あこがれだった出版社を辞め、TENGA広報へ。「違和感」を見逃さないキャリアのかじ取り【西野芙美】
生き方も、働き方も、多様な選択肢が広がる時代。何でも自由に選べるってすてきだけど、自分らしい選択はどうすればできるもの? 働く女性たちが「私らしい未来」を見つけるまでのストーリーをお届けします
「今の仕事に大きな不満はないけれど、私このままで大丈夫かな」「でも、まだ転職に踏み切るほどじゃないかも」こんな小さなモヤモヤを抱きながらも、今の環境を変える決心がつかない人も多いだろう。
株式会社TENGA広報の西野芙美さんは、人材系企業での営業職をへて、幼い頃からの夢だった出版社に念願かなって転職。
しかしそこで直面した“ある違和感”がきっかけで、大好きな場所を離れる覚悟がついたのだという。
西野さんを突き動かした、“ある違和感”とは何だったのか? そして、あこがれだった仕事を手放して、全く異なる世界で見つけた新しい未来とは。
大好きな本の世界で感じた、ある違和感
幼い頃から本の虫で、「いつか本に関わる仕事がしたい」と漠然と考えていました。大学では人文系の学問を専攻し、出版社でアルバイトも経験。
新卒で入社した人材系企業で1年ほど営業スキルを磨いたあと、晴れて念願の出版社に転職しました。
そこでの主な仕事は、宣伝部として新聞広告の原稿や書店に置くPOPのキャッチコピー制作に至るまで、魅力的な本がより多くの読者の目に触れるための施策を考えること。
まだ世に知られていない素晴らしい本が、どうすればもっと多くの人に読んでもらえるのか。時に著者や編集部とも議論を重ねながら、頭をひねる。
その過程もすごく面白くやりがいがありましたし、実際に自分のコピーを帯に入れた書籍がよく売れて、重版が決まった瞬間は、飛び上がるほどにうれしかったです。
しかし転機が訪れたのは、営業部に異動した後。上司から投げ掛けられた言葉に、どうしても違和感を覚えて見過ごすことができなかったのです。
「芙美ちゃんは若くてかわいいから、営業先にたくさんチヤホヤされておいで」
「色仕掛けでは、うちの西野も負けませんから」
きっとこの言葉を発した当人も悪気はなく、一種のサービス精神のつもりだったのかもしれません。
私自身も、セクハラや性差別的な言動に過敏に反応するタイプではなかったと思います。
ただ、大切なキャリアに影響を与えるとなるとどうしても聞き流せなかった。
歴史ある業界特有の体質もありますが、年齢層が比較的高く、私は職場でも珍しい20代の女性。
きっとこれから私がどれだけ努力を重ねようとも、この会社では「若い女の子」というラベルを貼られ続けるだろうとも思いました。
「女性だから」「若いから」というカテゴライズではなく、自分の強みや得意を生かした仕事ができる場所に身を置きたい。次第に、そう思うようになりました。
「性を表通りに」すれば、もっと皆が生きやすくなる
また、この出来事は性やジェンダーに関する課題感を抱くきっかけにもなりました。
この発言をされた後、「悪気はないかもしれないけど、そう言われても私は心地よくないです」と違和感を伝えたところ、「このご時世、女性にいろいろ言うとうるさいからな」みたいな、コミュニケーションを取ること自体あきらめてしまうかたちで終わってしまって。
決して私は相手を批判する意図は無く、ただ単純にフラットに話し合いたかっただけなので、どこか歯がゆい気持ちがあったのです。
なぜこのようなコミュニケーションエラーが起きるのかと考えたときに、相手が「私」を「女性」という大きなくくりで偏って捉えていることが背景にあるのではと思いました。
「“女性だから”こう言えば喜ぶだろう」みたいなカテゴライズ化された知識ではなくて、「一人一人違う」ことを理解することが大切なのではないか。
そうすれば皆が、性やジェンダーに関わることを含めてフラットに話し合えるようになるかもしれない。
そう考えていた時に偶然目に入ったのが、TENGAの求人広告でした。
「性を表通りに、誰もが楽しめるものに変えていく」をビジョンに掲げ、性別や年齢・障がいの有無にかかわらず、誰もが性を楽しめる世界の実現を目指しているTENGAのビジョンに強烈に引かれて。
こんな会社の活動を広めていく仕事ができたら、皆が「一人一人異なる」性のことを、自分事として正しく考えるためのきっかけづくりができるかもしれない。
自分のこれまでの経験とやりたいことがつながった瞬間でした。
でも、当時のTENGAは「いかがわしい会社なのでは?」と偏見を持ったイメージで見られることも少なくなく、入社の決意が固まってからも家族の説得は少し苦労しました。
きっと「あこがれだった出版社を辞めて、本当に大丈夫?」と心配する親心もあったのでしょう。
それでも、障がいのある方々が抱える性の悩み改善や、医療分野での取り組みなど、性に真摯に向き合っているTENGAの事業内容を説明するにつれ、少しずつ見方が変わっていったようです。
最終的には、背中を押してくれるようになって、祖父の遺影の前にTENGAをお供えしてくれることも(笑)
もちろん、ずっとあこがれだった出版業界での仕事を手放すことにさびしさや悲しさを感じなかったわけではありません。
それでも、自分の人生ですから、周りよりも自分が納得できるかが一番大切。
自分の選択を何年か後に正解だったと誇れるよう、前を向いて頑張るしかないと奮い立ちました。
“アダルトグッズ”ではなく、前例のないものをつくる仕事
納得感を持ってTENGAに入社したからといって、ずっと順風満帆だったわけではありません。
今でこそ浸透しつつある「セルフプレジャー」という用語すら理解してもらえなかったり、「アダルトグッズメーカー広報の若い女性」という情報だけで、性的な目線で見られたりする場面もありました。
メディアに掲載していただいても、本意ではない取り上げ方をされてしまい、歯がゆさを感じたことも少なくありませんでしたね。
“アダルトグッズの会社”というイメージから脱却し、性別や年齢・障害の有無にかかわらず、誰もが性を楽しめる世の中の実現に向けた取り組みを、世の中の人に正しく伝えて行きたい。
TENGAの広報としてのミッションを実現することは、そうたやすいことではありませんでした。
それでも、地道な広報活動を積み上げていった結果が少しずつ芽吹いていると感じています。
今や吸水ショーツや月経記録アプリなど女性特有の悩みに寄り添う商品・サービスも増えてきていますが、そうしたフェムテック領域への認知の広がりも追い風になり、私たちのブランドも「セクシャルウェルネス」の重要な役割を果たしていると認めてもらいつつある。
前例のないビジネスなので大変さもありますが、まだ何もないところから自分たちで地図を書いて一から築き上げるような仕事が多いので、とても楽しいですね。
本が幼い頃から私の知的好奇心を刺激してくれる存在であったのと同じように、「性」という普遍的で壮大なテーマに真正面から向き合うTENGAの姿勢は、私の知的好奇心を常に刺激してくれて。
性別や年次にかかわらず意見をフラットに投げ掛けられる風土も心地良いですし、本当に優秀で個性的な人たちが多いんです。
社長が急に「TENGAロケット打ち上げるぞ」とか、「TENGAに付けるダンベルを作るぞ」って言い出して…良い意味で自分の中の常識が覆るような刺激的な毎日で、仕事をしているとアドレナリンが湧いてくる気がします(笑)
自分の心の声に敏感に、「今できること」を全力で
こうして今私が納得感を持って働けているのは、キャリアを選択するうえで「違和感」を見過ごさなかったから。
性別や年齢などの属性だけで役割が決まるのは、どうしても納得いかなかった。
じゃあどんな環境で、どんな仕事をしたら納得いくのだろう。
自分自身にとことん問い掛け続けてきた結果、今があるのだと思います。
ただ、少し矛盾する話に聞こえるかもしれませんが、「今の場所で求められた仕事を精いっぱい頑張ること」と「時の運に身を委ねること」も大切だと、これまでを振り返ってみて実感します。
周囲から信頼を得て、他の場所で通用する実績をつくるためにも、今の場所での成果は絶対大事だと思うんです。
与えられたことに一生懸命取り組んでいれば、そこで得たスキルや経験がいつか自分を助けてくれるはず。
私も、出版社で宣伝と営業の仕事をしていた時の経験が、今の広報の仕事につながっていると実感します。
そして物事には、運とかタイミングの要素ってどうしてもあると思うんです。私もTENGAの求人に出合うまで、じっくり悩んだ時間はありましたから。
今その場でできることを淡々とやっていれば、いつか「これだ!」というチャンスに巡り合う瞬間は訪れるはず。そのチャンスが巡ってくるまで、今できることを最大限やり抜いてみるのも良いかもしれませんよ。
知的好奇心に従って、「性」を探求したい
私の人生のテーマは、「知的好奇心」を大切にすること。それは、仕事に限らず、昔から一貫して大切にしていることです。
もちろん先の長い人生、好奇心の対象はこれからも移り変わっていく可能性はあります。ただ今のところは、「性」という領域への興味が尽きそうにありません。
むしろ、関わるほどに奥深さに魅了され、より追求していきたくなっている自分がいます。
性って、根本的にポジティブで楽しいものだと思うんです。
「女性だから」とか「こうあるべき」という言葉に違和感を覚えつつも、性をネガティブに捉えてしまって、自分らしく楽しみたい! という気持ちを押し込めてしまっている人はまだまだ存在する。
「性を表通りに、誰もが楽しめるものに変えていく」というTENGAのビジョンがようやく人々に理解されつつあると実感しつつも、まだまだ道半ばだと思っています。
これからも、壮大なビジョンの実現に向けて、私にできることを一つ一つチャレンジしていきたいですね。
取材・文/安心院 彩 編集/柴田捺美(編集部)
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