【金子花菜】大人なのに痛すぎ…変人扱いされた元会社員がぬいぐるみ保育園をオープンして話題に「生きづらさを抱える仲間を救いたい」
生き方も、働き方も、多様な選択肢が広がる時代。何でも自由に選べるってすてきだけど、自分らしい選択はどうすればできるもの? 働く女性たちが「私らしい未来」を見つけるまでのストーリーをお届けします
「ぬいぐるみが好き」そんな気持ちを胸に秘めて生きてきた女性が、『ぬいぐるみ保育園』をオープンした。
園長を務めるのは、Fluffy Communications代表の金子花菜さん。
30代前半まで大手広告代理店に勤め、華々しいキャリアを築いていた彼女だが、周囲にぬいぐるみが好きだと打ち明けると「大人なのにおかしい」「痛々しい」という否定的な言葉を浴びたそう。
「それをきっかけに、本当の自分を隠して生きていた」と語る彼女だが、現在は大好きなぬいぐるみを仕事にして幸せに働いている。
どうやってありのままの自分を受け入れ、自分らしい未来をつくったのだろうか。
大人になって初めて気付いた、ぬいぐるみ好きに向けられる好奇の目
ぬいぐるみ保育園は、文字通りぬいぐるみのための保育園です。
朝9時に保育園まで“保護者”の方にぬいぐるみを連れてきてもらい、お預かりした後は身体測定をしたり、みんなで集合写真を撮ったり。
年に数回開園しているのですが、秋には芋掘りするなどシーズンごとに内容を変えています。
夕方には保護者の皆さんにお迎えに来てもらい、保育士が園内での様子を記した連絡帳をお渡しし、お家に帰る。
病気や介護などご事情により送迎できない保護者向けに、宅配便による送迎付きのお泊まり保育も用意しています。
一日の流れや内容は人間の保育園とほとんど同じで、それをぬいぐるみに置き換えたごっこ遊びと言えますね。
ですが、心からぬいぐるみを愛するスタッフによって丁寧に運営していますし、保育士資格を持った方にお世話をお願いしているので、本物の保育園と引けを取らないと思います。
私がぬいぐるみの事業をやることになったのは、いくつかの偶然が重なってのことでした。
私は大手広告代理店に勤めていたのですが、コロナ禍で担当していたイベントが全部中止になり、社内失業みたいな状況になってしまったんです。
しかも、夫もコロナの影響で給与が大幅に下がってしまいました。
ひょっとすると、私たち夫婦の生活は危ういバランスの上に成り立っているのかもしれない。
そう思い、会社員以外のキャリアを探すために、とにかく「手に職」を付けようとプログラミングスクールに通いました。
正直、プログラミングは全くと言っていいほど向いていませんでしたが、スクールの卒業制作で一つ気付きを得て。
先生が「起業家として成功するのは“偏愛”です。自分の偏愛をプロダクトにしてください」とおっしゃっていて、「ぬいぐるみでプロダクトをつくろう」と思ったんです。
私は昔からぬいぐるみが大好き。昔の私の写真には、ほとんど一緒にぬいぐるみが写っていますし、もし何かの博士を名乗っていいなら「ぬいぐるみ博士」を名乗りたい。
母が教育に厳しく、小さい頃から習い事をたくさんしていたので、唯一心が安らぐ相手がぬいぐるみだったのでしょうね。
学校の修学旅行にも、バレないようにこっそりぬいぐるみをカバンに忍ばせて連れて行っていました。
だから卒業制作として、ぬいぐるみのプロフィールサイトのようなものをつくったのですが、他の生徒たちからは奇妙な目で見られてしまいました。
そして、この視線は見知ったものでもあって。
最初は大学生の時。サークルの合宿にぬいぐるみを持って行ったら、男の子たちに隠されてしまったんです。
彼らはふざけているつもりだったけど、わが子のようにかわいがっていたぬいぐるみを奪われるなんて、私にとってはこの世の終わりぐらいの出来事。
わんわん泣いたら、「ぬいぐるみごときで泣くなんて」と心底引かれてしまって。
その時に、「ぬいぐるみが好きって、社会ではあまりいいことじゃないんだ」と初めて知ったんです。
その後も、新卒で入った製薬会社で営業車にぬいぐるみを置いていたら、周囲から変な目で見られてしまったり、会社の宴会でぬいぐるみ好きを打ち明けたら「いい大人なのに痛々しい」と言われたりしました。
それ以降は、「ぬいぐるみが好きな私は痛いキャラなんだ」って思いながら過ごしていましたね。
「苦しむ仲間を助けたい」大学院入学と起業を決意
でも、なぜぬいぐるみが好きなことを、変な目で見られてしまうんだろう。
違和感を持つと同時に、他にも私と同じような思いをしている人がいるのかもしれないと思いました。
SNSで頻繁にぬいぐるみ好きの人たちと交流していたのですが、中には「人間関係のわずらわしさが嫌。ぬいぐるみだけが友達だ」といったことをプロフィール欄に書いている人もいて。
もしかしたらぬいぐるみが好きな大人の中には、それを公言できないことから、生きづらさを感じている人もいるのかもしれない。
みんなが胸を張って「私はぬいぐるみが好き」と言える社会を作りたい。
そのためには、ぬいぐるみがもたらす幸福について研究し、論文として公表する必要があると考え、大学院入学を決意しました。
また、当時勤めていた大手広告代理店も辞めて、IT系のスタートアップに転職。
当時の私は30代後半に差し掛かり、「このままでいいのかな」と悩んでいたのです。ワークライフバランスの両立も難しかったですし、30代女性が管理職に昇進するのが難しい職場だったので。
そうしてスタートアップで働く大学院生として日々を過ごす中、転機が訪れたのは2021年末。
大学院でビジネスアイデアを考える授業があり、私はぬいぐるみを用いてがん患者さんをサポートする事業案を発表したんです。
すると非常に好評で、それならと調子に乗ってビジネスコンテストに提出したところ、アイデアが採択されて。
「金子さんほどぬいぐるみが好きな人は見たことないから、起業したほうがいいよ」と言われました。
まずは副業として始めてみようと、勤務先の社長に相談をしたのですが、「中途半端にしないで、起業に挑戦するならうちを辞めなさい。困ったらまた雇ってあげるから」と思わぬ展開になってしまって(笑)
結局入社1年未満で退職を決意し、2022年4月に会社を登記。6月から本格的に事業をスタートしました。
ぬいぐるみ保育園はまだ3回しか開園していませんが、これまで約70人にご参加いただき、満足度は非常に高いです。
ぬいぐるみは、保護者の皆さんの行動範囲外に出たことがありません。だから保育園は、ぬいぐるみが保護者の皆さんとは違う経験をして帰ってくる初めての機会です。
いつもは自分のぬいぐるみが主役の写真も、保育園では脇役として写ることもある。
そういう写真によって、「自分のぬいぐるみの新しい側面を見ることができて、より愛を感じるようになった」という声をいただいています。
また、「保育園に子どもを通わせていたら、こんな感じだったんだなと疑似体験ができた」などの感想を、子どもがいないご夫婦からいただいたこともありました。
たしかに、よそから見ると単なるおままごとかもしれません。
ですが、これを通じて「こうあるべき」という無意識の偏見や社会の決め事から少し解放されたり、普段ぬいぐるみが好きな人たちが抱えている疎外感を軽減したりできるんじゃないかなと感じています。
周囲の人の「自分らしさ」を肯定すると、自分自身も認めてあげられる
今でこそ大好きなぬいぐるみで起業し、楽しそうに生きている人に見えるかもしれませんが、先ほどお話しした通り、20代のころはぬいぐるみ好きを隠すように生きていました。
振り返ると、20代は仕事で成果を出すことと、女性である自分がいかに社会で認められるかに必死になっていたんです。もう、周囲の人たちから嫌われるぐらいの“キラキラ女子”でしたね(笑)
そんな20代を過ごしてきたから、「自分らしく」を貫き続けることは難しいことだと痛いほど分かります。
周囲から良く思われることに必死だった私が、「偏見の目なんて気にしちゃ駄目だよ」なんていうのは無責任だとも思う。
だからもし、「なぜこういう目で見られてしまうんだろう」と違和感を抱いているのであれば、それに気づけた自分をまずは認めてあげてください。
違和感に気付ければ、「ここでは自分らしさを出すけど、あっちのコミュニティーではやめておこう」など、オンとオフの切り替えもできます。それはビジネスパーソンとして生きるのに大切な、TPOをわきまえる力と近いと思うんです。
そうやって違和感に意識的になると、同じように思っている人と出会う機会がきっと訪れます。そこで同じ課題に共感し合い、認め合うことで救われることもあるのではないでしょうか。
大切なのは、他の人の「自分らしさ」も肯定してあげること。それが回り回って、自分を認めることにもなると思います。
私は32歳で結婚して、夫が私のことを認めてくれたから、“キラキラ女子”の頃には忘れてしまっていた「自分らしさ」を見つけることができました。
自分を受け入れてもらえる場所を見つけることが、ありのままの自分として歩む第一歩になるのだと思います。
そういう場所を今まさに探している人は、まずは背伸びをせず、等身大の自分でできることをやってみてください。
例えば、毎日お風呂あがりにボディークリームを塗る。ボディークリームを使い切って、新しいものを買いに行った先で、「こういうメークをしてみようかな」といった新たな関心が生まれるかもしれません。
そういうちょっとしたことが、次の未来への広がりを生むと思うんです。
会社員としてのキャリアが、自分らしい働き方をかなえた
「ぬいぐるみの金子さん」として認められた今、私は毎日が楽しくて幸せです。
大学院でウェルビーイングについて学び、「幸福には四つの因子がある」と知ったのですが、その一つが「ありのままの自分でいる」こと。
実際に「ありのままの自分でいいんだ」と思えるようになって、私は弱みも含め、自分の本質的な部分をさらけ出せるようになりました。
ただし、今の私があるのは「ぬいぐるみが好きな人よりも、ワインやヨガが好きな人の方がすてき」とされる世の中に違和感を覚えながらも応じ、十数年間会社員として頑張ってきた経験があるからだと思います。
私、最初から「ぬいぐるみの会社の人」とは紹介されないんですよ。「大手広告代理店出身」といった紹介文が先にくることが多くて。
私のビジネスに投資家さんがお金を出してくださるのも、会社員時代に築いた信頼の積み重ねがあってこそです。
最近はフリーランスや起業という選択肢も一般的になりつつあり、会社員が軽視されている感じがしますけど、逆ですよ。会社員としての経験が「信頼」となり、独立したときの助けにつながるのだと私は思います。
私がこれからやりたいのは、「大人なのに〇〇が好き」「女性なのに〇〇が好き」という偏見に悩んでいる人たちが、「これはこれで私らしさ」と言えるきっかけをつくること。
大学院の教授から「あなたがやっているのはマイノリティーを救う最先端の仕事だ」と言っていただいたことがあります。
もちろん「ぬいぐるみが好き」は生きる上で深刻な障害になるマイノリティーではないけれど、その人の人生を豊かにするには重要な問題です。
実は、ぬいぐるみは超ダイバーシティな世界なんですよ。
保育園には同じキャラクターをモチーフにしたぬいぐるみが入園することがありますが、それぞれ性別や性格は全く違います。
自分とぬいぐるみとの関係性は人それぞれだから、ある人にとっては弟だし、別の人にとっては姉になったりする。
キャラクターの元々の設定をも超えた新たな個性が与えられ、しかもそれを周囲の人もすんなり受け入れています。「ぬいぐるみのクマの色が赤なんて変だ」という人はあまりいないですよね。
つまり、ジェンダーや国籍、種族、肌の色など、全ての違いを受け入れる、多様で平和な環境がぬいぐるみの世界にはあるんです。
起業してまだ1年もたっていませんが、想像していた何百倍もの可能性がこの事業にはあると感じています。
ニッチなことをやっているし、ぬいぐるみの事業を冷ややかな目で見ている人もたくさんいますが、万人受けするものをつくる気は全くありません。
私の世界を支持してくれる人たちでコミュニティーを豊かにしていき、それを発信する。それが今の私のミッションだと思っています。
取材・文/天野夏海 撮影/洞澤 佐智子(CROSSOVER) 編集/柴田捺美(編集部)
『「私の未来」の見つけ方』の過去記事一覧はこちら
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