【酒寄希望】ぼる塾で一番面白い人を目指すのは辞めたーー育休中にメンバーが大ブレーク、悩み抜いて見つけた自分らしい芸人道

手放すことから、新しい自分を始めよう
働く女の辞めドキ

新しいことを始める以上に、ずっと続けてきたことを辞めることは難しい。仕事、習慣、思考のクセ……何かを辞めて手放すことで「自分らしく働く」を見つけた女性たちの軌跡と変化を紹介します!

大人気お笑いカルテット「ぼる塾」。

彼女たちを3人のグループだと思っている人も多いかもしれないが、実は育休から復帰して間もない4人目のメンバーがいる。それが今回登場する酒寄希望さんだ。

ぼる塾 酒寄希望

酒寄希望(さかより・のぞみ)さん

お笑い芸人。1988年4月16日生まれ。ぼる塾のリーダー。相方の田辺智加と漫才コンビ『猫塾』として活動後、2019年に後輩コンビ『しんぼる』のきりやはるか、あんりとともにお笑いカルテット・ぼる塾を結成。結成当初から産休・育休に入り、陰ながらネタ作りなどをサポート。2022年5月、初のぼる塾単独ライブツアーの東京公演に出演し、同年11月、神保町よしもと漫才劇場で約4年ぶりの通常公演に復帰。 ■著書:自身がnoteに綴るエッセイを書き下ろした『酒寄さんのぼる塾日記』『酒寄さんのぼる塾生活』

自身の育休中に大ブレイクした3人をテレビで見る度に、「私はいらないのでは?」という思いがよぎっていたという酒寄さん。

「ぼる塾は3人で完成されてしまっている。復帰するからには、私が一番面白い『ぼる塾の最終兵器』にならなければ存在価値はないと、育休中も、復帰してからも常に追い込まれていました」(酒寄さん)

苦しい時期を経て「芸人・酒寄希望はメンバーの誰よりも面白くあるべき」だと思い込むことを辞めることができたのは、復帰から1年後。

自分らしい価値の発揮の仕方を見つけられたという酒寄さんに訪れた転機とは一体何だったのだろうか。

「まさかこんなに売れるとは」自分がいないぼる塾、大ブレークの裏で抱えた葛藤

「売れるとは思っていたけれど、まさかいきなりこんなに売れるとは……」

ぼる塾は、私が産休に入るタイミングで、私と田辺さんの「猫塾」と、あんりちゃんとはるちゃんの「しんぼる」、二つのコンビが一つになって生まれました。

ぼる塾

私が産休に入ったら、田辺さんはどうなっちゃうんだろう……という不安があったのですごくホッとしましたね。

初めて3人のネタを見た時に、「これは絶対にテレビで活躍するようになる」という確信はありました。でもまさか、こんなにすぐだとは思わなかったというのが本音。

私が2019年に育休に入ってまもなく、ぼる塾はテレビで見ない日はないくらいに大ブレークしました。

当時の私は目の前の育児でいっぱいいっぱいだったのと、想定をはるかに上回るスピードで3人が売れたこともあり、自分の復帰後のことはちゃんと考えられていませんでした。

でも3人がテレビで大活躍している姿を目にする度、「私、いらなくない……?」という不安だけが募っていったんです。

ぼる塾 酒寄希望

実際、私のことを「いらないよね」という世間の声も少なくありませんでした。そんな中でも、「ぼる塾は4人じゃなきゃ」と応援してくれる方たちもいて。

みんなの期待に応えなきゃ。「3人の時より4人になった後の方が面白いね」と思ってもらうべきだし、私がぼる塾に戻ったらこのグループをさらに面白くする最終兵器になるべきだ……。

そんなふうに自分で勝手に決めた、芸人とはこうあるべきであるという「あるべき論」で自分自身をどんどん縛りつけてしまっていたんですよね。

自分で自分を追い込んだまま、育休を終えた私はぼる塾として復帰することになりました。

復帰後初舞台で大失敗「一番面白い人」になるのを辞めた

2022年11月。私は4年ぶりにバトル形式のお笑いライブの舞台に立ちました。

その前にぼる塾単体のライブに立ったことはありましたが、他の芸人も参加するライブは、復帰後初。

ぼる塾単体ライブのお客さまは、みんなぼる塾を応援してくれている人たちなので、復帰して頑張っている私のことを温かい目で見てくれていました。

でも、バトルライブのお客さまは、純粋にお笑いが好きな人たちなので、ネタを見る目もシビア。出順もトップバッターと、緊張はMAXでした。

そして始まった復帰戦。最初のボケがスベりました。すると頭の中は早くもパニック。声が震える。変な間が空く。思うように声が出ない。どうしよう、どうしよう。

私以外の3人のセリフはウケるのに、私の時だけ場が静まり返る。そんな状況に頭の中が真っ白のまま、4年ぶりの舞台は終了。

育休中から、「私はいらないのでは?」と悩んではいたものの、それを現実として突きつけられた出来事でした。

ぼる塾 酒寄希望

テレビに関しては私は未経験なので仕方ないと割り切れる部分もあったのですが、舞台は田辺さんと二人でコンビを組んでいた「猫塾」時代にも立ってきましたし、多少自分の中でも自信があったんですよね。

でも私が休んでいる間に、ぼる塾の3人も、他の芸人さんたちも力を付けていて、差が生まれてしまっている事実を突きつけられ、舞台終了後にはメンバーたちを前に大号泣。

「3人の方が面白かった……私がいるとぼる塾のレベルを下げてしまう。私はみんなの足を引っ張ってしまう」

泣きじゃくりながらそう言う私に、あんりちゃんが掛けてくれた言葉にハッとさせられました。

「酒寄さん、何言ってるんですか。ぼる塾は今からがスタートですよ。できなくて当たり前じゃないですか。酒寄さんはこれから何にでもなれる、今一番可能性がある人なんですよ」って言ってくれたんです。

田辺さんもはるちゃんも、「酒寄さんがいてくれるだけでいい。酒寄さんが一緒に頑張ってくれることがうれしい。今までもずっと酒寄さんがとなりにいるつもりでやっていた」と言ってくれて。

3人の言葉を聞いて、何かが吹っ切れたんですよね。私は「一番面白い最終兵器」になろうとすることを辞めて、私らしいかたちでぼる塾に貢献しよう。

そして今からどんどん実力を付けて3人に恩返しをしていこう。そんな考え方に変わっていきました。

ぼる塾 酒寄希望

そこで私がやりたいなと思ったのが、3人をより面白く見せること。

3人はこんなに面白いのに、自分たちの面白さに気付いていないことが多いので、そこを拾い上げていきたいなと考えました。

私が本を書くようになったのも、こういった考えから。育休中、「今日楽しいことあった?」と毎日3人に聞いていたんですが、報告してくれる話が面白すぎて。

最初はTwitterでつぶやいていたんですが、140字じゃ表現し切れないなと思い、『note』を書くことに。そうやって書きためていったものを書籍化して全部世の中に出しちゃおうと思いました。

こういう活動は、私だからこそできることかなと思っています。

適材適所の「新しいぼる塾」としてリスタート

ぼる塾としてのあり方も、全部4人で受けなくても適材適所でいいじゃないか、という考え方に変わりました。

アイドルグループだって、ライブはみんなでやるけれど、テレビは必ずしも全員で出てるワケではないですよね。ぼる塾もそれでいいじゃんと。

今は、「この仕事はこの2人で」とか、「この仕事は田辺さんだけ」とか、柔軟に仕事を受けるようになりました。

私は育児があるのでテレビの仕事はほとんど受けられないけれど、舞台だけは4人でやるようにしています。

また、私はネタを書くのが好きなので、ネタの土台を私がつくり、それをあんりちゃんにブラッシュアップしてもらうようなかたちを取っていることが多いですね。

ぼる塾

昔の私だったら「復帰したのにテレビ出てないじゃん」と思われそうとか、世間からの見られ方を気にしていたと思うけれど、今は「こういう働き方もあるんだ、ぼる塾はこうなんだ」と自信を持って言えます。

とはいえ、やっぱりテレビを見ていて「私もこの仕事したかったな、ここにいたかったな」と思うことはあります。

そういうときは、今自分ができる仕事でMAXのパフォーマンスを発揮するようにしています。そうすることで、自分のことを認めてあげられるから。

数年後にぼる塾がどうなっているかは、正直分かりません。でも、今のうちにすべて決めなくてもいいと思っています。

田辺さんだって27歳でギャルデビューしているし、37歳でスイーツ女王になっているし、将来どうなるかなんて誰も分からないですからね。

メンバー各々がそれぞれの方面で頑張っていれば、その分チャンスも広がると思うんです。

例えば3人が今テレビで頑張ってくれたら、私も育児が落ち着いた頃にチャンスがくるかもしれないし、逆に私が3人に新しいチャンスをもたらすこともあるかもしれない。

ぼる塾 酒寄希望

私はついつい「こうでなければならない」と固定観念を持ってしまうのですが、「私らしく、ぼる塾らしくあればいい」と自分を縛り付けずに済むようになったのは、ぼる塾のメンバーたちが、一人一人違うことを認め合っていることも大きいと思います。

あんりちゃんの考えも、はるちゃんの考えも、田辺さんの考えも違うけれど、どれも間違っていない。

別に考えを一つに絞らなくていいよねって。酒寄さんもどれか一つに決める必要ないよ、自分のために行動してねっていつも言ってもらっています。

長年、自分を縛り続けてきた「芸人はこうでなければいけない」というステレオタイプから脱することができて、最近はすごく生きやすくなったと感じています。

育休後は苦しいことも多かったけれど、今は育休を取得して良かったと思っています。

育休を取ったことで、息子と一緒に過ごす時間をたっぷり取れたのはもちろん、田辺さんとの絆も深まったし、あんりちゃんやはるちゃんというかけがえのない存在もできました。

そして私自身、生まれ変わることができた。このもがく時間がなかったら、ずっと変わらないままだったかもしれません。

人の数だけ、仕事のかたちがあっていい

私は「こうでなければならない」という固定観念が強すぎて、育休中はすごく苦しかったけれど、それをメンバーたちに全部さらけ出すことができました。

4年ぶりの復帰ライブの後も号泣しながら自分の気持ちを全部吐露したところ、新しい視点をメンバーたちから与えてもらえた。

だからもし、今「私の仕事は、こうでなければならない。なのに私はできない」と固定観念に縛られて苦しんでいる人がいるとしたら、まずは「苦しいよ」って声に出してみるといいと思います。

声に出したら、きっとまわりの人は助けてくれるはず。

歯を食いしばって一人で自分の掲げる理想と闘っていると、周囲にいる人たちも声を掛けていいのか分からなくなっちゃうと思うんです。

私も、「こんなこと相談していいのかな」と声に出すことをためらってしまうことはありました。

でも、そう感じているのは自分だけだったのかも……。今となっては、そう思います。

未来のことは分からないけれど、みんなで実現したいねと話していることが二つあります。

一つは、4人でショーレースで結果を残すこと。3人でもまだ成し遂げてないので、それはきっと4人で取るべきだからだ! とはるちゃんが特に燃えています(笑)

もう一つは、『酒寄さんのぼる塾生活』をドラマ化したいねってみんなで話しています。「私の役を演じるのは長澤まさみちゃんね!」「私は新垣結衣ちゃん!」なんて、みんな勝手にキャスティングまで決めています(笑)

4人のぼる塾はまだスタートしたばかり。可能性しかないなってワクワクします。

ぼる塾

取材・文・撮影/光谷麻里(編集部)

書籍紹介

ぼる塾 酒寄希望

酒寄さんのぼる塾生活(ヨシモトブックス)

ぼる塾の育休メンバー・酒寄が綴る笑いと友情エッセイ、待望の第二弾。

育休中に相方がめちゃくちゃ売れた。その時、私は――

あれからテレビで見ない日はないくらい売れているあんりちゃん、はるちゃん、田辺さん。

活躍する相方を見て喜んだり、不安になったり……第二弾は“酒寄さんの変化”に注目。長年の相方・田辺について綴り、noteで大反響の「育休中に相方がめちゃくちゃ売れた」に加え、あんり、きりや編の書きおろし等、今作はぼる塾めちゃ売れ期の酒寄の思いや3人の知られざるエピソードが満載。

メンバー企画では、きりやはるか自ら撮りためた思い出写真を初公開。酒寄原作の漫画「転生したら田辺さんだった」の続編も収録し、盛り沢山の内容です。

>>詳細はこちら