「フルリモートにあこがれて転職」で失敗・成功する要因は? 当事者に聞く意外な落とし穴
時間と場所にとらわれない働き方が現実的になり、転職もオンライン化する中、転職のやり方や企業から求められるスキルやマインドはどう変わったのだろう。コロナ禍も3年目となり、ようやく見えてきた「新しい転職のかたち」を紹介する
2020年のコロナショック以降、急速に普及したリモートワーク。
都心にオフィスを構える企業で働きながら地方都市や郊外に移住する人も増え、リモートワークの普及は働き方だけでなく「生き方」の自由度をも上げた。
リモートワークが可能な職場への転職を希望する人も少なくない。
一方で、20~30代の会社員を中心に、「リモートワークはつらい」「ストレスがたまる」という声も聞こえるように。
なぜそのような差が生まれてしまうのだろうか?
憧れのフルリモート可能な職場に転職するも、わずか1年で退職
IT業界に勤務していた林さん(仮名・28歳)は、2021年に「全社員フルリモート勤務」の大手企業に転職した。
それまでの職場は原則出社だったため、フルリモートの「自由な働き方」に憧れ、それを軸に転職先を探していたと言う。
「通勤時間も省けるし、仕事上のコミュニケーションが全てオンライン化すれ、より効率的に働ける。
あいた時間を、趣味や習い事にあてようと思っていました」(林さん)
しかし働き始めて数カ月後、その期待は180度覆った。フルリモート勤務だからこそ感じるストレスを、抱えることになった。
林さんが特に苦痛だったのは、社内の人とのコミュニケーションだと言う。
「チャットやメールでの相談は、当然テキスト化が必要ですよね。
直接資料を見ながら話せば1分程度で終わる内容が、最低5分はかかってしまう。これが一日に何回もあるので、生産性が下がってしまったんです」(林さん)
もちろんオンライン会議システムや電話を活用すれば、口頭で説明することも可能だ。しかし「フルリモートで相手の様子が分からず、遠慮してしまった」と林さん。
当時の林さんは転職して間もなかった上、コロナ禍で社内イベントや会食の自粛要請もあり、上司や同僚との距離感を縮められなかったことも大きい。
「相手の人柄が分からないから気軽に話すことができず、永遠と関係性が構築されないままでした。
その結果、仕事で困り事があっても相談できず、一人で解決しようと無理をしてしまったんです。
それによって効率がさらに悪くなり、深夜まで作業をすることもしばしば。それがすごくストレスで……」(林さん)
リモートワークの自由さに引かれて転職した林さんは、結局それをうまく活用することができず入社1年後に退職した。
現在は、出社必須の職場で働いている。
リモートワークがうまくいっている人の「報連相」の工夫
一方で、リモートワークができる環境をうまく活用し、「自由な働き方」を体現する人もいる。
「全社メンバーが自律的に働く組織」を掲げる株式会社ガイアックスに新卒入社した富士茜音さんは、出社必須の職場で働いた経験はない。いわば“リモートネーティブ”だ。
富士さんは普段、自宅や近くのコワーキングスペースなどで仕事をし、月に1~2回ほど地方の旅館やホテルでのワーケーション(※)を行っている。
※ワーケーション…「ワーク」と「バケーション」を組み合わせた造語。観光地やリゾート地でテレワークを活用し、働きながら休暇をとる過ごし方のこと。
入社8カ月目の2020年11月には、ホテルワーク予約サイト『Otell』を立ち上げ、現在は事業責任者として7人のメンバーとともに事業に取り組んでいる。
「『Otell』は、ホテルで仕事をする人に向けた予約サイト。テレワーク環境が整った個室の宿泊施設のみを掲載しているので、提携ホテルを選定したり、設備を整えたりするために、私たち運営チームが実際に宿泊してワーケーションを行うことも多くあります」(富士さん)
プロジェクトのチームメンバーや他部署のメンバーと共にワーケーションを行うこともあり、みんなで観光地に足を運ぶこともあると言う。時にはキャンプをするなど、チームの親睦を深めることも狙いだ。
事業責任者としてチームづくりにも尽力する富士さんは、リモート環境下でも報連相がストレスなく行えるよう、その方法についても工夫をしている。
「メンバーによって最適なコミュニケーション方法が異なるということは、常に意識しています。
テキストが得意な人もいれば、話し合いながら業務を進めたい人もいる。
特定の方法を強制するのではなく、個人がストレスを感じにくい方法を選べることが大切です」(富士さん)
たとえテキストでのコミュニケーションが得意だったとしても、全てをテキストのやりとりにすることで齟齬(そご)が生じることもある。
そういう意味でも、報連相の手段を複数持つことは重要だ。
「私は場合に応じて、音声も活用しています。チャットやメールでやり取りをしていて、うまく伝えられなかったり議論を重ねる必要が生じたりしたときは、音声通話やビデオ通話に切り替えています」(富士さん)
複雑な内容を他メンバーに共有する際、議事録としてテキスト化する負荷が大きい場合は、録画データをそのまま共有することもあるという。
リモートワークのカギは「困っている自分を見つけてもらう」こと
富士さんのようにリモートワークをうまく活用できる人と、林さんのようにストレスを抱えてしまう人との違いはどこにあるのだろうか。
富士さんは、リモートワークでストレスを抱えてしまう人が多い要因の一つとして、「相談の場が偶発的には生まれにくい」ことを指摘。
特に一人で仕事を進められないことも多い若手にとって、相談の場が少ないのは深刻な問題だ。
林さんもまた、当時を振り返り、「リモート環境下でも上司や同僚とうまくコミュニケーションを取れていたら、再転職することはなかったと思う」と語っている。
そんなリモートワークの欠点を補うための工夫として、富士さんのチームが取り入れているのが、参加自由のオンライン作業会だ。
「参加希望者はビデオ通話をつなぎ、それぞれが好きなように過ごします。ちょっとした悩み事を相談してもいいし、雑談混じりのブレストをしてもいい。
発言の義務はなく、中には、みんなの声を聞きながら自分の作業に徹しているメンバーもいます」(富士さん)
「会議」と銘打つとそのテーマ以外の話がしづらく、困りごとを相談するのもはばかられる。だからこそ「作業会」という名称で、気軽に話せる場を用意しているのだ。
こうしたさまざまな工夫を取り入れている富士さんだが、実は彼女にもリモートワークゆえの悩みを感じた時期があったと言う。
『Otell』事業立ち上げに着手し始めた、入社して数カ月たった頃のことだ。
「当時は今よりも知識や経験が浅く、どうしたら多くの方に利用してもらえるサービスになるのか、アイデアが浮かんでこなくて……。
アドバイスを求めようにも入社して日が浅い上、リモートワーク中心で顔を合わせる頻度も低く、誰にどう言えば解決するのか分からなかったんです」(富士さん)
リモートワークをうまく活用できなかった林さんと悩みは同じ。しかし、その後の行動に違いがある。
富士さんはある時を境に、「自宅で一人で悩んでいても、永遠に解決しない」と、思い切って上司にアドバイスを求めたのだ。
「こっちが遠慮してしまっていただけで、『こんな相談をしていいのかな』と思うような内容であっても、上司は真剣に向き合ってくれたんです。
誰に何を聞けばいいのか分からなくても、そのこと自体を相談すれば、きちんとアドバイスをくれる。そう初めて気付きました」(富士さん)
そうやって周りを頼ることを覚えてからは、社内の誰にどうやって助けを求めればいいのかをだんだんと把握でき、現在はリモート環境下であってもコミュニケーションにストレスを感じることは「大きく減った」と富士さん。
富士さんは「今も、自分の状況を積極的に発信することを心掛けている」と話す。
メールやチャットはもちろんのこと、SNSを活用するなど、「自分の状況」を他の社員に共有している。
「リモートワークは自分の姿も相手の姿も見えないので、“待ち”のスタンスでは他者からの助けを得にくい。
自分から積極的に状況を共有したり、相談したりすることが必要だと思います」(富士さん)
社員全員が毎日オフィスに出社している環境であれば、困っている様子が目に見える分、周りの助けを得やすい。
しかし、リモート環境下では「困っている自分」を見つけてもらわなければならない。
林さんのように相談を遠慮し、一人で抱え込むのではなく、タスクの進捗や業務の困り事などを自ら能動的に発信する。
それがリモートワークで働く際の大きなポイントと言えそうだ。
リモートワークにあこがれて転職を望む人は少なくないが、働き方が変われば、コミュニケーションの仕方も変わる。
入社後の「こんなはずじゃなかった」を防ぐためにも、オフィス勤務とリモートワークの違いをしっかり認識しておきたい。
取材・文/柴田捺美(編集部)
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