マレーシアの妊活に一石を投じた起業家・山内杏那の原動力「産むことを諦めなくていい世界に」
時代が変わる過渡期の今、より良い未来をつくろうと活動する人たちにフォーカス。前例や常識を超えて前に進む彼女ら・彼らの姿を見てみよう
異国の地マレーシアで妊活・不妊治療を支援するフェムテック企業を立ち上げた、山内杏那さん。
正しい妊活の普及や不妊の悩み相談、クリニックとのマッチングなどを行う妊活&女性のウェルネスプラットフォーム『ルミラス(LUMIROUS)』を運営している。

Lumirous Sdn Bhd.
CEO 山内杏那さん
イギリスのOxford Brookes Universityを卒業後、University of Surreyにて経営学の修⼠号を取得。帰国後、イオンリテールに入社。その後、オンラインアクティビティ予約サイトを手掛ける「ベルトラ」を経て、2019年にマレーシアにて、医療ツーリズムのビジネスを共同創業者として設立。20年、東南アジア初の妊活・女性のウェルネス関するプラットフォーム 「ルミラス(LUMIROUS)」創業
宗教上の理由もあり「不妊」「妊活」をオープンに発信しにくいマレーシア社会で、人知れず悩む女性のために、奔走し続ける山内さん。
その功績が認められ、2023年11月には日本人女性として初めて「Women in Tech® Start-Up Award」を受賞した。

しかし、その道のりは決して順調ではなかった。
「フェムテック?何それ?」
「マレーシアで、妊活支援?」
当時まだフェムテックの認知度がなかったマレーシアにおいて、出資者たちは未知のマーケットに首を傾げ、男性起業家たちは「女性だけのサービスなんて」と眉をひそめた。
逆境の中、彼女を突き動かす原動力は何だったのだろうか。
マレーシアで流産。その時の孤独感が転機に
私が起業に興味を持ったのは、15歳のとき。子どものうちから兵士として戦う、アフリカの少年兵の存在を知ったことがきっかけでした。
この問題に対して「自分に何かできることはないだろうか」と考えたときに、「継続的なサポートをするなら、ボランティアではなくビジネスがいい」と父からアドバイスを受け、高校卒業後はイギリスへ渡り、大学でビジネスや経営学を学びました。
立ち上げる事業として妊活や不妊治療のサービスを選んだのは、私自身、流産経験があり苦しい思いをしたから。
妊娠初期に2割の人が経験することなので、それほど珍しいことではないのですが、いざ自分の身に起こるとやはりつらくて……。
当時、私はマレーシアに住んでいました。誰かに相談したくて、サポートしてくれる団体や機関を調べたのですが、マレーシアには不妊や流産などの相談をできる場所が全くなかったんです。
誰にも相談できず、半年ぐらいは悩んだり自分を責めたりする日々が続きました。
私と同じ悩みや苦しみを抱えている女性は、マレーシアにも絶対にいるはず。そんな女性たちに頼れる先がないのなら、自分がやるしかない。
この思いが、マレーシアの地で不妊をはじめとした女性の悩みをテーマにフェムテック企業を興す強力なモチベーションとなりました。

また、サービスを立ち上げるフィールドにマレーシアを選んだ理由はもう一つあります。
実は、東南アジアの中でも、マレーシアは高い医療技術を誇る国。シンガポールやインドネシアの富裕層が、その高い医療技術を求めてマレーシアに来るほどです。
しかも、技術が進んでいる割には国の規制がそれほど厳しくない。また、施術の選択肢が多く、医療系のビジネスを展開するのに、マレーシアは最適だったんです。
こうして私は、2020年に妊活のプラットフォーム『ルミラス』を立ち上げました。
想像以上に厳しかった、マレーシアの不妊事情
サービス立ち上げにあたり調べていくと、想像を超えたマレーシアの厳しい現状が見えてきました。
まず、マレーシアでも晩婚化が進んでおり、2022年の平均初婚年齢は、男性が28歳、女性が27歳。日本は男性が31歳、女性が29歳ですから、それほど変わりません。
それに伴い不妊症に悩む人も少しずつ増えており、1970年代は5人程度だった出生率も、2022年には1.6人まで下がっています。
不妊に悩む女性が増えている一方、社会としては不妊や妊活に対してオープンに話せる雰囲気ではなく、不妊治療を受けていることを口にしづらいのが現状です。

日本には約600程度の不妊治療専門クリニックがありますが、マレーシアには100もなく、それも都市部に集中しています。
費用においても、日本では不妊治療が保険適用になりましたが、マレーシアでは自費。大卒初任給が7万円程度のこの国で、体外受精の費用は40万円から60万円程度かかります。
ルミラスを立ち上げて分かったのは、みんな情報を探していたということ。
というのもマレーシアではまだまだ性教育が進んでいないため、ブライダルチェックやAMH検査(卵巣に残っている卵子数の検査)の存在を知らない人が多いどころか、フェムテックという言葉の認知もまだ低い。
中には不妊症の存在自体を知らず、5〜6年悩み続けてようやくルミラスにたどり着いた方もいました。
この現状を変えていかなければならない。そんな使命感が私を突き動かしていきました。
「そんなに悩むことなの?」理解されない中での資金調達
現在私たちは、不妊に対する正しい知識を得るための教育、チャットでの悩み相談によるサポート、提携している不妊治療クリニックとのマッチングの3つの事業を柱に、サービスを展開しています。
また、2024年からはサブスクリプションサービスとして、妊活や不妊治療だけでなく女性のウェルネス全体にフォーカスした新しいサービスをローンチする予定です。

今でこそ多くの人から認知していただけるようになりましたが、スタートアップですから、最初はうれしかったことなんて1割ぐらいで、あとは大変なことばかり。
まず、資金調達でつまずきました。
ピッチイベント(起業家が投資家に自社サービスをプレゼンし資金調達に繋げるイベント)に片っ端から参加しては投資家たちにぶつかっていきましたが、最初は全く手ごたえを得られなくて。
というのも、ピッチイベントでプレゼンを聞く方ってほとんどが男性なんですよね。
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)や不妊の話をしても、「そんなに悩むことなの?」という反応をされることも多く、女性と同じ温度感で聞いてもらうのは難しい。
時には、「そのマーケットは本当にあるの?」なんて言われることもありました。
それでも、ピッチイベントに参加しては、参加後ジャッジする方にメールやチャットでメッセージを送って「どこがだめだったのか、30分でいいので意見を聞かせてください!」って、お願いしていました。
そこまですると、皆さん親身になってくださって、教えてくださるんです。
「マネタイズが弱い」
「ここのビジネスモデルがちょっと甘いよ」
「自信がなさそうな話し方から変えた方がいい」
そういった指摘は素直に再検討し、ブラッシュアップして、また次のピッチに臨む。それを繰り返した結果、なんとか日本の投資家や、マレーシアの財閥から出資を受けることができました。

マレーシアに表れた変化の兆し
起業から3年経った今、マレーシアでも少しずつ変化を感じています。
セミナーに参加してくださる方は当初月に10人程度だったところから、今では300〜400人にまで増えました。フェムテックの認知も上がってきたと感じます。
また、女性一人ではなく、ご夫婦でセミナーに参加してくださる方も増えています。微力ではありますが、不妊治療に対する正しい知識の普及に貢献できているのかもしれません。
「長年妊活しているけれど授からない」と相談にいらした方が無事に妊娠・出産し、後に感謝のお手紙をくださったときは、この事業をやっていてよかったと心から思います。
自分も流産を経験しているので、皆さんの気持ちは痛いほどわかるんです。だからこそ、うれしい報告を受けたときには、まるで自分のことのように喜びを感じますね。

2023年11月には、「Women in Tech(R) Global Awards」という名誉な賞を受賞することもできました。この賞は、APAC(アジア太平洋)内で、ジェンダーギャップを埋め、テクノロジー業界で活躍する女性に送られるもの。日本人女性として初の受賞でした。
実は前年もノミネートはされていたのですが、最後の一人には選ばれませんでした。だから今回ノミネートの連絡をいただいたときにも、選ばれるわけないと思っていたんです。
「フェムテックって何?」「不妊のサポートってそんなに需要あるの?」と、全然理解されない中の起業で、心が折れそうになったことも数えきれません。だからこそ、受賞は信じられない思いでした。少しは自分たちがやってきた事を認めてもらえたと感じて嬉しかったです。
手探りで切り開いてきた事業にも、少しずつ光が当たり始めています。2023年11月にはマレーシア政府からも、「国営の不妊治療クリニックを増やしていく」というアナウンスがありました。
私立のクリニックよりも費用の安い国立のクリニックが増えることは、不妊治療がより身近になる兆しと捉えていいでしょう。
私たちがどれほど貢献できているのかは分かりませんが、マレーシアは今、確実に変わり始めているのです。
より多くの女性の「体の悩み」に寄り添いたい
今後は妊娠に限らず、女性のウェルネス全体の悩みをサポートしていきたいと考えています。
生理の悩みや年齢に伴うホルモンの変化、産後の体調管理など、女性の体の悩みは尽きません。今まで当然のように「我慢するもの」として見過ごされてきた悩みに対し、ステージ別にフォローできるようなサービスを作りたいんです。
また、マレーシアに限らず、近隣諸国や日本にもサービスを展開していきたい。
すでにルミラスではマレーシア国内だけでなく、東南アジア諸外国や日本に向けて、マレーシアで不妊治療を受けられる「医療ツーリズム」に力を入れています。
マレーシアの不妊治療成功率は70%と高確率です。日本で治療がうまくいかなかった方でも、選択肢が多いマレーシアに来れば別のアプローチから治療を受けられるかもしれません。
こうした医療ツーリズムのサポートに加え、その他のサービスももっと広い範囲に届けていきたいですね。

「子供が産めないから、子供のいない人生を選ぶのではなく、女性が産みたいと思えば誰もが「産む選択」ができる世の中にしたい」
会社を立ち上げたときに掲げたゴールには、まだまだ届きません。そもそもルミラスにできることなんて、限られているのかもしれない。
それでも、自分と同じ苦しみを抱えている女性のために、少しずつでも世の中を変えていけたらと思っています。
取材・文/宮﨑まきこ 編集/光谷麻里(編集部)
『常識を超えていけ! 未来を照らす人たち』の過去記事一覧はこちら
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