26 MAY/2023

「障害者に使命なんてねぇよ」車椅子ギャルさしみちゃんの“私は私”の生き方

連載:「私の未来」の見つけ方

生き方も、働き方も、多様な選択肢が広がる時代。何でも自由に選べるって素敵だけど、自分らしい選択はどうすればできるもの? 働く女性たちが「私らしい未来」を見つけるまでのストーリーをお届けします

「身体ガチャ失敗。脊髄あんま息してねぇ」

インパクトある自己紹介文が印象的な車椅子ギャルさしみちゃん。いち社会人として都内のIT企業で仕事をし、愛犬と共に一人暮らしをしている。

ごく一般的な生活を過ごしている彼女だけれど、社会のくくりでは「障害者」。

「障害者だから」という枠にはめられそうになることも、日々の中で車椅子ユーザーであることを意識せざるを得ない場面に直面することも多い。

そんな中でも「等身大の自分として生きる」ことを決めたさしみちゃん。なぜそのような境地に至ったのだろう。

車椅子ギャルさしみちゃん

車椅子ギャル さしみちゃん

1995年生まれ。都内のIT企業でグラフィックデザイナーとして働きながら、タレント活動とアート活動にも取り組む。点状石灰化骨異形成症という先天性の障害を持つ。現在、車いすやその他交通弱者のエレベーター問題の環境整備を目指すオンライン署名運動中YouTubeInstagramX TikTok

「障害者」は名前でも肩書でもない

私には生まれた時から、点状石灰化骨異形成症という先天性の障害があります。

背骨が変形していて、多少は歩けるけど、転ぶと危ないので普段は車椅子。

日本ではまだ私一人しか確認されていない障害で、私の年齢まで生きている前例もないから、この先自分の体がどうなるかは全く分かりません。

とはいえ、現状は日常生活でできないことは特になくて。一人暮らしをしながら、都心の企業でグラフィックデザイナーとして普通に働いています。

自身の生活について笑顔で語る車椅子ギャルさしみちゃん

「ワンちゃんと暮らしていて、お散歩も自分でするんですけど、犬がでかいこともあって『犬が車椅子を引っ張ってる!』って子どもからよく驚かれます」(さしみちゃん)

他に、最近ではタレント活動もしています。

その中で発信しているのが、「『障害者』は名前でも肩書でもない」ということ。

というのも、メディアで紹介される障害者は「障害があるからこその私」という構造になっていることが多いように感じていて。

でも変な話、私は車椅子のことを忘れちゃうんですよ。近しい人たちもまた、私を障害者としては見ていません。

だから友達や親が平気で階段しかない3階の居酒屋を予約したりするんです。「そういえば無理じゃん」っていう(笑)

この間は友達から「オーロラ見に行かない?」って誘われて。「もっと一緒に行きやすい友達いると思うよ」って答えて、友達は爆笑していました。

たぶん、子どもの頃から一般の学校に通って、健常者といわれる友達と一緒に育ってきたことが大きいんでしょうね。

好きな漫画『GALS!』(集英社)について語る車椅子ギャルさしみちゃん

「小学生の頃から『GALS!』(集英社)っていう漫画が好きで、読んで以来ずっとギャルです」(さしみちゃん)

あとは、私のパーソナリティーに障害がないからだと思っていて。

「障害は個人の心身機能によるものだけでなく、社会にも原因がある」という社会的障害モデルの考え方に基づけば、健常者に向けてつくられた社会の中だと私は障害者だけど、家で一人で何でもできる状態だったら、障害者ではないんですよ。

私も周りに障害を感じさせないように、できることは全部自分でやるようにしていますし、「やってほしいことがあるときは言うから、気にしないでね」って最初に言うようにしています。

障害者と健常者が共存するインクルーシブな環境で一番壁になるものは、「この人は何ができないんだろう」「何かやってあげなきゃいけないのかな」って相手に考えさせることだと思っていて。

だから「察してほしい」というオーラを出すことが壁につながっちゃう気がするんです。

そもそも障害の有無に関係なく、「察してほしい」ってちょっと面倒ですし、察してもらう側も心に負担が掛かる。

例えば、既婚者だらけの中で自分だけ独身という場面で「家族の話になっちゃうんだけど」って変に気を使われるの、嫌じゃないですか? それと同じです。

「車椅子ギャル」を名乗るワケ

とはいえ、どうしても車椅子ではできないことも発生してしまいます。その一つが、公共交通機関の利用。

車椅子で電車に乗り降りするには駅員さんの補助が必要です。

車椅子ギャルを名乗る理由を語るさしみちゃん

対応は駅によって異なり、事前に電話で依頼できることもあれば、「当日駅で直接言ってください」と言われることもある。駅員さんが忙しくて、乗りたかった電車に乗れないこともよくあります。

ようやく着いた駅でも、エレベーターの順番待ちの列を抜かされちゃうことがあって。

本来、公共交通機関のエレベーターは障害者やお年寄り、ベビーカーなど、交通弱者が優先です。

でも、現状はそれが周知されていないから、車椅子で並んでいても抜かされてしまうことがすごく多い。

以前の私は障害者サイドにがっつり立った発信はほとんどしていなかったので不本意だったんですけど、エレベーターのマナー問題は私一人ではどうにもできないこと。

今後社会として変わっていかなくちゃいけないことだと思って、エレベーターの順番待ちを抜かされる動画をツイートしたら、バズっちゃって。(当該ツイートは現在削除済み)

私としては「30歳すぎて独身は痛いって言われる社会は嫌」みたいなことと同じ感覚の発信だけど、ツイートは「障害者が権利を主張している」と受け取られやすくて。批判の声も多くありました。

「階段やエスカレーターを使える人はそっちを使ってね」
「エレベーターの順番を抜かさないでね」

私の主張はそれだけで、とっぴなことでもないと思うんですけど……どうしたら分かってもらえるんでしょうね。

「『障害者』は名前でも肩書でもない」といいながら「車椅子ギャル」って肩書を付けないとメディアには取り上げてもらいにくいという矛盾もあるし、「派手な格好していつもエレベーターの不満を言っている気が強そうな人」って思われることに納得もいっていない。

うるさいやつだと思われることには慣れたけど、そう思われることがめっちゃ嫌なのは変わりません。

そのあたりは正直、まだ気持ちの折り合いはつかないですね。覚悟してやってるから仕方ないっていうのが今の落としどころ。

世の中にアクションを起こすのはマス(大衆)なので、そこに届けるには多少不本意でもキャッチーさが必要ですしね。今は知ってもらえればひとまずいいかな。

それに「見た目が派手」ってネットでたたかれているのは、良くはないけど、良いなとも思っているんです。

「障害者はかわいそう」というアプローチはこれまでにもあったから、私は違うアプローチでやっていけばいいかな。

批判が多いのはちゃんと届いてる証拠でもありますし、そこはまぁ、ヤケ酒してごまかしつつ、みたいな感じでやってます(笑)

「車椅子の人」ではなく「さしみちゃん」として知ってほしい

権利って、難しいなと思います

障害者を含めたあらゆる人が生きやすくなるように、社会がシステムを整備するのは当たり前。

障害者に配慮をすることも、障害者が配慮してもらうことも、当然のことかもしれません。

でも、そこの肌感覚は難しくて。私もまだ消化しきれていないんです。

「権利」の難しさを語る椅子ギャルさしみちゃん

例えば、就活。100社以上受けましたが、会社の設備的に車椅子で働けず、お見送りになることがたくさんありました。

それは仕方がないことであり、その会社に悪意があるわけではないことを理解すべきだと私は思います。

確かに健常者だったら働けるわけで、車椅子というだけで不可能を突きつけられてしまうのはめちゃくちゃ悔しい。

体にハンデがあっても、健常者と同じように生きられるのがもちろん理想です。

でも、「私はここで働きたいんだからなんとかしてください」って言ったところで、それが無理な話だってことは分かるじゃないですか。

それに、実際に相対するのは人の心を持った人間です。その人に悪意がない以上、一方的に権利を主張するのは、私は違うと思っていて。

障害に限らず、子どもの有無など、人にはさまざまな事情がある。

それを理解して、誰かに何かを無理に押し付けないことが、あらゆる人が社会で生きやすくなるためには大切なんじゃないか。

そんなことを就活の時に思いました。

片や世の中を見渡せば、一方的な主張をする障害者もいます。そういう声は目立つから批判も出やすくて、結果としてハンデがある人が声を上げると批判が集中しやすい構造ができてしまった。

そこを壊すのは、私は個人のパーソナリティーの力だと思っています。

うるさいことを言っているように見える人の中身を知ってもらえたら、ヘイトも少しは緩和されるかもしれない。

そうすれば、「障害者がこう言ってる」ではなく、「さしみちゃんがこう言ってる」と受け止めてもらえるかもしれません。

だから私は「車椅子の人」ではなく「さしみちゃん」として私のことを知ってほしいんですよ。障害と離れた、私自身のパーソナリティーをもっと知ってもらいたい。

同時に、世の中のバリアーに気付くきっかけをつくりたい思いもあります。

世の中のバリアーに気付くきっかけをつくりたいと語る車椅子ギャルさしみちゃん

私を知ってくれた人の頭の中に「さしみちゃんゾーン」ができたら、「障害者について勉強しよう」なんて思わなくても、何の気なしに行ったカフェで「ここに段差があるんだな」みたいな、ちょっとした気付きが生まれると思うんです。

「車椅子ギャルさしみちゃん」が入り口だったとしても、その先でパーソナリティーを好きになってもらえたら、そこには障害を超えるものがあったということ。

そうなったら本当にうれしいなと思います。

周りからの「〇〇だから」の声に従っているのは自分自身

表に出るようになって気付いたのは、「見た目が派手な人には親切にしたくない」って声が思いの外多いこと。

エレベーターは交通弱者が優先というルールに見た目は関係ないけど、「障害者はこうあるべき」というイメージから私は外れているので、それが許せないんでしょうね。

障害者以外にも、「〇〇なのに」っていっぱいあるじゃないですか。

私は障害者である前にアラサーの独身女性なので、親から「そんな髪の色にして」とか「結婚はまだなの?」とか言われる方がシンプルにしんどい。

でも、私にとっての自分らしさは今の状態。だから別にいいかなって。

「何をしている時が一番幸せなのか」を考えたら、今はさしみちゃんとして頑張ること。

それをがまんして婚活したり、周りに迎合しておとなしい格好をしたりしても、ちっとも自分の幸せにはつながらないと思うんです。

「〇〇だから」に従わないことで離れていく人なんて、いらないですしね。

それに、「〇〇だから」の声に従わなきゃいけないと思っているのは、自分自身なんですよ。

そう思う理由をさかのぼっていくと、成長の過程のどこかに「〇〇らしくしなさい」と言われた過去があると思っていて。

だから私はその時の自分に「それは他人からの呪縛なんだよ」って対話をして、従わなくちゃと思ってしまう自分をほどいてあげるようにしています。

障害者としての使命なんて背負わなくていいと語る車椅子ギャルさしみちゃん

私も昔は「障害者だから周りに元気を与えなくちゃいけない」と思ってしまっていたことがあって。

子どもの頃は「周りの人があなたから学ぶことはたくさんある」と、教材として使われてしまう場面があったんですよね。

「さしみちゃんは障害者で大変だから、助けてあげましょう」って。

他にも、子どもの頃は今よりも動けたので、友達とマラソンがしたくて走ったことがあったんですけど、周りの親御さんが泣いてるんですよ。

それを見て、本当はもうマラソンなんてやめたいのに、「周りを元気づけるアイコンにならなくちゃ」って周りの反応に応えちゃったこともありました。

親からも「こういう体で生まれてきたってことは、何かしらの使命があるんだよ」と言われていて。

そういう周りの声を当たり前のように受け止めていたけど、今は「そんな使命なんかねぇよ」って思います。

ただでさえ東京で女性が一人で生きていくのはしんどいじゃないですか。それだけで大変なんだから、使命なんか背負わなくていい

まぁ、今は勝手に使命背負ってますけどね。もしかすると昔言われたことがまだ残っているのかもしれないけど、好きでやってると思うようにしています。

今はひとまず、せっかくエレベーターの話題が盛り上がったので、着地点として署名運動を形にしたいと思っています。

同時に、やりたくなくなったらいつでもやめればいいとも思う。

私の一番の夢は、楽しく生きること。一緒に暮らしてるワンちゃんと遊んだり、仲の良い友達とワイワイしたりしたい。そのためにはお金がいるから、仕事も頑張りたい。

これから先、やっていて苦しいことは、もうやらないようにしようと思っています。自分を縛るものは何もないですから。

笑顔でインタビューに応える車椅子ギャルさしみちゃん

取材・文・編集/天野夏海 撮影/竹井俊晴