女性ゼロが6割の防災分野「根底にある性別分業意識は、災害後の女性のキャリアも脅かす」
日本の大きな課題である男女不平等。それによって、私たちの生活にはどのような影響が生じているのだろう。意外な分野で生じている課題について探ってみよう

世界の中でも特に自然災害の多い日本。近年も大規模な地震や水害が各地で相次ぎ、どの自治体でも防災体制の強化が課題となっている。
しかしそこにジェンダーギャップの問題が潜んでいることはあまり知られていない。
内閣府の調査によれば、全国の市区町村で防災担当部署に配置されている女性職員の割合は9.9%にとどまり、女性職員がゼロの市区町村も6割に上る。
「防災とジェンダー」について研究する静岡大学教授の池田恵子さんは「防災の現場に女性が少ない現状は、いざ災害が起こったときにさまざまなリスクをもたらす」と警鐘を鳴らす。
果たして「女性がいない防災分野」が抱える課題とは何か。
誰にとっても他人ごとではないこの問題に目を向けてみると、防災分野に留まらない根深い問題が浮かび上がってきた。

<プロフィール>
静岡大学グローバル共創科学部
学部長・教授
池田恵子さん
青年海外協力隊、JICA技術協力専門家などを経て、2000年より静岡大学教員。防災、災害対応、復興をジェンダーの視点から研究
「女性ゼロ」が引き起こす災害時の深刻な事態
自治体の防災担当者に女性がいないと、災害発生時に何が起こるのか。
最も大きな問題は、「女性が声を上げにくい状況」を生んでしまうことだと池田さんは指摘する。
避難所のトイレが男女別に分かれていなかったり、女性が周囲の目を気にせず着替えや授乳ができるスペースがなかったり、生理用品や女性用下着などの物資が行き渡らなかったり。
避難所を運営する男性職員はそういった女性の困りごとに気付けず、また女性の被災者も男性に相談しづらい。
こうした状況は大規模災害が起こるたびに各地で繰り返されている。
災害時にどのような支援を必要とするかは、性別や年齢、家族の状況などによって異なります。
しかし、スタッフが男性ばかりだと女性のニーズに気付きにくいですし、その逆もしかり。
スタッフにも多様性がないと、被災者の多様なニーズにはなかなか配慮が行き届きにくいのが現実です。
その結果、さらに深刻な事態が連鎖的に起こるケースも多い。
避難が必要な場面でも「トイレが男女別じゃないから」「赤ちゃんが夜泣きしたら周囲に迷惑がかかるから」といった理由で被災した自宅に留まったり、避難所へ行ったとしてもトイレに行くのを我慢して体調を崩したりと、より危険な状態に自分を追い込んでしまう女性被災者が数多く報告されている。
災害時は女性の性被害も起こりやすくなります。
地震で割れた窓や鍵が壊れた玄関から自宅に不審者が侵入したり、車中泊をしていた女性が男性グループに車のドアを開けられそうになったりする事例は後を断ちません。
災害時には、普段に増して、自分が受けた性的な暴力やハラスメントを打ち明けるのはとても難しい。
だから誰にも被害を訴えられず、黙って抱え込んでしまう女性が少なくありません。
自治体の防災担当者に女性職員がいる場合、暴力防止の対策が速やかに取られやすいというデータもあります。

防災分野に女性職員がいないことによって影響を受けるのは、女性の被災者だけではない。
子どもや障害者、高齢者など、弱い立場にいる人たちの支援ニーズも自治体や避難所の運営者に伝わりにくくなる。
なぜなら家庭の中で育児や介護などのケアを担っているのは、女性が多いからです。
障害を持つお子さんや要介護者にどんな支援が必要かを知っているのは女性であり、女性の意見が反映されなければ、家族が災害時に適切なケアを受けられず、体調の悪化やストレスの増大を招くことになる。
災害時に女性が声を上げにくい現状は、実はかなり広範囲かつ深刻な影響をもたらしているのです。
災害時、一番肩身が狭いシングルファーザー
そもそもなぜ自治体の防災担当部署に女性職員が少ないのか。ここにもジェンダーの問題が絡んでくる。
防災担当になれば、災害時は何日も泊まり込みで業務に当たらなくてはいけない。
すると自治体の人事は「育児や介護をする女性が長く家を空けるのは無理だろう」と考えて、女性職員を候補から外してしまう。
小規模な町や村では、防災や防犯、交通安全など危機管理に関する複数の業務を一人で兼務することも多いので、「こんな激務を女性一人に任せられない」という判断になるようです。
自治体の防災担当職員だけでなく、地域の防災を担う自治会や町内会などの組織でも、役職に就いているほとんどが高齢男性。その根底には「意思決定や緊急時の対応は男性に任せるべきという性別役割分担の意識がある」と池田さんは指摘する。
「台風や津波が近づく中で避難を呼び掛けて回る危険な仕事は、男性の役目だろう」
「災害発生直後の混乱の中で、避難所を運営したり、市役所と調整したりする難しい仕事は、男性がやるべきだ」
日本社会ではまだまだそんな意識が根強い。
避難所でも重い物資を運んだり、警備の巡回をしたりするのは男性で、炊き出しやケガ人の応急処置をするのは女性。
「力仕事は男性、ケアは女性」という普段から固定された男女の役割が、災害時にも当たり前のように求められるんですね。

性別による役割を押し付けられることでデメリットを被るのは、女性だけではない。
池田さんによれば、実は災害時に一番声を上げにくいのはシングルファーザーだという。
「救援物資が届いたから、男性は運ぶのを手伝って」と頼まれたとき、お父さんが「子どもの世話があるから手伝えない」とは言いにくい空気があるんです。
それは「子どもの世話をするのは女性」という意識があるから。
同じことを女性が言えば周りも納得するのに、男性が育児を理由に相手が期待する役割を果たせないと白い目で見られてしまう。
性別による役割分担意識は、男性にとってもつらい状況を生んでしまうのです。
防災分野におけるジェンダーギャップ解消のためには、こういった「女性/男性はこうである」というバイアスをなくすことが重要になってくる。
そのために、まず何に取り組めばいいのか。池田さんは「この問題は二段構えで考えることが必要」と話す。
そもそも「なぜ女性ばかりがケアを担うのか」と声を上げることはもちろん大事です。
ただ現実に災害が発生したときは、まずは目の前にある介護や育児のニーズを満たさなければ、家族の命や健康を守れない。
だから緊急時は普段から各自が担っている役割を果たし、被害を乗り越えることが求められます。
とはいえ、そこで終わってしまったら、男女の役割分担が固定化され、社会は何も変わらないまま次の災害時もまた同じことが繰り返されてしまう。
よって、近い未来に起こり得る災害時のジェンダーギャップによる課題を解消する動きをとりながら、同時に平時からジェンダー平等や男女共同参画について議論し、性別による不平等をなくすために社会全体で取り組んでいかなければいけません。

災害後、女性がキャリアダウンを選んでしまう理由
また見過ごされやすい事実だが、ジェンダーギャップは災害後の女性のキャリアにも深刻な影響を及ぼす。
電気やガスが止まった状況下で、誰が家族のために水や食糧を確保するのか。
保育園が被災して休園になった場合、誰が家に残って子どもの面倒を見るのか。
共働き夫婦がこの選択を迫られたとき、大半の家庭では男性が出勤し、女性は仕事を休むことになる。
また保育園が再開しても、女性自身が「なるべく子どものそばにいたい」と考え、自らキャリアダウンを選ぶケースも少なくない。
震災発生後は地震や津波の記憶がトラウマになってしまう子どもが多く、母親のそばを離れたがらない。母親にべったりになることが多いんです。
これは普段から父親が育児に参加していないことも影響していると考えられますが、母親も「怖がっている子どもと離れていいのか」と思い悩み、役職に就いていた人が降格を申し出たり、フルタイム勤務の人がパート勤務に切り替えたりする事例が見られます。
私も母親なので気持ちは分かりますが、一方でこれは女性自身にも「私がケアを担わなくてはいけない」という刷り込みがあることを示しています。
加えて震災後の失業率も男性より女性の方が高い傾向にある。
女性は非正規雇用の割合が高く、震災によって一時的に業務が減ったり、企業の業績が落ち込んだりした場合、真っ先に非正規雇用の人材が解雇の対象になるためだ。
平時から社会に潜んでいる課題が災害時には増幅されて表面化する。池田さんの話からは、そんな実態が見えてくる。
勤務先の「女性向け防災施策」は大丈夫?

それでも少しずつだが、社会の意識は変化しつつある。
内閣府の男女共同参画局が策定した令和2年度の防災・復興ガイドラインには「女性は防災・復興の『主体的な担い手である』」と明記され、「災害から受ける影響やニーズの男女の違いに配慮する」「女性の視点を入れて必要な民間との連携・協働体制を構築する」といった基本方針が掲げられた。
また内閣府は、自治体職員向けにジェンダーニーズに配慮した災害対応を学ぶ研修プログラムも提供している。
防災分野のジェンダーギャップ解消に向けた施策はすでにある。
今は施策と実践をどう結びつけて機能させるかを考えるフェーズに入っています。
自治体で防災を担当する女性職員を増やすべきだという意識も浸透しつつある。
まだ数は少ないが、実際に一部の自治体では託児所を運営するNPO法人などと連携し、災害対応に当たる職員の子どもを預かる体制を整備する事例も出てきている。
地域においても、東日本大震災以降は各地で女性向けの防災講座が多数開催され、多くの女性が災害時に必要な知識や心構えを学んでいる。
現状は、こうして防災について学んだ女性たちが自治会や町内会などの自主防災組織に主要メンバーとしてスムーズに受け入れられるところまでは至っていません。
ただ、こうやって防災を担う意欲がある女性と地域の防災組織をマッチングする場をつくることは有効な手段になるでしょう。
組織のメンバーが男性ばかりだったとしても、対話の機会があれば、女性からも「こんな防災訓練なら子どもを連れて参加できます」といった提案ができます。
それが自治体側の「女性には難しいだろう」という固定観念を変える可能性もありますよね。
とはいえ、行政組織や地元の自治会、町内会とは縁がない女性も多いだろう。
そんな人に向けて、「直接防災の分野に身を置かない女性たちでも、自分の安全と仕事を守るためにできることはある」と池田さんはメッセージを送る。
災害の多い日本に住んでいる限り、防災の問題はいつ自分の身に降りかかってもおかしくありません。
その時に備え、自分が住んでいる地域の指定避難所がどこにあり、生理用品や粉ミルクなどの備蓄はあるのかを確認しておくことをおすすめします。
もしないのなら、家に備蓄しておくこともできますし、何かしらの自衛手段が取れますから。

また、「勤務先の防災についても確認しておいた方がいい」と池田さんは続ける。
災害が起こったときに帰宅困難になったり、出社できなくなったりするリスクは誰にでもあります。
そのとき自分の会社はどのように対応してくれるのかを確認しておくことはとても大事です。
もし帰宅できなくて会社に泊まることになったら、女性が必要とする物資は十分に備蓄されているのか。
子どもを家に置いて出社できないとき、在宅で仕事ができる仕組みはあるのか。
これまでお話しした通り、女性が声を上げなければ、こうしたニーズがあることに男性役職者はなかなか気付きません。
どんな仕事をしている女性でも、自分の住んでいる地域や勤務先の防災について考えることはできる。それが災害時に自分や家族の身を守ることにつながると池田さんは強調する。
防災はすべての人に関わる重要なテーマ。日頃から女性たち一人一人が自分ごととして考えることが、防災分野のジェンダーギャップ解消に近づくカギになるだろう。
取材・文/塚田有香 編集/光谷麻里(編集部)
『意外な分野のジェンダーギャップ』の過去記事一覧はこちら
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