「女性の生きづらさ」解消の突破口をつくりたい。卵子凍結を経験→28歳で起業して開いた“想定外”の扉【ステルラ西史織】
生き方も、働き方も、多様な選択肢が広がる時代。何でも自由に選べるってすてきだけど、自分らしい選択はどうすればできるもの? 働く女性たちが「私らしい未来」を見つけるまでのストーリーをお届けします
今の仕事に大きな不満はないけど、何となくこのままじゃダメな気がする。
だからといって、起業や転職なんて大きなキャリアチェンジをする勇気もない。一体どうしたら自分らしく働けるんだろう?
そんな人に紹介したいのが、28歳で未経験のフェムテック領域での起業を決意した株式会社ステルラ代表・西史織さんのストーリーだ。
自身が20代で卵子凍結を経験したことを機に起業を決意。
現在は妊活クリニック検索サイト『婦人科ラボ』や妊活サポートサービス『Myera(マイラ)』の運営、国際女性デーイベント「WEHealth」の企画運営を通じ、働く女性のライフデザイン支援に取り組んでいる。
「妊活や不妊治療を扱うサービスを行っているので、よく『医療業界出身なんですか?』 って聞かれるんです」と話す西さん。
実際は、金融やアパレルなど畑違いの業界出身だという。
フェムテックは起業を機に初めて踏み出す領域だったが、「その市場でチャレンジすることに、不思議と不安はなかった」と振り返る。
彼女が一歩踏み出した先に見つけた、「私らしい未来」とは?
「私、いま結婚して子ども欲しいんだっけ?」起業のきっかけは、27歳で経験した卵子凍結
私は新卒で証券会社に就職し、その後24歳でアパレル商社、26歳でIT企業に転職しました。でも、20代後半になるとライフプラン設計を考えて思い悩む時間が増えてきたんです。
仕事は充実していて楽しいけど、30代になってもこのままでいいのかな、と漠然と思うようになって。
きっかけは、周りの友人が結婚や妊娠、出産とライフステージを変化させていたこと。
自分だけ後れをとっている気がして、「私もそろそろ結婚や子どものことを真剣に考えないといけないのかな?」と焦りを感じるようになったんです。
一方で、まだキャリアアップも目指したいし、やりたいことはたくさんある。
そのうちに「本当に今、結婚や子育てをしたいんだっけ?」と自分の本心すら分からなくなっていきました。
ちょうどその頃、私が起業を決断するに至った二つの大きな転機がありました。
一つは、同い年の友人から過酷な不妊治療の現実を聞いたこと。
それまで妊娠や出産に関する知識が乏しかった私は、「結婚したら、そのうち自然と子どもを授かるんだろう」と考えていました。
でも、年齢を重ねるにつれて卵子の数が減り、妊娠しづらい体になることを初めて知ったのです。
肉体的にも精神的にもつらそうにしている友人の姿を目の当たりにして、子どもを授かるのは奇跡に近い出来事なのだと衝撃を受けました。
同時に、生理やPMSなど女性特有の不調だけでなく、妊活や不妊治療を受けるときにも女性に負担が偏ってしまっている現実にもショックを受けたのです。
もう一つの転機は、今から4年前、27歳で経験した卵子凍結です。
自分で納得感を持って結婚や出産をしたいと考えていた私に、不妊治療をしていた友人が教えてくれたのが、卵子凍結という選択肢でした。
今でこそ日本でも認知されるようになってきましたが、当時は卵子凍結経験者も、実施できるクリニックも少なかった時代。
卵子凍結に関する海外の文献やデータを読みあさり、何とか日本で卵子凍結ができるクリニックを見つけ、ようやく実施できることになりました。
実際に卵子凍結を経験して良かったのは、加齢による焦りから解放されたこと。
「早く産まなければ」というプレッシャーが軽減して、晴れ晴れとした気持ちになったことを今でもよく覚えています。
また、結婚・出産のタイミングやキャリアについて落ち着いて考える精神的な余裕が生まれ、ようやく自分の人生のオーナーシップを取れるようになった気がしました。
そこで私が気付いたのは、卵子凍結は女性の可能性を広げる新たな選択肢になるのではないか、ということでした。
当時は卵子凍結に関する情報収集さえも難しい状況だったので、働く女性がもっと簡単に妊活や不妊治療の情報にアクセスできて、自分らしい選択ができるような社会をつくりたいと思うようになったんです。
初めての起業で二つのサービスをリリース。カギは「情報収集」と「協力者集め」
ただ、起業をすることは決めたものの、当時の私には資金も人脈も、妊活・不妊治療に関する知識もほとんどない。
しかも、具体的にどんなサービスをつくればいいかも思い描けていませんでした。
私の中にあったのは「卵子凍結という選択肢を必要としている人は、世の中にたくさんいるはずだ」という確信だけ。
でも、不思議と起業することへの不安はありませんでした。
やって失敗することよりも、今ここで挑戦せずに後悔したくない思いの方が強かったんです。
そこでまずは、新しいサービスを始めるにあたって協力してくれる人を探そうと、卵子凍結や不妊治療などの分野で高い専門性を持つクリニックや医師を探すことに。
論文の情報などを頼りに調べていくと、自治体と連携した卵子凍結事業を行う医師・菊地 盤先生を見つけました。
そして、菊地先生に私がどんなサービスや社会をつくりたいのか力説したところ、深く共感してくれて、そこから監修者として協力してくださることに。
また、ヘルスケア事業には、医師や看護師など医療関係者へのアプローチが欠かせません。
その分野で全く人脈を持っていなかった私にとって、菊地先生の協力を得られたのは大きな一歩だったように思います。
その後は、具体的にどのようなサービスをつくっていこうかと検討をするため、起業家向けのアクセラレーションプログラムへ応募。
働く女性たちが健康面でどんな課題を抱えているのか、改めて洗い出しました。
すると、妊活中の女性が「良いクリニックに出会えない」「ネット上の口コミを信用していいのか分からない」という悩みを抱えていると知りました。
これは、私が卵子凍結のクリニックを探していた時にも直面した課題です。
そこで、まずは簡単に信頼性の高い不妊治療専門クリニックを探せるプラットホームが必要だと感じました。
ただ、メディアをつくろうにも、エンジニアを雇うお金がないので、何とか自力でサイトを作ってリリースしたのが、妊活クリニック検索サイト『婦人科ラボ』です。
ここでも菊地先生の協力を得て、不妊治療専門クリニックにアポイントをとり、掲載数を少しずつ増やしていきました。
『婦人科ラボ』の中に設けた妊娠を望む夫婦のためのコミュニティーや、妊活や不妊治療について悩みを抱えている方向けの相談窓口には、日々リアルな悩みや相談の声が寄せられています。
そこから見えてきたのは、「もっと早く妊活にまつわる情報を知っていれば、効率的に進められたのに」「働きながらクリニックに通って不妊治療をするハードルが高い」という切実な悩み。
そこで思いついたのが、妊活に役立つグッズが詰まったパッケージが届き、分からないことは自宅にいながら看護師に相談できるサービス。
それがカタチになったのが22年6月にリリースした、自宅での妊活をサポートする定期便サービス『Myera』です。
妊活は本来、「女性だけの孤独な闘い」じゃない
無我夢中でサービスづくりに取り組むうちに、起業から3年がたちました。
女性活躍やダイバーシティーの推進など、社会を取り巻く環境の変化に伴って、最近は世の中の意識も大きく変わってきたと感じています。
「フェムテック」という言葉も徐々に市民権を得て、耳にする機会が増えてきましたよね。
それと同時に、私たちと同じような志を持つフェムテック企業やサービスも増えましたし、ステルラの事業やサービスもより多くの人に届きやすくなったと感じます。
起業当初は、働く女性の不妊治療や卵子凍結を支援する企業向けの福利厚生サービスの展開に取り組むのもいいなと考えていました。
しかし、企業の人事担当者にアポイントをとって事業やサービスについてお伝えしても、まだ女性の健康課題への対応は保守的なところが多く、どちらかというとネガティブな反応を受けることが多かったんです。
今考えたら、少しタイミングが早すぎたのかもしれませんね。
不妊治療は仕事との両立や職場の理解を得るのが難しく、悩む女性が少なくありません。
だからこそ、妊活に悩む当事者の支援と同じくらい、男性社員や企業の人事担当者、管理職にこそアプローチしていく必要があると感じています。
社会環境や意識が変化しつつある今、法人向けのサービスにもあらためて注力していきたいですね。
また、『婦人科ラボ』利用者の方からは、「相談したおかげでクリニックに行く決心がつき、妊娠できた」など、毎日のようにうれしい声が届いています。
『Myera』もリリースして間もないですが、毎月入れている『妊活スタートブック』という冊子が「パートナーと一緒に読める」と好評です。
妊活は「女性だけの孤独な闘い」というイメージがありますが、本来はパートナーなど周りと一緒に取り組むべきものですよね。
こうした声を聞くと、ここまで走り続けてきて本当によかったと手応えを感じます。
スモールステップでもいいから行動を起こすことが、「私らしい未来」をつくる
振り返ってみると、資金も人脈も知識もなかった私が起業してここまで走り続けてこられたのは、20代にもがいて試行錯誤してきた経験があるから。
未知の分野での起業でたくさん失敗も経験しましたが、どんなチャレンジも、何一つとして無駄にはなっていません。
それに、全ての経験が「私らしい未来」につながったと感じます。
私は今、自分の人生に納得感を持ち、自分の意志で働き方も生き方も選択できている状態。仕事は大変だけど、それがすごく心地いいんです。
そういう状態になぜ私がたどり着けたのかと言えば、やりたいことが見つかったときに、まずは行動に移してきたからかなと思います。
スモールステップでもいいし、失敗してもいいから、まずは自分の気持ちに従って行動してみる。それが大事だと思うんです。
こういった取材を受けると、よく「今後やりたいことは?」と聞かれるのですが、5年後、10年後のキャリアを具体的にイメージしているわけではなくて。
キャリアも人生も、「何年後にこうなっていたい、だから今これをしておこう」なんて計画通りに進むものじゃないですよね。
私自身、偶然にも友人のすすめで卵子凍結という選択肢を知ったことで、起業してしまったわけですから。
それに、「自分で想定できる範囲の未来」なんて面白くない。目の前のことにがむしゃらに取り組むうちに、今は予想もできないようなワクワクする未来が待っているのだと思います。
女性一人一人が納得感を持って自分自身で選択できるようになるには、卵子凍結に限らず、世の中にあるいろいろな選択肢を知る必要があります。
その「選択肢があること」を知っていれば、思わぬ扉が開くかもしれません。
これからは、妊活領域に限らずステルラの事業やサービスを通して、女性たちが自分らしく生きるための選択肢を提示していけたらうれしいです。
>>女性のためのヘルスケアイベント『WEHealth2023』開催レポートはこちら
取材・文/安心院 彩 撮影/洞澤 佐智子(CROSSOVER) 編集/柴田捺美(編集部)
撮影地/TOMORE zero
『「私の未来」の見つけ方』の過去記事一覧はこちら
>> http://woman-type.jp/wt/feature/category/work/mirai/をクリック