26 AUG/2022

「これが最後の仕事選び」50代目前、“やってみたい”に素直になったシングルマザーが歩む壁づくり職人・左官の道

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「新しいことに挑戦したい」「やってみたいことがある」

そう思いながらも、年齢を理由に二の足を踏んでしまった経験はないだろうか?

そんな人たちに知ってほしいのが、井上工業で左官職人として働く長田里恵さん(50歳)。「50代になる今だからこそ」と自分の夢を追いかける決意をした女性だ。

井上工業

株式会社井上工業 長田里恵さん

新卒で保険会社に入社し、数カ月で退職。その後は金融・大手生活用品メーカーで営業職を経験。結婚とともに退社し、専業主婦に。離婚後は複数社でコールセンターの業務を経験した後、2022年2月に井上工業に入社。現在は左官として働いている

左官とは、建物の壁や床、土塀などをコテを使って塗り上げる仕事。熟達した技術が必要とされる、まさに職人の世界だが、なぜ長田さんは、年齢にとらわれることなく「やりたい仕事」にチャレンジする勇気が持てたのか。

「この仕事に出会うまでは、ただ生活のためだけに働いてきた」という長田さんが、50代目前で未経験の世界に足を踏み入れる決意ができた理由とは。

10年以上の専業主婦期間を経て離婚。「私って、何もない」

以前の私は、正社員って遠い道だな、と思っていました。

2人の子どもを産んだ後、40歳を前に離婚。それまで10年以上専業主婦をしていた私は、まるで浦島太郎のようで。自分に何ができるのか全く分からない状態でした。

井上工業

結局、派遣社員としてコールセンターで6年ほど働きましたが、働き続けても時給が数十円しか上がらない。頑張った成果が給料に反映されないことがむなしかった。

もし正社員だったら、昇給したり、ボーナスをもらえたりしますよね。しっかりと評価してもらえる立場に憧れましたが、その時はすでに40代も半ば。「この年で正社員を目指すのは、さすがに難しいだろう」とも思っていました。

でも、このまま50代、60代と年を重ねたら、時給はもっと下がってしまうかもしれない。そんな不安感が日に日に強くなっていったんです。

長く働き続けるためには、今からでも手に職をつけた方がいい。そう思って、いろいろな転職サイトを見たり、職業訓練校への申し込みを検討したりしました。

井上工業

その過程でたまたま出会ったのが、井上工業の求人でした。

そこで目に入ったのは、たくさんの女性たちが現場で楽しそうに働く写真と、「未経験OK」「正社員募集」の文字。よく見ると、それは左官職人の求人広告でした。

左官という仕事は、実は私にとって少しだけ身近な存在でした。小学生の頃、友達のお父さんが左官職人だったんです。その子の家のお風呂はお父さんの手作り。あの時代にはめずらしかったタイル張りの美しい湯船を、今でも鮮明に覚えています。

私もDIYが好きで、昔古いアパートに住んでいた時に、大家さんに交渉して壁を塗らせてもらったことがありました。もちろん使ったのは初心者用の道具でしたが、意外にうまくできたことが、すごくうれしかったですね。

そういった背景があったので、左官の仕事に興味を持ちました。

それまで私にとって、仕事とは「生活のために必要なもの」。夢をかなえるために仕事を選んだことなんて一度もありませんでした。

でも今回は、自分のやりたいことを大切にしてみようと思った。50代も目前、次の仕事を「一生の仕事」にしたかった。これが最後の仕事選びかもしれないと思うと、大げさかもしれませんが、この転職が私にとっての「終活」の一部に感じられたんです。

最後ぐらい、自分の気持ちに正直になりたい──。そんな思いを選考で熱心に伝え続けた結果、左官職人として働けることになりました。

それは憧れの正社員になると同時に、私の人生が大きく開けた瞬間でした。

壁づくりはお化粧に似ている。下地塗りから徐々にステップアップ

井上工業には私のように未経験で入社する方が多いので、丁寧な研修が用意されています。

私も最初は研修に参加する予定だったのですが、たまたま現場の人手不足が発生した関係で、入社二日目から現場に入ることになりました。

井上工業

いきなりの現場で緊張しましたが、実務の中で学べることは非常に多かったです。

そもそも左官の仕事とは、建設現場の壁や天井、床に、セメントなどを塗って平らにすること。しかし、入社直後の人は、いきなり壁などを塗るわけではなく、前段階の、養生(※)をしたり、主にコンクリートの材料を練ったりする準備作業を担当します。

(※)養生:作業などの際に、周囲の汚損を防ぐために板やビニールなどで保護すること。

また、壁や床に塗るための道具であるコテに、柔らかい材料を塗りやすいよう、団子のようにまとまった形にする「コテ返し」の作業の練習も同時に行います。

その後は、材料を壁や溝に詰めるなどの比較的簡単な作業を通じて、コテの扱いに少しずつ慣れていきました。

基本を学んだら、いよいよ壁を塗る作業に入ります。私の考えですが、壁塗りはお化粧と似ています。肌の凸凹をなくす化粧下地を塗る段階と、仕上げのファンデーションを塗る段階に分かれているからです。

化粧下地を塗る段階であれば後から修正が効くので、最初は化粧下地にあたる部分から塗らせてもらいました。ファンデーションの部分を塗るときは、人があまり入らない倉庫の中など、あまり目立たない場所から担当させてもらって。

現場には常に親方がいて、私が徐々にステップアップできるように仕事の順番を配慮してくれたのがとてもありがたかったです。

井上工業

ただ、どんなに丁寧な指導を受けても、すぐにうまく塗れるようになるわけではありません。先輩の職人さんたちの技術は本当に見事なので、自分が塗った壁と比べて「全然ダメだ……」と落ち込むことはよくあります。

そんな時、ある職人さんがこんなことを言ってくれました。「まだできなくて当たり前だから大丈夫。それに、俺はこの仕事を30年もやってるんだよ。里恵が今ここで完璧にできちゃったら、俺のプライドはどうなるんだ(笑) 」と。

ベテランの先輩職人さんから、思いがけず温かい言葉を掛けてもらえたことで、すごく前向きな気持ちになれました。

左官は経験がものを言う世界。少しでも早くうまくなるために、職人さんたちの塗り方をよく観察するようになりました。

最初はうまくいかなくても、まねをしているうちに「あ、今いい感じだったかも」とコツをつかめる瞬間があるんです。

ある職人さんは「正解があるわけじゃない。自分でコツをつかむのが一番だよ」と教えてくれました。その言葉を信じて、少しずつ前に進んでいけたらなと思います。

一気に上達することはできなくても、そういう小さな発見を大切にしていれば、きっといつか先輩の職人さんたちのようになれるはずだから。

心優しき職人に囲まれて。オフィスワーク時代より体調も良好に

「職人の世界って怖そう」とよく言われます。私も不安はありました。話し掛けにくい人ばかりだったらどうしよう……と(笑)

確かに、中には一見こわもての人もいます。ですが、それは第一印象だけ。職人さんたちは本当に優しい人ばかりなんです。

現場にはさまざまな会社から職人さんが集まるので、最初はお互いのことをよく知らない状態なのですが、何日も一緒に過ごしていると顔を覚えてきます。

すると、職人さんの方から声を掛けてくださるようになってくるんですよ。荷物を持っていたら「どこまで運ぶの?」と手伝ってくれたことも。

井上工業

左官職人として働く上では、もちろん体力面での不安もありましたが、思っていたほどつらくありませんでした。ずっと一カ所で立ちっぱなしというわけではなく、適度に動きながら作業を行えるのがいいのかもしれませんね。

コールセンターで働いていた頃は首や腰に痛みがありましたが、運動不足が解消された結果、むしろ体の調子は良くなったかも。

もちろん、現場で持ち運ぶ荷物には重いものもあります。材料の袋なんて、最初は一人で持ち上がらなかったくらい。でも、今は筋肉がついてきて、一人でも50メートルは運べるようになりました。

「徐々に慣れていけば大丈夫ですよ」と周りの方が声を掛けてくれたのがありがたかったです。そのおかげで、無理せず少しずつ慣れていくことができました。

「娘が店を出したら、私が壁を塗りたい」職人としての挑戦は続く

今は、毎日の仕事が楽しい。そう思えることって、私にとっては新鮮な感覚なんです。

井上工業

もちろん左官職人になる前も、仕事は一生懸命やってきました。でもそれは、時給を上げるためでしかなかった。あの頃はお金や子どもたちの生活のことばかり考えていて、自分という存在を忘れてしまっていたように思います。

でも今は、「もっとうまくなりたい」という仕事に対する純粋な意欲があります。褒めてもらえると、もっと期待に応えたいと思えるんです。今は自分らしく働けているなと感じます。

もしもこの記事を読んでいる皆さんが、これからの長い人生を「自分らしく働き続けたい」と思うなら、ぜひ自分の気持ちに正直になってみてください。そして、やりたいことをやってみる前から諦めないでほしい

私も以前は、正社員になることも、やりたい仕事をすることも、諦めかけている部分がありました。でも、完全に諦めてしまったらそこで終わり。

もしこの仕事に挑戦しなかったら、私は一生、お金を稼ぐためだけの仕事しか知らないまま定年を迎えていたかもしれません。

そんなの絶対いやだから、年齢がどうとか気にせずに、行動を起こせて本当によかったなと思います。

井上工業

実は、左官職人になってから、子どもたちが少し優しくなったんですよ。「ママ疲れてない?」と声を掛けてくれたり、家に帰ると洗濯物が畳んであったり。きっと、私が仕事を思い切り楽しんでいる様子が伝わっているから、応援してくれているんだと思います。

今年15歳になった長女は、調理師免許の取得を目指して学校で一生懸命勉強をしています。

将来は自分のお店を持ちたいと言っているので、そのときは私が壁を塗りたい。それが左官職人としての私の目標です。

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取材・文/一本麻衣 撮影/小黒冴夏 編集/秋元 祐香里、関口まりの(ともに編集部)