書き始めると、結構出てくるんですよ。

そのほとんどは無駄なことだけど、「思い出してよかった」と思える言葉もたまにある。心の声を落とす作業は、質より量が大事だと思います。

編集部

最初から大事なことが書けるわけではなく、たくさん出す中にキラッとするものが混ざっている感じなんですね。

北野さん

仕事をしていると、「仕事をしている自分」として話したり考えたりするじゃないですか。普段も友人や恋人、家族など、自分にはラベルが付きますよね。

そのラベルがノートに向かって書くうちに外れていって、「ただの自分」に戻っていく感覚かなと思います。

ほとんどの人は「階段から降りる」経験をしたことがない

キャリアブレイク
編集部

そもそもですが、私たちはなぜ、こんなに休むのが怖いのでしょう?「キャリアブレイク」を新鮮に感じること自体、休むのが苦手なことを表しているような気がします。

北野さん

たぶんですけど、僕たちは階段を登ることしかしていないからだと思います。

学校も小中高と上がっていくし、会社でも基本的に昇格しかしない。立ち止まることを学ぶ機会はあまりないですよね。

編集部

言われてみると、ほとんどの人が「階段から降りる」経験をしたことがないのかも……。「自分だけが長期間休む」こともないですよね。

北野さん

だから「休むのは怖くない」と言うつもりはないんです。僕も怖いと思うし、その気持ちがないのは危ないような気もしていて。

でも、休むことを選びたい人のことは応援するし、休んだ後に楽しく働いている人がいることも伝えたい。そうやって、選択肢の一つとして提示できるといいなと思っています。

キャリアブレイク
編集部

一時的に仕事を休むとなると大ごとに感じる人もいるかもしれませんが、「自分を見失いそうになった時にリセットすること=キャリアブレイク」と捉えると、長く仕事をする中で時には必要なことかもしれないですね。

北野さん

そう思います。僕も最初は「キャリアブレイク=離職」と考えていたんですけど、本質は「その人自身に戻る」こと。

キャリア上の立場が一時的に中断されて、「人」に戻る時間なんじゃないかと今は思っています。

たまに、キャリアブレイクに否定的な人がいます。そんな人ほど実は、辛いこともがまんをして頑張って働いているように感じていて。社会の常識に苦しんでいるような気がします。

編集部

そういう意味では、この記事を読んで「キャリアブレイクなんてありえない」と思う人ほど、「自分自身に戻る」ことが必要なのかもしれないですね。

北野さん

繰り返しますが、キャリアブレイクは仕事を辞めることを推奨するものではありません。何に喜びを感じるかは人それぞれで、それが会社のミッションや自分に求められる役割と合致すれば、楽しく働けますよね。

だから、決して「働くこと=自分を見失うこと」ではありません。

ただ、もし違和感を覚えているのであれば、キャリアブレイクも一つの選択肢です。「どういう社会接続が自分に合っているのか」を確かめる、良い機会になると思います。

取材・文/天野夏海 編集/関口まりの(編集部)